鬼和尚 2021/01/13(水)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

862:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 04:10:17 ID:cFzo4cZc0 [6/6]
>>861

もう4年ほど首の後ろの詰まりが続いています。
これは潜在意識の欲望や恐れが消えれば、なくなりますか?
整体やマッサージに行って物理的に施術してもらうなり、自分でほぐすことに効果はありますか?

863:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 06:06:14 ID:W8otTFdY0
仏教では、全ては滅びるから苦だと言いますが、自然それ自体は滅びないのではないでしょうか?
砂上の楼閣は滅びても砂自体は滅びず再び形を結ぶように、滅びも自然の一部でしかありません。
釈迦も鬼和尚も滅びますが、自然は永遠です。
何故なら、「滅び」とは自然の運動の一側面に過ぎないからです。

864:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 20:22:25 ID:9ewk5Ewk0 [6/7]
仙道内丹術の奥義を究めていくのは大悟徹底を目指すのには有効ですか?

一応は回光の法をマスターしてはいるのですが、
ヨーガの方法や自分独自の方法を覚えてからは実践しておらず、
背筋を伸ばせば回光の法みたいになってしまいます。

脳から調気をしていくのと下丹田から気を上げていくのとは
あまり相性が良いとは言えないのでしょうか?

870:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/13(水) 23:19:36 ID:1d4drIFg0 [227/229]
>>862 大抵は物理的に施術すれば治るのじゃ。
 何度も治しても同じようにつまるならば心理的な原因を探すと善いのじゃ。
 実践して確かめるのじゃ。

>>863 おぬしがどこまでを自然と捉えているかわからんがそれもまた滅びるじゃろう。
 星もまた滅する定めであるからのう。
 意識だけが永遠に在るのじゃ。

>>864 本当に極めれば有効じゃろう。
 中途半端ではただの逃避にしかならないのじゃ。

 一つの行を極めるべきなのじゃ。
 二つも三つもやっているとどれも身につかずに終わるのじゃ。
 一行を極めるのじゃ。

865:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 20:27:34 ID:JZdXh/mQ0 [1/2]
昔からの疑問だったのですが、一点に集中しようとすると、「私が観ている」となってこめかみが痛くなります。
このせいで、一時期、能動的技法は向いていないと思い、六根解放のほうに移行していました。
これはあらやしきでしょうか
このようなことは修行者に普通に起こりますか?

今思うと、「私がどう思おうが、観えている感じている事実」と、「観ているという過見」の見極めが重要でしょうか?

866:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 20:34:42 ID:9ewk5Ewk0 [7/7]
嗅球に気を到達させるために、香りの強いものをそばに置くことを考えましたが、
七味唐辛子とか酢とか、お香を焚くとかをしても大丈夫でしょうか?

もし大丈夫ならば、置くのを控えるべきタイミングなどもありますか?

867:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 21:06:45 ID:JZdXh/mQ0 [2/2]
865です。
「私が見ている」の構成を観察すると、こめかみの感覚と連動して、イメージを作り上げ、それを対象化しています。
この構造をさらに徹見する方向性で大丈夫でしょうか。

871:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/13(水) 23:22:59 ID:1d4drIFg0 [228/229]
>>865 阿頼耶識ではないのじゃ。
 観念なのじゃ。

 実践していればあらゆることが起こるのじゃ。
 それをただひたすらに観察すれば善いのじゃ。

 見極めなくて善いのじゃ。
 今ここで見えているものを認め受け容れると善いのじゃ。

>>866 おぬしの鼻が強ければ大丈夫なのじゃ。
 弱ければ大丈夫ではないのじゃ。
 実践して確かめるしかないのじゃ。

>>867 その方向性で善いのじゃ。
 どんどん進んでいくと善いのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

868:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 21:45:29 ID:tKAk9nHE0 [13/13]
>>852

ありがとうございます。

本心はどうしたらわかりますか?
私は昔から、自分がしたくないことばかり選んでしまっている気がします。

869:龍閃[sage]:2021/01/13(水) 23:13:28 ID:cPQMP3CM0 [8/8]
出口王仁三郎をどう思いますか

872:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/13(水) 23:27:05 ID:1d4drIFg0 [229/229]
>>868 まずはどんなものでも本心を受け容れようとする心構えが必要なのじゃ。
 そして今ここで感じていることや思うことをありのままに自分に現すと善いのじゃ。
 旅に出るのもよいのじゃ。
 独りで旅に出ると他人への斟酌で自分の気持ちを曲げることがないから本心もわかるのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>869 神降ろしの者じゃな。
 神降ろしの者は結局自分の知識以上のことは知られないのじゃ。
 病を治すとかうせ物探しのような小さなことならば得意なのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

116:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/13(水) 21:05:00 ID:Dp/qMVVc0 [61/61]
それゆえに、これは宗教的であることの問題であって、宗教的に見えることの問題ではない。誰かが宗教的であることについて尋ねてきたとき、私が最初に尋ねるのは、「あなたは宗教的に見えたいのか、それとも宗教的になりたいのか?」ということだ。この二つの道は全く違う。宗教的であることは修行であり、自己実現の過程だ。サドゥーや聖人の服装、ステレオタイプのありきたりなローブ、本、額や体にある印など、これらはすべて宗教的に見えるためのものだ。もしあなたもこのように宗教的に見えるようになりたいなら、それはとても簡単だ。

しかし、覚えておきなさい。見えることは他人のためであり、なることは自分のためであるということを。私は、他人が外から知っているような私ではない。私は内側から自分自身が知っているような存在なのだ。もし私が自分自身と調和して、落ち着いてあなたの前に現れたとして、それはあなたにとって何か価値があるだろうか? 実際には、その価値は私自身の存在としか関係がない。

宗教的な資質は、宗教的な服のように着用することもできる。人々はそれを飾り用の装飾品のように身につける。そして、これはさらに危険だ。人間の行動には、本物の花のようなものと、紙の花のようなものの二種類がある。前者は、植物の生命そのものと活力から生まれたもので、後者は生命を持たない。花は咲かず、花びらを貼り合わせなければならない。

私たちに熱があり、体が温度を上げているとき、私たちは体温を下げて熱を取り除こうとはしない。熱を下げることで体温を正常に戻すのだ。体温は熱の症状に過ぎず、それ自体が病気ではない。あくまでも指標であって、敵ではない。体温との戦いを始めた医師を何と呼ぶだろうか?

結局悟りの境地の説明は、実践により悟りを得ないと理解できないので、それらには囚われずにひたすら自分を観ることに励みます。オショーの説法が魅力的で、油断すると習慣によって思考で解釈しようとしていました。

117:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/13(水) 23:30:55 ID:1d4drIFg0 [56/56]
宗教的な装飾は危険だというのじゃ。
坊主の飾り立てた袈裟や大きな寺等は悟りとは関係ないものじゃ。
むしろ悟りから遠ざかるものであるから危険なのじゃ。
紛い物の宗教からは遠ざかり、真摯に自己の本心を観るのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 53 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597354447/

539:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/01/13(水) 02:42:04.59 ID:7/d5oIhU
鬼和尚、政治家は「経済よりも命の方が大事だ」と、なぜはっきりと言わないのでしょうか?
当たり前のことなのに。

また、「GoToキャンペーン」が失敗でしたね。税金をたくさん使ってまで。
安倍さんは、「立つ鳥 後を濁す」です。

541:おさかなくわえた名無しさん[]:2021/01/13(水) 09:42:57.31 ID:335JmGPD
鬼和尚は老人がサウダージされる事にどう思いますか?

542:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/01/13(水) 22:00:49.51 ID:xuVPyMpb
>>539 そんな当たり前のことも忘れてしまったのじゃろう。
 権力の頂上に立って正に有頂天なのじゃ。
 
 その通りじゃ。
 ワクチンをみんなに打ってからやるべきだったのじゃ。
 

>>541 いかんことじゃ。
 布施をすると善いのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

222:避難民のマジレスさん[]:2021/01/13(水) 15:38:56 ID:X71OGAw20
くま訳全面改
古佛は堂中の柱と同じであり、雲と雨も同じなのである。
分別をする方法で、
分けると、どうなるかというと、
雲門は霧露の同じ水である如しというのである。

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土地堂
上天是梵天帝釋    上天は是梵天帝釋
下天是多聞持國護法神 下天は是多聞持國護法神
向何處見新長老    いずれのところに向かってか新長老を見ん、
新長老聻六六三十六  新長老、にい、六六三十六

くま訳
上天は是れ梵天帝釋天
下天は是れ多聞持國護法神
どちらを向けば、新長老たるわしを見れるかというと、
新長老、おぉいと呼びかければ、森羅万象がわしなのである。

*土地堂:土地神及び護法神を奉祀する堂なり
*帝釋:須彌山の頂上、?住利天の天主にして、善見城に居り、四天王及び三十二天を領して。仏法帰依の人 
 を護り、阿修羅の軍を征する天王なりといふ
*多聞・持国、四天王の2を挙げて4を兼ねる。欲界六天四方に住し、正法護持し、又世を守る
*聻(にい・ジ・セキ・セン): 1物事を指すさま。者を指すときの語なり。2鬼が死んだ後になるもの。
 この鬼とは人が死んだ後になる、幽霊や亡者のことを指す。
(´・(ェ)・`)つ

223:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/13(水) 23:36:17 ID:1d4drIFg0 [103/103]
上の天は梵天帝釈天がおり、下の天は多聞天とかの護法神がいるというのじゃ。
それでは新たに悟りを得て死んだ長老はどこにいったのじゃ?
それらの長老は三千大千世界の全てになったというのじゃ。
天でさえも輪廻の中であるから悟れば天も超越するのじゃ。

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