鬼和尚 2022/04/04(月)

鬼和尚に聞いてみるスレ part19
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995:避難民のマジレスさん[sage]:2022/04/04(月) 20:31:18 ID:h5P9mv0k0 [19/19]
鬼和尚。
霊媒体質などというのはありえるのでしょうか?
単に感受性が強いだけの思い込みでしょうか?

996:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/04(月) 23:50:50 ID:1d4drIFg0 [312/312]
↑そのようなものもいるじゃろう。
 意識はなくならず、今ここにもいるのであるからのう。
 それを感受できるものもいるのじゃ。
 にせものも多いからだまされないようにするのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 –  したらば
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

765:避難民のマジレスさん[]:2022/04/03(日) 23:38:33 ID:aPVtJg4A0
148.
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)~SRI H.W.L.POONJA
第13章 自由 ☆Part3③

Q:パパジ、私は内なる家にいつも永遠にいます。かって離れたことがないものに入るのは不可能だし、入ったことがないものから離れるのは不可能です。広大な動かない平和があるだけです。

 説明することはできないが、ある種の「熱望」がいつも、いまだに底流を流れている。悟りの前にも後にもこの「熱望」は存在し続ける。しかし、無知が叡智に対して持つ「熱望」ではない。

 「叡智を獲得したら全ては終わりだ、これ以上の経験はない」とある人達は言うが、「それ」は測り知れないものだから、いまだに「それ」に向かって行こうとする動きを私は感じている。

 あなたは「それ」そのものであるが、しかも、あなたを愛にもっと近くもっと深く連れて行こうとする力がその底で働いている。あなたはこの経験をしたのだから分かると思うが、「それ」には終わりがない。しかし、それについては説明することができない。

 「それ」が測り知れないなら、この愛の過程もまた測り知ることなく決して終わることはない。それは河が海に流れ込むようなものだ、ただ広がり続けて、海と河という関係は無くなる。そして、海の底から海の表面へと動き続ける!!(笑)

Q:無の中で愛はもっと深まるように思われます。

 無の中には愛も美もないという人がいる。この手の学派にいる人は「無とは全く何もないことだ」と言うが、これは私の経験ではない。

  底知れぬ無。
  無のまさにそのセンター、
  奥深い無に到着くすると、そこに愛と美が・・・・
  それはとても美しい。

Q:パパジ、私達一人一人に与えて下さったものに、心の底から感謝します。

 あなたの人生、時間、身体を完全に明け渡して、私達に必要な全てを与える為に献身して下さった。

 あなたは本当の降伏、献身、慈悲とは何かを示して下さった。あなたの臨在と知恵に溢れた言葉で、真の知識を私達に明らかにし、平和を与えて下さった。

 あなたの日常生活の中に私達を招待して下さって、どのように巧みにこの世界で生きて行くかを教えて下さった。

 あなたのハートに私達を永遠に取り込み、私達を言いようもない至福に満ちた愛に溺れさせて下さった。

 本当に有り難うございます。パパジ、あなたの愛が私達をその中に溶かして行く、この愛は一体何ですか? 私達は心からあなたを愛しています。信じられない位愛しています。(跪いて、マスターの足にキスをする)
  (´・(ェ)・`)
 (つづく)

766:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2022/04/05(火) 00:03:21 ID:1d4drIFg0 [348/349]

 自他の観念がなければそこにも愛があるじゃろう。
 他人と自分が同じであるという感情が真の愛の源泉なのじゃ。
 そこには愛別離苦も怨憎会苦もないのじゃ。
 それこそが永遠の愛の始まりなのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

309:避難民のマジレスさん[]:2022/04/03(日) 23:33:54 ID:6QJo63rA0
17.
大乗起信論 : 漢和両訳(漢訳)(コマ番号18)国訳大藏経. 論部 第5巻(和訳)(コマ番号40-41)
*漢文、章割は漢和両訳に従い、和文、段落分けは国訳大藏経に従った。
*テキストに依って表記の異なる箇所には*印を付した

▲染心ノ二礙

 又染心義者。名爲煩悩礙。能障眞如根本智故。
 無明義者。名爲智礙。能障世間自然業智故。

     又染心の義とは、名づけて煩悩礙と爲す。能く眞如根本智を障(さ)ふるが故に。
     無明の義とは、名づけて智礙と爲す。能く世間の自然(じねん)業智を障ふるが故に。

 此義云何。 以依染心能見能現。妄取境界遠平等性故。
 以一切法常静無有起相。無明不覺妄與法違故。不能得隨順世間一切境界。種種知故。

     此の義云何(いかん)。染心に依って、能見能現あり、妄(みだり)に境界(がい)を取って、平等性に違するを以て
    の故に。
     一切の法は、常に静にして、起相有ること無し。無明の不覺、妄(みだり)に法と違するを以ての故に、世間一
    切の境界に隨順することを得て種種に知ることあたわざるが故に。

▲第四 分別生滅ノ相

復次分別生滅相者。有二種、云何爲二。
 一者麁。與心相應故。
 二者細。與心不相應故。
 亦麁中之麁凡夫境界。麁中之細。細中之麁・菩薩境界。細中之細是佛境界。

     また次に、生滅の相を分別せば、二種有り。いかんが二と爲す。
     一には?跏(そ)。心と相應するが故に。
     二には細。心と相應せざるが故に。
     又?跏中の?跏とは、凡夫の境界なり、?跏中の細と、及び細中の?跏とは・菩薩の境界なり。細中の細とは、是れ佛 
    の境界なり。

 此二種生滅依無明薫習而有。所謂依因依緣。依因者不覺故。依緣者妄作境界義故。若因滅則緣滅。因滅故不相應心滅。緣滅故相應心滅。

     此の二種の生滅は、無明薫習に依って有り。所謂(いはゆる)、因に依り緣に依る。因に依るとは、不覺の義の
    故に。緣に依るとは、妄(みだりい)に境界を作(な)すの義なるが故に。若し因滅すれば則ち緣滅す。因滅するが
    故に、不相應の心滅す。緣滅するが故に、相應の心滅す。

 問曰若心滅者云何相續若相續*。者云何説究竟滅。

     問うて曰はく、若し心滅せば、云何が相續せん。若し相續せば、いかんが究竟滅(くきゃうめつ)と説かん。

 答曰所言滅者唯心相滅。非心體滅。如風依水而有動相。若水滅者則風相斷絶無所依止。以水不滅風相相續。唯風滅故動相隨滅。非是水滅無明亦爾 依心體而動若心體滅者則衆生斷絶無所依止。以體不滅故心得相續唯癡滅故心相隨滅非心智滅。

      答へて曰はく、言う所の滅とは、唯心相の滅にして、心體の滅に非ず。風の、水に依っての動相有るが如し。
     若し水滅せば、則ち風相斷絶して、依止(えし)する所けん。水滅せざるを以て、風相相續す。唯風の滅するが
     故に、動相隨って滅す。是れ水の滅するに非ず。無明も亦爾(しか)り。心體に依って動ず。若し心體滅すれば、
     則ち衆生斷絶して、依止(えし)する所無し。體は滅せざるを以て、心相續することを得。唯癡(ち)の滅するが故 
     に、心相も隨って滅す。心智の滅するに非ず。

(´・(ェ)・`)b

310:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/05(火) 00:22:38 ID:1d4drIFg0 [160/161]

 又染心という意味は、名づけて煩悩のさまたげとするのじゃ。
 真如の根本の智恵の障害となるからなのじゃ。
 無明の意味とは、名づけて智のさまたげとするのじゃ。
 世間の自然業智の障害となるからなのじゃ。

 この意味とは、染心に依って、能見能現があるからなのじゃ。
 みだりに境界を作って、平等性とは違う観念をもつからなのじゃ。

 一切の法は常に静かで、起こる相すらもないものじゃ。
 無明の不覚が妄りに法と違う観念を作るだけなのじゃ。
 世間一切の境界に随って、いろいろに知ることができないだけなのじゃ。

 
 第四 分別生滅の相なのじゃ。

 又次に生滅の相を分別すると、二種あるのじゃ。
 その二とは、

 一つ目が粗なのじゃ。
 心と相応じるからなのじゃ。

 二つ目は細なのじゃ。
 心と相応じないからなのじゃ。

 又粗の中の租とは、凡夫の境涯なのじゃ。
 粗の中の細と、細の中の粗とは菩薩の境涯なのじゃ。
 細の中の細は如来の境涯なのじゃ。

 この二種の生滅は無明薫習によってあるのじゃ。
 いわゆる因に依り、縁に依るのじゃ。
 因に依るとは、不覚の意味であるからなのじゃ。
 縁に依るとは、妄りに境界を作るからなのじゃ。
 
 もし因が滅すれば、即ち縁も滅するのじゃ。
 因が滅すれば不相応の心も滅するのじゃ。
 縁が滅すると、相応の心も滅するのじゃ。

311:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2022/04/05(火) 00:33:34 ID:1d4drIFg0 [161/161]

 また聞いたのじゃ。
 もし心が滅すれば、どのようにして相続するのかと。
 もし相続しないのであれば、どうして究竟滅と説くのかと。

 答えたのじゃ。
 言うところの滅とは、ただ心の相が滅したのであって、心の本体が滅したのではないのじゃ。
 風で水の面が動くようなものじゃ。
 もし水がなければ風が動いたことはわからないのじゃ。
 水があれば風の動いたこともわかるのじゃ。
 風がなければ水は動かないが、水がなくなったわけではないのじゃ。

 無明もまた同じようなものじゃ。
 心の本体によって動きもあるのじゃ。
 もし心の本体が滅すれば、即ち衆生も断絶して、よるところもないのじゃ。
 心の本体は滅しないから、心は相続するのじゃ。
 ただ妄想がなくなるから、心の相も滅するのじゃ。
 心智が滅するのではないのじゃ。

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