鬼和尚 2020/10/06(火)

鬼和尚に聞いてみるスレ part17
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1598506868/

239:82[sage]:2020/10/06(火) 18:31:45 ID://gcSLqs0
>>221
鬼和尚さん、ありがとうございます。
観察していたら、求める者というイメージが求めているものは、価値だと気づきました。
以前にも自分を価値だと思っていることに気づいたのですが、無意識ではいまだに価値を求めていたことに気づきました。
それで、価値を求めなくてもいいし、価値は幻想だと思ってみたのですが、なんだか落ち込んできてしまいました。

私は価値や意味を求めていました。
その意味がないことに気づいたら、今度はそれにがっかりしています。
価値や意味を求めることに、価値や意味がないことにがっかりしています。
どうやっても自分に価値がないことにがっかりしているということは、まだ価値や意味を求めているのだと思います。
この落ち込みから抜け出すにはどうしたら良いでしょうか?

240:崇蓮[sage]:2020/10/06(火) 18:48:47 ID:bJ9yEx3Q0 [7/7]
 鬼和尚さま、こんばんは。いつもありがとうございます。

 教えてください。
 「執着なく愛する」という事が判りません。
 私は、主人にもそしてまだ娘にも執着しています。
 怒りなどの感情が起こるという事は、義父母にも執着しているという事も鬼和尚さまに教えていただきましたが、そう考えてみると私は今まで関わってきた人全てに執着してきた事になります。

 そしてそれを逆に考えると、関心がない人には執着してない事になります。
 でも関心がない事が愛がある事だとは思えません。
 関心がない人の事は、愛していません。

 愛しているけど関心がないという事ともまた違う気がします。
 いえ、そうなんでしょうか?
 自分の父親が亡くなった時は、悲しかったですが、それは自然な事と思えました。
 愛しているけど関心がないという感覚に近い気がします。
 この感覚が「執着なく愛する」という事なのでしょうか?
 厭離しなければわからない事でしょうか?

241:236[]:2020/10/06(火) 20:32:37 ID:87SUUXN20 [9/9]
>>238
返信ありがとうございます。
観察できているとのこと、ほっとしました。
何度も観察していきます。

243:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/10/06(火) 21:51:57 ID:1d4drIFg0 [62/63]
>>239 それにもまた原因があるから苦になるのじゃ。
 親に価値がある者が偉いとか条件付けされたのかもしれん。
 或いは友人や仲間内で価値のある者が偉いという観念遊戯をしていたからかもしれん。
 そのような原因から苦があり、原因が無かったら苦も無いことを自分の心に観察するのじゃ。
 そうすれば消えるのじゃ。
 実践あるのみなのじや。

>>240 執着とは記憶による囚われなのじゃ。
 以前の状態から今の状態を改変したいとか思うことが執着なのじゃ。
 そして今の状態から先のことを推測して相手に不安を持つことなのじゃ。
 今ここにある相手を認めず、受け容れていないのじゃ。
 それが自他共に苦になるのじゃ。

 愛するとは今ここで無条件で相手を受け入れ、認めることなのじゃ。
 それだけができれば執着無しに愛しているのじゃ。
 自分の心を観て確かめるのじゃ。

>>241 そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

242:旅の客人[]:2020/10/06(火) 21:17:47 ID:9ZQX7Xd60
鬼和尚様
227です。ご教授を賜り誠にありがとう
ございました。

244:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/10/06(火) 21:52:37 ID:1d4drIFg0 [63/63]
>>242 どういたしまして、またおいでなさい。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】79 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1580742911/

442:マジレスさん[]:2020/10/06(火) 12:47:28.20 ID:wPzZqDjC
鬼和尚、無想天とはどのようなところですか?

443:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2020/10/06(火) 22:01:00.31 ID:WqBVdlUX
>>442 それは広果天の中にあるのじゃ。
 他の宗教での最高の境地なのじゃ。
 無想になる故に無想天なのじゃ。
 心の作用が止まってしまうのじゃ。
 死ねば生まれかわるのじゃ。

鬼和尚の仏教講読会 別館2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1600684575/

25:避難民のマジレスさん[]:2020/10/06(火) 20:13:55 ID:xqChlqfQ0
>>23 くま訳改
第三句:漢王により与えられた地位は、漢王により召上げられるのである。
第四句:権威は消失すれば、同等の権威づけを得るのに三千年かかるのだ。

192    6/9
上古道光今日明 上古の道光今日明らかなり
議論臨済正傳名 議論す臨済正傳の名
屋前屋後樵歌路 屋前屋後せう歌の路
憶昔山陽笛一聲 おもふ昔山陽のてき一声

くま訳
浄土宗の場合は、(法然-弁長-良忠-道光と)相伝することの正当性は、今日明らかである。
臨済宗に於いては、正伝するものが誰かが議論されているのである。
庵の前も後ろも、樵の歌が聞える奥深い山中である。
昔を懐かしくに思いださせるのである。山陽賦の詩の笛音である。

*上古:遠い昔。昔。歴史時代の最も古い時代をさす。普通大化の改新頃までをいう。
*賦(ふ)山陽笛:古代中国の韻文における文体の一つ。唐の詩や宋の詞などと並び、漢帝国を代表する文 
 芸である。あらゆる場所・物・感情を網羅的に表現する手段として用いられた。

昨日の詩と今日の詩、順番が逆でありました。
(´・(ェ)・`)つ

26:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/10/06(火) 21:29:03 ID:1d4drIFg0 [13/13]
昔の仏道は今明らかになっているのじゃ。
今臨済宗の正伝を議論するのは無意味なのじゃ。
家の前後で歌う樵の歌の様にさわがしいだけなのじゃ。
山陽の笛のように思い出させる声が真の正伝なのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

303:避難民のマジレスさん[]:2020/10/06(火) 18:36:27 ID:MxmJOoVk0
最初と最後の自由 第二部質疑応対十 戦争について 2

 宗教的、政治的、経済的な戦争を引き起こす原因は何でしょうか。明白に、国家 [・民族]主義であれイデオロギ-であれ特定の教義であれ 、[それらへの]信念です。もしも私たちが自分たちの間に、信念ではなく、善意、愛、考慮・配慮を持っていたなら、そのとき戦争はないでしょう。しかし私たちは信念、観念、教義で養われています。ゆえに不満を生み育てるのです。現在の危機は例外的性質のものです。人間としての私たちは、常なる葛藤と連続的な戦争の道-それらは、私たちの日常の行動の結果です-を追求するか、それとも戦争の原因がわかって、それらに背を向けるか、どちらかにちがいありません・しなければなりません。
 明白に、戦争を引き起こす原因になるものは、力、地位、威信、金への欲望です-また国家 [・民族]主義と呼ばれる病気、国旗の崇拝。そして組織化された宗教という病気、教義の崇拝-これらすべてが戦争の原因です。個人としてのあなたが、組織化された宗教のどれかに属しているなら、力に対して貪欲であるなら、妬んでいるなら、あなたは必ず、破壊という結果になるであろう社会を産み出します。それでそれもまた、指導者にではなく、あなたにかかっているのです-いわゆる政治家たちとその他すべて [にかかっているの] ではありません。それはあなたと私にかかっているのですが、私たちはそれを悟っているように見えません。もしも私たちが、ひとたび自分たち自身の行動の [応じる能力・]責任を、ほんとうに感じたなら、どんなにすばやくこれらすべての戦争、このおぞましい悲惨を終わらせることができるでしょう!しかしおわかりでしょう、私たちは無関心です。私たちは日に三食摂ります。仕事を持っています。多かれ少なかれ銀行預金を持っています。そして「お願いですから、私たちを動揺させないでください。一人にしておいて・そっとしておいてください」と言うのです。地位 [身分]が高ければ高いほど、私たちは安全、永久性、平静が欲しい、そっとしておいて欲しい、あるがままに固定したものごとを維持したいのです。しかしそれらはあるがままに維持できないのです。なぜなら、何も維持すべきものはないからです。あらゆるものごとが崩壊しつつあります。私たちはこれらのものごとに向き合いたくないのです。あなたと私が戦争に対して [応じる能力・]責任があるという事実に、向き合いたくないのです。あなたと私は平和について話しをし、会議をし、テ-ブルを囲んで座り、議論をするかもしれません。しかし内面的に、心理的に、私たちは力、地位が欲しいのです。貪欲により動機づけられているのです。私たちは計略を巡らします・陰謀をたくらみます。私たちは国家[・民族]主義的です。私たちは、信念により、教義により縛られています-それらのために進んで死のう、互いに破壊し合おうとしています。そういう人たち、あなたと私が、世界に平和を持てると、あなたは思うでしょうか。平和を持つには、私たちが平和でなければなりません。平和に生きることは、敵対を造り出さない、という意味です。平和は理想ではありません。私にとって理想は、たんに逃避、あるがままの回避、あるがままの否定・否認です。理想は、あるがままへの直接的作用 [・行動] を妨げます。平和を持つには、私たちは愛さなければならないでしょう。理想的な生を生きるのではなく、あるがままのものごとを見てそれらに作用し、それらを変容させ始めなければならないでしょう。私たち各自が心理的な安全を求めているかぎり、私たちが必要とする生理的な安全-衣・食・住-は破壊されるのです。私たちは心理的な安全を求めています-それは存在していません。そして私たちはできるなら、力をとおし、地位をとおし、肩書き、名前をとおして、それを求めます-そのすべてが、身体的・物理的な安全を破壊しているのです。あなたがそれを見るなら、それは明白な事実です。
(´・(ェ)・`)つ

304:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/10/06(火) 21:20:35 ID:1d4drIFg0 [100/100]
信念が戦争を引き起こすというのじゃ。
それが金とか権力への欲をも引き起こすというのじゃ。
信念による社会の中で金や権力も意味を持つのであるからのう。
愛とか善意があれば戦争は無いというのじや。
自分が平和ならば平和があると言うのじゃ。
 

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