鬼和尚 2021/01/24(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

950:避難民のマジレスさん[]:2021/01/23(土) 23:35:11 ID:rlAecqNg0 [26/26]
鬼和尚様

今日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。今世で悟れるかわからないので好きなことと修行を両立します。

951:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 12:31:09 ID:On57x39I0 [13/13]
>>948
ありがとうございます。すごいです。まさにそれです。
思考は刺激に応じて勝手に起こっています。どういう思考が始まるかなんて、全く予想もできない。一ミリも制御できないのに自分であるはずがない。
無意識も観察していると、無ではなくて、微細な感情の動きや、感じの動きが観えます。判断するという作用は分かりません。これらもまた、
勝手に起こる事で、どうなるかはわかりません。ただ、思考も無意識もパターンがあるので、特定の刺激には同じ反応を返してる。
わりと即物的で、物理現象というか、すべてが外部からの入出力に応じて機械的に自動で起こってるロボットのような印象です。
それで、観ているを観ようとすると、観ているイメージ、観ている感覚、観ている、が残る状態になります。観ているに付随しているものはイメージや
、体の感覚(主に延髄あたり)の感覚、微妙なので分かりにくいですが微細な感情とわかりました。
現状はこのような感じです。これらの観ているを観るようにしてみます。

952:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 13:38:27 ID:Y5LPInQE0 [17/21]
>>946
そんなものが根拠になるはずがないだろう
お前が間違ってるから、連投してるんだよ
あと、俺が強迫性障害なのも関係してると思うわ
強迫性障害患者は、不要な観念にとらわれて必要のない無意味な行動をせざるを得ないわけだからな

ほら、早く根拠を示せよ
お前の思い込みじゃなくて、しっかりとした根拠をな

出来なければお前は妄想を垂れ流すのみの狂人だよ

953:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 13:40:06 ID:Y5LPInQE0 [18/21]
あと、ママンから離れても(家を出て働いていた)強迫に変化は無かったと言ってるんだが
これ以上どうやってママンから離れたら良いんだ?
ママンを殺せってことか?
殺人教唆してるのか?

954:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 13:46:50 ID:Y5LPInQE0 [19/21]
>>939
聖者だというならば思い込みでなく、しっかりとした根拠を示さないとな

鬼和尚は俺に家を出て働けば良くなるという主旨のレスをした
それに対して、何も変わらなかったと俺は実証したんだよ

にも関わらず依然としてママンに依存ガーと繰り返してる
これが聖者の言動なのか?

955:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 13:49:33 ID:Y5LPInQE0 [20/21]
また何度も言うが強迫を抱えて仕事をするということは非常に辛いもので自殺未遂を起こす者もいるのに
鬼和尚は何を根拠に家を出て働けば良くなると言ったんだ?

盲目的に他人を聖者だと信じるなよ
根拠を示せない以上、他人に被害を与える妄想を垂れ流す狂人として見るよりほかない

956:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 13:52:33 ID:Y5LPInQE0 [21/21]
>>939
>修行者を遠ざけようとする卑しき考えを起こしているようですが、

こんなこと、欠片も思ってないわ
俺にデタラメを言って非常に不愉快な思いをさせた
そのことに対する反撃をしているだけ

957:避難民のマジレスさん[]:2021/01/24(日) 16:59:59 ID:U0/1IHmQ0
Y5LPInQE0
確かに、盲目的に麻原のような人物を信じるのは危険なことです。
ですからブッダは聖者(覚者)について確認すべき特徴として、以下の要素を挙げました。
・ブッダによって見られたこと、聞かれたこと、考えられたこと、言われたこと、識られたことに関する見解
・五蘊、六界、六処をいかに観て解脱したか
・離貪し、色界禅定に入り、漏尽智へ至る等といった具体的な道の確認
(六浄経)

地獄行きの悪業を避ける為にも盲目的に狂人と見なすのでなく、ご自身で根拠を確認なさるとよろしいのではないでしょうか。

960:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/24(日) 22:41:51 ID:1d4drIFg0 [248/249]
>>950 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>951 そうじゃ、観察してどんどん進むと善いのじゃ。
 精進あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>952 ある日目覚めたらおぬしの母親がもう動かなくなっていたらと考えてみるが善いのじゃ。
 母親は永遠に戻ってこないのじゃ。
 もはやおぬしのことを気にかけるものは誰も居ないのじゃ。
 ホームレスになったおぬしを見てかつての同級生達は大笑いするじゃろう。
 そして野垂れ死にしても誰も泣かず、忘れられてしまうのじゃ。
 死後には地獄に行くしかないのじゃ。
 その時になってようやくわしの言葉が正しかったことを知るじゃろう。
 もはや遅いがのう。

958:避難民のマジレスさん[]:2021/01/24(日) 18:02:19 ID:9ewk5Ewk0 [9/9]
鬼和尚様

認識の観察だけではなくて、自我の観察にとっても、
肉体の反応を観察することは有効でしょうか?

六処、例えば、単に皮膚に触れた感覚だけではなくて、
嗅覚や味覚というか、舌触りとかそういう感じも肉体の反応に入りますか?

どうぞよろしくお願いいたします。

959:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 21:04:01 ID:Dp/qMVVc0 [6/6]
>>944 さま、鬼和尚、
「オショーのSadhana Pathを読んで実践する」を翻訳している者です。
最後まで終わったら、今と未来の修行者のために、無料の電子書籍として出版しようと考えています。そのときに944さまの質問と鬼和尚の回答、私の質問と鬼和尚の回答を入れても良いでしょうか?

961:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/24(日) 22:44:00 ID:1d4drIFg0 [249/249]
>>958 有効じゃろう。
 それもまた肉体の反応に入るじゃろう。
 どんどん実践するとよいのじゃ。
 
>>959 わしの書いたものはよいのじゃ。
 どんどんやるとよいのじゃ。
 実践あるのみなのじや。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

140:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/24(日) 20:49:48 ID:Dp/qMVVc0 [72/72]
また、人は岸に立ったままではなく、波に浮いたままということもあるだろう。私からしてみれば、これもまた岸辺だ。飛び込んで溺れるのを止めるものが岸辺なのだ。思考の中で泳いでいる人は、このようなものだ。岸を離れたような錯覚に陥っているが、実際には離れていない。海を知るためには、その人もまた、波を後にして離れなければならない。

マハヴィーラが亡くなる時、その時不在だった最愛の弟子ゴータマにメッセージを残した。彼は、「ゴータマに、あなたは川をとてもうまく渡った。が、なぜ今、岸にしっかりとつかまっているのかと聞きなさい。そして、それも手離すように言いなさい。」と言った。マハヴィーラはどの岸のことを言っていたのか? 私も同じ岸のことを言っている。それは思考の岸であり、思考の中で泳いでいる人の岸だ。

真理は泳ぐことによってではなく、潜ることによって達成される。水泳は表面で行われるが、ダイビングは、あなたを計り知れない深さに連れて行く。あなたは思考の岸から空の深さに飛び込まなければならない。ビハールの美しい二行連句がある: 「半分溺れたものたちは完全に溺れてしまった。完全に溺れたものたちは海を渡った。」

その時、あなたはどうするつもりなのだろうか? 海を渡りたいのであれば、自分を溺れさせる勇気は絶対に必要だ。私は、あなたが海を渡ることができるように、あなたが本当の自分になれるように、まさに自分を溺れさせる行為を教えている。

第6章はここまでです。もし何かありましたら、ご指摘ください。
また、マハヴィーラの話で、川を渡った後に思考の岸につかまっているというのは、どういうことなのでしょうか?

141:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/24(日) 23:16:17 ID:1d4drIFg0 [69/69]
無我になった境地でとまっている者が、岸辺に掴まっている者なのじゃ。
自我という川は渡ったが、無我の境地という岸辺からは離れられないのじゃ。
それだけではまた観念があり、観念による思考も起こるのじゃ。
更に認識をも離れて観念が無くなり、思考も起こらなくなるのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 53 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597354447/

568:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/01/23(土) 04:57:19.53 ID:JRj2IcBK
鬼和尚、自分には10m以内に近づいて欲しくない人物が4人います。
4人とも田舎の同僚の教師です。
田舎はやっぱり人間のレベルが低いです。
都会で教師をしていた6年間が最高に楽しかったです。

もう、過去のことですから忘れます。
しかし、同じ教師でも、ピンからキリまで居ることが驚きでした。
どの世界でも同様なのでしょうか?

569:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/01/24(日) 21:56:49.03 ID:EDH97w8I
>>568 そうじゃろう。
 人は一人一人違うからのう。
 おかしな者は相手にしなくてよいのじゃ。
 自分の道を行くと善いのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

245:避難民のマジレスさん[]:2021/01/23(土) 13:06:40 ID:KIqelnRo0 [3/3]
304
余四十年前、秉拂僧在法堂上  余40年前、ひんぽつ僧の法堂上に在りて、
而説禪客之氏族焉。      禅客の氏族を説くを聞く     
于商于工手行僕者流      商にあれ、工にあれ、行僕者の流れにあれ、
各訐其所業。         各々其の業とする所をあばく。
甚者乃臻出手以爲模様。    甚だしきは、すなわち手を出して以て模様を為すにいたる。
吁是何爲也。即乃掩耳而出矣。 あぁ、是れなんするものぞ。すなわち耳をおおうて出づ。
因廼べ述二偈意在革弊。    因りて二偈を述ぶ。意は弊をあらたむるに在り。
凡四姓之入吾門。皆稱釋氏、  およそ四姓の吾が門に入って、皆な釈氏と称するは、
以其乞食而資姓乞法而資姓也。 其の乞食して命をたすけ、乞法して身を資くるを以てなり。
亦何貴冑望族之有哉。     亦た何の貴ちゅう望族が之れ有らん。
今世山林叢林之論人、     今の山林叢林の人を論ずる、
必議氏族之尊卑焉。      必ず家柄の尊卑の話をする。     
是可忍孰不可忍乎。      是を忍ぶべくんば、いずれか忍ぶ可からざらん。
遂寫前偈以掲示四方。     遂に前偈を写して以て四方に掲示す。
誰敢撃節。其偈曰       誰か敢えて撃節せん。其の偈に曰く、

     1/2
説法説禅挙姓名 法を説き 禅を説いて姓名を挙げる
辱人一句聴呑声 人を辱かしむるの一句 聴いて声を呑む
問答若不識起倒 問答もし起倒を識らずんば
修羅勝負長無明 修羅の勝負無明を長ぜん

くま訳
わしは、40年前、説法する僧が、法堂上で、
法談に招かれた僧の家柄の話をするのを聞いた。
商業者、工業者、仏道修行者や身分の低い人等、
各々其の業とする所をあばいた。
甚だしきは、作り話をでっちあげることまでした。
あぁ、是れは何とした事か。その場で耳をおおい、退出した。
その事ににより、二偈を述べた。意図するところは、悪しきならわしをあらたむることである。
およそ四つの身分の者が我が門に入って、皆、釈氏と称するは、
其の乞食して命をつなぎ、法を学んで身をたすけるからである。
そこにおいて、何の血筋や家柄の違いがあろうか。
今の禪寺では人を評価する時に、必ず家柄の尊卑の話をする。
そんな話を我慢して聞けるくらいなら、我慢できない話など何もないであろう。
今日に至って、前に作った偈を写して以て四方に掲示する。
誰か敢えて共感する者はいないか。その偈に曰く、

法を説き 禅を説く者でありながら、身分をあげつらう。
そのことで人を辱かしめる言を吐くのを聞いて、声が出ない。
問答における勝敗のつけ方を知らないのであれば、
醜い言い争いが、決着がつかないまま、愚かにいつまでも続くであろう。

*秉(ヒョウ・ヘイ・ヒン・とる):①いねたば。ひとにぎりのイネの束。 ②とる。手に持つ。にぎる。 
 ③まもる。心にかたく守る。④え(柄)。転じて権勢。「権秉」
*払(ホツ・はらう):1 はらいのける。はらう。2 やみをはらうように空が明ける。
*秉払の(ひんぽつ)::払子を持つ
*払子(ほっす):仏教の法要の際に僧が威儀を示すために用いる法具である。麈尾(しゅび、しゅみ)、
 白払(びゃくほつ)ともいう。
*客僧:1 旅の僧。旅僧。かくそう。2 他の寺に身を寄せている僧。また、法談などのため招かれた僧
*修羅: 醜い争いや果てしのない闘い、また激しい感情のあらわれなどのたとえ。
*貴冑望族:貴族又名望家の族
*撃節;節を撃たん・意に適って、手又は膝を打ちて、同意を表すをいふ。
(´・(ェ)・`)つ

247:避難民のマジレスさん[]:2021/01/24(日) 11:06:04 ID:eGllDJ6Q0 [2/2]
鬼和尚、いつもありがとうであります。
>> 245の詩もお願いするであります。
γ⌒:”-ヽ〟
(∪(   )
∪∪∨-∨

248:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/24(日) 23:43:11 ID:1d4drIFg0 [114/114]
大体そんな感じなのじゃ。
そもそもお釈迦様は生まれに拠って四性の区別があるのではなく、行いによって四性があると説いたのじゃ。
そうであるからその弟子の筈である僧が、四性の生まれた家柄による差別を語ってはおかしいのじゃ。
一休も当然それを知っていたが、無知な僧は知らずに論っていたのじゃ。
その頃は一休はまだ若いから説教とかできなかったのじゃな。

一休が四十年前、権威のある僧が法堂上にあって他の客僧がどこの氏族の生まれであるか説いたのを聞いたのじゃ。
商家、工人の家、肉体労働者の流族であるとか暴き、酷いのは手でその生業を真似て示したりもしたのじゃ。
一休は何じゃ、これはと嘆いて耳を覆って堂から出たのじゃ。
是に因り二偈を述べて悪幣を改めるつもりなのじゃ。
およそ四性の者がわが門に入って皆、釈氏と称するのは乞食行をして、身を養うからなのじゃ。
それなのに素性の貴さを望むことなどありえないのじゃ。
今の人が僧を論じる時に必ず出身の家柄の尊卑を語るのじゃ。
このようなことを忍ばなかったら、何を忍ぶというのか。
遂に前の偈を写して四方に掲示するのじゃ。
誰か是をあえて同意する者はいないかというのじゃ。

その偈はこの通りなのじゃ。
 
法を説き、禅を説く者が氏素性をあげつらう。。
それによって人を辱める一句を聞いて声を呑むのじゃ。
そのような問答の利害がわからなければ、修羅の如く勝敗に係り患って無明を強化するのみなのじゃ。

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