鬼和尚 2022/07/29(金)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

361:359[sage]:2022/07/29(金) 21:18:25 ID:/2.P4mN60
>>360
鬼和尚さん、ありがとうございます。
私の一番の原因は、生まれてきたからには人は幸せであるべきだ、という考え方を持っているからだと思います。
学校や本などによって、子供の頃からそういう考え方が心に染みついています。
そして、その考え方を失うのが恐いので、それを失いたくないと思っています。
生まれてきたからには人は幸せであるべきだという考え方を捨てても、人や社会は、人を大切にしてくれるのでしょうか?
自分が苦痛や不幸を味わいたくないという恐怖心があるので、その理想的な考え方を捨てられないでいる気がします。
その考え方を捨てても大丈夫なのでしょうか?

362:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/07/29(金) 22:32:28 ID:3KmJ.Gzg0
>>361 捨ててよいのじゃ。
 その考えを捨てても、人や社会は何も変わらないのじゃ。
 ありのままなのじゃ。
 実践して確かめるのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 55
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1643336428/

796:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/07/29(金) 00:29:38.64 ID:LMDByi2m
>>795
分かりました。
新興宗教の教祖たちも、きっと死ぬ瞬間に悟りに辿り着けなかったことを理解し後悔し、また人間に生まれ変わり今度こそ修行をやるぞと決意してると思います。

私はどうしても新興宗教は胡散臭いと思うのですが、別の見方をすれば、昔の農家の中年の女が突然信者を集め、巨大宗教として名を残すのは、当時の世間ではこれ以上ない自己実現の成功者だとおもいました。
故にその徳によりきっとまた修行に戻ってくると信じます。

今は、ネットで古今東西の聖者の言葉に辿り着けるのは恵まれてることですね。
教祖たちを反面教師にし、心してやっていきます。

797:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/07/29(金) 09:01:39.19 ID:bqvtYr4Y
確信犯という言葉があります。
最近は正しい使い方をする機会がないので誤用?のほうが使われてますが、

【確信犯】
政治的・思想的または宗教的信念に発して、それが(罪になるにせよ)正しい事だと確信して行う犯罪。

という意味だそうですね。
そこで質問ですが、この確信犯のすることは悪行為になるでしょうか?

800:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/07/29(金) 21:01:59.94 ID:S7xn9FQ7
男性で自慰行為を一日に3回するのは、少し過剰ですか?
健康にはよくないでしょうか?

801:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2022/07/29(金) 23:16:50.23 ID:0dpezHgY
>>796 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>797 悪になるのじゃ。
 苦しむ者がいるからのう。
 その確信もまた悪意の一つといえるのじゃ。
 
>>800 それは人によるのじゃ。
 もともと精力が強くて日常に何の支障もないならば、過剰ではないのじゃ。
 疲れてしまうならば過剰であり、健康にもよくないのじゃ。
 自分の肉体をよく観察して見極めるのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1656425706/

33:マジレスさん (スッップ Sd22-HEIU [49.98.158.48])[sage]:2022/07/28(木) 22:11:42.25 ID:rjDNb92kd
>>25
あえて言うと、他人に何の知識も益も気づきも与えず無意味にリソースを浪費するだけの
スルーやNG登録不可避な性質の人物と言ったところです。

そして長いことスルーしているので最早どんなんだかは おぼえがありません。

35:マジレスさん (ワッチョイ 3f93-Uk+b [14.9.42.64])[sage]:2022/07/29(金) 15:45:37.53 ID:PeDMAucv0 [1/3]
>>34
仮に自分が正しかったとしても、相手を責めているようでは、自分が安らげませんね。
ということは、本当の意味でも正しくないし、>>26は間違っているのかもしれません。
「自分のコアビリーフ(あえて英語で)が間違っていないか」を見ていこうと思います。ありがとうございます。

36:マジレスさん (ワッチョイ 3f93-Uk+b [14.9.42.64])[sage]:2022/07/29(金) 15:54:45.77 ID:PeDMAucv0 [2/3]
>>35(修正)
仮に自分が正しかったとしても、相手を責めているようでは、自分が安らげませんね。
ということは本当の意味でも正しくないし、>>26は間違っているかもしれません。
「自分のコアビリーフ(あえて英語で)が間違っていないか」を見ていこうと思います。
ありがとうございます。

37:マジレスさん (ワッチョイ 3f93-Uk+b [14.9.42.64])[sage]:2022/07/29(金) 16:32:20.82 ID:PeDMAucv0 [3/3]
>>36
自分のコアビリーフが間違っていないか

⭕自分の固着観念(こちゃくかんねん)が間違っていないか

38:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8  (ワッチョイ cf67-0NZL [126.242.184.71])[sage]:2022/07/29(金) 23:07:34.02 ID:Y+Vsuutb0
>>33 もっと簡単にいうとどのようになるのじゃ?

>>35 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

471:避難民のマジレスさん[]:2022/07/29(金) 01:07:34 ID:hkICw4oc0
(つづき)   p247-248
  [反対主張]私たちは、[内的アートマンは自己]以外のものに基づかずに輝いてい る(自ら輝いている)から対象ではないという理由で、[内的アートマンに対する]附 託を否定しているわけではない。そうではなくて、自己に基づこうとも[自己]以外の ものに基づこうとも輝かない(認識されない)という理由で、内的アートマンは対象ではないと言っているのである。従って、内的アートマンは、決して輝かない(認識されない)のだから、どうして、それに附託ができようか。
  [答論][以上の反対主張に対して、師シャンカラが]、内的アートマン(pratyag?・tman) は、直接に(aparokda)良く知られている(prasiddhi)からであると答えているので ある。すなわち、内的な(prat?・ca)アートマン133が良く知られていること(prasiddhi)、 つまり[内的アートマンの]認識(prath?・)は、直接的だからである(aparoksatv?・t)。 [内的アートマンは認識それ自体であるから]、内的アートマンには[それ自身]以外に 認識が存在するわけでないが、[内的アートマンの認識と言うように、内的アートマン とその認識とが]区別されるのは、比喩的用法(upac?・ra)なのである。[それは]ちょ うど、[プルシャは精神性そのものなのに]プルシャの精神性[と言われる]ようなも のである。[従って、『註解』本文の]趣旨は次の通りである。すなわち、純粋精神であるアートマンは必ず直接に認識されるのだ、と認めるべきである。というのは、そ れ(純粋精神であるアートマン)が認識されないと、すべてが認識されないことにな るから、世界が盲目になってしまうという誤謬に陥ってしまうからである。このことは、すでに述べた通りである134。そして、このことに関して、「まさに、それ(アートマン)が輝くと、すぺてがそれ(アートマン)に従って輝く。その(アートマンの)輝 きによって、この全世界が輝く」135という天啓聖典がある。
  さて、このように、[まず、反対主張を]究極的な意味で退けたのち、[次に、師シャ ンカラは]、純粋精神であるアートマンが直接的に認識されない(paroksa)ことを[一応]認めた上で、付加的な議論(praudhav?・din)136として、[反対主張を]別な形で退けて言う。すなわち、眼前に存在する、つまり直接に知覚される対象にのみ[それとは]別の対象を附託すべきであるという定まった規則はないと。
  [反対主張]何故、これは定まった規則ではないのか。
  [答論][この問に対して、師シャンカラは]答えて言う。というのは、愚者たちは、 虚空が直接知覚の対象でなくても、それに、面や汚れなどを附託するからであると。と いうのは(hi)とは、何故なら(yasm?・t)という意味である。実に、虚空は、実体で はあっても、色彩と感触がないから・外[界を知覚するための]感覚器官によって直接に知覚されることはない。さらに、思考器官によって直接に知覚されることもない。 何故なら、思考器官が、[外界を知覚するための感覚器官に]助けられることなく、外界に対して作用することはないからである。従って、[虚空は]直接知覚の対象ではないのである。しかし、愚者たち、すなわち、識別力のない人たち、他の人々が示した通りに[物事を]見る人たちは、これ(虚空)に、ある時には、大地の影である暗青色を 附託して、[虚空は]青い蓮華の花弁のように暗青色であると見、また、ある時は、光の属性である白色を附託して、[虚空は]白鳥の群のように白いと見る。ここでも、以 前に知覚された光や闇の色が、想起という姿で、別の場所に、すなわち虚空に顯現し ているのである。同じように、[愚者たちは、虚空を]インドラニーラという大きな宝石でできた半円球の鍋をうつむけにしたようなものだと考えて、同じそれ(虚空)に、 [半円球の形の]面を附託するのである。[さてここで、師シャンカラは、以上の論議 を]結論付けて言っている。このように、すなわち、これまで述べてきたような反対主張[とそれに対する]答論すべてから[明らかなように]、内的アートマンにアートマ ンでないもの、すなわち統覚機能等を附託しても、さしつかえないと。

脚注
133ここでは、「内的アートマン」という複合語を、「内的な」「アートマン」 と分解しているのである。
134 本訳238頁26行以下参照
135 136
(´・(ェ)・`)つ

472:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/07/29(金) 23:50:20 ID:3KmJ.Gzg0
 反対なのじゃ。
 内的アートマンは認識されないから、付託も出来ないというのじゃ。
 
 答えたのじゃ。
 純粋精神であるアートマンは必ず直接に認識されるのだ、と認めるべきであるというのじゃ。
 純粋精神であるアートマンが認識されないと、すべてが認識されないことになるからなのじゃ。
  
 直接に知覚される対象にのみ別の対象を附託すべきであるという定まった規則はないというのじゃ。

 聞いたのじゃ。
 なぜこれは定まった規則ではないのかと、問うのじゃ。

 答えたのじゃ。
  愚かな者たちが知覚出来ない虚空にも、青とか半円球の鍋と付託するように、
  内的アートマンにアートマ ンでないもの、すなわち統覚機能等を附託されたりするのじゃ。

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