鬼和尚 2022/08/04(木)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

375:避難民のマジレスさん[]:2022/08/03(水) 23:26:57 ID:RmTyKZp.0 [5/5]
>>373 親とかが世界があると教えて、それを記憶しているだけなのじゃ。
 実際には世界を全て見て記憶しているのではないから、それもまた観念遊戯なのじゃ。
 おぬしの世界は他の者の世界とは違うのじゃ。

いや、何かを記憶するためには、「記憶」という現象を可能にする土台が必要じゃないですか。
写真を取るにはカメラがあるからで、カメラがあるにはカメラを製造する文明がある訳で、「写真」だけが、何の脈絡も無しに、ポンと成立するわけではないようにです。

鬼和尚も「親が世界があると教えて・・」とあるように、記憶や世界観が生ずる前に「親と呼ばれている何か」が介在していることを認めているじゃないですか。

「名づけ」以前の「何か」が存在している訳ですよ。それを「無」と呼んでも良いけど、それは「無」というよりは「有」なんじゃないかね。

376:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/08/04(木) 22:37:31 ID:SYPx9A2Y0
↑ あると言えるのは意識だけなのじゃ。
 全ては意識の現われとして見たり聞いたりできるだけなのじゃ。
 
 おぬしが言葉やイメージとして記憶しているものごととは、違う状態で意識としてあるのみなのじゃ。
 それ故に無として説くのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 55
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1643336428/

834:ウサ[sage]:2022/08/04(木) 12:27:44.23 ID:EUvJb7cC
ウサから鬼和尚さんに質問です。

人類はいつかは絶滅しますよね。
現人類は旧人類や猿人を淘汰してきたので今生き残ってますよね。
そしたら次は、現人類は新人類によって淘汰されることもあると思います。
新人類から見たら現人類は動物みたいなもので、全体のためにならないと思われてしまったら、躊躇なく淘汰するかもしれません。
ウサも害虫で困ったら駆除を頼むかもしれません。そういう感じを想像してます。

ウサが何らかの理由で、新人類の出現に気づき、現人類の淘汰を始めてることに気づいたとします。
現人類が生き延びるよう策を練って働きかけるべきでしょうか?それは善行でしょうか?
そこまでになったら、もう仲間の淘汰(ウサも淘汰されるかもしれないし)のことは放置して、一刻も早く悟りを目指す方が良いのですよね?

836:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2022/08/04(木) 23:16:27.82 ID:qyIVpsnl
>>834 それが命を救ったりするならば善なのじゃ。
 善意で行うことが善゛あるからのう。

 悟りを目指す方がよいのじゃ。
 それが自他の全てを救うことになるからのう。
 実践あるのみなのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1656425706/

54:48 (ワッチョイ a730-8WuL [14.3.227.40])[sage]:2022/08/04(木) 02:19:09.83 ID:s1lN4LKp0
>>53
良い感じです 鬼和尚様ありがとうございます!

56:マジレスさん (ワッチョイ a793-7nF4 [14.10.59.64])[sage]:2022/08/04(木) 21:26:37.13 ID:SXcQg5kZ0
鬼和尚。
現代に陰陽師は存在するのでしょうか?
いわゆる占い師?みたいなものでしょうか。
祈祷、占術、厄祓い、怨霊退治などを行っていたと言われています。

陰陽師の思想「陰陽五行思想」は全ての事象は陰と陽に分けられるという陰陽説と
木・火・土・金・水の5つの元素から成り立つと考えられている五行思想の組み合わせと言われています。
仏教とは特に関係のある話ではないのでしょうか?

57:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8  (ワッチョイ 2767-8WuL [126.74.104.122])[sage]:2022/08/04(木) 22:39:27.54 ID:8YOqrEa30
>>54 よかったのじゃ。
 さらに続けるとよいのじゃ。

>>56 いるのじゃ。
 四国とかに何人かいるというのじゃ。
 占いもやるのじゃ。
 
 関係ないのじゃ。
 信じる者の力でいろいろできるのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

483:避難民のマジレスさん[]:2022/08/04(木) 00:58:16 ID:5jZWvCyU0
(つづき)  p254-256
  また、以下の理由からも認識根拠が附託に基づくというので、[師シャンカラは]認識主体であることが存在しなければ、認識根拠が機能することはないと言っているのである。実に、認識主体とは、[認識の]結果である正しい認識から自立した存在なのである157。そして、正しい認識は、[内官が]認識対象に向った[時に生ずる]内官の変容の一種(parin?・mabheda)158であって、[認識]行為の主体に存在し、かつ、純粋精神を[その]本質としているのである。従って、もしそれ(内官)に純粋精神アートマンが附託されていなかったら、どうして物質的な内官の変容が、純粋精神を[その] 本質としたりしようか159。また、もし活動を備えた内官が純粋精神アートマンに附託 されていなかったら、どうしてこれ(内官の変容)が、純粋精神アートマンを[認識]行為の主体として有しようか160。それ故、正しい認識という結果一[それは]純粋精神アートマンという[認識]行為の主体に存在する一は、相互附託に基づいて成 り立っているのである。そして、これ(正しい認識)が成り立っている時に、認識主体であることも[成り立ち]、認識根拠はまさにその正しい認識に対して機能するのであ る161。従って[『註解・本文中の]認識主体であること[という語]は、正しい認識を暗に意味しているのである162。[つまり]、「結果である正しい認識が存在しなければ、認識根拠が機能することはなく、その結果、認識根拠が正しい認識根拠でなくなってしまうだろう」というのが[『註解』本文の]意味なのである。[それ故、師シャンカラ は]従って、直接知覚等の認識根拠は、無明を持つ者にのみ関係しているのであると結論づけているのである。

脚注
159内官は物質的なものであるから、純粋精神アートマンが附託されていなければ、精神的活動である認識活動を行なう主体とはなりえないのである。
160 逆に、純綿神アートマンには、活動がないから、活動を備えた内官が附託されていなければ、認識活動を行なう主体とはなりえないのである。
161「これ(正しい認識)が成り立っている時に、認識主体であることも[成り立ち]。という箇所は、本訳251頁20-21行の「認識根拠は、その結果である明知が無明と相入れないので、無明に基づくことは ないのである」という反対主張に対する答論であり、「認識根拠はまさにその正しい認識に対して機能す るのである」という箇所は、本訳251頁19-20行の「正しい認識すなわち明知とは、実に、真理を確定 することであり、その手段が認識根拠である[のに、それが]どうして無明を持つ者に関係していたりし ようか」という反対主張に対する答論である。すなわち、反対主張においては、「正しい認識は、無明と相入れないから、その手段である認識根拠が無明に基づくことはない。とさ れているわけだが、それに対して、「正しい認識が成り立っている時には、その認識主体が存在しており、 その認識主体自体がアートマンと内官との相互附託(=無明)に基づいているわけだから、正しい認識で すら無明に基づいており、その正しい認識に対して機能する認識根拠も当然無明に基づいている」と答え ているのである。
162認識根拠を統御する認識主体の必要性についてはすでに説明済(本訳252頁4行以下参照)なので、 ここで更に同じ説明を繰り返す必要はない。従って、Bh?・mat?・はここで、認識主体であることという『註解』本文の語を「正しい認識」の意味に取り、この箇所の論議を「正しい認識自体が精神性と物質性のいり混ったものだから、純粋精神であるアートマンと物質的な内官等の相互附託を前提としている」と解すのである。
163「当面」を、附託が行なわれているまさにその時の[日常的経験]」と解している。
(´・(ェ)・`)つ

484:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/08/04(木) 23:43:31 ID:SYPx9A2Y0
 認識根拠は附託に基づき、認識主体であるアートマンがなければ機能しないというのじゃ。
 主体がなければ客体も根拠もないからなのじゃ。

 認識主体であるアートマンは正しい認識からも自立した存在であるというのじゃ。
 正しい認識とは内官が認識対象に向った時に生ずる内官の変容の一種であるというのじゃ。
 認識行為の主体に存在し、純粋精神を本質としているというのじゃ。

 もし内官に純粋精神アートマ附託されていなければ、物質的な内官の変容が純粋精神を本質としたしないのじゃ。
 もし活動を備えた内官が純粋精神アートマンに附託されていなければ内官の変容が、純粋精神アートマンを認識の主体として有ることもないのじゃ。

 それ故に純粋精神であるアートマンという認識の主体に存在する正しい認識という結果は相互附託に基づいて成 り立っているというのじゃ。
 そして正しい認識が成り立っている時に、認識主体であることも成り立ち、認識根拠は正しい認識に対して機能するのじゃ。
 
 シャンカラは直接知覚等の認識根拠は、無明を持つ者にのみ関係しているのであると結論づけているというのじゃ。

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