鬼和尚 2021/03/19(金)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

368:避難民のマジレスさん[]:2021/03/18(木) 22:39:21 ID:rlAecqNg0 [14/14]
鬼和尚様

今日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。天の世界と言えばお釈迦様がアーナンダに天の世界の美女を見せてアーナンダがこの世の美女がブスに見えるようになったとかそういうエピソードのあれでしょうか。
私はさっさと悟って死にたいので天の世界には惹かれませんね…不老長寿を望んでる人は誘惑される世界なのでしょうか

369:天佳[]:2021/03/19(金) 08:34:44 ID:06My1/Ww0 [3/3]
鬼和尚さま、おはようございます。

ありがとうございます。必要な時だけ使います。
スマホの利用時間が圧倒的に変わり、自分を見る時間が増えてきたからなのか、善事をすることや自分を知ることが前より楽しくなってきました。

今回のような些細なことで憂いてしまう時があるけれど、鬼和尚さまの言葉やスッタニパータなどのことばが日常で頭に浮かんで、以前よりも雑踏の中にいても道から逸れすぎないように自分を守ってくれる感じがしています。
元々自信がない人間なので、少しでも成長していると心で思いながら、これからも精進します。

370:避難民のマジレスさん[sage]:2021/03/19(金) 10:49:37 ID:ZGjMHve.0 [3/3]
>>365 教えていただきありがとうございます。よくわかりました。
ブログの記事「大樹の例え」(2015年4月)を拝読させていただいたところ、
<ここで葉の一枚が意思を持ち、自分だけが得をしようと日の光を独占し、
他の葉の迷惑も考えずに広がったならば、樹はその葉をむしろ落とそうと思うじゃろう。
一枚の葉のために全体が迷惑すれば、樹の意識はそのように働くのじゃ。>
とあります。
葉の一枚が、悟りを得ようと自分だけ働かずに修行に専念した場合、
樹の意識はどのように働くものなのでしょうか?
一方、現在、数十人のひとたちが世界の富の半分を独占しているとの話もありますが
このような人たちは今後どのようになっていくと考えられますでしょうか?

373:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/19(金) 23:30:53 ID:1d4drIFg0 [95/96]
>>368 そうじゃ、それが天なのじゃ。
 
 誘惑されるのじゃ。
 それもまだ不死の境地ではないとわからんのじゃ。
 空海も言っているが天もまた死のある世界なのじゃ。
 不死の境地に到達するまで進むのじや。

>>369 善いことじゃ。
 更に精進あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>370 ただ見守るだけなのじゃ。
 善悪を超えた行ないであるからのう。

 全ての財産を手放して死ぬだけなのじゃ。
 それ以外はありえないのじゃ。

371:避難民のマジレスさん[]:2021/03/19(金) 16:33:30 ID:gNqBzI/M0 [4/6]
なるほど、100%自己同一化の観念を厭離してなくても観照は起こるものですか?

例えば「記憶が自分だ」という観念は残っていても肉体や思考などは既に厭離されていて80%自己同一化が厭離されていたら、それで観照が起こるということもありますか?

372:避難民のマジレスさん[]:2021/03/19(金) 16:36:22 ID:gNqBzI/M0 [5/6]
80%というのは様々な自己同一化の観念を寄せ集めたうちの80%という意味です。

374:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/19(金) 23:44:47 ID:1d4drIFg0 [96/96]
>>371 そうじゃ、全ての同一化を厭離しなくてよいのじゃ。
 主に自分が自分と強く感じているものが厭離されれば他は自然に離れるのじゃ。
 
 それではできないじゃろう。
 それを主として自分と認識しているからのう。
 誰でもそのような主として自分と認識するものへの囚われがあれば観照は難しいのじゃ。
 それが自我の滅を感じて邪魔するからのう。
 実践で確かめるのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

263:避難民のマジレスさん[sage]:2021/03/19(金) 21:16:46 ID:Dp/qMVVc0 [126/126]
道は間違いなくそこにある。しかし、既成の道を見つけようとしてはならない。自分で探すのだ、自分の努力で。 そして、それがなんと人に尊厳をもたらすことか! 自分自身の努力によって真理を手に入れることができるというのは、何とありがたいことだろう! マハヴィーラは、このことを伝えたくて、労苦によって得られる真理について語ったのだ。

真理は慈善で与えられる施しでは無く、達成することだ。決意と継続的な努力、そしてもう一つ、無限の忍耐が必要だ。真理は無限であり、終わりのないものであるから、それを待つためには無限の忍耐が必要だ。限りなく待って初めて、神が現れる。忍耐力のない者は、神に到達できない。このことも忘れないでほしい。

最後に、私はある話を思い出したので、あなたに伝えたい。架空の話ではあるが、これはまったくの真実だ。

ある天使が、年老いたサドゥーが座っている場所を通りかかった。そのサドゥーは天使に、「どうか神に、私がモクシャに到達し、解放を達成するのにどれくらいの時間がかかるか、尋ねてください」と言った。年老いたサドゥーの近くには、とても若く、入門したばかりのサニヤシンが住んでいた。彼はガジュマルの木の下に座っていた。天使は若いサニヤシンに、自分のモクシャについても神に尋ねて欲しいかどうかを尋ねた。しかし、サニヤシンは何も言わなかった。静かに、穏やかに、黙っていた。

心を静めて、今日も励みます。

264:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/19(金) 23:49:31 ID:1d4drIFg0 [138/138]
誰でも悟りへの道は自分で探さなければならないとオショーは言うのじゃ。
自分の心を追求することは自分だけができることだからなのじゃ。
それには自分の決意や努力や忍耐が必要なのじゃ。
経典や師匠の言葉もその実践の参考にできる程度なのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

366:避難民のマジレスさん[]:2021/03/18(木) 23:41:50 ID:.FRkq9Z20
くま訳改
第三句:その筆先が何を示しているのか、
第四句:万里に晴れわたる天の月のように明白なのである。つまり宗門を栄えさせたければ自ら風紀を善く
するようにと言うのである。

357
看靈山行状   靈山の行状を看る
宗門極則又?寤訛 宗門の極則又がうぐわ
乃祖靈山前釋迦 ない祖靈山前釋迦
採筆誰人點鬼簿 筆を採って誰人か鬼簿に点ず
工夫日用俗塵多 工夫日用俗塵多し

くま訳
靈山徳禪寺の行状を看る
宗門の規範はいりくんで、むつかしい。
開祖徹翁義亨は釋迦の正伝である。
実務として過去帳の作成などもしつつ、
一心に修行に励むが、俗世間との煩わしい事柄も多い

*霊山徳禅寺:徹翁が創建、応仁の乱で焼失、一休さんが再興。
 徹翁義亨(てっとう ぎこう)1369-1295 大徳寺1世。五山の禅に満足できないため,大徳寺の宗峰妙超  
 に参禅して法を嗣いだ。霊山徳禅寺を開創し,寺域内には石を配し,池を掘り船が浮かぶ庭園を築き,また 
 寿塔の正伝庵を設けた。足利義詮 や花山院覚円などの外護者を得ている。寺院経営,門徒の掌握と徹翁一
 派による大徳寺とその教団運営の基礎確立にすぐれた才能を発揮した
*極則:規範中の規範?奥義?
*?寤訛(ごうが):いりくんで、むつかしきこと
*乃祖:祖父。また、祖先。
*点鬼簿:死者の姓名を書いた帳面。過去帳
*俗塵:浮世のちり。俗世間の煩わしい事柄。
*工夫日用:一心に修行に励む、日常
(´・(ェ)・`)つ

367:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/19(金) 23:59:24 ID:1d4drIFg0 [170/170]
靈山の行状を看て説いたのじゃな。

宗門の規則は又難しく入り組んでいるのじゃ。
霊山の祖であるお釈迦様の頃にはそんなに難しく入り組んでなかったのじゃ。
誰が故人の記に筆を加えてこんなにしたのか。
日用に俗塵を多くする工夫をしてはいかんのじゃ。

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