鬼和尚 2022/07/03(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

321:避難民のマジレスさん[sage]:2022/07/03(日) 04:18:57 ID:vPfQxSdQ0
>>314
横ですが、自分もタイトルと本文の「私は在る」に違和感がありました。
以下のサイトで冒頭のウパニシャッドや、20-21頁との英文と訳が紹介されています。
https://turiya.hatenablog.com/entry/Nisargadatta-Maharaji-Brahman-and-Self-Inquiry-I-AM-THAT
23頁でも本文中に「私は在る」(I am)とありますから、禅語なら「本来の面目」
I am that.で「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷しかりけり」といった感じでしょうか。

322:避難民のマジレスさん[]:2022/07/03(日) 10:27:15 ID:/E.6Jbwo0 [8/9]
>>320 囚われに対処するためのアドバイスも、ありがとうございます。

323:避難民のマジレスさん[]:2022/07/03(日) 10:29:53 ID:/E.6Jbwo0 [9/9]
>>321 補足情報ありがとうございます。
翻訳者も「I am that」をどう訳せばよいのか分からなかったのかもしれません。
次善の策で「I am」の訳をタイトルにしたのかもですね。

324:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/07/03(日) 22:25:49 ID:1d4drIFg0 [100/100]
>>322 どういたしまして、またおいでなさい。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 55
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1643336428/

591:おさかなくわえた名無しさん[]:2022/07/02(土) 23:08:31.68 ID:dslnoEAD [2/2]
>>590
ありがとうございます
理解するという心でいたのですが、そしたら心が落ち着いて動揺しなくなりました
いつもは心の衝動に意識が持っていかれて思う様にできなかったんですけどそんな事がなくなりました(今の所は)
凄く落ち着いていてコレはいいなと感じていました
実践で試して試行錯誤続けていきます
ありがとうございます!

592:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/07/02(土) 23:24:37.74 ID:YmnzWE/D [3/3]
>>589
50年って…コンピューターに取り込まれて人工AIとして生きるつもりですか?(それでも50年は短いか)

それと、死後もハッピーもないって、どういうことですか?

593:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2022/07/03(日) 22:47:06.29 ID:OkkLooN9
>>591 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>592 長生きなのじゃ。

 自分がないからなのじゃ。
 全てであるから死もなくハッピーもないのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

415:避難民のマジレスさん[]:2022/07/03(日) 08:59:29 ID:hbWPqUMk0
(つづき)    p212-213
   [反対主張]身体のように、アートマンも有限である。
  [答論]「私」という語[の用法]の妥当性[を保つ]ために、このような[主張をする]のは、誤りである。この場合には、実に、これ(アートマン)は、原子大であるか身体大であるか[のいずれか]であろう44。[まず]原子大だとすると、「私は太っ ている。私は背が高い」という表現(経験)は[成り立ちえ]ないことになろう。[一方]身体大であるとすると、身体と同じように、[アートマンにも]部分があることになり、[永遠であるアートマンが]無常であるという[理論上の]誤謬に陥ることになる45。さらにまた、この[アートマンは身体大であるという]説に立てば、(アートマンの)精神活動を行うのは、部分の集合体か個々の部分か[のいずれか]であろう。[まず]個々の部分が精神活動を行うという説に立てば、[個々に]独立した多くの精神的存在は、統一(ekav?・kyat?・)がとれていないのだから、相反する方向にばらばらに動いて、身体が分解してしまうか、活動が[生じ]ないことになるか、[いずれかの理論上の]誤謬に陥ることになるだろう。一方、[アートマンの]精神性は集合体[全体]と結びついている[という説]に立てば46、[その]ー部が破損すると精神アートマンも破損することになり、[アートマンは]精神的活動を行わないことになるだろう。ま た、[個々の部分がそれぞれ、必然的な関係で結びついて、集合体全体を構成する可能性も考えられるが]、多くの[個々の]部分[どうし]には、互いに[集合体を構成する]必然的関係(avin?・bh?・va)47が見あたらない。また、[集合体の]ー部が滅すると、 そ[の一部]がなければ[集合体は成り立たないから、集合体が]精神的活動を行わないことになるだろう。
  [唯識論者の主張するような]識が[「私」という観念(語)の]対象だとしても、 「私」という観念が誤認(bhr?・nta)である点では、それ(身体)の場合と同じである。 というのは、それ(「私」という観念)からは永遠な実在が明らかになるのに、識は無常だからである48。
  以上[の論議]で、「私は太っている。私は盲目である。私は行く」等の〔日常的表現(経験)]も附託によることを説明し終ったのである。

脚注
44 アートマンの大きさに関しては、インド一般に三種の見解が見られる。(1)アートマンは極大であり、万物に遍在するという説、(2)アートマンは原子大であるという説、(3)アートマンは身体大である という説である。
45部分のあるものは、個々の部分に分解されて消滅するから、無常である。
46アートマンの精神性が集合体と結びついているという説を、(1) 精神性は身体という添性を通して集合体と結びついているという説、(2)精神性はそれ 自体で独立に集合体と結びついているという説、(3)精神性はたまたま偶然に集合体と結び ついているという説の三種に分け、以下の各文をそれぞれの説に対する答えと取っている。
47必然的関係とは、もともとはニヤーヤ字派において、因果関係の必然性を表す語であるが、ここではもっと広く必然性一般を表している。
48唯識論者によれば、識は刹那滅であるから、無常である。
(´・(ェ)・`)つ

416:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/07/03(日) 23:12:05 ID:1d4drIFg0 [221/221]

 今度は反対論者は、私という用語に妥当性をもたせるために、身体のようにアートマンも有限と言うのじゃ。

 答えたのじゃ。
 
 有限であるからには、アートマンは原子のように小さいか、身体と同じなのじゃ。
 原子大であれば、私は太っているとか、背が高いとかはなりたたないからいかんのじゃ。
 身体大であるとすると、身体と同じくアートマンにも部分があり、無常になるからこれもいかんのじゃ。

 さらに身体大であれば精神活動も部分であれ、全体であれ、無常になるからいかんのじゃ。
 識も無常であるからアートマンではないというのじゃ。

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