鬼和尚 2021/06/02(水)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

770:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 21:22:34 ID:45DQ/4y20 [5/7]
鬼和尚。
仏教は無我説なのに鬼和尚自身が「自己を見よ」とか「自己が」「自己は」と書いていますよね。
釈迦も「自己を燈明とせよ」と言っています。自己が無いのであれば、燈明にすることも出来ないはずです。

771:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 21:26:27 ID:45DQ/4y20 [6/7]
自分を認めるとは自分自身に最高の評価をすることじゃ。
 自分の世界は自分の心が作ったものであり、自分とは世界の創造神なのじゃ。
 自分以外の存在は自分の創造物に過ぎないのじゃ。
 神でさえも自分の心が作り出した観念なのじゃ。

 そうであるから自分自身に最高の評価をすることが正しい心のありようなのじゃ。


↑この文章だけでも自分とか自身と11回も言っています。
自分が存在し無いのであれば、全くナンセンスな話になってしまいますよ。

772:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 21:31:10 ID:rlAecqNg0 [26/28]
鬼和尚様

今日も私の質問に答えていただき本当にありがとうございました。人によって違うんですね。

773:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 23:43:14 ID:jcW5Pufc0 [58/58]
ありがとうございました。

776:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/02(水) 21:26:06 ID:1d4drIFg0 [209/210]
>>770>>771 自分があると認識している者には自己を見たり、自己を敬愛するようにいうのじゃ。
 それは月をさす指ではあるが、月そのものではないのじゃ。
 どこかに真の自己がある、自分がある筈と考えて修行すれば魔境に陥るのじゃ。
 幻影を見てそれが真の自己だとか思って修行をやめてしまうのじゃ。
 個我概念による観念自己認識なのじゃ。
 悟りは全体感知による無観念全体認識と言えるのじゃ。
 それもまた言葉通りではないがのう。

>>772 そうじゃ、おぬしもまた自らの道に拠って悟りを得るじゃろう。
 それまで精進あるのみなのじゃ。

>>773 どういたしまして、またおいでなさい。

774:避難民のマジレスさん[]:2021/06/02(水) 01:13:38 ID:yaV.4vRw0 [2/2]
なるべく多くの人が大悟徹底する必要性が分かった気がします。 
例えば叶えたい夢があったとします。悟りをすると世間に意味を持てなくなるので、悟りをしてない今、夢を諦めることに恐れが出てきます。
しかし、「その夢を叶えるとか諦めるという観念自体が妄想」であり、夢の内容(職業なり環境なり)は今すぐ消えるような性質ではなく、大悟徹底の後、覚者の慈悲により今の時代に必要と思うならばその夢であったものを実行すればよいのだ、またはほっといてもそこに導かれるのだ、
逆に悟っても慈悲とは思えない内容なら夢を実行しても仕方ない、それは未だ悟りに至ってない今でも同じことである。だから怖がるものはないのだ。
と思い至りました。

775:避難民のマジレスさん[]:2021/06/02(水) 20:55:21 ID:rlAecqNg0 [27/28]
鬼和尚様

日本の禅語録十一の塩山仮名法語のp68~69に

 ただ、一たび解脱を得たことによって満足すべきではなく、その得たことによる悟りを幾たびも得ては捨て、捨てては得て、悟りの主に還りうき、その根源に帰ってそれを失うことがないように守るならば、情識の働きが止み尽くるに従って、自らの心の本性が、朗らかになること、玉を磨くに際して磨くに従って光を増すようなものであり、ついには心の光が十方世界を照すことになる。このことは疑うべきことではない。

とあるのですが、
①悟りはそんなに何回も得られるものなのですか?
②それ(根源に帰ること?)を失わないように守るとは忘れないようにするということですか?
③心の光とはなんですか?

沢山質問してしまい申し訳ありません。

777:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/02(水) 21:35:43 ID:1d4drIFg0 [210/210]
>>774 そうじゃ、そのような理解で善いのじゃ。
 自他の利益になることならば悟っても又自らの道を行けるのじゃ。
 恐れを超えて精進あるのみなのじゃ。

>>775 一 それは気づきなのじゃ。
      自己に気つけば小悟なのじゃ。
      認識に気づけば大悟なのじゃ。
      それまでさまざまな気づきがあるものじゃ。
      
    二 修業し続けることなのじゃ。
       例えばサマーディにまで至ったとしても修行を捨ててしまえば凡人にもどるのじゃ。
          
     三 本来の認識なのじゃ。
        それに至れば真の世界の姿が見えるのじゃ。
        それを仏の光で十方世界が照らされたと表現しているのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】  33 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597157592/

172:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/06/02(水) 00:54:54.23 ID:klIQ8CcB
(^ワ^)顔施

173:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/06/02(水) 11:23:55.76 ID:iKIjzQyF [1/2]
鬼和尚は今まで何千枚のこんにゃくをこんにゃくオナニーで使いましたか?

174:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/06/02(水) 11:24:43.81 ID:iKIjzQyF [2/2]
鬼和尚はチンポにウナクールを塗ってecstasyですか?

175:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/06/02(水) 21:16:25.13 ID:I8CoTHKP
(^わ^)顔施

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 54 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1619894557/

226:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/06/02(水) 11:25:57.32 ID:syrI6epv [1/2]
鬼和尚、鬼和尚が伝説の二丁目穴ラーになった物語を語って下さい。

227:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/06/02(水) 11:26:56.64 ID:syrI6epv [2/2]
鬼和尚はアナルにラー油でアナラーですか?

228:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/06/02(水) 21:16:41.71 ID:I8CoTHKP
(^わ^)顔施

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 78 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1618136809/

352:マジレスさん[sage]:2021/06/02(水) 11:28:56.03 ID:CTR+SXTB [1/2]
鬼和尚さまこんにちは。
今度新宿二丁目で働く事になりました。

お噂は相談スレでお聞きしております。
先輩である鬼和尚には一言挨拶させて頂きます。

353:マジレスさん[sage]:2021/06/02(水) 11:29:28.79 ID:CTR+SXTB [2/2]
ちなみに鬼和尚はこの世界で長いんですか?

354:マジレスさん[sage]:2021/06/02(水) 16:42:48.78 ID:hbwpr2Xy
>>351
鬼和尚様、ありがとうございます
過去は忘れることにします
ちなみに自走ドライバーのとこから電話ありましたが、駅から歩いて40分かかるとのことなので断りました
あとは工場派遣ですが明日までに電話なかったら書類選考落ちてます

355:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/06/02(水) 21:15:57.68 ID:pHvLkxl6
>>353 えっ

>>354 よいことじゃ。
 どんどんやるとよいのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

527:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 23:16:37 ID:enr795LI0 [1/2]
426
賛兜率悦禪師  兜率悦禪師を賛す
素老天生薄福徒 素老は天生薄福の徒
佛魔公案的傳無 佛魔公案的傳無し
鬱襟忽發烈史筆 うつきんたちまち発す烈史の筆
永辱楊雄莽大夫 永くはずやうゆうまうが大夫

くま訳
兜率寺の従悦禪師を讃える。
わしは天生幸が薄いのである。
仏も魔も投げ棄てろという公案を師から直伝されて無いのである。
そんな憂鬱な気分を忽ち晴らしてくれる、勢いのある文章の書き手である。
楊雄は王莽の大夫であったことを永く恥じたのである。自分の本性を究明して気付くことができずに生きる
ことは、王莽の本性を知らずに、その大夫であるようなものである。

*兜率の三関(無門関第47則)
 「兜率悦和尚、三関を設けて学者に問う。
  一. 撥草参玄はただ見性を図る。即今、上人の性、いずれの処にか在る。
  二. 自性を識得すれば、まさに生死を脱す。眼光落つる時、そもさんか脱せん。
  三. 生死を脱得すれば、すなわち去処を知る。四大分離して、いずれの処に向かってか去る。」
*仏魔:「仏」を貴い絶対的なものとして求めれば、それが自分を束縛する魔に変化するという意味。
*的伝:師から直接に伝授を受けること。正統から正統に伝えること。直伝
*襟(きん):胸のうち。心。 要害の地。「襟帯」
*烈:1.はげしい。ひどい。きびしい。2.火の勢いが強くてはげしい。
*史:1.できごとを書きしるした書。時勢の変遷・発達の過程の記録。またその過程。2.できごとを書きし 
 るす役人。書き役。ふびと。文章にたずさわる人。
*揚 雄(よう ゆう、紀元前53年-18年):前漢時代末期の文人、学者。
 揚雄は年少の頃から学問を好み、人と論争するのは得意ではなく、黙って思惑に耽ることを好んだ。また 
 富谷や名声を求めようとしなかった。・・貧しかったが、安らかで落ち着いており、度量が大きかった。
 30歳を過ぎたときはじめて都の京師に上るが、彼の文学の才能を推薦する者がおり、これが認められて 
 待詔(皇帝の下問に答える者)となった。・・成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成
 果を踏まえ辞賦作家としての名声をほしいままにした。
 揚雄63歳のときのことである。漢の高祖の廟から王莽を天子に指名する符(ふだ)が出たと称して帝位
 についた王莽は、以後はその符の神秘性・高貴さを保持するため、新たに符命を称することを禁じた。し
 かし、これに違反して劉?淘の子の劉?腸らが改めて符を莽に献上してしまったことから、莽は激怒、関係者
 の処罰に乗り出した。
 劉?腸は揚雄の門人で、以前符の書式について?腸に助言したことがあるなどの経緯から、司直の手を逃れら
 れぬと感じた揚雄は、思い余った末に天禄閣の上から投身自殺を図る。揚雄と顔見知りの間柄であった王
 莽は事を荒立てるつもりはなかったが、揚雄の一人合点で大事に至った。・・自殺未遂に終わったことも
 手伝って、都中に知れ渡るところとなった。この後、揚雄は8年ほど生き長らえた。享年71。

*王 莽(おう もう、前45-23年)は、新朝の皇帝。
 前漢の元帝の皇后の王政君(孝元皇后)の甥。・・14歳で死去した平帝の後継として僅か2歳の劉嬰を立 
 てるも皇帝ではなく皇太子とし、「符命」(一種の予言書にあたるもの)に基づいて自らが摂政として皇 
 帝の業務を代行することとした。そして自らの呼称を「仮皇帝」・「摂皇帝」としてほぼ皇帝と同格の扱 
 いとし、居摂と改元、周公旦の故事に倣って朝政の万機を執り行った。
 王莽の治世においては労役負担と税負担共に重く、貨幣制度や経済政策は現実離れし、また余りにも異常 
 な政策が実行された。
 天に救いを求めるために、泣き声の悲哀な者を郎(官僚)に取り立てた。このため、郎の数だけで5000 
 人に達したと言う。
(´・(ェ)・`)つ

528:避難民のマジレスさん[]:2021/06/01(火) 23:25:34 ID:enr795LI0 [2/2]
おまけ
*兜率の三関(無門関第47則)・兜率寺の従悦和尚の3つの関門 服部潤承先生解説抜粋
兜率寺の従悦和尚(1044~1091)は、人並みはずれた禅僧で、その力量を慕って、大勢の修行者がやって来
ました。
 そこで、従悦和尚は誰にでも同じ3つの質問をして、修行者の実力を量りました。
 まず第1の関門です。
 草をかき分け、参禅勉道の旅をするのは、ただ見性することが目的であります。今、あなたの本性はどこ
にあるのか。さあ、答えてみよ。というのです。
 見性とは、自分の本性に気づくことでありますし、自己の本性とは、「衆生本来仏なり」と言う、本来自
分にそなわっている仏性のことであります。
 臨済宗祖の臨済義玄禅師は、「赤肉団上に一無位の真人有り。」とあり、「自性とも、自分の本性とも、
一無位の真人とも、仏性とも言う真実の自己が生身の体に宿っている。」とおっしゃっています。
 とんちで有名な一休禅師は、「阿弥陀とは南をあるを知らずして 西を願ふははかなかりけり」とあり、
南は皆身で、阿弥陀様はそれぞれの身にあるとおっしゃっています。
 次に、第2の関門です。
 自分の本性に気づくと、生死の問題は解決できるはず。生死の問題が解決したならば、生死の迷いから脱
することができる。今、死を目前にして、どのように生死の迷いを脱するのか。さあ、答えてみよ。と言う
のです。
 黄檗宗祖の隠元禅師は、『黄檗宗祖真空華光大師ご遺誡』で、「生死大事ために(中略)昼三夜三己躬下
の事を究明するを努めとせよ。」とあり、「生と死は二元対立の世界であって、それを生死一如(同一体)
と悟るためには、昼夜を分かたず、己事究明(物事の本質を見極めること)に努力せよ。」とおっしゃって
います。
 己事究明の結果、「来る時、一物も無し。去る時、空索索。(隠元禅師語録26巻)」と、生まれて来る
時は無から生じて丸裸。死ぬ時は四大分離して無に帰する。まさに「有無倶に是れ錯。」とおっしゃって、
有る無しはともに同一体、これこそ安心なのですと、おっしゃっています。
 隠元禅師が示寂する5日前、・・・「快活。快活。生も也た快活。死も也た快活。」と、心地よい、心地
よい。生きるも心地よい。死ぬるも心地よいと、生死一如の心境が語られています。
 佛日寺の初代、慧林禅師も遺偈(死を目前にして詠んだ漢詩)に、「来るも也た錯。去るも也た錯。」と、
生まれてくるのも安心。死んで去るのも安心と、やはり生死を超越した心境が悟られています。
 最後に第3の関門です。
 生死の問題が解決すると、行き着くところが分かるはずです。四大分離と申しまして、肉体や心が分散し
て、どこに向かって行くのか。さあ、答えてみよ。と言うのです。
 本性に気づくと、死んでどこへ行くのか。死んだ後、どうなるのか。が分かってきます。
 一休禅師は、「死にはせぬどこへも行かぬ ここに居る たづねはするな ものは言わぬぞ。」と。
 窪田空穂は、「不生とは 不滅の意なり 在るものは 形を変へて 永久に生く。」と。
 隠元禅師は、・・示寂の際にしたためた遺偈に、「今日身心倶に放下して、頓に法界を超えて一真空」と
あり、本日、身も心も放下(捨て去る)すると、たちどころに、僧俗二世界はもちろん、僧の一法界をも超
えて、真実唯一の空に到るとおっしゃって亡くなったのであります。
(´・(ェ)・`)b

529:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/06/02(水) 22:00:04 ID:1d4drIFg0 [255/255]
兜率悦禪師の賛というのじゃ。

老師は天生から薄福の人なのじや。
仏魔の公案も伝承されていないのじゃ。
鬱を開いて忽ち烈史の筆を発するのじゃ。
楊雄が王莽の大夫であったことを長く恥じていたようなものじゃ。

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