鬼和尚 2020/08/09(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part16
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1584893493/

911:避難民のマジレスさん[]:2020/08/08(土) 23:52:24 ID:isBgqH420 [2/2]
>>910
すみません。

質問:私とは誰でしょうか?
マハルシ:七つの要素から成る粗大な身体、それは私ではない。五つの感覚器官、聴覚、触覚、視覚、味覚、臭覚は、それぞれの対象である音、感触、色、 味、匂いをとらえるが、私はそれらではない。五つの能動的な器官である言語器官、運動器官、認識器官、排泄器官、生殖器官は、それぞれ話すこと、動くこと、理解すること、排泄すること、楽しむことという働きをするが、私はそれらではない。五つの生気、すなわちプラーナなどは、吸気などの五つの働きをするが、それは私ではない。ものごとを考える心でさえ、私ではない。対象物の印象だけが刻みこまれた無知も、対象物も働きもない無知も、私ではない。

の中の
対象物の印象だけが刻みこまれた無知も、対象物も働きもない無知も、
というのはなんのことでしょうか?

よろしくお願いします。

912:避難民のマジレスさん[sage]:2020/08/09(日) 00:55:31 ID:W3FT0new0
映画見たり歌や人の話を聞いて感動することがありますけど、それって単に心が動いてるだけですよね

913:避難民のマジレスさん[sage]:2020/08/09(日) 17:31:46 ID:1xSZ0f620
瞑想やら数息観が上手くなりたいのですが。
物思いに終わってしまい5すらも数えきれません
寝る前にやっても朝まで寝付けない。
ますは下剤でしょうか?

915:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/08/09(日) 22:25:32 ID:1d4drIFg0 [228/229]
>>911 それは段々と心の内部の器官について語っているのであるから深層心理なのじゃ。
 唯識論でいえば阿頼耶識とか九識と言えるじゃろう。
 対象物の印象だけが刻み込まれた無知とは観念の器官なのじゃ。
 阿頼耶識じゃな。
 対象物も働きも無い無知とは九識のアンモラ識といえるのじゃ。

 それら全て私ではないということは私といえるようなものはないというのじゃ。
 私という個我の観念そのものが謬見なのじゃ。

>>912 そうじゃ、心が動いているだけなのじゃ。
 それは自分ではなく、自分のものですらないのじゃ。
 ただの機械的な反応なのじゃ。

>>913 何年もやって五つも数えられなければそれもよいかもしれん。
 まだ数日とか数週間ならばなれていないてだけなのじゃ。
 毎日続けてみるとよいのじゃ。
 或いは集中する場所を眉間とか胸の真ん中に変えてみると善いのじゃ。
 いろいろ試して見るのじゃ。

914:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 20:56:29 ID:WMlbyn5g0 [9/9]
鬼和尚様

先日も私の質問に答えてくださり本当にありがとうございます。

鬼和尚様は仙崖は悟っていると思いますか?

916:鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM[sage]:2020/08/09(日) 22:33:39 ID:1d4drIFg0 [229/229]
>>914 悟っていないようじゃ。
 絵がうまかったのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】  52 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1585172010/

941:鹿野園 ◆VupYVVGZXxPO [sage]:2020/08/08(土) 22:50:49.38 ID:KD8mAhfd
そうかそうか、精神病院に行きましょうねーw

942:おさかなくわえた名無しさん[]:2020/08/09(日) 16:27:15.91 ID:USrkryEC
鬼和尚、子供の頃にイジメをする子は悔い改めないと、悪い所に行きますか?

943:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2020/08/09(日) 17:43:44.34 ID:2cYq0/cT
鬼和尚、↓の5人の前世を教えてください(神人だったりするのでしょうか)
122代天皇(明治)・123代天皇(大正)・124代天皇(昭和)・125代天皇(平成)・126代天皇(令和)

944:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8 [sage]:2020/08/09(日) 22:46:19.62 ID:swtBXmi4
>>941 今から働くと善いのじゃ。
 配達の仕事は人が足りないというのじゃ。
 おぬしでもできるじゃろう。
 急いでバイトじゃ。

>>942 そうじゃ、行くじゃろう。
 悔い改めて善事をすれば善いところに行くのじゃ。
 善事を積むとよいのじゃ。

>>122 さむらいじゃな。
 商人じゃな。
 公家じゃな。
 学者じゃな。
 商人じゃな。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】77
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1576583672/

559:太上天君 (ワッチョイ ff67-Ea0s [126.3.38.109])[]:2020/08/09(日) 19:39:43.28 ID:aRZwamwR0
鬼和尚よ、ぬしゃあうまく逃げたのか?
自分の発言に間違いは一切なく常に正しいといえばしらじらしいし、
人間なので間違いもあったと答えれば、それは何番のレスのどの発言か?と具体的に突っ込まれて困るから逃げたのじゃなw

「正しくも正しくなくもないのじゃ」というのは政治家のような答弁だが、ぬしゃあ政治家か?

ハキハキ答えよ!!!

はふんはふんおふんおふん。

560:鬼和尚 ◆v4C6SeeabHj8  (ワッチョイ a267-2X+j [219.192.74.62])[sage]:2020/08/09(日) 22:34:55.77 ID:Zi+ZvNXT0
>>559 そのようなことを書いて政治家ならばおぬしははふんはふんおふんおふん家じゃな。
 一体何をいっているのかのう。

鬼和尚の仏教購読会 別館
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/

889:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 17:43:25 ID:tQxP6Xgs0
一休さんの艶詩提唱
254
圓悟大病 4/4
娘生佛果已圓成 にょうしゃう佛果すでに円じゃう
大病苦中無識情 大病苦中識情無し
小艶詩情人不會 小艶詩情ひとゑせず
?胯聲茅店月三更 けい声ばう店月三更

蔭木英雄先生訳・解説
圓悟仏果禅師が生れつき持っている無上正等覚(仏果)はすでに成就し
金山で大病に苦しんでも、知識情念に執らわれなかった
小艶詩の心を人々は会得しなかったが、
圓悟禪師は鶏の声を聞いて大悟し、その時、夜中の月が宿屋を照らしていた

起句の仏果は、園悟克勤の禅師号と無上正等覚の意を懸けている。
転句で、”小艶の詩情 人は会せず”と吟ずるのは、裏がえすと、”圓悟禪師は小艶詩の心をきちんと会得
し、衲(わし)も理会して艶詩を吟じ続けるのだ”という宣言と受け取れるのである。なお、結句は、『三
体詩』温庭?勣「商店早行」の、”鶏声茅店月”の名句と、園悟大悟の鶏鳴とに拠っており、心憎いほど巧妙
な作句である。

くま訳
圓悟仏果禅師は、生来の仏の境地(悟り)を既に成就している
大病で苦しんでいる時も迷情無し
小艶詩の心を人は理解しなかったが、
鶏の声、木賃宿のかやぶき屋根を照らす有明月

*圜悟仏果:北宋の徽宗から張商英仏果の号を賜った。
*鶏声茅店月:おまけ① 参
*おまけ② 圓悟投機の偈 訂正

この詩の蔭木先生訳を読んで、「娘生」のくま訳間違えに気付き 訂正>>876したのである。  
(´・(ェ)・`)つ

890:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 17:57:05 ID:OIJS2RiY0
おまけ①
商山早行 温庭?勣  商山のそうこう おんていいん (Web漢文大系HPより)

晨起動征鐸 あしたに起きて 征鐸を動かす
客行悲故郷 かくこう 故郷を悲しむ
?胯聲茅店月 鶏声 ぼうてんの月
人迹板橋霜 じんせき ばんきょうの霜
槲葉落山路 こくよう 山路に落ち
枳花明驛牆 きか 駅しょうに明らかなり
因思杜陵夢 因りて思う 杜陵の夢
鳧雁滿迴塘 ふがん かいとうに満つ

くま訳
早朝に、旅立つ
故郷を離れるのは悲しい
木賃宿の萱葺き屋根を照らす有明月の光を見て鶏が鳴く
足跡が橋におりた霜につく
かしわの落葉が、春が近づくのをしらせる
駅舎の土塀のからたちの花を見れば、春到来は明らかだ
それで思うのは、長安の杜陵の景色である
野鴨や雁が湾曲した池たくさんいるのである。

『三体詩』、『全唐詩』巻581、五言律詩。
*商山:漢代の初めに、四人の隠士が乱を避けて隠れ住んだことで有名。四人とも鬚ひげや眉が皓白こうは
 く(真っ白)の老人であったので、「商山の四し皓こう」と呼ばれた。
*早行:早朝に旅立つこと。
*温庭?勣(おんていいん): 812~?。晩唐の詩人。

*晨:朝早く。早朝。
*征鐸:旅の車の鈴。馬の首につけた鈴。「征」は旅行くこと。「鐸」は大きな鈴。
*動:出発の合図に鈴を鳴らすこと。あるいは鈴を鳴らしつつ車を進めることか。
*客行*故郷を離れ、旅路にあること。旅する身。
*故郷:都長安を指す。
*鶏声:鶏の鳴き声。
*茅店:茅かや葺ぶき屋根の宿屋。「店」は粗末な旅館。木賃宿。
*人迹:人の足あと。人が行き来したあと。
*板橋:木の板を渡しただけの粗末な橋。通常は石橋。
*槲葉:かしわの葉。落葉樹であるが、冬の間は枝についたままで、春の新芽が出るときに落ちる。
*枳花:からたちの花。春に白い花が咲く。
*駅牆:駅舎の土塀。
*因思:そこでふと思い起こされる。それがきっかけとなって思い出される。
*杜陵:長安城の東南の郊外にある高台。当時有名な行楽地であった。
*鳧雁:野鴨と雁。
*迴塘:回るように湾曲した池。「塘」は池の堤。または堤に囲まれた池。曲江を指すと思われる。
*迴: 『三体詩』では「回」に作る。同義。
(´・(ェ)・`)

891:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 18:35:09 ID:MIbXhRL60
おまけ②
圓悟は五祖法演の小艶詩提唱を聴いたあと、鶏が欄干に上って鳴くのを聞いて大悟した。
その開悟偶は 83 でとりあげたのでありますが、最後の一節、の文字が、蔭木英雄先生の論文のものと、
くま使用のテキストのと違っておりました。消 → 銷 ・ 只許  →祇評
83の詩https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/567-n >>879
そこで、再度くま訳を修正してみるのである。又、前スレ>>893の訳は投機の偈として意訳も訂正する。。

*叢;群がり集まる。多くのものの集まり と言う意味もあり
*祇:ただ~だけ、まさに~、という助詞として用いられる
*銷(ショウ):1 金属をとかす。とける。2 消える。消す

金鴨香銷錦繍幃 金おう香しょうす錦しゅうのとばり 
笙歌叢裡酔扶帰 しょう歌そうり酔うてたすかって帰る
少年一段風流事 少年一段風流の事
祇評佳人独自知 ただ評す佳人独り自ら知る

新くま訳
輝く渡り鳥のような貴方の香は、錦の刺繍のほどこされた帳の内に溶け入り、
貴方の笙歌を大勢の中でも、聞き分けられるのだ。酒に酔ったので、やっと帰ることができる。
恋におちた若者の風流な思いのことは、
ただあの美しい人だけが知っている。

元のくま訳83のままだと。遊里で岡惚れしたおやじがが、酔っ払って帰るときに、意中の女性を風流な青
年に持っていかれて、草むらに隠れて、ストーカーをしているような情景になってしまうのである。
本日の修正で、多少[投機の偈 」らしくなったでありましょう。
けど。圓悟和尚は、悟りの世界と、現世を行き来してるようであります。

新くま超訳(前スレ879)
悟りの世界へと、溶け入った、
小艶詩に誘われ、迷いの中から脱して、故郷に帰りついたのだ、
恋焦がれた悟りである、
ただ悟った人のみが、私の悟境を知ることができる。
(´・(ェ)・`)

892:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 18:42:42 ID:SBsaneBs0
>>891
けど。圓悟和尚は、悟りの世界と、現世を行き来してるようであります。→削除
新くま訳。新超くま訳のように解すれば行き来することにはならないでありましょう。
(´・(ェ)・`)b

893:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/08/10(月) 00:09:43 ID:1d4drIFg0 [344/344]
園悟は大病でも情を知らなかったというのじゃ。
小艶詩の情を人は得なかったというのじゃ。
情けにかけているのじゃな。
大病でも無かった情が詩にはあったが人はそれを得なかったというのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

173:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 21:41:44 ID:HMHJI/pY0 [1/2]
最初と最後の自由  第一部

  第十四章 関係と孤立 2

 そこで私たちは自分たちの生を、他の人と私たちの関係を検討するなら、それが孤立(化)の過程であることが、わかるでしょう。私たちはほんとうは他の人に関心がないのです。私たちはそれについて大いに話すけれども、現実には関心がないのです。その関係が私たちを喜ばせて[満足させて]くれる限り、避難所を与えてくれる限り、満足させてくれる限りにおいてだけ、私たちは誰かと関係しているのです。しかし関係に動揺があった瞬間―それ [動揺] が私たち自身に不愉快さを生み出します―私たちはその関係を切り捨てます。言い換えれば、私たちが喜んでいる限りにおいてだけ、関係があるのです。これはきびしく・不快に聞こえるかもしれません。しかし、あなたはほんとうに自分の生をとてもきっちりと・しっかりと検討するなら、それが事実であると、わかるでしょう。そして事実を避けることは無知において生きることですし、それは決して正しい関係を産み出せません。私たちは自分たちの生を覗いてみて関係を観察するなら、それが、他の人に対して抵抗を築く過程、壁であることがわかります- [その壁越しに] 他の人を見て観察するのです。しかし、私たちはいつもその壁を保持・確保してその裏にとどまります―それが心理的な壁、物質的な壁、経済的な壁や国家[・民族]主義的な壁であっても。私たちは壁の裏で孤立 [の状態] において生きる限り、他の人との関係はありません。そして私たちは閉じこもって・閉鎖的に生きています。なぜならそのほうがもっと喜びがあるからです-私たちはそのほうがもっと安全であると思うのです。世界がこんなに引き裂かれ[分裂し]、こんなに多くの悲しみ、こんなに多くの苦痛、戦争、破壊、悲惨があるので、そのため私たちは私たち自身の心理的存在の安全の壁の中に逃避して生きたいと思うのです。ですから関係は、私たちのほとんどにとって、現実に孤立(化)の過程です。そして明白にそういう関係は、これまた孤立してゆく社会を築きます。それがまさしく世界中で起きていることです。あなたは自分の孤立にとどまって、壁越しに手を伸ばし、それを国家[・民族]主義、同胞愛、などと呼びます。しかし現実には独立政権、軍隊が継続[存続]するのです。あなたはやはり[なお・依然として]自分自身の制限にすがり付きながらも、世界統一、世界平和を造り出せると思うのです―それは不可能です。あなたが境界を持っているかぎり―国家[・民族]的でも経済的でも宗教的でも社会的でも-世界に平和はありえないということは明白な事実です。
(´・(ェ)・`)つ

174:避難民のマジレスさん[]:2020/08/09(日) 21:42:42 ID:HMHJI/pY0 [2/2]
くまめも14-2
自分たちの生を、他の人と私たちの関係を検討するなら、それが孤立(化)の過程であることがわかる。私たちはほんとうは他の人に関心がない。その関係が私たちを喜ばせて満足させてくれる限り、避難所を与えてくれる限りにおいてだけ、誰かと関係している。しかし関係に動揺があった瞬間―動揺が自身に不愉快さを生み出し- その関係を切り捨てる。言い換えれば、喜んでいる限りにおいてだけ、関係がある。これはきびしく・不快に聞こえるかもしれない。しかし、ほんとうに自分の生をしっかりと検討するなら、それが事実であるとわかる。そして事実を避けることは無知において生きることだし、それは決して正しい関係を産み出さない。自分たちの生を覗いてみて関係を観察するなら、それが、他の人に対して抵抗を築く過程、壁であることがわかる-その壁越しに他の人を見て観察する。しかし、いつもその壁を保持・確保してその裏にとどまりまる。壁の裏で孤立の状態において生きる限り、他の人との関係はない。そして閉じこもって・閉鎖的に生きている。なぜならそのほうがもっと喜びがあり、安全であると思うから。世界がこんなに分裂し、こんなに多くの悲しみ、苦痛、戦争、破壊、悲惨があるので、そのため自身の心理的存在の安全の壁の中に逃避して生きたいと思う。ですから関係は、私たちのほとんどにとって、現実に孤立化の過程。そしてそういう関係は、これまた孤立してゆく社会を築く。あなたは自分自身の制限にすがり付きながらも、世界統一、世界平和を造り出せると思う-それは不可能。境界を持っているかぎり―国家・民族的でも経済的でも宗教的でも社会的でも-世界に平和はありえないということは明白な事実。
(´・(ェ)・`)

175:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/08/09(日) 22:58:44 ID:1d4drIFg0 [50/50]
他人とは別の自分があるという観念から孤独が生まれるのじゃ。
他人の中に一人の自分が居るという観念が心細さとか恐れを生むのじゃ。
それが孤独なのじゃ。
孤独から逃れようとして争いも起こるのじゃ。

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