鬼和尚 2021/01/22(金)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

921:避難民のマジレスさん[]:2021/01/21(木) 23:37:11 ID:rlAecqNg0 [22/24]
鬼和尚様

今日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。欲は満たして虚しさを感じた方が良いのですね。わかりました。

922:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/22(金) 04:00:29 ID:Y5LPInQE0 [5/12]
>>919
そもそも何を根拠にあなたはそのような事を言うのでしょうか?
医者からも親への依存が強迫を引き起こしているなどと一度も言われた事が無いのですが?
今まで何人もの医者や代替療法家にもかかりましたが、一人としてそのようなことを言う人は居ませんでした

923:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/22(金) 04:02:10 ID:Y5LPInQE0 [6/12]
それとまた繰り返しになりますが、親元を離れて住み込みで働いていた事もありましたが
何の変化もありませんでした
強迫や体調がきつく長続きしなかったのです
旅になど出ても同じことではないですか?

924:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/22(金) 04:10:56 ID:Y5LPInQE0 [7/12]
あと、ついでに自分の記憶にも、親の注意を引く為に強迫行為を行ったなどは無いんだけど
それについても解説よろぴくね

925:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/22(金) 20:39:42 ID:Y5LPInQE0 [8/12]
あと、親の言う事を信じたら依存だというのもおかしな話ですよね?
私の幼少期の強迫を知る人で今も連絡を取れる相手なんて親くらいしかいないわけですが?
ならば親に尋ねるしかないでしょう?客観的な状態を知っているのは親だけなんですから

あなたが言うには親も薄々感づいているわけでしょう?
何故、あなたの言った事がデタラメだと親は言ったんですか?

そもそも親の言う事がデタラメだという根拠をあなたは持っているのですか?

あなたの妄想を押し付けられて、それに従わないと親への依存、という風に持っていく
何とも幼稚なテクニックに思えて仕方ないのですけれど?

926:避難民のマジレスさん[]:2021/01/22(金) 20:46:30 ID:rlAecqNg0 [23/24]
鬼和尚様

欲は満たした方が良いとのことですが「2500年前のインドに生まれてお釈迦様の弟子になって悟りたかった」のような叶えられない欲はどうしたら良いのでしょうか?

927:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/22(金) 21:56:57 ID:1d4drIFg0 [243/243]
>>921 離れられない欲は満たしたほうが善いのじゃ。
 実践で確かめるのじゃ。

>>922-925 住み込みでママンと離れて強迫や体調がきつく苦しかったのじゃな。
 ママンもいずれは死ぬのじゃ。
 速やかに離れるのじゃ。

>>926 そのような欲は原因から観察して厭離するがよいのじゃ。
 かなわない欲をいつまでも持っていては修業もできないからのう。
 実践あるのみなのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

136:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/22(金) 20:55:34 ID:Dp/qMVVc0 [70/70]
これは、思考の終わりの話だ。真理について考えれば、私たちは考え続け、考え続け、考え続け、考え続け、それ以上の思考が不可能になる地点に到達する。これが思考の終わりだ。目の前には底知れぬほど深い空虚な空間があり、私たちの心はもう一歩を踏み出すことを拒むだろう。

思考を最後まで続けていれば、思考の過程でそのような瞬間が訪れる。それは避けられない。もしそれでもまだ考えるべきことがあると感じたら、まだ最後まで到達していないということを私から受け止めて欲しい。考えるべきことがもう何もなく、完全に何もなく、それ以上のことができなくなったとき、終わりが現実であること、世界の終わりの寺院に到着したことを知りなさい。

もし世界の終わりに到達した人が私に何をすべきかと尋ねてきたとしたら、どんなアドバイスをしたか想像できるだろうか? 逃げろとは言わなかっただろう。 せっかく旅をしてきたのだから、もう一歩、最後の、そして最も大事な一歩を踏み出しなさい、と言っただろう。奈落の底へ、空っぽな空間へ、目の前の空虚な空間へ、大胆に飛び込むように頼んだだろう。私はその人に、この最後の一歩だけが必要であることを伝え、世界が終わるところから神の王国が始まることを心に留めておいてほしいと頼んだだろう。

世界が終わる地点ほど重要な地点はない、なぜならそれは神の領域が始まる地点だからだ。神の視座は、思考が終わるところから始まる。思考が終わるところで真理が実現する。思考を手放して、無思考に飛び込まなければならない。言葉から、空に、空虚に飛び込まなければならない。これが道だ。これが勇気だ。これが苦行だ。これが修行だ。

昨日、a wonderful story を「素晴らしい話」と訳しましたが、「不思議な話」の方が良いように思いました。
空を目の前にした時、恐れで体に緊張を感じましたが、飛び込もうと意志をふるい起こそうとすると、その意志に自我が投射されて、空が無くなってしまいました。結局その恐れを観察して厭離しない限りは、飛び込めないように思うのですが、どうなのでしょうか?

137:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/22(金) 23:06:19 ID:1d4drIFg0 [67/67]
その恐れは自我が自分であるということから来ているのじゃ。
自我が無くなれば自分が無くなるという謬見があればその恐れが起こるのじゃ。
それが観られるならば恐れも消えるじゃろう。
その時には自然に一歩踏み出せるようになるじゃろう。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

241:避難民のマジレスさん[]:2021/01/22(金) 14:25:29 ID:eDempLCw0
くま訳改
第二句:公案を完成させるために根猫切ったというのである。
第三句:それが間違いだったと懺悔してきたのである。
第四句:それを又考案にかけて牡丹の花の下で寝ていたのを驚き起こされたと言うのである。

291
心隋萬境轉   心はばん境に随って転ず
今日佛心猶未生 今日佛心猶ほ未だ生ぜず
衆生界地獄先成 衆生界地獄先づ成る
萬機萬境皆情識 萬機萬境皆情識
轉處能幽劍戟城 転処能く幽なり剣戟城”

くま訳
心は外界に随って移ろい行くのである。
今日仏心がまだ生じてないならば、
衆生が輪廻する六道では、先ず地獄が作られるのだ。
あらゆる機会、あらゆる境遇で、迷いが生じたら、
心を転じて執着を離れ、幽玄の境地の城を剣と矛で守るのだ。

おまけ:『景徳伝灯録』・摩拏羅尊者 の偈
心随万境転  心は万境に随って転ず
転処実能幽  転処実に能(よ)く幽なり
随流認得性  流れに随って性(しょう)を認得すれば
無喜亦無憂  喜びもなくまた憂いもなし

*承福禅寺HP訳・解説(~朝日カルチャー「禅語教室」より~)抜粋
人の心と言うものは、外界の現象に惑わされて揺れ動き、移ろい変わりやすいものである。
しかしその外界の現象に執着することなく、無心無自性であれば自由無碍であり、まさに幽玄
なる心境にあ
るといえる。
たとえ外界はたえず揺れ動き、激しく変貌することがあっても、心中においては常に平常であり
喜びも、悲しみも時の流れのままに処して何のわだかまりもなく、随処に主となる
ところの境地である。
喜怒哀楽はつきものである。悲しみ、喜びはあれど、実はその実体は何もなくただ、縁に随い、感に赴いて
いるにすぎないのだ。すなわち「心は縁に随って転ずる」だけなのだ。このように悟れば喜び悲しみあれど
その時その時、その場その場に応じて自ずから心のままに泣き、また悲しみ、また喜べばよい。心のままに
あって二念、三念なければ転処実によく幽の境いられよう。
*『景徳傳燈録』:北宋代に道原によって編纂された、禅宗を代表する燈史。禅宗を研究する上で代表的な
資料であり、必ず学ぶべきものとされる。

(´・(ェ)・`)つ

242:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/22(金) 23:40:26 ID:1d4drIFg0 [112/112]
心はよろずの境に従って転じるというのじゃな。
環境や境地に従って変化するというのじゃ。
今日仏心が生じていないならば、衆生の住む世界は地獄が先ず生じるというのじゃ。
全ての心の働きや状況は皆、感情や認識として捉えられるのじゃ。
その心が転じれば攻撃的な心や自らを守る心として能くとらえられるのじゃ。

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