鬼和尚 2021/06/04(金)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

782:龍神[]:2021/06/04(金) 05:35:29 ID:30Wm/vkI0
言葉が指だとすれば、地図を指差す事が出来なければ目的地にも到着しないでしょう。
また、現代では様々な言葉が溢れており人々を幻惑していますから、言葉の世界を整理整頓することも修行の役に立つのではないでしょうか。

783:避難民のマジレスさん[]:2021/06/04(金) 19:03:11 ID:IVSnbFEg0
じょうこの煩悩が分かりました。瞑想で認識を観察しようとしていたら頭に気が上ってきました。瞑想でなくても普通に生活していれば、集中しようとしたときなどにある感覚でした。これも煩悩なんですね。
五上分結にじょうこ入ってる理由もなんとなく分かりました。そこまで瞑想が進むとあとは瞑想するしかないので瞑想してるときに主体を観ようとするとそうなるんですね。

784:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/04(金) 23:12:08 ID:1d4drIFg0 [212/212]
>>782 それが役に立ったためしはないのじゃ。
 実践する者のみが悟りを得られるのじゃ。
 法も言葉も本来要らないものなのじゃ。
 おぬしがそれをしたいならば自由であるがのう。

>>783 そうじゃ、気が多いものほどなりやすいものじゃ。
 冷静に観察が出来ないのじゃ。
 そのような煩悩をも超えて進むのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】  33 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597157592/

176:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/06/03(木) 01:44:58.03 ID:YtSu6k5P
>>175
すみません、統失ナマポおじさんをからかう質問で楽しむスレはここですか?

そうであれば (^わ^)顔施 して下さい。

177:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/06/03(木) 20:02:42.25 ID:wOizT5Gn
食欲とか性欲など1次的欲求でストレスを発散する癖がついてます。
それ以外のたとえばスポーツとか文化的な活動をしても虚しい気持ちになります。
ドカ食いしてるときや刹那的なセックスをしてる時だけ刺激が強烈なので生きてる実感を味わえます。
しかし食や性以外の場面では常に空虚感を感じています。
何のために生きてるのかわからず、いつか死ぬなら何を達成しても虚しいと考えてしまいます。
瞑想をしてもつまらないと感じてしまいます。

最近、暴飲暴食気味だったり、性的行為がより過激で犯罪的な方向への興味に
向かいつつあるので 危険な兆候が出てきています。
私の問題点とこれからどうしていけばいいのか、ご意見お願いします。

179:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/06/03(木) 23:31:04.13 ID:QuoTSx6P
>>177 それはまだ自分を知らないからなのじゃ。
 世間の基準に合わないからと、何かがおかしいと思うのじゃ。
 食や性も立派な文化的な活動と言えるのじゃ。
 自分を知るためにそれらを活用すれば善いのじゃ。
 そうすれば何の問題も無いのじゃ。
 食と性の道を極めたら善いのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

533:避難民のマジレスさん[]:2021/06/04(金) 00:09:43 ID:pM9ExD920
くま質問
閑な時でも祖師の見解はなかったとは、牛としての仏性はあっても、祖師としての見解は示す事ができない、
みたいな意味でありましょうか?

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臨濟曹洞座主各未後句 1/2 臨濟曹洞座主おのおの未後の句 
大死底人心塊土 大死ていの人こころくわいど
元來是燈籠露柱 元來是れ燈籠露柱
變易分段只任他 変易分段只ださもあらばあれ
新月黄昏五更雨 新月くわうこん五更の雨

石井恭二先生訳
大往生した人でも、心は土塊にすぎず、
もともと、灯籠や露柱と同じだ。
変易生死とか分段生死とか、聖者の生死と凡夫の生死を
別にするけれど、そんなことはほうっておこう、
夕方に三日月が見えたと思えば、夜明け前には雨が降り出した。

くま訳
臨濟宗や曹洞宗の座主達の最後のことば
全く自己を忘じた、大悟した人の心は、土くれと同じである。
元来、これ燈籠や露柱と同じなのである。
大悟した聖者の死と、凡夫の死の違いがあると言うのであれば、それもよかろう。
新月の黄昏、明け方の雨

*大死底人「死にきった人。万死に一生を得た人。一切の見聞覚知・情識分別を離れ、世出世・順逆を見な 
 い大悟人をいう」「死に切った人」「全く自己を忘じて、一切殘り物のない大悟底の人をいふ。また、大 
 悟者にして未だ敎化の機を發せざる者を、死在底の漢といふことあり。畢竟大死は消極の絶點を云ひ、そ 
 の絶點即ち大活の現成なる意を寓せる也」
*塊土:土塊(つちくれ)土のかたまり。また、土のこと
*分段生死:六道に輪廻(りんね)する凡夫の生死。人の身は寿命・果報などに一定の限界があるところか
 ら分段という
 変易生死:聖者が迷いの世界を離れて、輪廻(りんね)を超えた仏果に至るまでに受ける生死。
*五更:1.一夜の、昔の五区分法。ほぼ午後七時から二時間ずつに区分した、初更(甲夜)・二更(乙夜
 (いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))。
 2.五更⑴の第五更。寅(とら)の刻(午前三時~五時までの間)
(´・(ェ)・`)つ

534:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/04(金) 23:16:27 ID:1d4drIFg0 [258/259]
↑そうじゃ、牛に生まれかわるのもそうなる行いがあつたからであるからのう。
 名前を忘れずに居て時間があっても祖師としての見解は示せないのじゃ。

535:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/04(金) 23:39:13 ID:1d4drIFg0 [259/259]
大体善いのじゃ。

大悟して死んで生きる仏陀の心は土塊と同じようなものじゃ。
元来灯篭や柱と同じく無でありながら用を足すことができるものじゃ。
分別や知識は他の者に任すのじゃ。
黄昏に新月、五更には雨なのじゃ。

コメント

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