鬼和尚 2020/12/07(月)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

597:避難民のマジレスさん[sage]:2020/12/07(月) 12:28:10 ID:fd6drxCU0
ありがとうございます。
自分の性質や能力を常に見て居ないとダメなのですね。
具体的にどのように見ていけば良いでしょうか?

性質については、何かを行なったときの心の反応(楽しさがあるとか苦があるとか)で、
能力については、それを行う事が容易いかどうかや人からの評価が良いかどうか(相対的な能力の高さ)、
でよろしいですか?

外からの情報とは、他人の反応などですか?
何が需要あるのかなどの、
市場調査とかは必要無いのでしょうか?

鬼和尚がおっしゃる通りの状態になりがちで、
人の要望や反応を汲み取って作る事は出来るのですが、苦になったりつまらなくなったりしてしまいます。

ある程度世間の需要があって且つ自分も楽しめることで、自分のスタイルを見つけようとしていましたが、自分の気持ちや楽しめる事がわからなくなってしまいました。
世間の評価を軸にやっていると本気で無い為か、同じようなジャンルの人が出てきた時に簡単に負けてしまうようです。そして自分を評価していた人々も簡単に掌返して他に行ってしまいます。
(幸い承認欲求は薄くなったので他人の評価そのものに対しての一喜一憂は少ないですが「稼がなければいけない」事と「自己が自分を格好良いとか思えるかどうか」に固執しています。)

他人の評価を関係なく自分がやりたい事を見つけないといけないでしょうか。
その際に「これでは需要がない、金にならない」と思った時や、実際金にならない(売れない、若しくは少数にしかウケない)時は、
どう対策すれば良いでしょうか。

598:避難民のマジレスさん[]:2020/12/07(月) 15:54:49 ID:rlAecqNg0 [12/13]
鬼和尚様
昨日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。
苦の原因…自分をいじめた相手などでしょうか?
それともいじめられた時にされた行為でしょうか?

599:513[]:2020/12/07(月) 18:48:05 ID:cFzo4cZc0 [3/3]
>>鬼和尚

 はい。やめようとすることもなく、すべてをありのままに観ます。
 また、更に善事を積んで福楽を招き、修行しやすくなるようにします。

 ところで、死ぬまでに大悟徹底できるという、確信があります。 実際に悟れますか?

600:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/12/07(月) 21:53:51 ID:1d4drIFg0 [157/157]
>>597 性質はそうなのじゃ。
 能力は人の評価を気にしてはいかんのじゃ。

 本に書いてある経営論とかなのじゃ。
 それは大抵著者にしか効果が無い方法なのじゃ。

 そうじゃ、他人の評価に関係なく自分がやりたい事を見つけるのじゃ。
 それが最も成功に近い道なのじゃ。
 そのやり方で儲かる方法を見つけるのじゃ。
 それがおぬしの道なのじゃ。
 そうすれば他人に真似できないおぬしの強みになり、継続して儲かるのじゃ。
 誰でもできる方法は直ぐに真似されてしまうからいかんのじゃ。

>>598 その原因はおぬしだけがわかるものじゃ。
 正しい原因を思い浮かべれば苦が直ぐに起こるからわかるのじゃ。
 そのようにして心の働きを観察して探していくのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>599 おぬしにその確信があれば出来るのじゃ。
 それまで精進あるのみなのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】79 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1580742911/

665:マジレスさん[sage]:2020/12/07(月) 18:40:16.33 ID:ujG9hrXl
朝まで座禅していたせいなのか?……
先ほど仰向けになって眼を瞑り複式呼吸してたら、
起きているのに夢を見てました。
起きているので目を開けられます
閉じるとまた映像の続きが見えます。数回繰り返せます。
映像は意識的思考からでなく、自動的でした。
内容を変更したり干渉したりできませんでした。

この映像が潜在意識とかですか?
ただの白昼夢ですか?

また、最初に飲酒をして呼吸していたら幻覚になっていたのでしょうか?
あと、書き込みしてたら内容忘却されました。

667:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2020/12/07(月) 21:55:50.04 ID:Gci01C3e
>>665 潜在意識と言えるのじゃ。
 表層意識で干渉できなかったのであるからのう。

 幻覚になったじゃろう。
 それにも囚われずに精進あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

135:避難民のマジレスさん[]:2020/12/06(日) 22:27:40 ID:hslAgoC60
いつもありがとうであります。
釈迦が牛乳で病気を治したと言う話しは、どの経典にのってるのでありましょうか。
(´・(ェ)・`)b

136:避難民のマジレスさん[]:2020/12/07(月) 17:51:48 ID:Q/57jf6g0
くま訳改 
第2句、日月も左右もないのである。
第3句、釈迦も老師も大学尊も、
第 4句、牛乳を飲んで病、、治したのである。
(´・(ェ)・`)b

138:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/12/07(月) 20:59:53 ID:1d4drIFg0 [65/66]
>>135 スジャーターに乳粥をもらった時なのじゃ。
 苦行に囚われる病が治ったのじゃ。
 治らなければそのまま死ぬところだったのじゃ。

137:避難民のマジレスさん[]:2020/12/07(月) 18:50:01 ID:ZaLEVu0w0
241
偶作  3/3
室内閑吟一盞燈 室内の閑吟一さんの燈
自然無道箇詩僧 じねんに道無しこの一僧
愁人春興猶寒夜 愁人春興猶ほ寒夜
袖裡花牋梅蕚氷  愁人春興猶ほ寒夜

くま訳
室内で静かに詩歌を吟じる一燈の下
真理を説く道などなく、独り詩を詠む
風流人、春の興趣を詠う、まだ寒い夜である。
袖のなかに詩を書く為の美しい紙を持つ、梅のがくに氷つくような寒い夜である。

*閑吟:しずかに詩歌をくちずさむこと。
*盏(盞)(さん):1 小さな杯.2量詞 灯火・明かりの数を数える.一盞燈:おまけ 参
*自然(じねん):(1) おのずから,ひとりでに,(2) 事物の本性,仏教の真理,(3) 自然発生的な存在,
(4) 特別な原因がなく万物は自然に生成変化する (無因論) ,といったいろいろな意味に用いられる。
*愁人:① 悲しい心を抱いている人。なやみのある人。② もののあわれを解する人。風流人。詩人。文人。
*花箋・華箋(かせん):① (「箋」は料紙、手紙用の紙の意) 先方の手紙を敬っていう語。すぐれた書簡。
 ② 美しい料紙。花牋。
*萼(うてな):「花の台(うてな)」の意か〕花の萼(がく)花の最も外側に生じる器官。数個の萼片か 
 ら成り、多くは緑色。タンポポの冠毛は萼が変形したもの。 → 花被(かひ)”

おまけ:『碧巌録』第十七則【評唱】
 「後来、僧問う、如何なるか是れ室内一盞の灯。林云く、三人、亀を証して鼈と成す。又た問う、如何な 
 るか是れ衲衣下の事。林云く、臘月、火、山を焼くと。」
 後になって、ある僧が香林に尋ねた。
 「如何なるか是れ室内一盞の灯――部屋の中の一皿の灯明、これは何ですか」
  お互いの心の中の灯し火、お互いの生きておる命、これはいったい何ですか、と。すると香林が答えて、 
「三人、亀を証して鼈と成す――三人が皆な亀を呼んでスッポンだと言う」
  いろいろな人が説明するが皆ウソだ、説明してしまったら、亀がスッポンになってしまうゾ、と。説明 
  のできん生きておる命が、室内一盞の灯でなければならん。
  またある僧が問うた。
 「如何なるか是れ衲衣下の事――雲水の修行中の心得はいかがでございますか」
  それに香林が答えて、
  「臘月、火、山を焼く――暮れになると百姓が山に火をつけて草焼きをする」
  山を焼くことによって、来年の春、新しい立派な芽が出て来る。暮れに山を焼いておけば、来年の春、 
  素晴らしいワラビが採れるということだ。雲水をしておる間は、百姓が冬の山を焼くようにしっかりと
  苦労をして、煩悩妄想焼き尽くせ。雲水中に利口ぶったやつは駄目だ、馬鹿になって何もかも真箇焼き
  尽くした時に、将来、立派なワラビが生えて来て、皆がその山へ集まって来るのである。雲水中に功徳
  を積んでおかんと、将来、法は栄えんということだ。陰徳を積んでおかんといかん。
(´・(ェ)・`)つ

139:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/12/07(月) 21:06:43 ID:1d4drIFg0 [66/66]
部屋の中で明かりをつけて詩を詠むのじゃ。
自ずから道なき道を行く詩僧なのじゃ。
愁人には春でもなお夜は寒いのじゃ。
袖の中の花牋は氷った海蕚のようじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

407:避難民のマジレスさん[]:2020/12/07(月) 17:43:36 ID:0XbLwQ/k0
最初と最後の自由 第二部質疑応答
二八 知られたものと知られないもの 2

 また、意図が正しくなければなりません。すなわち、私たち皆が内面的に、知られないものを欲しがるという迷信の停止がなければなりません。私たちが皆神を求めていると考えることは、幻影です-私たちは [求めて]いません。私たちは光を探し求めなくていいのです。闇がないとき、光があるでしょう。闇をとおして、光は見つけられません。わたしたちにできるすべては、闇を造り出すそれらの障壁を取り去ることです。除去は意図に依ります。あなたは光を見るために、それらを取り去っているなら、そのとき何も取り去っていません。闇の代わりに光という言葉を用いているだけです。闇を越えて・の向こうを見ることさえも、闇からの逃避です。
 私たちは、自分たちを駆り立てているのは何なのかではなく、なぜ自分たちには、そういう混乱、そういう騒動、そういう闘争と敵対が-私たちの存在の愚かなものごとすべてが-あるのかを、考慮しなければなりません。これらがないとき、そのとき光があります。私たちはそれを捜さなくていいのです。愚かさが去ったとき、智恵があります。しかし愚かであって智恵を持とうとする人は、やはり愚かです。愚かさは決して英知になれません。愚かさが止むときだけ、英知、智恵があるのです。愚かであって智恵を [持とう]、賢くなろうとする人は、明白に、決してそうあることができません。何が愚かさなのかを知るには、表面的にではなく、充分に、完全に、深く、奥深く、それに入らなければなりません。愚かさの違った層すべてに入らなければなりません。その愚かさの停止があるとき、英知があります。
 ゆえに、知られたものより何かもっと多くのもの、何かもっと偉大なものがあるのかどうかを、見出さないこと [が重要です] ・見出すのではなくて-それが私たちを知られないものへと駆り立てているのです-私たちの中で、混乱、戦争、階級差別、俗物性・根性、名声の追求、知識の蓄積[を造り出し]、音楽をとおし、芸術をとおし、こんなに多くの仕方をとおして逃避を造り出しているのは何なのかを見ることが、重要です。確かに、それらをあるがままに見ること、あるがままの私たち自身に戻ってくることが、重要です。そこから私たちは、進めるのです。そのとき、知られたものを脱ぎ落とすことは、比較的たやすいのです。精神が静寂であるとき、それがもはや何かを願って、それ自体を未来へと投影していないとき、精神がほんとうに静かで、深く平和であるとき、知られないものが生じるのです。あなたはそれを探し求めなくていいのです。あなたはそれを招待できません。あなたが招待できるものは、あなたが知っているものだけです。あなたは知らない客を招待できません。あなたは自分が知っているものを招待できるだけです。しかしあなたは知られないもの、神、真実-何であれ-を知りません。それは来なければなりません。それは、田畑が健全であるとき、土が耕されているときだけ、来れるのです。しかしあなたは、それが来るために耕すなら、そのときそれを得ないでしょう。
 私たちの問題は、どのようにして知ることのできないものを求めるのかではなく、精神の累積する過程-それは常に知られたものです-を理解することです。それは困難な作業です。それは、そこに散漫の、同一化の、非難の感覚がない常なる注意、常なる気づきを、要求します。それはあるがままと共にあることです。そのときだけ、精神は静かでいられるのです。どれほどの量の瞑想、修練も、言葉の真実の意味で、精神を静かにさせられません。そよ風が止むときだけ、湖は確かに静かになるのです。あなたは湖を静かにさせられません。私たちの仕事・努めは、知ることのできないものを追求することではなくて、自分たち自身の中の混乱、騒動、悲惨を理解することです。そのとき、そのものがぼんやりと・かすかに生じます-そこに喜びがあるのです。
(´・(ェ)・`)つ

408:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/12/07(月) 20:57:42 ID:1d4drIFg0 [151/151]
神とか真実を求めることさえ幻影だというのじゃ。
それはただ金とか権力のために神や真実に頼っているのかもしれんからのう。
神や真実を求めようとする自分を観る時にのみそれは止むのじゃ。
そして精神が平静に成った時に神も真実も来るのじゃ。
 

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