鬼和尚 2021/03/01(月)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

259:252[]:2021/03/01(月) 03:32:20 ID:QRTQ98go0 [3/3]
鬼和尚。
このような、誰にも言えないことを受け入れてもらえ、
誰でも匿名で書き込み相談できる場所が存在するということは、
たいへんありがたいことです。ありがとうございます。
この掲示板の管理者の方にも深く感謝します。

自分の年齢的にも環境的にも、
これ以上の停滞も後退もするわけにはいかないので、
まだまだ自信もなく不安も大きいですが、
鬼和尚がおっしゃる通り、
勇気を出して少しずつでも、前に進んでいきます。

ありがとうございました。

260:避難民のマジレスさん[]:2021/03/01(月) 07:59:42 ID:w.ItkDtU0 [35/35]
わかりました、ありがとうございます。
でもなんで気が頭に入ると禅定に入りやすくなるのでしょうか。

気が禅定に良い影響を及ぼす理由がわかりません。

261:避難民のマジレスさん[sage]:2021/03/01(月) 16:59:32 ID:XYcS8oQg0 [1/3]
和尚様、どうも苦滅、厭離ですが、滅すると表現してるので観察すると、苦が完全に消え去ると思っていたのですが、そうならないので、
http://onioshyou.blog122.fc2.com/blog-category-15.html
を今一度熟読してみたのですが、完全になくなるのではなくて、苦の連鎖反応が止まるということでいいでしょうか?
つまり、例えば過去に事故にあって当該車種を見ると、その瞬間に、最初の反応、すなわち、見る、事故時の車種と認識する、心臓のあたりに嫌な感覚がはしる。この一連の反応はいくら観察しても消えない。しかし、観察するとただの反応と認識されそれで終わる。
観察せず厭離されてないと、その最初の一連の反応がトリガーとなって、次つぎと当時の記憶や苦痛が誘起され止まらなくなる。
厭離すると、最初のワンショットの反応で止まるという理解でいいですか?
最初の反応は痛みと同じく体の自然反応なので消すことは出来ないという事で良いでしょうか?
これですと、確かに嫌な感覚は起きるけど、何も思わないのじゃとなります。
よろしくおねがいします。

262:避難民のマジレスさん[]:2021/03/01(月) 20:36:44 ID:jQXQ.Ey60 [10/10]
「この世は苦しいものだから、その苦を味わわせないために子どもをつくらない」という反出生主義という考え方がありますが、そのような思いから子どもをつくらないようにすることは慈悲ですか。
輪廻転生説が正しければ、その行為によって苦をなくすことはできませんが、一般の人は輪廻転生説を信じて生活していないと思うので。


もう一つ質問です。
野良猫の殺処分数を減らすために猫に不妊去勢手術を行い、もといた場所に戻すという活動を行っている動物愛護団体やその団体に寄付をすることは善事ですか。
殺処分の数が減るのはいいことだと思いますが、強制的に去勢手術を受ける猫本人にとっては、傷つけられただけで得がないので可哀想な感じもして、寄付をするのをためらいました。

よろしくお願いします。

263:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/01(月) 22:30:09 ID:1d4drIFg0 [65/65]
>>259 そうじゃ、前進あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>260 現代医学的に言うと、脳内麻薬が出るのじゃ。
 心身に善いことをしたからご褒美が出るのじゃ。
 そのスイッチがブラフマランドラにあり、気が登ればそれを押すというようなイメージでよいのじゃ。
 実践で確かめるのじゃ。

>>261 完全に観察すれば最初の反応も止まるじゃろう。
 止まらないのは観察が完全ではないからなのじゃ。
 原因がまだあるとか、どこかで逃避していて観ないようにしているとかなのじゃ。
 観察が完全ならば厭離されるのであるから、もはや反応も起きないのじゃ。
 心を詳細に観察して逃避や原因を隈なく探すのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>262 慈悲ではないのじゃ。
 観念遊戯なのじゃ。
 悲観主義に陥っているのじゃ。
 娑婆世界に生まれれば悟りを得るチャンスもあるのであるからのう。
 無知による観念なのじゃ。

 それも善事ではないのじゃ。
 猫の身になって考えてみるのじゃ。
 おぬしがその辺を歩いていたらいきなり誘拐されて去勢されて、殺されるよりはましとか言われても納得できないじゃろう。
 殺しも去勢もしないのが真の慈悲なのじゃ。
 常に相手の身になって考えるのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

221:避難民のマジレスさん[sage]:2021/03/01(月) 21:09:59 ID:Dp/qMVVc0 [108/108]
第四の質問:知性が真理ではないと主張することは真ではないのですか?

知性とは考えることだ。知性とは知ではない。考えることは暗闇の中で手探りすることであり、知ることではない。真理は思考することはできない – それは見られて、実現される。それは知性によって実現されるのではなく、知性が静かで空っぽになったときに実現されるのだ。内なる知のこの状態が直観だ。直観は思考ではなく、洞察だ。真理を見たいと思っている人にとって、直観は、盲人にとっての視力の獲得のようなものだ。考えることによっては、誰もどこにもたどり着けない。それは終わりのないの手探りだ。盲目の人は何年も手探りをするかもしれないが、光を得ることができるだろうか? 手探りと光の間に関係がないように、思考と真理の間には何の関係もない。それらは全く異なる次元のものだ。

自己の真のグルについてお教えくださり、ありがとうございます。非常に忙しく、眠くて疲れていても坐ろうとする気が起こるなど、心当たりがあります。また、ふと強く無常を感じて、何もかも全く意味がないように思えることがありますが、それも真のグルの導きのひとつなのでしょうか?

222:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/01(月) 23:03:15 ID:1d4drIFg0 [114/115]
↑そう言えるじゃろう。
 この世の全てのものごとは泡のようにはかなく、消え去る性質のものじゃ。
 囚われれば時間を失い、苦になるばかりなのじゃ。

 この世で唯一意味があるのは、有限な肉体で無限の存在に至る事だけなのじゃ。
  それを教えてくれる心の働きは内なるグルの導きと言えるのじゃ。

223:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/01(月) 23:23:14 ID:1d4drIFg0 [115/115]
知性が真理ではないという主張もまた真理についての考えなのじゃ。
それが真であることはないのじゃ。
知性もまた観念の枠から逃れられないものじゃ。
真の知は気づきであり、洞察によるものじゃ。
思考を介さずありのままの今ここにあるものごとを見抜く働きなのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 53 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597354447/

696:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/03/01(月) 02:07:34.09 ID:5L0ERF+r
>>693
死は見つめたり真剣に考えた事がありますが、いずれも死自体への恐怖というよりじわじわと体が駄目になったり、それらに翻弄、拘束される事への恐怖で、生の質が著しく落ちるような状態でぐずぐずと生き永らえているような事の方が死以上に怖い、なりたくない状態です。そのような状態では死はむしろそれらから解放してくれるものです
生きながら肉体を越えるとはどういう状態でしょう

697:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/03/01(月) 20:04:10.43 ID:uyfXh0XY
目覚まし時計は身体に悪いと聞きます。
大きな音で無理に起こすのは確かに精神にもよくなさそうです。
これは事実でしょうか?

698:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/03/01(月) 22:03:59.67 ID:LT+0jI14
>>696 瞑想をしていれば意識は肉体の外にもあると感じられるじゃろう。
 それだけでも肉体を超えられるのじゃ。
 自分の肉体を観察して厭離すればそれもまた肉体を超えられるじやろう。
 それが自分ではないと気付くからなのじゃ。
 真実に到達するにはいろいろな道があるものじゃ。
 おぬしも実践して感得するとよいのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>697 熟睡している時にいきなり大きな音で目覚めさせるのはよくないというのじゃ。
 肉体が警戒して熟睡できなくなるからなのじゃ。

 静かな音で目を覚ますのならばよいじゃろう。
 いろいろ試してみると善いのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】77
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1576583672/

839:マジレスさん (アウアウエー Sa72-DFeu [111.239.152.231])[sage]:2021/03/01(月) 01:56:15.91 ID:7F8I2Wpra
>>838
夜中に起きちゃったけど
鬼和尚さまありがとうございます
今日行ったら意外と簡単かもしれませんね
とにかく行ってみないとわかりません

タバコ吸ったらまた寝て今日のために寝ます
おやすみなさい

840:マジレスさん (アウアウエー Sa72-DFeu [111.239.154.81])[sage]:2021/03/01(月) 19:04:59.88 ID:HBxHMwJUa
初出勤してきました
まず朝8時からなのに7時40分に行ったらそのまま工場長とリーダーみたいなhとにだけに挨拶して(朝礼はラジオ体操や皆の前での自己紹介なし)
タイムカードやロッカー教えてもらって仕事開始(まだ8時前なのに)
そして与えられた仕事はゴム製品のプレス
機械にゴムをセットして3分のプレス中に出来上がった製品のバリ取りをするのを延々くり返すというもの
午前中は休憩なしだったけどなんとかやりきった
そして無言の食堂で飯くったら自転車で工場の外にでた
しかし午後仕事はじめて2時ころになったらなぜか急につらくなってきた
常に周りに人がいる環境 そして自分は新人だから社長や周りの従業員にちらちらみられてることによって精神がおかしくなった
今思えば周りは俺が変なことしないか見守ってるだけだろうけど俺の病気がおかしくさせた
そして2時頃、社長に「気分が悪いです」と伝えたら
息子の工場長に「気分悪いってよ」って言って工場長が水をかってくれた
そして休憩所でうすこし休憩してまた復帰して作業してたらまた苦しくなった
普通なら一度目に気分悪いとつたえたら早退させてくれるに社長は帰らせてくれなかった
そしてなんどかフラフラと休憩所で休んでたら4時半ころ社長がきて
「今日はもう早退していいいよ 男なら泣くなよ 明日はちゃんとくrんだよ?だめだったら電話して」といって
4時半頃早退した
俺に8時間労働は無理
数々の職場で無能扱いされて疎外された過去が今の俺を生きづらくさせてる
おとなしくひきこもってる

841:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8  (ワッチョイ 3a67-oL1e [219.192.74.62])[sage]:2021/03/01(月) 22:00:17.57 ID:ew+AWb3z0
↑それでも行ってよかったのじゃ。
 工場勤務には向いていないとわかったのじゃ。
 以前やったウーバーイーツのほうがよかったのじゃ。
 一人でやる配送とかをしてみると善いのじゃ。
 いろいろ試して見るのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

329:避難民のマジレスさん[]:2021/03/01(月) 00:08:07 ID:nxjeLtmE0
340
乙石御料人待知客歸寺 おと石御料人しかの寺に帰るを待つ
知客他行乙石愁 知客の他行乙石の愁
歸來日数在心頭 帰来日数心頭にあり
斫額天衢望晴雨 しゃく額してく晴雨を望む
愛看昔日摘星楼 愛し看る昔日の摘星楼

くま訳
乙石婦人は、接待係の僧が寺に帰るのを待っている。
接待係が他所へ行くのが乙石婦人の愁いであった。
帰って来てから幾日もたっていることを知っていた。
額に手をあてて、天への道、晴天、雨天を眺める。愛憎の思いに耽っているのだろう
愛し看る、摘星楼で紂王に正妻を殺させた寵姫、妲己のようだ。

*御寮人、御料人(ごりょうにん):中世以降用いられた、主に女性に対する敬称
*知客(しか):禅宗寺院の役職の一つ。第四位。知賓(しひん)ともいった。
 修行年数の多い修行僧の中から選ばれ、外部からの来客の接待、新たに入門した修行僧の世話などを行う。
*他行:よそへ行くこと。外出すること。
*斫額望汝(しゃくがくして汝を望まん。)額に手をかざして遙かにお前を見上げて、敬遠することであろ 
 うて)」「啓して遠ざける」
*天衢:(中国語翻訳サイト)天国への道
*殷王朝の末期、紂王が、寵姫妲己の謀略により正妻を突落して殺害したのが摘星楼である。

乙石なる人物が誰なのか、不明。
知客とは、一休さん自身にことではありますまいか?(乙石さんに、そう名乗ったのでありましょう。)
乙石さんは、一休さんの火遊びの相手でありましょう。
一休さんは、分かれたくて、寺を出て身を隠した。ほとぼりが冷めた頃かと帰ってみると、乙石が待ち続け
ていた。それを物陰から見て、冷や汗をかく一休さん・・という詩でありますかね。
(´・(ェ)・`)つ

330:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/03/01(月) 23:39:19 ID:1d4drIFg0 [151/151]
一休さんではないじゃろう。
昔坊さんと道ならぬ恋に走った、そういう名前の女子がいたのじゃろう。

知客の僧がどこかに行っているのが乙石の愁いなのじゃ。
帰る日を数えて頭の中が一杯なのじゃ。
おでこに手を当て天気を見るのじゃ。
道ならぬ恋に落ちた昔を思い出しているのじゃ。

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