鬼和尚 2021/01/07(木)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

819:避難民のマジレスさん[]:2021/01/06(水) 21:57:19 ID:w.ItkDtU0 [27/30]
色々お返事ありがとうございます。
無色界禅定に番号はつかないとのことですが禅定についてのwikiでは段階分けがされていますよ?

821:避難民のマジレスさん[]:2021/01/06(水) 22:37:14 ID:w.ItkDtU0 [28/30]
>>819もお願いします。

822:避難民のマジレスさん[]:2021/01/07(木) 01:24:38 ID:w.ItkDtU0 [29/30]
鬼和尚は座禅する際は腹筋を収縮させるいわゆる腹式呼吸ではないんですよね、息を吐くときは何秒くらいかけて息を吐きますか?

823:避難民のマジレスさん[]:2021/01/07(木) 06:15:13 ID:9ewk5Ewk0 [5/5]
督脈に気を流せばサマーディに至りやすいと聞いておりますが、
小周天や大周天も集中の時にはやらないほうがよいですか?

気功の呼吸法やヨーガの呼吸法も混ぜてやらずに、一つ一つ、
効果を自ら確かめながら進むほうがかえって良いのでしょうか?

824:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/07(木) 21:48:46 ID:1d4drIFg0 [217/217]
>>819 >>821 それは番号ではないのじゃ。
 二禅、三禅といえば色界なのじゃ。
 名前に囚われてはいかんのじゃ。
 
>>822 一秒位なのじゃ。
 吸う息より少し長いぐらいでよいのじゃ。
 それだけで心身は鎮まるのじゃ。

>>823 そうじゃ、集中とは別に時間を設けてやるとよいのじゃ。
 それもそのように一つ一つ別に確かめて実践するとよいのじゃ。
 何が効果があるのかはっきり見極められるからのう。
 実践で確かめるのじゃ。

オショーのSadhana Pathを読んで実践する
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/

104:避難民のマジレスさん[sage]:2021/01/07(木) 20:39:58 ID:Dp/qMVVc0 [55/55]
私たちについてのすべてが偽物になっている – 私たちの生活全体、取引、笑い、涙。すべてが偽物になっているのだ。私たちは、この偽のかぶり物の重さに疲れ果てている。そして、この偽のかぶり物はとても重いのだが、私たちは偽りの背後にあるものをさらに恐れているので、それを投げ捨てることはない。そこに入るのを恐れている。それどころか、私たちがいつも他人の中に軽蔑してきた存在が、そこに満開の花を咲かせているのだ。私たちの恐れは、自分自身を発見することを許さない。

自分のサーダナのために、自己実現のためには、恐れないことがまず第一だ。勇気を出せない人は、自分自身の中に入ることさえできない。自分自身に入るためには、暗い夜に孤独な岩場の道を歩くために必要な勇気よりも、はるかに大きな勇気が必要だ。なぜならば、人が自分の中に入るとすぐに、長い間大切にしてきた自分自身についてのすべての甘い夢が打ち砕かれ、自分自身が、最も醜く、最も不潔な罪に直面していることに気づくからだ。その罪から、自分は完全に自由だと思っていたのに。

しかし、自分を発見する勇気を持った者が、自分の中の暗い路地や谷間、長い間見捨てられていた場所に移動したとき、自分が新しい生に乗り出したことに気づく。闇の中に勇敢に飛び込んだ者は、最終的に光を得られる旅に出る。それは多くの生で求めてきた目標であり、これまであえて暗闇に足を踏み入れなかったために、常に避けられてきた目標なのだ。

闇は、灰の山が火の粉を隠すように、光を包み込み、隠している。闇の中に入るとすぐに光が見えてくる。だから私はあなたに言う:もしも光を望むならば、暗闇を恐れてはならない。暗闇を恐れる者は光を見つけることはできない。光への道は闇の中を通る。実際のところ、この勇敢な暗闇への侵入により、それ自体が内なる光へと変容するのだ。この勇敢さのおかげで、今まで眠っていた者が目を覚ますのだ。

あなたは自己認識を得たいのではなく、ありのままの自分を恐れているのではないだろうか。あなたは「サット・チット・アーナンダ-存在・意識・至福」のような言葉を聞くのが好きだ。「永遠」や「純粋」のような言葉を聞くのが好きだ。しかし、その理由はそれらの言葉があなたが本当に何であるかを忘れてしまうのを助けるからなのだ。サット・チット・アーナンダの完全な正反対だ。

細かく観察すると、本心も矛盾する二つがあったりします。例えば自我を解体して重荷を下ろしたいという心と、消えるのは怖いという心です。その上に、さらに人に良く見られたいという心があり、そのために自分の本当の気持ちとは違う態度を表現するというような心があります。時々、自分の本心が何なのかと迷う時がありますが、いずれにしてもイメージされるものは全て偽物なので、徹底的に観察して、何もなくなるまで、一つ一つ覆いを取っていくということで良いのでしょうか?

105:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/07(木) 22:01:26 ID:1d4drIFg0 [50/50]
感情も思考も対象によって変るものであるから、本心も次々に変るものじゃ。
恐れずに観ていければ全て無くなるのじゃ。
ただの反応であったと気付くからのう。
何も無くなるまで観察し続けると善いのじや。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 53 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1597354447/

525:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2021/01/07(木) 20:14:48.29 ID:m+Cvl8C2
今、スーパー銭湯やサウナに行くのは感染の危険があるでしょうか?
どう転んでも密な場所です。
暑いところだからといって感染のリスクが減るわけではないのでしょうか?
感染したくないなら行かないほうがいいですか?

526:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2021/01/07(木) 21:37:36.98 ID:HzrnAGsM
↑あるじゃろう。
 いかないほうがよいのじゃ。
 湿度が高いと繁殖しにくいとはいうが、トイレとかで繁殖するかもしれんからのう。
 ワクチンを打つまで我慢するしかないのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

208:避難民のマジレスさん[]:2021/01/07(木) 20:17:45 ID:Obt11fUQ0 [1/2]
275
運庵還松源衣留頂相 運なん松源の衣を還して頂相をとどむ
這三轉痛處針錐   この三転痛処も針すい
看看宗門句裏機   看よ看よ宗門句裏の機
爭奈石渓肩上土   いかんせん石渓けん上の土
拾來脱?笹號傳衣   脱しを拾ひ来って伝えと号す

くま訳
運庵和尚と松源和尚の夢を見て、頂相を書いたのである
その賛・三転語は痛い処をつく、針や錐のようだ。
看よ、宗門でこの句にまつわり説かれる禅機を。
どうしたものか、石渓和尚の頭についた土(くま注 参)
拾った草履を持って来て、正伝の証拠だと言う様なものである。

*運庵:臨済宗虎丘派松源下の運庵普巌(1152~1226または1156~1222)といえば、南宋中期臨済宗虎丘派 
 (松原派祖)の松源崇嶽の法を嗣いだ高弟の一人として知られ、江浙の禅林で活動し、法嗣に虚堂智愚、
 石帆惟衍という二人のすぐれた禅者を育成したことで名高い
*衣を返す(ころもをかえす):衣を裏返に着る。こうして寝ると思う人を夢に見ることができるという俗 
 信があった
*頂相(ちんぞう):禅僧の肖像画。禅宗では,法の師資相承を重んじることから印可の証明として,師の 
 肖像画と法語を弟子に与える。北宋時代から盛大に行われ,日本にも伝来し鎌倉,室町時代に盛行した。 
 上部に師の自賛が墨書されるのが原則。
*綿上・肩上・綿?筋(わたがみ):① 鎧(よろい)の前面と背面とをつなぎ、左右の肩にかけて全体をつるす部
分。②後頭部。うしろ髪。
*石渓心月:南宋時代の禅僧として名高い石渓心月(円覚寺HP解説抜粋)
 円覚寺開山・無学祖元禅師がまだ中国で修行中の頃、石渓心月禅師の住持するお寺に怪石という僧がいて、
 石渓心月禅師が住持であったにもかかわらず、修行僧は誰も石渓心月禅師に参禅をせずに、その怪石とい
 うのが修行僧を煽り立てたという・・・
 それが無字の工夫をやっていたのですけれど、行き過ぎてしまいます。異常なまでに、まるで神がかりの
 ようになって、大きな「無」の字を掲げて張り出して、100~500人の修行僧が立ったまま、あるい
 は、坐ったまま「ムームー・・・」と大声で叫びような修行をしていた。
 中には、高い崖の上から「ムー」と叫んで飛び降りて、けが人も出るは、果ては、死人まで出てくる。そ
 して、怪石は、また、言う。「本当の無字になったならば、たとえ、死んでも目だけは残る。」と。
 邪教は恐ろしいもので、それで、修行僧を煽り立てて、きちがいの集団のようになってしまった。成り切
 るということは、大事でありますが、しかし、ちゃんと教えを学んで冷静に観ていくという「観(か
 ん)」という眼(まなこ)もまた必要であります。
*肩上(献上・わたがみ):① 鎧(よろい)の前面と背面とをつなぎ、左右の肩にかけて全体をつるす部 
 分。② 後頭部。うしろ髪。
*?笹(し):わらぐつ、草履の類なり
(´・(ェ)・`)つ

209:避難民のマジレスさん[]:2021/01/07(木) 20:20:26 ID:Obt11fUQ0 [2/2]
おまけ
佐藤秀孝先生 論文より
妙心寺に松源崇嶽と運庵普巌の師資を描いた対幅の頂相が存し・・賛はどちらも大応派妙心寺派)の
雪江宗深(仏日真照禅師 )1408-1486によって、拝写された。

断楊岐正脉 滅臨済綱宗   楊岐正脉を断じ、臨済の綱宗を滅す。
猿啼碧嶂 月鎖千峯    猿は碧嶂に啼き、月は千峯を鎖す。
影落于?羝国 人在大遼東  影は于?羝国に落ち、人は大遼の東に在り。
応縁淡泊 無分従容 縁に応じて淡泊にして、従容するに分無し。
謂是運菴真面目 是れを運菴の真面目なりと謂わば、
澄潭不許臥蒼龍 澄潭には蒼龍を臥せしむるを許さず。

右運菴祖翁自賛 右は運菴祖翁の自賛なり。
拙孫宗深 、 拙孫宗深 ,
焼香九拜謹写 焼香九拝して謹んで焉れを写す。

*雪江宗深(せっこうそうしん、1408-1486妙心寺の六祖 1462大徳寺の住持となった。乱後は後土
 御門天皇の勅命を受け、細川勝元・政元の援助を受けて大徳寺・妙心寺・龍安寺を再興した。
 一休さんが住持になったのは、1474年であります。雪江さん41世、一休さん47世である。
(´・(ェ)・`)b

210:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2021/01/07(木) 22:28:23 ID:1d4drIFg0 [97/97]
運庵は松源の衣を還して絵だけ留めたというのじゃ。
教えを蔑ろにして形だけのものにしたというのじゃな。
このように教えを三転したことは針で突かれたような痛みなのじゃ。
宗門の機密は言葉の裏に在るのじゃ。
石渓の頭の土はどうにもならんのじゃ。
脱ぎ捨てた靴を拾って伝来の衣というようなものじゃ。

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