鬼和尚 2021/02/27(土)

鬼和尚に聞いてみるスレ part18
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1611967514/

247:避難民のマジレスさん[]:2021/02/27(土) 01:23:02 ID:w.ItkDtU0 [30/31]
241です。肉体の自己同一化の厭離に空の法は効果ないですか?

248:避難民のマジレスさん[]:2021/02/27(土) 11:37:04 ID:w.ItkDtU0 [31/31]
根源的な恐怖があり、その正体は、自我を手放すともう一切快楽に執着したり逃避できなくなる、しかも神と呼べるような本質的な自己の側につくことになる。だから言葉にすれば神の味方になるようなその状態でまた自我的な思いが湧いたりしたら神に処罰されるような例えようのない恐怖に襲われる。という自我が消失する根源的な恐怖でした。

でもなんとかその恐怖を厭離できました。すると今まで恐怖一色だった心に少しの平安が訪れました。雑念がかなり湧かなくなりシーンとしています。でも強い平安ではないので別の状態になりたいという快楽への執着、欲求がまだ湧く時があります。
その際、その欲望に従って快楽に耽ると本質的な自己、神に対して反旗を翻した、裏切った感覚になり、やってしまった…という罪悪感と恐怖がやってきます。

だから快楽への依存心が湧いたら表面的にでもいいから厭離して手放して欲望を満たさないぞ!と決意しますがまた快楽への執着が湧いてそれを満たしたいという思いに苛まれたらどうしようという恐怖に苛まれています。

快楽への執着が湧かなくなる至福の境地に至れれば話は早いんですがまだそこに至れるまで修行が進んでいません。

249:236[sage]:2021/02/27(土) 20:15:10 ID:xx7ecifs0
>>246
鬼和尚さん、ありがとうございます。
これで自分という根本原因から一時的に離れられたのなら、他のことも厭離できるかもしれないので、いろいろ実験してみます。
ありがとうございます。

250:避難民のマジレスさん[]:2021/02/27(土) 20:36:24 ID:87SUUXN20 [3/3]
>>240です。
参考になりました!
ありがとうございます!

251:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/02/27(土) 22:04:14 ID:1d4drIFg0 [62/62]
>>247 効果はあるじゃろう。
 ただそれは観察の法ではないというだけなのじゃ。
 人に拠って法は効果があったりなかったりするものじゃ。
 そうであるからいくつもの法を学び実践して見るのもよいのじゃ。

 おぬしにとって観察が難しいものならば、自分の心身を含めて全てが無であると観る空の法を実践してもよいのじゃ。
 実践して確かめるのじゃ。

>>248 なにやら観念遊戯に陥っているようじゃ。
 快楽がわくならば自然に身を任せれば善いのじゃ。
 執着があるならば執着があると観察すれば善いのじゃ。
 それもまた原因から観察できれば消えるのじゃ。
 何も恐れることは無いのじゃ。

 観察が難しいならば空の法を実践してもよいのじゃ。
快楽も恐れも空であると観れば囚われることも無いのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>249 そうじゃ、いろいろ試してみると善いのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>250 どういたしまして、またおいでなさい。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

215:避難民のマジレスさん[sage]:2021/02/27(土) 20:42:30 ID:Dp/qMVVc0 [106/106]
第二の質問:私たちは真理についての概念を形成せずに、真理について考えることができるのではないでしょうか?
私はあなたに考えなさいとは全く言っていない。思考は、あなたが知っていることを超えて行くことはできないし、もしあなたが真理を知らないとしたら、いったいどのように、それについて考えることができるだろうか? 思考は常にあなたの経験の境界内にとどまる。それは知っていることについて、くよくよ考えるだけだ。思考は決して創造的ではなく、それは単に反復的だ。未知のものは、思考によって知ることはできない。未知のものを知りたければ、知っていることから抜け出さなければならない。未知の世界に入るためには、既知の世界から出なければならない。

したがって、真理についての概念を全く形成しない方がよい。その概念は全く真理ではなく、生きた意味を持たない無生命の言葉になってしまう。その言葉は伝統によって尊敬され、何千人もの人々によって崇められ、シャスターラによって支持されているかもしれないが、あなたにとっては全く価値のない言葉になるだろう。その言葉の狭く限られた枠組みを通して真理の壊れたイメージを見ることは一つのことであり、枠組みが崩れた時に空の全体の広がりを見ることとは全く別のことなのだ。

空は何にも囲まれていない。また、真理は何にも包まれていない。すべての枠組みは人工的に作られたものであり、すべての概念は人工的に作られたものだ。もしあなたが真理を知りたければ、あなたの枠組みから抜け出しなさい。言葉や思考、いわゆる知識を忘れて、既知のものから離れなさい、未知のものが入って来られるように、そして、すべての人工的な概念を手放しなさい。そうすれば、あなたは誰の創造物でもない、すべての創造の基礎そのものを知ることになるだろう。

自我がだいぶ観えているのに無我にならないのは、まだ執着を残しているからです。恐れ、怒りなど心に引っかかる時には、特にしっかりと観察しようと思います。

216:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/02/27(土) 23:24:50 ID:1d4drIFg0 [110/111]
↑善いことじゃ。
常に困難な時にこそしっかり実践するのじゃ。
そうすれば悟りも自ずからやってくんるのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。

217:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/02/27(土) 23:27:35 ID:1d4drIFg0 [111/111]
真理についていかなる概念も形成しない方が善いとオショーは言うのじゃ。
そして考えることもしないほうがよいというのじゃ。
真理について全く知らない者が真理について考えることなどできはしないからなのじゃ。
真理について知らないのに真理について考えるのは、ただ単に自分に嘘をついている事になるのじゃ。
言葉も思考も捨ててただ真理に没入することができるだけなのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】77
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1576583672/

833:マジレスさん (アウアウエー Sa72-DFeu [111.239.157.48])[sage]:2021/02/27(土) 11:54:42.24 ID:BUgBtbRba
>>831
鬼和尚様
ありがとうございます
やはり実践しかないのですね
僕は月曜から修行の実践にはります
鬼和尚様もお体にお気をつけて

834:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8  (ワッチョイ 3a67-oL1e [219.192.74.62])[sage]:2021/02/27(土) 21:54:32.72 ID:hgW1k7CB0
>>833 そうじゃ、実践するとよいのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

 おぬしも体に気をつけるのじゃ。
 またおいでなさい。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

325:避難民のマジレスさん[]:2021/02/27(土) 01:08:53 ID:E29EzVtE0
くま訳全面改
戒だけを守って心を忘れればロバとなり、戒よりも心を大事にすれば人となるのだ。
このようにして何度も生まれかわり河砂の如く多くの異なる名前で心を苦しめてきたのだ。
初めて生まれた子にも婚姻の線が在るのだ。
そのために花が開いては落ちるような春を何度も迎えているのだ。

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示會裏俗徒警策 詩 示會裏の俗徒に示す警策 詩
前車覆處後車驚   前車くつがえるところ後車驚く
警策怠時禍必生   警策怠る時、くわ必ず生ず
半醉半醒夜遊客   半醉半醒夜遊の客
烏啼月落夜三更   カラス鳴き、月落ちて、深三更

くま訳
会派の在家信者への警策 詩 
先人や周囲の人の失敗を見ることは、教訓となるのだ。
睡魔襲来の警策を怠る時、必ず打たれるものと心得て、修行精進を策励せよ。
怠る者は、酔っ払いの夜遊び客と同じだ
カラスが鳴き、月落ちて、深夜になるまで怠ってはならぬのだよ。

*俗徒:出家していない、在家の人々のこと
*前車の覆(くつがえ)るは後車の戒(いまし)め:「漢書」賈誼伝・前の車が覆るのを見たら、あとの車は同
 じわだちの跡を行かないようにせよという諺から、先人の失敗は後人の教訓となるというたとえ。
*警策:警覚策励・睡魔の襲不を警策し、修行精進を策励するなり。
(´・(ェ)・`)つ

326:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/02/27(土) 23:44:07 ID:1d4drIFg0 [149/149]

前の車が覆れば後車は驚くのじゃ。
警策を怠れば必ず災いを生むというのじゃ。
半醉半醒の夜遊びの者は、カラスが鳴き月が落ちる深夜まで何も気付かず遊びまわるのじゃ。

警策で叩くのは修業が疎かになって全て無駄にならないための警告ということじゃな。

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