鬼和尚 2022/04/13(水)

鬼和尚に聞いてみるスレ part20
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1649249411/

30:避難民のマジレスさん[]:2022/04/13(水) 08:41:18 ID:e2UfT75Y0 [2/2]
>>29
ご回答ありがとうございます。やはり知識と気づきは異なるものですね。

31:みかんちゃん[]:2022/04/13(水) 22:25:19 ID:GSoVq6IU0
悟ったら物理学や物理実験で説明する必要ないですもんね。
方便で物理学を使うこともあるでしょうけど、この方は物理学の現象が真理とする前提で意識を語っています。物理学も観念です。

32:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/13(水) 23:28:49 ID:1d4drIFg0 [9/9]
>>30>>31 そうじゃ、悟っていれば自分で観察して真実を明らかに出来るのじゃ。
 知識から推測することもないのじゃ。
 自ら観察して確かめるのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 –  したらば
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

773:避難民のマジレスさん[]:2022/04/13(水) 07:12:16 ID:Qgecbs4E0 [1/2]
羊飼いのプーヴァンは、シュリ・バガヴァンを30年前、ヴィルパクシャ洞窟時代から知っていると言う。
彼は、当時、訪問者にミルクを提供することもあったのだった。

6年ほど前、彼は1匹の羊を見失い、3日間探し続けた。
その羊は妊娠しており、彼は野生動物に襲われたと思い、羊を取り戻せる見込みは全くなかった。
ある日、アスラマムの近くを通りかかったシュリ・バガヴァンは、彼を見かけ、最近どうしているか尋ねた。
男は、迷子の羊を探していると答えた。
シュリ・バガヴァンはいつものように黙っていた。
そして、羊飼いに石を持ち上げるのを手伝ってくれるように頼み、彼はとても喜んでそれをやった。
作業が終わると、シュリ・バガヴァンは羊飼いに言った。
「この道を行きなさい」と、町に向かう歩道を指さした。
「この道を行けば、迷子の羊を見つけることができますよ」。
そこで彼はそうすると、2匹の子羊を連れた見失った羊を見つけたのだ。

羊飼いは言う、
「この人はなんというバガヴァンなんだろう!
 彼の言葉の力を見てください!
 彼は偉大だ!
 私のような貧しい者さえ決して忘れません。
 私の息子のマニッカムのことも覚えてくれています、慈悲ぶかく。
 このような人が偉大な人なのです。
 私は、盛った雌牛の世話など、どんな小さなことでも、彼のためにできることがあればうれしいのです」。

774:避難民のマジレスさん[]:2022/04/13(水) 12:20:10 ID:Qgecbs4E0 [2/2]
マハルシも神通力を持っていたのでしょうか?

775:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2022/04/13(水) 23:34:39 ID:1d4drIFg0 [351/351]

 ↑もっていたじゃろう。
 それは悟った者にとっては当然のことであるがのう。
 迷い羊がいつもいるところを知っていたのじゃ。
 いつか飼い主がくると思っていたのじゃろう。
 羊飼いが来たからわかったのじゃ。
 不思議に見えても全ては繋がっているからわかるのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

339:避難民のマジレスさん[]:2022/04/13(水) 06:41:59 ID:7I2EyRWQ0 [2/2]

26.
大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号27-28)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号49-50)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。
*テキストに依って表記の異なる箇所には*印を付した

▲第八 生滅門ヨリ眞如門ニ入ル

 復次顯示從生滅門即入眞如門所謂推求五陰色之與心六塵境界畢竟無念。以心無形相。十万求之終不可得。
 如人迷故謂東爲西方實不轉衆生亦爾。無明迷故謂心爲念心實不動。若能觀察知心無念。即得随順入眞如門故 

     復(また)次に、生滅門より眞如門に入ることを顯示す。所謂(いはゆる)、五陰を(すゐぐ)す 
    るに、色と心とになり。六塵の境界、畢竟じて念無し。心に形相(ぎゃうさう)無く、十方 
    (じっぱう)に之を求むるに、終(つひ)に不可得なるを以てなり。
     人の迷ふが故に、東を謂って西と爲すも、方は實に轉ぜざるが如し。衆生も亦爾(しか)り。 
    無明の迷(めい)の故に、心を謂って念と爲すも、心は實に動ぜず。若し能く觀察して、心は無
    念なりと知れば、卽ち随順して、眞如門に入ることを得るが故に。 

●解釈分第二 對冶邪執

 對冶邪執者。一切邪執皆依我見。若離於我則無邪執。是我見有二種
 云何爲二。一者人我見。二者法我見。

     對冶邪執とは、一切の邪執は、皆我見に依る。若し我を離るれば、則ち邪執無し。我見に 
    二種有り。
     云何が二と爲す。一には人我見、二には法我見。

 人我見者依諸凡夫説 五有種云何爲五

     人我見とは、諸の凡夫に依って、説に五種有り。云何が五と爲す。

○一者聞修多羅説如來法身畢竟寂寞。猶如虚空。以不知爲破着故。卽謂虚空是如來性云何對冶。明虚空相是其妄法。體無不實。以對色故。有是可見相。令心生滅。以一切色法。本來是心。實無外色。若無色者。則無虚空相所謂一切境界唯心妄起故有。若心離於妄動。則一切境界滅唯一眞心無所不?衆。此謂如來廣大性智究竟之義。非如虚空相故
 
     一に、修多羅(しゅたら)に「如來の法身(ほっしん)は、畢竟寂寞(じゃくまく)なること、猶ほ 
    虚空の如し。」と説くを聞き、著(ぢゃく)を破せん爲なるを知らざるを以ての故に、卽ち虚空 
    は是れ如來の性なりと謂(をも)へり。
     云何が對冶するや。虚空の相は、是れ其の妄法、體無にして實ならざるを明す。色に対す
    るを以ての故に、是の可見の相有って、心をして生滅せしむ。一切の色法は、本來是れ心ん 
    なるを以て、實に外(げ)色無し。若し色無ければ、則ち虚空の相無し。所謂一切の境界は、唯 
    心の妄に起こるが故に有り。若し心、妄動を離るれば、則ち一切の境界滅す。唯一の眞心に 
    して、?衆せざる所無し。此を如來廣大の性智究竟の義と謂ふ。虚空の相の如きに非ざるが故 
    に。

(´・(ェ)・`)b

340:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/13(水) 23:41:30 ID:1d4drIFg0 [177/178]

 また次に生滅門から真如門に入ることを示すのじゃ。
 いわゆる身体の五つの要素を求めれば、肉体と心になるのじゃ。
 六塵の境界はつまるところ観念はないのじゃ。
 心にも形や特徴はなく、十方に求めて得られないのじゃ。
 
 人が迷って東を西といったりしても、方角は変化したりしないようなものじゃ。
 衆生も同じなのじゃ。
 無明の迷いがあるから、心に観念が在ると思うのじゃ。
 
 しかし実際には心は動じることはなく、もしよく観察して心は観念がないと気付けば、
 すなわち直ぐにも真如門に入れるのじゃ。

341:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/13(水) 23:58:24 ID:1d4drIFg0 [178/178]

 退治邪執なのじゃ。
 邪な執着を退治する教えなのじゃ。

 一切の邪執はみんな我見によるのじゃ。
 もし我を離れれば、すなわち我執もないのじゃ。
 
 その我見にも二種あるのじゃ。

 一つ目は人我見なのじゃ。

 二つ目は法我見なのじゃ。

 人我見とは、もろもろの凡夫によって五種あるのじゃ。

 一つ目は、経典に「如来の法身は、畢竟寂寞なること虚空の如し」
 と、説いているのを聞いて、それが執着をなくすための方便であることを知らず、
 すなわち虚空が如来の本性であると思うことなのじゃ。

 どのように退治すべきか。
 虚空の相は 妄想であり本体がないことを明かすのじゃ。
 肉体に対するものとして説かれただけであり、これを見るべきものがあるとして心を滅するための方便なのじゃ。
 一切の身体のありようは、ただ心によってあるものであり、心の外に肉体は無いのじゃ。
 
 もし身体がなければ、すなわち虚空にもなんの観念もないのじゃ。
 いわゆる一切の境界はただ妄想で起こるからあると思うのじゃ。
 もし心が妄想による動揺を離れれば、一切の境界も滅するのじゃ。
 唯一の真如の心があまねくあるだけなのじゃ。

 これを如来の広大なる性智究極の境地というのじゃ。
 虚空の相のような観念ではないのじゃ。

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