鬼和尚 2021/03/28(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

415:避難民のマジレスさん[]:2021/03/27(土) 22:17:11 ID:JnLc.HYo0 [2/2]
鬼和尚様

今日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。

416:龍昇[]:2021/03/27(土) 22:26:17 ID:ifJC0SGc0 [2/2]
>>414
ありがとうございます。
自分の弱さに恥ずかしくなります。

また、直面した死の恐怖があまりに大きすぎて長いこと修行も出来ずにいます。
座ることから徐々に再開していきたいと思います。

417:避難民のマジレスさん[]:2021/03/28(日) 06:20:25 ID:jcW5Pufc0 [3/5]
無我に至ったらネガティブな感情を発生させる善悪の観念も0個になるんですか?

421:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/28(日) 20:50:14 ID:1d4drIFg0 [108/109]
>>415 どういたしまして、またおいでなさい。

>>416 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>417 自分にとっての善悪はなくなるじゃろう。
 もはや自分は無いから自分にとつて善い悪いもないのじゃ。

 しかし、善悪の概念は残っているじゃろう。
 善とは何かとか、悪とは何かと考えることはできるのじゃ。
 実践で確かめるのじゃ。

418:避難民のマジレスさん[]:2021/03/28(日) 08:08:09 ID:jcW5Pufc0 [4/5]
悟りの話ではよく「明け渡しが大事だ」、
「悟るためには明け渡しが必須だ」などと言われますが明け渡しって具体的にどういう意味ですか?
わかりやすく説明してくれませんか?

419:避難民のマジレスさん[sage]:2021/03/28(日) 10:57:44 ID:czRftzgI0 [12/12]
>411に関連して、瞑想時にだけ思考に意識すると日常生活の中で忘れて思考まみれになります。そうならないように日常の中でも思考しているかを意識し続けた方がいいのでしょうか?

420:避難民のマジレスさん[]:2021/03/28(日) 11:05:52 ID:jcW5Pufc0 [5/5]
何年も修行している者なら一度や二度は観照を経験したことがあるじゃろう、しかしその度に自分が消えるのが怖くなって引き返したじゃろう。
みたいな文章を鬼和尚のブログで見ましたが観照というのは不可逆的なものであって一度それが起きたらそこから逃避しようという感情は起こらないものなんじゃないですか?

422:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/28(日) 21:01:48 ID:1d4drIFg0 [109/109]
>>418 明け渡しとはつまるところ自分のコントロールを放棄することじゃな。
 実際にはコントロールしていないのであるが、自我のある者は自分で自分をコントロールしていると思い込んでいるものじゃ。
 それを放棄することが明け渡しなのじゃ。

 文字通り自分を守ろうとする気持ちとか、コントロールしなければならないという気持ちを捨てて心身を開け渡してしまうのじゃ。
 恐れがある者にはなかなか難しいものじゃ。
 実践で確かめるのじゃ。

>>419 そのほうがよいじゃろう。
 日常でも思考を観ようと意識していれば、瞑中でも観やすくなるものじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>420 観照もとめようとすれば自分の意志でとめられるのじゃ。
 真実から目を背けることで止まるのじゃ。
 それは悟りを得てない者が日常でもやつていることなのじゃ。
 今のままで居たいと思えば観照もとまってしまうのじゃ。
 実践で確かめるのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 53 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597354447/

783:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/03/28(日) 10:24:42.87 ID:1r+jL7KW
鬼和尚、自分は「気」の流れがわかります。
「気」の流れの悪い場所では、早死にしたり、事故があったり、自然災害にあったりします。
家でも「気」の流れの悪い家は、病気になったり事故にあったりして早く家人が亡くなります。

殆んどの場合、的中します。
「気」の流れの良い家はその反対です。

これは一種の才能ですか?
何の役にも立ちませんが。

784:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/03/28(日) 20:39:47.72 ID:h8gWtKaE
↑そう言えるじゃろう。
 囚われずに実践に励むのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

384:避難民のマジレスさん[]:2021/03/28(日) 00:11:22 ID:PWOU9dF20
くま訳全面改
俗世間を離れた羅漢が仏の境地から離れて
一度遊里に入ったとしても、大いなる悟りの智慧を発するでありましょう。
楞厳経の文殊が淫坊に助けに入った故事を深く笑うでありましょう
そのような若造の境地をもはやなくしているからである。

366
耽色喪徳    色に耽って徳を喪す
酒伴詩僧久絶交 酒はん詩僧久しくまじはりを絶つ
獨吟月影滿松梢 獨吟月影松ぜうに満つ
楚臺秋夢是吾業 楚台の秋夢是れ吾が業
杜牧昧淸淫色嘲 杜牧み清し淫色のあざけり

くま訳
女色に耽り徳を失う
飲み仲間の詩僧と久しく交わりを絶った
独り吟じる、松の梢の彼方に見える滿月
情交を夢見るのは我が業である
杜牧のように淫色の詩を詠む時でもその言葉は清淨でありたいものである。

*酒伴:飲み仲間
*楚臺秋夢:漢書に、楚は牽花の臺を起して黎民散ずと、即ち其の女色に耽るをいふなり(国訳脚注)
*花臺:美しい楼台
*黎民:一般人民
*楚台の夢・巫山の夢・楚夢雨雲:男女の交わり、情交のたとえ。戦国時代の楚の懐王が昼寝をした際、夢 
 の中で巫山の女神と情交を結んだ。別れ際に女神が「朝には雲となって、夕方には雨となってここに参り 
 ます」と言ったという故事から。
*杜牧(とぼく…803~852):晩唐を代表する詩人
*嘲(チョウ・あざける) ばかにして笑うこと。あたりかまわず勝手な口をきく。また、大きな声を出す。
ふざける。声をあげて詩歌を口ずさむ。うそぶく。
(´・(ェ)・`)つ

385:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/28(日) 21:25:52 ID:1d4drIFg0 [179/179]

酒の伴の詩僧とは久しく絶交しているのじゃ。
月の影が松の梢に満ちる時、独り吟詠するのじゃ。
楚台の秋夢は我が業なのじゃ。
杜牧の詩は味清き淫色の嘲なのじゃ。

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