鬼和尚 2021/07/24(土)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

962:避難民のマジレスさん[sage]:2021/07/23(金) 23:59:31 ID:CnPDzZZ.0 [3/3]
西式健康法の背腹運動がものすごく難しいのですが、上体を左右に振ると同時にお腹を前後に動かすという理解でよろしいでしょうか。

963:避難民のマジレスさん[]:2021/07/24(土) 05:27:26 ID:guGaVE/c0
鬼和尚は法輪功をどうおもいますか?
彼らは中共が言うように邪教なんでしょうか?

964:避難民のマジレスさん[sage]:2021/07/24(土) 10:41:40 ID:h5P9mv0k0 [18/18]
では悪い行いをすることをなんとも思わないサイコパスな人間や悪い行為を
世のため人のためと本気で信じて行動している人間にはどんな業が待ち受けているのですか?

悪い気持ちを能動的に持っているのではなく、無意識な悪はどう裁かれるんですか?

965:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/07/24(土) 21:28:47 ID:1d4drIFg0 [268/268]
>>962 そのような理解で善いのじゃ。
 自分のやり易い方法で善いのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>963 気功法の団体だというのじゃ。
 邪教ではないじゃろう。
 共産主義は宗教を弾圧するからいっているだけなのじゃ。

>>964 基本的に他人にしたことが自分に返ってくるのじゃ。
 自他はもとから一つであるからのう。
 他人に酷いことをすればそれが自分に返るのじゃ。
 善いことをすれば善いことが返ってくるのじゃ。
 善事を積むと善いのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

644:避難民のマジレスさん[]:2021/07/24(土) 04:23:18 ID:4c0wS6fo0
くま訳改
4行目:足下に道教儒教の輩を踏み倒すのだ
8行目:臨済の渡子と道を同じくするの
9行目:着々とようをなし、着々と模をなすのじゃ。
10行目:頭を使うごとに細に入り、粗にも入るのじゃ。
11行目:竿を横たえて江湖に挨拶するのじゃ。
12行目:江湖の議論は区区になったのじゃ。

くま質問
「着着作様作模」とは、普段は世間の人の流儀に従い、その真似をすることにより、波風をたてない、と
いったような意味でありましょうか?

478
示南坊 禎   南坊に示す てい
男色興盡對妻淫 なん色興尽きて妻に對して淫す
狭路慈明逆行心 けい路慈明逆行のこころ
容易説禪能忌口 容易に禪を説くよく口を忌む
任他雲雨楚臺吟 さもあらばあれ雲雨楚台の吟

くま訳
南坊、 岐翁紹禎(一休宗純の実子にして弟子)に示す
男色への興味が尽きれば、妻に対して淫欲をもよおしたりすのである。
仏道修行のため色欲を抑制せよとする狭路に対して、慈明は逆行して、悟りに向ったのだ。
禪を容易なものと考えて説くのは、忌むべきである。そんな言動は、
どうとでもなればよいと、ありのままの情を詠んだ性交、交会の詩の様になってしまうのである。

*南坊宗啓は集雲庵二世を名乗っている。集雲庵開創 岐翁紹禎(ぎおうしょうてい)(一休宗純の実子にし 
 て弟子)は、正長元年(1428年)の生まれ(Wikipedia)
*楚台夢:そだいのゆめ;性交の意に用ふる比喩。「ふざんのゆめ」に同じ。交会の比譬語。交接の比喩語。
*然もあらばあれ:それならそれでしかたがない。なるようになれ。ままよ。さもあれ。
 すでに存する事態を受けて、その事態を不本意ながら容認する気持を表わす。どうともなるがよい。まま 
 よ。漢文の「遮莫・遮渠・任他」の訓読にも用いる。”
*888: 鬼和尚 ◆GBl7rog7bM :2020/08/08(土) 23:01:28 ID:1d4drIFg0
 仏道修行は色欲を抑制して実践するものじゃ。
 それは狭い道というのじゃ。
 臨済宗の正伝禅ではむしろ色欲をも利用して悟りに向かうというのじゃ。
 芸術とか風流の道なのじゃ。

おまけ:文清筆楊岐和尚像(京都大徳寺所蔵国宝)
楊岐禪師・・・慈明和尚の石霜寺に移るに随ひて監寺となる、補佐久うして未だ究明する所あらず、?鮭々参
して問ふ、慈明多忙に托して説かず、時に慈明に老母あり、寺に近く住す、慈明毎日往きて慰むるを例とす、
一日大に雨りし時、方會その途に伏して慈明の來るを待つ、已にして抵れば直に其手を執り、今日須らく説
くべし、説かざれば和尚を打つべしと詰る、慈明答ふ、監寺是般の事を知らば便ち休せよ、と言未だ終らざ
るに玄旨を領するを得、泥路に附して禮し、又起きて、狭路に相逢ふ時如何と問ふ、慈明曰く汝は且つ?獪避
せよ、我も去らん那裡に去れと、それより方會は慈明の出づることを未だ遠からざるを窺ひ、必ず晩しと雖
も鼓を鳴して學徒を集めければ、慈明歸り怒り責めて曰く、何をか為す、方會答へていふ、晩参と、是れ後
世叢林晩参の初なりといふ、後宜春より迎へられ楊岐寺に住す、然るに九峯の長老勤公未だ方會の大悟せる
を知らず、州郡の與望に背かんことを憂ひ、方會と問答したるより、其名遠く聞え四方に重んぜらるゝに至
りたり、後更に潭州雲蓋山海會寺に移りしが、二居共に法筵盛なり、その間風特色あり、學者之を楊岐宗と
呼ぶ、曾つて自賛を頌す、曰く、口似乞児席袋、鼻似園頭屎杓、勞君神筆寫成、一任天下卜度宋の仁宗の慶
歴六年、五十四歳を以て寂す。
(´・(ェ)・`)つ

645:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/07/24(土) 21:51:45 ID:1d4drIFg0 [317/317]
 ↑それはむしろ自ら僧としての行いを続け、模範となるというような感じじゃな。
  廃仏にも囚われぬ真の僧なのじゃ。

 そんな感じじゃな。

 南坊に示すというのじゃ。

 男色に飽きて妻に淫欲をおこすのじゃ。
 慈明の狭い道に逆行する心なのじゃ。
 容易に禅を説いてはいかんのじゃ。
 雲雨楚台の吟は意に任すのじゃ。

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