鬼和尚 2022/04/26(火)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

80:避難民のマジレスさん[sage]:2022/04/25(月) 23:05:31 ID:xSOdhatY0 [1/2]
>>77
悪いことすると何故次が動物や虫なのですか?
動物や虫として他に仕えるのに何故悪いことをしなくてはいけないのですか
悪いことは何故存在して行使可能なのですか
人間と全く縁のない界隈の動物や虫は悪いことできますか?

81:避難民のマジレスさん[sage]:2022/04/25(月) 23:16:41 ID:xSOdhatY0 [2/2]
>>62
とりあえずギリギリの今日、ポジティブに一万円札を引き寄せてジョブクリアです。

『引き寄せ力を強いものにする事』の引き寄せがまだわかりません。

84:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/26(火) 22:37:43 ID:1d4drIFg0 [24/25]
>>80 動物や虫は常に殺しあったり傷付けあったりしているのじゃ。
 そのようなことをする者達が同じことをするムシや動物に生まれるのは、当然なのじゃ。
 
 動物や虫はなにものにも仕えていないのじゃ。
 それは人間がムシや動物から搾取するための言い訳なのじゃ。

 おぬしが自分が在ると認識しているからなのじゃ。

 常に傷つけあうという悪をしているのじゃ。

>>81 それでよいのじゃ。
 
 一万円を引き寄せたのと同じように、更に強い引き寄せの力を引き寄せるだけなのじゃ。
 自分は引き寄せる力がもっと強くなるとか、自己暗示をするのもよいのじゃ。
 いろいろ工夫して実践してみるのじゃ。

82:避難民のマジレスさん[sage]:2022/04/26(火) 15:54:35 ID:aMk4njgI0
鬼和尚様



相談があります。
娘は40代、私は母親です。


娘が自分の夫の風俗遊びのこと、そのために離婚を考えていることなどを話すために、時々私に電話をしてきます。

どうしたらいいと思う?とよく聞かれ、そのたびに考えて答えるのですが、何を言っても鼻で笑って否定されるため、怒りや徒労感におそわれます。

昔から娘に思ったことが言えず、断固とした態度がとれないため、娘から舐められている状態です。
電話があるたびに心が動揺し、苦しくなります。


このままの接し方で良いのか、もう少し突き放したほうがよいのかなどが分からず、いつもモヤモヤしています。
思ったことをはっきりと言う方がよいのかもしれませんが、それは怖くて無理なので、長年、何も変わりません。


これまでずっと続いている苦しい状態から脱したいので、
「私は何もアドバイスが出来ない。あなたがよく考えた結果、私にできることであれば、お金も出すし、なんでもする」
と伝えれば、ただサンドバッグにされるような連絡が来なくなるのではないかと考えています。
この対応について、どう思われますか?


その他、娘からの連絡で動揺しないための心の持ち方、娘への対応の仕方など、どんなことでもアドバイスをいただきたいです。

よろしくお願いいたします。

83:避難民のマジレスさん[sage]:2022/04/26(火) 21:39:39 ID:uqp10sqk0
鬼和尚さん

質問なのですが、このところ、瞑想の練習をしていますが、何となく河原で石を何個か立てて重ねるような、バランスを見つける感じになっています。
うまくバランスが取れれば、座ったまま眠って、そのあいだも意識を保てるようになるんじゃないかと思っています。
瞑想の練習はそういう感じで良いのでしょうか?

85:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/26(火) 22:43:46 ID:1d4drIFg0 [25/25]
>>82 それはおぬしが娘に強い執着をもっているからじゃろう。
 問題はおぬしの心の中の執着にだけあるのじゃ。
 娘にも、その他の状況にも何の問題もないのじゃ。

 そのように対応してもよいのじゃ。
 しなくてもよいのじゃ。

 おぬしが実践すべきことは、自分の心の中にある娘への執着を観察する事なのじゃ。
 それを否定するのではないのじゃ。
 肯定するのでもないのじゃ。

 ただひたすらにありのままに観察するのじゃ。
 娘に対する執着から連絡を絶たれるのが怖いという心の働きを、ありのままに観るのじゃ。
 同じように動揺するとか、苦しくなるとか、観察するのじゃ。
 ただ観察をするだけで苦がなくなっていくじゃろう。
 それによって全ての問題は解決するのじゃ。
 実践して確かめるのじゃ。

>>83 そうじゃ、身体の練習はそれでよいのじゃ。
 バランスがとれていれば、力を抜いても倒れないのじゃ。
 そしてサマーディも速やかに訪れるのじゃ。
 さらに実践あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 –  したらば
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

801:避難民のマジレスさん[]:2022/04/26(火) 07:25:37 ID:tna/dDuc0
ラマナ・マハルシとの対話 309

1937年1月1日

質問者
 アハム・ブラフマースミ(私はブラフマンである)とブラフマイヴァーハム(ただブラフマンだけが私である)の違いは何でしょうか。

マハルシ
 前者はプラティヤクシャ・ヴリッティ(直接体験)であり、後者はパロークシャ・ジニャーナ(間接的知識)です。
 前者はアハム(「私」)の実現から始まりますが、後者は、同じものが実現されるとしても、真我と不可分である伝聞のブラフマンから始まります。

802:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2022/04/26(火) 22:32:28 ID:1d4drIFg0 [364/364]

 自らがブラフマンに没入する体験はありえるのじゃ。
 本当に没入したらもはや私はないのじゃ。
 ブラフマンだけが私であるというのは観念に過ぎないのじゃ。
 ブラフマンは全てであるから、あるものだけがブラフマンであり私であるという限定は出来ないからなのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

374:避難民のマジレスさん[]:2022/04/26(火) 00:51:12 ID:TPvzETQk0 [1/2]
n(´・(ェ)・`)n
お詫びと訂正。
前回掲載時、38をとばしてしまいました。
本日の鬼和尚訳、>>371 及び >>372の1行目 に該当する部分が、38↓であります。

38.
大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号39-40)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号59-60)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。

 復次若人雖修行信心。以從先世來多有重罪悪障故。爲邪魔諸鬼之所惱亂。或爲世間事務種種牽纒。或爲病苦所惱有如是等衆多障。礙是故應當勇猛精勤。晝夜六時禮拝諸佛。誠心懺悔。勸請随喜。廻向菩提。常不休廢。得免諸障。善根増長故

     復次に、若し人、信心を修行すると雖も、先世(せんぜ)より來(このかた)、多く重罪悪業の障有るを以て故に、
邪魔諸鬼の爲に惱亂せられ、或は世間の事務の爲めに、種種索纒(さくてん)せられ、或は病苦の爲に所惱まさ
る。是くの如き等の衆多の障礙(しゃうげ)有り。是の故に、應當(まさ)に勇猛精勤(ゆうみょうしゃうごん)して、晝夜
六時に、諸佛を禮拝(らいはい)し、誠心(じゃうしん)に懺悔し、勸請(くわんじゃう)し随喜して。菩提に(ゑかう)すべ
し。常に休廢(くはい)せざれば、諸障を免(まぬか)るるを得、善根増長するが故に

*【纏牽】てんけん:まといつなぐ。束縛

▲第五 止觀門 

 云何修行止觀門。
 所言止者謂止一切境界相随順奢摩他觀義故

     云何が、止觀門を修行するや。
     言ふ所の止とは、謂はく、一切境界の相を止(とど)めて、奢摩他(しゃまた)觀に随順する義の故に。

 所言觀者謂分別因緣生滅相。随毘鉢舍那觀義故

     言ふ所の觀とは、謂はく、因緣生滅の相を分別して、毘鉢舍那(びばしゃな)觀に随順する義の故に。

 云何随順以此二義漸漸修習不相捨離雙現前故

     云何が、随順するや。此の二義、漸漸に修習(しゅじふ)して相捨離せざるを以て、雙(なら)べて現前するが故に。

 若修止者住於静處端坐正意不依氣息不依形色不依於空不依地水火風。乃至不依見聞覺知。一切諸想随念皆除亦遣除想。以一切法本來無想念念不生念念不滅

     若し止を修する者は、静處(じゃうりょ)に住し、端坐して意を正し、氣息に依らず、形色(ぎゃうしき)に依らず、空
に依らず、地水火風に依らず、乃至見聞覺知(けんもん)に依らず、一切の諸想も、念に随って皆除き、亦除想
を遣(や)る。一切の法は、本來無想なるを以て、念念に生ぜず、念念に滅せず。

 亦常不得随心外念境界。後以心除心。若馳心散即當攝來住於正念。是正念者當知唯心無外境界。即復此心亦無自相。念念不可得

     亦常に、心外に随って境界を念じ、後(のち)、心を以て心を除くことを得ず。心若し馳散(ちさん)せば、卽ち當
(まさ)に攝し來(きた)って、正念(しゃうねん)に住すべし。是の正念とは、當に知るべし、唯心にして外(ほか)境界
無し〔きなり〕。卽ち復、此の心も亦、自相無し。念念に不可得(とく)なり。

 若從坐起去來進止有所施作於一切時常念方便随順觀察
 久習淳熟其心得住。以心住故漸漸猛利随順得入。眞如三昧。深伏煩惱。信心增長速成不退。唯除疑惑不信誹謗重罪業障我慢懈怠。如是等人所不能入

     若し坐より起(た)ちて、去來進止に施作する所有れば〔るも〕、一切時に於て常に方便を念じて、随順觀察す
べし。
     久習(くじふ)淳熟すれば、其の心住することを得(う)、故に漸漸に猛利(みゃえうり)にして、眞如三昧に随順し、
得入(とくにゅう)し、深く煩惱を伏(ぶく)し、信心增長して、速(すみやか)に不退を成(じゃう)ず。唯疑惑・不信・誹
謗・重罪業障・我慢・懈怠を除く。是の如き等(とう)の人は、入ること能(あた)はざる所なり。
(´・(ェ)・`)b

375:避難民のマジレスさん[]:2022/04/26(火) 00:56:56 ID:TPvzETQk0 [2/2]
40.
大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号42-43)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号61-62)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。

▲眞如三昧十種ノ利益  

 復次精進專心修學此三昧者現世當得十種利益云何爲十

     復次に、精進して、專心に此の三昧をする者は、現世に當る十種の利益を得べし。云何が十と爲す。

 一者常爲十方諸佛菩薩の所護念
 二者不爲諸魔悪鬼所恐怖
 三者不爲九十五種外道鬼神の所惑亂
 四者遠離誹謗甚深之法重罪業障漸漸微薄
 五者滅一切疑惑諸悪覺觀
 六者於諸如來境界信得增長
 七者遠離憂悔於生死中勇猛不怯
 八者其心柔和捨於?鉦慢。不爲他人所惱
 九者雖未得定於一切時一切境界處則能滅損煩惱不樂世間
 十者若得三昧不爲外緣一切音聲之所驚動

      一には、常に十方の諸佛菩薩の爲に、護念せらる。
      二には、諸魔・悪鬼の爲に、能く恐怖せられず。
      三には、九(く)十五種の外道・鬼神(じん)の爲に、惑亂せられず。
      四には、甚深(じんじん)の法を誹謗することを遠離し、重罪業障、漸漸に微薄なり。
      五には、一切の疑惑と、諸の悪覺觀(かくくわん)とを滅す。
      六には、諸の如來の境界に於て、信、增長することを得。
      七には、憂悔(うけ)を遠(をん)離し、生死の中(うち)に於て、勇猛にして怯(けふ)ならず。
      八には、其の心柔和にして、?鉦慢(けうまん)を捨て、他人の爲に惱まされず。
      九には、未だ定(ぢゃう)を得ずと雖も、一切の時(じ)、一切の境界の處に於て、則ち能く煩惱を減損して、世
     間を樂(たのし)まず。
      十には、若し三昧を得れば、外(げ)緣一切の音聲の爲に驚動せられず。

▲修觀ヲ勸ム  

 復次若人唯修於止則心沈歿或起懈怠不樂衆善。遠離大悲是故修觀
 修習觀者當觀一切世間有爲之法無得久停須臾變懷一切心行念念生滅以是故苦。應觀過去所念諸法恍忽如夢。應觀現在所念諸法猶如電光。應觀未來所念諸法猶如於雲?当爾而起。應觀世間一切有身。悉皆不浄種種穢汚無一可樂

     復(また)次に、若し人、唯、止をのみ修すれば、則ち心沈歿(こころちんもつ)し、或は懈(げ)怠を起こし、衆善を
    樂(ねが)はず、大悲を遠離す。是の故に觀を修す。
     觀を修する者は、當に、一切世間有爲の法は、久しく停(とど)まるを得(う)ること無く、須臾(すゆ)に變懷(ゑ)す。
    一切の心行は、念念に生滅す。是を以ての故に苦なりと觀すべし。應に、過去に念ぜる所の諸法は、恍忽とし
    て夢の如し觀ずべし。應に現在に念ずる所の諸法は、猶ほ電光の如しと觀ずべし。應に、未來に念ずる所の諸
    法は、猶ほ雲の、?当爾(こつに)として起るが如しと觀ずべし。應に、世間一切の有身は、悉く皆不浄にして、種種
    の穢?曇(ゑま(わいお))、一として樂むべき無しと觀ずべし。

(´・(ェ)・`)b

376:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/26(火) 22:57:40 ID:1d4drIFg0 [199/200]

 また次に精進して心を専らにしてこの三枚を修行する者は、現世で十種類の利益を得るのじゃ。

 その十とは、

 一つ目は、常に十方の諸仏に護られるのじゃ。
 二つ目は、もろもろの魔もの、悪鬼も恐れなくなるのじゃ。
 三つ目は、95種類の外道、鬼神に惑乱されないのじゃ。
 四つ目は、とても深い意味がある法を誹謗しなくなり、重罪の悪業も少しずつへっていくのじゃ。
 五つ目は、一切の疑惑と、邪悪なる法を滅するのじゃ。
 六つ目は、もろもろの如来の境界において、信じることが増して行くのじゃ。
 七つ目は、愁いや悔いを遠ざけ、生死の中において、勇猛で怯えなくなるのじゃ。
 八つ目は、心が柔和になり、驕りや慢心を捨てて、他人に悩まされないのじゃ。
 九つ目は、まだ定に入れなくとも、一切の時や境界の所で、煩悩を減らして世間を楽しまないのじゃ。
 十では、もし三昧を得れば、外からの全ての音声に驚き動じることがなくなるのじゃ。

377:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/26(火) 23:06:05 ID:1d4drIFg0 [200/200]

 また次にもし人がただ止観の止だけを実践すれば、心が沈んで、あるいは怠けたり、もろもろの善を願わなかったりして、慈悲の心もなくなるのじゃ。
 このために観も修行するのじゃ。

 観を修行する者は、まさに一切世間の有為の法は、ながく止まることがなく、瞬時に変り壊れるものと観るのじゃ。
 一切の心の働きは、刹那に生じ、滅するから苦になると観るのじゃ。
 まさに過去に念じた諸法は、ぼんやりとして、夢幻の如しと観るのじゃ。
 今念じている諸法は電光の如しと観るのじゃ。
 未来に念じるはずの諸法も、雲がもくもくと起こるようものと観るのじゃ。

 世間の一切の肉体も、ことごとくみんな不浄であり、種々の穢れがあり、一つも楽しめるものがないと観るのじゃ。

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