鬼和尚 2021/09/17(金)

鬼和尚に聞いてみるスレ part19
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1627742187/

160:避難民のマジレスさん[]:2021/09/17(金) 01:26:10 ID:/twCFiPU0 [8/8]
そうですか、でも最低限の基礎知識、例えば「苦しみはどうやって生じるか」とかも教えてくれないんですか?

161:避難民のマジレスさん[]:2021/09/17(金) 17:01:28 ID:Z/ZDh4BA0
鬼和尚様

先日も私の質問に答えていただき本当にありがとうございました。
眠気について質問があるのですが、
自分が眠いと思っている時は眠気と自己同一化しているのか
脳と自己同一化しているから脳が眠いと思っているのに自分が眠いと思っているののどちらでしょうか?

162:避難民のマジレスさん[sage]:2021/09/17(金) 17:31:50 ID:mQq1IDDQ0 [1/4]
至福の状態とは、どうしたら体験出来るのですか?

168:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/09/17(金) 23:07:50 ID:1d4drIFg0 [51/53]
>>160 教えていないのじゃ。
 座禅一筋なのじゃ。
 
>>161 どちらでもないのじゃ。
 肉体と同一化しているからなのじゃ。

>>162 全ての欲と意志を捨てればすぐにでも体験できるじゃろう。
 至福はそこにあるものじゃ。
 全てを捨てて全てになればそれが至福なのじゃ。

163:避難民のマジレスさん[sage]:2021/09/17(金) 17:41:09 ID:mQq1IDDQ0 [2/4]
死については反射的に「死にたくない!!」という気持ちが出てきます。
反射的なものなのでこれをどこからどう観察すれば良いのかもわからずそれ以上の何かを観察出来る気もしないのですが…
死を恐れる気持ちを起こしては観察を試みるしか無いのでしょうか。
このような事を毎晩行ったとして何か意味はありますか?

普段でもいつか死ぬという思いで憂鬱になる事が多いです。

正しい知識を得て、正しい姿勢で瞑想をして、サマディなどを経験して自己は肉体ではない事を知ったら、死への恐れは少なくなりますか?

164:避難民のマジレスさん[sage]:2021/09/17(金) 17:57:03 ID:mQq1IDDQ0 [3/4]
なぜ座る事が最も良い姿勢なのでしょうか?

マハルシも悟った後ひたすら座り続けたようですが、マハルシは悟りの知識も何もなかったのでただ自然に座ったのだと思います。

人の自然な姿勢としては、寝た姿勢が一番楽なのではないのでしょうか?
それにサマディに入って自我や肉体の感覚を失っているのに、何故倒れずに座る事ができるのでしょうか?

169:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/09/17(金) 23:10:53 ID:1d4drIFg0 [52/53]
>>163 それは恐れから逃避する心があるからなのじゃ。
 それを観察するのじゃ。
 そもそもまだ集中力が足りないようじゃ。
 観察力も足りないようじゃ。
 
 マハリシは死を観察して一日で悟ったのじゃ。
 
 ならないじゃろう。
 悟りを得るしかないのじゃ。

>>164 安定しているからなのじゃ。
 
 一番楽なのは寝た姿勢なのじゃ。
 肉体がバランスをとつているからなのじゃ。

165:避難民のマジレスさん[sage]:2021/09/17(金) 17:57:36 ID:mQq1IDDQ0 [4/4]
気を登らせるには、
物理的に頭が上の方が登りやすく、
横では登りづらいのでしょうか?
気体のように上に登りやすい性質なのですか?

寝た姿勢でも気を上に登らせる事は出来るのですか?そのためのコツはありますか?

166:崇蓮[sage]:2021/09/17(金) 20:21:13 ID:hIx7bTW.0
鬼和尚さま、ありがとうございます。

今月の頭に孤独を恐れているのではないか?という事にたどり着きました。
ですがその辺りから、怒りが抑える事が出来ず主人と言い合いになり、しまいには涙が出てきて止まらなくなってしまいます。
以前は怒りが起こり悔しくて涙が出て出そうになっても、なんとか止める事が出来ました。
この体の感覚は、子供の頃に感じていた感覚です。
まるで子供になってしまったようです。
主人も私の代わりように少し戸惑ってしまって、子供を扱うように気を遣ってくれています。

これは観察によって確信に迫ってきているから、この様な状態になっているのかも、と思っている反面、主人に言われたからという事もありますが、精神的に少し弱っているのかもとも感じていて、病院にも行ってこようかなと思っています。

167:崇蓮[sage]:2021/09/17(金) 20:27:55 ID:VHpJSyVE0 [7/7]
鬼和尚さま、↑の>>166 は>>159 への返信です。

170:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/09/17(金) 23:14:12 ID:1d4drIFg0 [53/53]
>>165 熱のエネルギーであるから上に登るのじゃ。
 
 ただ集中すればよいのじゃ。
 集中するところに気は集まるのじゃ。
 実践あるのみなのじや。

>>166 苦の原因が分かれば一時的にそのようになるものじゃ。
 隠されていた恐れとか、不安が面に出てくるからなのじゃ。
 それが過ぎれば原因も消えてより強い心になるのじゃ。
 実践して確かめるのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

782:避難民のマジレスさん[]:2021/09/16(木) 23:55:24 ID:LKUxK5AY0
531
紅葉題偈以呈多欲之僧 紅葉に偈を題して以って多欲の僧に呈す
滿庭落葉無僧掃 滿庭の落葉僧のはらふ無し  
南陽擁來猶落草 南陽擁し來たる猶ほ落草  
自悔成欲界衆生 みづから悔ゆ欲界の衆生と成るを
君子愛財是何道 君子財を愛す是れ何の道ぞ

くま訳
紅葉に題をとって偈頌を作り、欲深い僧(養叟宗頤)に呈するのである。
庭いっぱいに落葉があっても、掃除をする僧はいない
南陽慧忠を擁し(円相を説いても)ても、山賊になったようなものである
欲界に生れたことを、自分で後悔しているのであろう。
君子財を愛すとは、これのどこが仏道なのだ。

*南陽慧忠(なんよう えちゅう、675-775年、唐代の禅僧。諡は大証禅師。禅宗の六祖慧能の直弟子であ
 る。粛宗・代宗と2代の皇帝の参禅の師となり、慧忠国師と称せられた。ウィキペディア(Wikipedia)
(´・(ェ)・`)つ

783:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/09/17(金) 23:28:57 ID:1d4drIFg0 [381/381]

 それでよいのじゃ。

 紅葉の題の偈を多欲の僧に呈するのじゃ。

 万庭の落葉、払い清める僧はいないのじゃ。
 南陽が擁し来たのは猶落葉なのじゃ。
 欲界の衆生と成ることを自ら悔いるべきなのじゃ。
 君子が財を愛するとはどのような道なのじゃ?

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