鬼和尚 2022/05/23(月)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

210:避難民のマジレスさん[]:2022/05/22(日) 22:04:07 ID:ehQV/BTA0 [41/41]
自我は思考したり発意したり出来ないけど、
自我という観念から思考や発意は起こる。ということをおっしゃってるんですか?
ややこしくて区別がつきづらいですね。

211:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/05/23(月) 21:14:42 ID:1d4drIFg0 [61/61]
 ↑ そのような理解でよいのじゃ。
 詳細に観察して確かめるのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 –  したらば
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

870:避難民のマジレスさん[]:2022/05/23(月) 20:14:08 ID:EkTCtsfA0 [1/4]
1937年1月22日

ラマナ・マハルシとの対話 336

ウパニシャドとシュリーマッド・バガヴァッド・ギーターを学んだと思われるあるヴァイシャ(商人)が、いくつかの質問をした。

質問者
 どのようにして真我を悟るのですか?

マハルシ
 真我は常に直接的に認識されています。
 そうでない瞬間はありません。
 では、それはどうしたら確かめられるのでしょうか?
 真我を見いだしなさい。
 あなたがそれなのです。

質問者
 しかし、至高者が見つかると、ハートの結び目は切り離され、すべての疑念は終わると言われています。
 ドリシュティ(見ること)という言葉が使われています。

マハルシ
 真我で在るということは、真我を見るということと同じです。
 一方が他方を見るといったような、二つの自己があるわけではありません。
 
その後、彼は真我への探求について同じ質問を続けた。

質問者
 どのように真我を実現するのですか?

マハルシ
 それはすでに実現されています。
 人はこの単純な事実を知るべきなのです。
 それがすべてです。

質問者
 しかし、私はそれを知っていません。
 どうしたら知ることができるのでしょうか?

マハルシ
 あなたは自分の存在を否定するのですか?

質問者
 いいえ、どうしてそのようなことができるでしょうか?

マハルシ
 では、真理は認められています。

質問者
 しかし、私にはわかりません。
 どうすれば、真我を実現することができるのでしょうか?

マハルシ
 誰が「私」といっているのかを見いだしてください。

質問者
 はい。
 私が「私」と言っています。

マハルシ
 その「私」とは誰でしょうか?
 身体ですか、それとも身体以外の誰かですか?

質問者
 身体ではなく、身体以外の誰かです。

マハルシ
 見いだすのです。

質問者
 私にはそうすることができません。
 どうやって探せばよいのでしょうか?

マハルシ
 あなたは今、身体に気づいています。
 深い眠りの中で、あなたは身体に気づいていませんでした。
 それでもあなたは眠りの中に残っていました。
 目覚めた後、あなたは身体を注視し、「私は真我を実現することができない」と言います。
 あなたは眠っているときにそう言ったのでしょうか?
 そのとき、あなたは分裂していなかった(アカンダ)ので、そう言いませんでした。
 今、あなたは身体という範囲内に収縮されているので、「私は実現していない」と言うのです。
 なぜ、あなたの真我を制限しておいて、惨めな気持ちになるのですか?
 あなたの真の本性として在り、幸せで在りなさい。
 あなたは眠っている間、「私」とは言いませんでした。
 今、あなたはそう言っているのです。
 なぜでしょうか?
 なぜなら、あなたが身体にしがみついているからです。
 この「私」がどこから来るのかを見いだしなさい。
 そうすれば、真我は実現されます。

 生命意識を持たない身体は、「私」と言うことはできません。
 無限である真我も「私」と言うことはできません。
 では、誰が「私」と言うのでしょうか?

871:避難民のマジレスさん[]:2022/05/23(月) 20:15:36 ID:EkTCtsfA0 [2/4]
質問者
 まだ理解できません。
 どうやって「私」を見つけるのですか?

マハルシ
 この「私」がどこから生じるのかを見いだしなさい。
 そうすれば、この「私」は消えて、無限の真我が残るでしょう。
 この「私」は、生命意識を持つものと持たないものとの結び目に過ぎません。
 身体は「私」ではなく、真我は「私」ではありません。
 では、その「私」とは誰なのでしょうか?
 どこから生じるのでしょうか?

質問者
 どこから生じるのですか?

マハルシ
 見いだしなさい。

質問者
 わかりません。
 どうか教えてください。

マハルシ
 それは外側からではありません。
 内側からです。
 どこから来るのでしょうか?
 どこか他の場所からであれば、あなたはそこに導かれることもありうるでしょう。
 内なるものである以上、あなたは自分で見いださなければならないのです。

質問者
 頭からでしょうか?

マハルシ
 「頭」という観念は、「私」の後に生じるのですか、それとも「私」は頭から生じるのでしょうか?
 もし「私」が頭の中にあるのなら、あなたが眠気に襲われたとき、なぜ頭を傾けるのでしょうか。
 「私」は常に不変です。
 そのため、その座も不変でなければなりません。
 もし、頭がある時は傾き、ある時は直立しているとしたら、どうしてそれが「私」の座になるというのでしょうか?
 あなたの頭は、眠っているときは水平に横たわっています。
 目が覚めると、それは持ちあげられます。
 それが「私」であるというのでしょうか?

質問者
 では、どちらなのですか?

マハルシ
 「私」は内側からやってきます。
 眠っているときは「私」はありません。
 目が覚める直前に「私」という想念があるのです。

質問者
 ハートの結び目は眉間にあると言われています。

マハルシ
 「眉間」と言う人もいれば、「尾?蛞骨」と言う人もいれば、様々です。
 これらはすべて、身体の立場から見たものです。
 身体は「私」という想念の後に来るのです。

質問者
 しかし、私は身体を切り離すことはできません。

マハルシ
 つまり、あなたは自分が身体でないことを認めているのです。

質問者
 この身体に痛みがあれば、それを感じますが、他の身体が傷ついても感じません。
 私はこの身体を克服することができません。

マハルシ
 この自己同一性が、そのような感覚の原因なのです。
 それが、ハートの結び目(フリダヤ・グランティ)です。

質問者
 この結び目はどのようにすれば消えるのですか?

マハルシ
 その結び目は誰のためのものなのですか?
 なぜ、あなたはそれを消したいのでしょうか?
 結び目が尋ねているのでしょうか、それともあなたが尋ねているのでしょうか?

質問者
 それは尋ねることができません。
 私が尋ねています。

マハルシ
 その「私」とは誰でしょうか?
 もしそれが見つかれば、結び目は残りません。

質問者
 結び目は身体に付随しています。
 身体は誕生によるものです。
 どうしたら生まれ変わりを止めることができるのでしょうか?

マハルシ
 誰が生まれるのですか?
 真我が生まれるのですか?
 それとも身体ですか?

質問者
 身体です。

872:避難民のマジレスさん[]:2022/05/23(月) 20:17:05 ID:EkTCtsfA0 [3/4]
マハルシ
 では、身体に、どうすれば生まれ変わりが止むのかを尋ねさせましょう。

質問者
 身体は尋ねません。
 だから、私が尋ねているのです。

マハルシ
 身体は誰のものですか?
 あなたは深い眠りの中で、身体を持っていませんでした。
 「私」という想念が生じてから、身体が生じたのです。
 最初の誕生は「私」という想念の誕生です。
 身体は「私」という想念に続いて誕生します。
 それゆえ、その誕生は副次的なものなのです。
 第一の原因を取り除けば、第二の原因も自ずと消滅します。

質問者
 その「私」という想念が生じるのをどうやって阻止するのですか?

マハルシ
 真我探求によってです。

質問者
 私は理解しようとしていますが、うまくいきません。
 ジャパで真我を見つけることができますか?
 もしそうなら、その方法を教えてください。

マハルシ
 ジャパとは何ですか?
 なぜあなたは人工的なジャパを作らなければならないのですか?
 あなたは、あなたの中で常に行われている永遠の自然なジャパを見いだすことができるのです。

質問者
 ウパデーシャ(指導)があれば、きっと役に立ちます。

マハルシ
 あなたのように書物で苦労していない人に「ラーマ、ラーマと繰り返しなさい」と言えば、彼はそれを実行し、やり遂げるでしょう。
 あなたのようにたくさん読み、いろいろ調べている人にそう言っても、長くは実行しないでしょう。
 なぜなら、あなたはこう考えるからです。
 「どうして私はそれをすべきなのか?
  なによりも、マントラを繰り返すべき私とは誰なのだろう?
  先に進む前に、私が誰なのかを見つけよう」。
 そして、あなたはジャパをやめて、探求を始めるでしょう。

質問者
 「感覚は外に向かうもの(パラーンチ・カーニ)であり、内に向かうもの(アーヴリッタ・チャクシュフ)が視覚である」と言われています。
 アーヴリッタ・チャクシュフ(内向きの視覚)とは何ですか?

マハルシ
 眼球が反対方向に入れ替わるということではありません。
 チャクシュフとは何ですか?

質問者
 目のことです。

マハルシ
 その目が見るのでしょうか、それとも目の後ろにいる誰かが見るのでしょうか?
 もし目が見ることができるとしたら、死体も見るのでしょうか?
 目の後ろにいる者が、目を通して見るのです。
 彼はチャクシュフという言葉で示唆されています。

質問者
 神の栄光を見るためには、ディヴィヤ・チャクシュフ(神聖な目)が必要です。
 この肉眼は普通のチャクシュフです。

マハルシ
 ああ!なるほど。
 あなたは、百万の太陽の輝きと、それ以外のものを見たいのですね!

質問者
 私たちは、百万の太陽の輝きとして、その栄光を見ることはできないのでしょうか?

マハルシ
 あなたはたった一つの太陽が見えないのですか?
 なぜ何百万もの太陽を求めるのですか?

質問者
 神聖な視覚によってそうすることが可能に違いありません。
 「太陽の輝かないところ…それが私の至高の住処である」(バガヴァッド・ギーター)とあります。
 つまり、この太陽が無力な境地があるのです。
 それが神の境地です。

873:避難民のマジレスさん[]:2022/05/23(月) 20:18:04 ID:EkTCtsfA0 [4/4]
マハルシ
 わかりました。
 クリシュナを見つけなさい。
 そうすれば問題は解決されます。

質問者
 クリシュナは生きていません。

マハルシ
 それが、あなたがギーターから学んだことですか?
 彼は、自分は永遠であると言っていませんか?
 あなたは何について考えているのですか?
 彼の体についてですか?

質問者
 彼は存命中に他の人たちに教えました。
 彼の周りの人たちは実現したに違いありません。
 私は同様の生きているグルを探しているのです。

マハルシ
 それでは、彼が自分の身体から退いた後には、ギーターは役に立たないのでしょうか?
 彼は自分の身体をクリシュナとして語りましたか?

 ナ・トヴェーヴァーハン・ジャートゥ・ナーサン……(私が存在しなかったことは一度もない……)。

質問者
 しかし、私は真理を直に明言することができる、生きているグルが欲しいです。

マハルシ
 グルの運命はクリシュナの運命と同様です。

質問者は引き下がった。

その後、シュリ・バガヴァンは言った。

マハルシ
 神聖な視覚とは真我の輝きを意味します。
 ディヴィヤという言葉がそれを示しています。
 ディヴィヤ・チャクシュフという言葉は真我を意味します。
 誰が神聖な目を授けるのでしょうか?
 そして、誰が見るのでしょうか?
 また、人々は書物の中で「傾聴、熟考、一点集中が必要である」と読みます。
 彼らは、実現に到達する前に、サヴィカルパ・サマーディとニルヴィカルパ・サマーディを通過しなければならないと考えてます。
 だから、こんなにたくさんの質問が出るのです。
 なぜ、彼らはその迷路の中をさまよわなければならないのでしょうか?
 彼らは最後に何を得るのでしょうか?
 それは、求める苦しみが止むというだけなのです。
 彼らは真我が永遠であり、自明であることを見つけます。
 なぜ、彼らはまさに今この瞬間にもその安らぎを得ないのでしょうか?

 無学の、単純な人は、ジャパや礼拝で満足します。
 ジュニャーニはもちろん満たされています。
 すべての苦悩は読書家にとってのものです。
 まあ、まあ、彼らもまた、うまくいくでしょう。

874:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/05/23(月) 22:44:00 ID:1d4drIFg0 [393/393]

 知識や記憶では真我は実現できないのじゃ。
 今ここで自分の心を観るしかないのじゃ。
 しかし、知識や記憶に囚われていればそれができないのじゃ。
 目の前に真のグルがいてもわからないのじゃ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました