鬼和尚 2022/06/28(火)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

306:避難民のマジレスさん[]:2022/06/28(火) 00:49:07 ID:/E.6Jbwo0 [4/4]
>>305 ありがとうございます。理解と実践に励みます。

307:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/06/28(火) 22:22:22 ID:1d4drIFg0 [94/94]

 ↑
 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 55
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1643336428/

558:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/06/28(火) 00:26:53.28 ID:HZWMJqhf
>>557
そうでしたか。
とうとう弥勒様が救済に現れましたか。この数奇な巡り合わせに生まれることができて、有難いことです。
弥勒様が救いに来るほど暗黒も甚だしい時代なので、恐ろしくもありますが、
既に法輪転じているということで、有り難く思って救われますよう精進してまいります。

559:おさかなくわえた名無しさん[]:2022/06/28(火) 12:11:19.38 ID:E+3BjQv/
鬼和尚、弥勒菩薩が下生してるとの事ですが、我々平凡な衆生も救われるのでしょうか?

560:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2022/06/28(火) 16:28:14.71 ID:Sg25/q71
弥勒って鬼和尚さんのことですか

561:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2022/06/28(火) 23:08:56.05 ID:pcaWp0BV
>>558 そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>559 説かれた法の通りに実践すれば自分を救うことができるじゃろう。
 ただひたすらに自分の心を観察するのじゃ。
 それが全ての如来の説いた法であり、これからも説かれるであろう法なのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>560 それはおぬし自身が見出すことじゃ。
 かつてインドではお釈迦様がいた時でも、理解できなかったおろかなバラモンもいたのじゃ。
 貴重な機会を逃してしまったのじゃ。
 今おぬしが精進して悟りを得れば、弥勒がいなくてもいたのと同じなのじゃ。
 精進あるのみなのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 80 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1613875666/

950:マジレスさん[sage]:2022/06/27(月) 21:00:07.92 ID:G6CVXM9E
鬼和尚の体感的に悟りに近い者や真面目に修行して見込みのあるものは
全人口の何%くらい存在していそうですか?
逆に悟りとは縁もゆかりもない一般大衆は何%くらいですか?

修行するなら、そこら中にいる大衆はガン無視して相手にしないのが基本ですか?

951:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2022/06/28(火) 22:25:57.50 ID:BWJRM1ZM
>>950 5%以下じゃな。
 95%ぐらいじゃな。

 そうじゃ、他人はみなくてよいのじゃ。
 修行する仲間がいれば一緒に実践するとよいのじゃ。
 いなければ犀の角のように一人で歩むのじゃ。
 精進あるのみなのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

400:避難民のマジレスさん[]:2022/06/27(月) 23:33:02 ID:bd.fxOME0
(つづき)   206-207
   [反対主張に対する反論][主観であるアートマンと客観である統覚機能等という]基体[どうし]を互いに入れ換える(相互に附託しあう)ことはないだろう。しかし、 そ[の基体]の諸属性、すなわち、精神性と物質性、永遠性と無常性等を相互に附託しあうことはありうるのではないか。というのは、[よく]経験されるように、基体[どうし]が違うことは分かっていても、その諸属性を附託することはあるからである。たとえば、水晶は、非常に透明なので、ハイビスカスの花が反映すると、花と違うことは 分かっていても、「赤い水晶」だと[思う。このように、花の属性である]赤さが[水晶の属性と]誤認されること(vibhrama)があるのである。
   [反対主張者の答え]だから[本文中で]その諸属性に関してもと言っているのである。
[主・客の]諸属性が互いに入れ換って[別々の]基体に存在すること(itaretaratra,dharmini dharm?・n?・m bh?・vah)、すなわち、相互に交換されること(vinimaya)、そ れは起りえない。[本文のこの箇所の]趣旨は以下の通りである。実に、色彩(r?・pa) のある場合には、実体(dravya)Aは、実体Bと違うとは分かっていても、非常に透明なために、[Bの]影を宿し、[AにBの属性があると誤解されることがあり]得るで あろう。しかし、主観である純粋精神アートマンには、色形がない[ので]、客観の影が映ることはありえない。たとえば、[クマーリラも]「[色形のない]音声・香・味等が、どうして、[他のものに]反映しようか」24と言っているではないか。従って、この 場合には、消去法(p?・ri?・asya)25を用いることにより、主観と客観の本質を互い.に混同した時にだけ、その諸属性も互いに混同される、すなわち、相互に交換される[という可能性]が残ることになる。[それ故]もし、これら[主観と客観という]基体[どうし]が完全に異なることを理解して、[その両者を]混同[さえ]しなければ、その諸属性を混同することはなおさらない。何故なら、[属性間の関係は]それぞれの基体を介在して[成りたって]いるので、[基体間の関係に比べて]疎遠だからである。だから、[本文中に]なおさら[・・・ない]と述べてあるのである。それとは逆にとは、客観とは逆にという意味である。[また]誤り(mithy?・)という語は隠覆(apahnava)26を意味している。
   [従って、本文前半部の]趣旨[を要約すれば]次の通りである。すなわち、「[XとYとの]附託[が存在する領域]は、[両者の]違いに対する無理解[の存在する]領 域により覆われ(vy?・pta)27ている。しかし、こ[の主観と客観の場合]には、それとは逆で、[主・客の]違いが理解されている。[従って]これ(主・客の違いに対する理解)が無理解を取り払えば、この[無理解の存在する]領域に覆われている附託も取り 払われることになる」[というのが趣旨である]。[そして]、たとえ[附託は]誤りで ある[と理解するのが]正しくても[という前半部は]にもかかわらず[以下の後半部 に]かかっていくのである。

脚注
24
25 反対主張者は、属性の附託が起こりうる可能性として、属性が基体に反映する場合で、基体どうしの附託(混同)を前提として属性の附託(混同)が起る場合の二つを想定し、ここまでで、前者の可能性がなくなったので、消去法によって残るは後者の可能性だけであると言っているのである。
26隠覆という語は、誤りが物事の真の姿を覆い隠すことから、ここで誤りと 同義語とされている。Pa?・cap?・dic?・も、この同じ箇所に対する註で、誤り(虚妄)という語には この隠覆と[非実であるとも非実在であるとも]表現し得ないことの二義あることを述べ、この個所では隠覆の意味にとっている。Bh?・mat?・もこれに従ったのであろう。
27脚注14参照。
(´・(ェ)・`)つ

401:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/06/28(火) 23:39:12 ID:1d4drIFg0 [213/213]

 次は基体が入れ替わったり、付託することはなくとも属性が付託されることはあるのではないかというのじゃ。
 透明な水晶に赤い花が反映すると、赤い属性が付託されるようにというのじゃ。

 それに反論するのじゃ。
 主観であるアートマンは色形がないので、客観の影が反映することはありえないというのじゃ。
 もしそのように誤認したのならば、それは主観と客観の本質を理解せずに混同したときだけというのじゃ。

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