鬼和尚 ◆qx3.49AOzA 2020/06/28(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part16
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1584893493/

649:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/27(土) 16:56:01 ID:Y5LPInQE0 [157/162]
鬼和尚さんは私が実践を止めるのは分かっていたと言いましたが
未だに私は続けているのは何故か?と問うと今度は暇だからと言いましたよね

あなたの発言って何の根拠も一貫性も無いですよね

650:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/27(土) 17:01:16 ID:Y5LPInQE0 [158/162]
そりゃ弟子も大して良くならんわ

言う事コロコロ和尚なんだもんw

653:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/27(土) 17:23:02 ID:Y5LPInQE0 [159/162]
毎日5分、365日とかせこいこと言わないで毎日20分やってやりますよw

止の行完成とやらがどんなものなのか興味ありますし、仰るとおり暇ですしねww

657:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/28(日) 04:45:38 ID:nHhXRngQ0
ソクラテスは「これで死の正体を知ることが出来る」と言って半ば楽しむように毒杯を飲んだと言うよね。
こういう人は何か悟っているのですかね
普通の神経では中々出来ない振る舞いだと思いますが。

658:避難民のマジレスさん[]:2020/06/28(日) 12:10:19 ID:Roj8Jn2E0 [4/5]
鬼和尚さま

この世に生きる価値などありますか?
世の中の競争や全てがバカバカしく思えます。

私には、自分も含めてほとんど全ての人間が愚かにしか思えません。
尊敬できる人は鬼和尚さまだけです。
愚かだと思うのは悪いことですか?
愚かだと思う反面、愚かだなんて思ってはいけないと、自分を叱る考えがわきなんだか疲れます。

また、自分は2才になる子を育てているところで、上に書いたようなことを思いながら、子育てしていると矛盾で気持ちがぐちゃぐちゃになります。

この世に価値がないなどと思いながら、子どもが将来苦労が少ないよう、能力や健全な自己イメージが育つよう、モンテッソーリ 教育というものを参考に、子育てしています。
自分の振る舞いで自己イメージや能力が変わると思うとプレッシャーを感じます。
どう接していくのがいいか、日々悩みます。

何かアドバイス頂けないでしょうか。
よろしくお願いします。

659:避難民のマジレスさん[]:2020/06/28(日) 12:20:58 ID:Roj8Jn2E0 [5/5]
鬼和尚さま

658です。
子どもに対してイライラして当たったり、子育てに対して努力を怠った時期がありました。
それに関して懺悔したいです。子どもに申し訳ないこてをしました。

665:鬼和尚 ◆qx3.49AOzA[sage]:2020/06/28(日) 22:16:48 ID:1d4drIFg0 [162/164]
>>657 少しは気付いたことがあったじゃろう。
 自分を知ることに勤めていたからのう。
 死もまた自分の属性の一つと言えるのじゃ。

>>658 あるのじゃ。
 おぬしが自分を知るためにあるのじゃ。

 悪くは無いのじゃ。
 それもまた本心であるからのう。
 それを思ってはいけないとか思わなくて善いのじゃ。
 ただ自分はほとんど全ての人を愚かと思っていると観察するだけで善いのじゃ。

 この娑婆世界は自分を知るためにある世界なのじゃ。
 自分を少しでも知ることが出来れば楽になるのじゃ。
 子育ても自分を知るためにあると気付けば楽になるのじゃ。
 何が苦なのかよく観察して気付くと善いのじゃ。

>>659 懺悔告白したから許されたのじゃ。
 これからは善事を積むと善いのじや。

660:避難民のマジレスさん[]:2020/06/28(日) 13:05:32 ID:3na2v5nI0 [11/11]
顔がすごい歪んでいてコンプレックスなのですが、矯正する方法はありますか
姿勢を良くすべきかなと思うのですが、
体の形、バランスが悪いのと筋力と体力がないせいか、真っ直ぐに立ったり坐ったりしようとすると気持ち悪くて吐き気がします。体をかなり傾けると楽になる感じです。

661:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/28(日) 13:34:56 ID:Y5LPInQE0 [160/162]
ミュンヒハウゼン症候群の次の病名は何ですか?

弟子はいつになったら薬に頼らずに毎日楽しく働けるようになるんですか?

662:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/28(日) 13:49:26 ID:Y5LPInQE0 [161/162]
万の苦しみの内、一消えたのを喜ばなかった、その僅かな進歩を渋々認めると言う状態は
ミュンヒハウゼン症候群だとどこの精神科医が言ったんですか?

663:避難民のマジレスさん[sage]:2020/06/28(日) 13:50:51 ID:Y5LPInQE0 [162/162]
そして私が実践を止めると言うあなたの判断が間違っていた事を突かれるとスルーするのは
ご自分に都合が悪いからでしょうか?

666:鬼和尚 ◆qx3.49AOzA[sage]:2020/06/28(日) 22:22:11 ID:1d4drIFg0 [163/164]
>>660 あるのじゃ。
 背骨が歪んでいるようじゃ。
 ヨーガや気功法などを実践して背骨を整えるのじゃ。
 そうすればゆがみも無くなっていくのじゃ。
 整体とか鍼灸マッサージ等にも行ってみると善いのじゃ。
 自分の手で毎日少しずつでもゆがみを直していけば直るのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

>>661 いつから弟子になったのじゃ?
おぬしが今薬をやめて働こうと意志をすれば今から出来るのじゃ。

>>662 おぬしの脳内精神科医じゃろう。

>>663 おぬしのためにスルーするのじゃ。
 おぬしがそうしたいというならばもはや全てスルーするのじゃ。
 ただ寂しいだけならば返事はいらないのじゃ。

664:避難民のマジレスさん[]:2020/06/28(日) 21:31:07 ID:jRsPPGmc0 [6/7]
641です、集中さえできていれば集中する対象は何でもいいということでしょうか?

手の熱感が感覚的に掴みやすいので両手の感覚に意識を合わせてやってみているんですが、それでもいいですか?

667:鬼和尚 ◆qx3.49AOzA[sage]:2020/06/28(日) 22:23:31 ID:1d4drIFg0 [164/164]
>>664 そうじゃ、それでよいのじゃ。
 止の瞑想は集中力を養うことが目的であるからのう。
 日々続ければそれも強くなっていくじゃろう。
 実践あるのみなのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】  52 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1585172010/

625:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2020/06/28(日) 16:14:54.20 ID:tzSLGPYS
絵画や音楽、建築など何かを作って生み出す芸術家に憧れの気持ちがあります。
自分が芸術家になりたいか?と聞かれたら努力が面倒なのでなれないですが笑

人を感動させる絵を描いたり音楽を奏でたり、住みやすい都市や居心地のいい建物を設計することは善行ですか?

もう一つ。
すべてのものがいずれ消滅し消え去っていくのが世界の真理であるなら、絵や音楽や建物などの創造に情熱を傾けすぎるのも問題ですか?
人はいつか死にます。
絵や音楽が残り続ける保証はないし、建物は破壊と創造の繰り返しです。

「生み出す」と言う現象より「消滅する」と言う事にフォーカスして日々を生きた方が、かえって永遠への近道なのかな?とも思います。
鬼和尚はどう思われますか?

627:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2020/06/28(日) 22:25:48.86 ID:Qa5nWtZE
>>625 人のためと思って創作するならば善事なのじゃ。
 金とか名声のためならば善事ではないのじゃ。
 欲の行いなのじゃ。

 そうじゃ、それもまた滅びるものである故に囚われてはいかんのじゃ。
 囚われずに進むのじゃ。

 それも言えるじゃろう。
 自らを知ることに専念すると善いのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 3 
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/

939:名無しを整える。[]:2020/06/27(土) 23:17:21.11 ID:fjc6F9J4
>>938
うぅぅぅむ。
如来が、刹那に生きるとしても、人妻をナンパしたら、いかんでありましょう。
如来は、欲望を制御しないのでありますか?
(´・(ェ)・`)つ

941:名無しを整える。[]:2020/06/28(日) 15:57:46.59 ID:8XM/ugtS [1/3]
>>938

ググってみたら、こんな↓お話が見つかったのである。うむ。これなら、良いでありましょう。

ひろさちや著「狂い」のすすめ 集英社新書より

ある日、一休禅師の庵室に、彼の俗弟子である孫右衛門とい
う男の奥方が訪ねて来ました。

桜の季節です。この奥方がなんとなく長居をしているうちに
夕方になり、庵室も薄暗くなってきました。で、奥方は帰ろ
うとします。ところが一休禅師は、

「いや、今夜は一晩、ここにお泊まりなさい」
と言います。明らかに不倫の誘いです。

そうすると奥方は怒ります。わたしは人妻です。浮気なんて、
そんなこと、できるわけがないじゃないですか!?
それにあなたはご出家、世間で高僧の誉れ高い禅僧。

その禅僧が人妻を口説くなんて、恥ずかしくありませんか!?
彼女はぷりぷりしながら帰って行きました。そして帰宅して、
夫に事の次第を話します。

だが、夫は言いました。

「おまえね、一休禅師といえば、
世間で“生きぼとけ”と呼ばれている名僧なんだよ。
そんな名僧に抱かれることは、この上ない名誉じゃないか。
もう一度訪ねて行って抱かれておいで……」

言われて奥方は気を変えます。
再び化粧して、庵室を訪ねます。

言われて奥方は気を変えます。
再び化粧して、庵室を訪ねます。

「トントン」
「どなたかな……?」
「わたくしです。孫右衛門の妻です。戻って参りました」
「おや、そうかい。だがのう、わしの欲情はとっくに醒めて
しまったものでのう。まあ、お家におかえりなさい」
(´(ェ)`)b

942:名無しを整える。[]:2020/06/28(日) 15:59:59.48 ID:8XM/ugtS [2/3]
こんなお話↓もあった

耳嚢 (みみぶくろ) 美濃國彌次郎狐の事 やぶちゃん 先生訳
(くま注:狐が若い娘に化けて、一休さんを試したお話である。)
……あるときのことじゃ、我ら、『一休和尚は道徳堅固なる名僧じゃ』というを聞き及び、それがまっことなるものか、一つ試したろう、と思うたのじゃった。
 丁度その頃、一休の御座った小さき寺の前に、母と娘の二人が住んで御座った。その若い娘が婿をとったものの、若夫婦との仲、また、母と娘との仲が、これ、穏やかならずして、どうも丁度その日、かの夫婦めおとは、これ、離縁したというを地獄耳じゃ……かの肉の炎ほむらの冷めやらぬ娘にまんまと化けると、やおら、寺に入いったのじゃ……
「……夫とは離縁致し……母からは勘気を被こうぶり……万事休して、御座りまする。……今宵、一夜……どうか、この寺に……お泊め下されぃ……」
と、よよと縋ったところが、一休、
「――我とそなたは寺と門前という仏縁の一つ世に住まいする者で御座ったが故、これまでは対面たいめ致いて参った者じゃ――なれど、かくも門前を出でて俗界へと奔ったとなれば――まこと、人の縁を断って、うら若き女人の丸のままと相いなって御座るそなたを――この寺内てらうちに泊めんというは、これ、如何にも難きことじゃ……」
と否んだによって、我らは、
「……悟りを開いたご出家の……外ならぬ徳道堅固のあなたさまにて御座いますれば……一体、何処の誰が、疑いを抱きましょうや!……女の一人、この闇夜に、行くあてものう、さ迷うて――この『女』独り、この真暗な『闇世』に、さ迷うておるを……お見捨てなさるとは……あまりに……あまりに……情けなきこと…………」
と恨みを含んで歎きつつ、そのまま地に泣き伏せば、
「……されば――座敷内に上ぐることはならずとも――典座てんぞの隅なりとも、客殿の縁の端なりとも、一夜ひとよをお明かしなさるが――よい。」
と申された。
……これも思う壺に嵌まったものじゃ……
……我ら、その意に随したごう振り致いて、まんまと泊まること、これ、出来た。
……元来が――一休なる者が、まこと、徳道堅固ならんかを試さんとの心なれば――夜に入って……一休の臥所ふしどに忍び入り、我らの柔肌にて戯れ寄った……ところが一休……
「――喝ッ!――不届者ッ!――」
と一喝すると――辺りに御座った小さな扇子のような物をもって――我が背を――
――タン!――
と――お打ちになられた――
「……いや! あの一撃! それは鉄槌よりも重う、強う御座った! いや! 正に死なんかと思う痛打で御座った!……いや! げにも……徳道を究めたお人の警策で、御座ったわいのう……」
 と、かの老狐は、しみじみと語って御座ったという。……
「……その他にも、かの老僧、いやさ、老狐……やはり信じ難いほど古いことなんどを年中、語って御座ったが……さても、今も生きておるものやら、どうやら……」
と私の知れる人が語って御座った。

狐にはだまされない一休さんである。
(´(ェ)`)b

943:名無しを整える。[]:2020/06/28(日) 16:05:04.12 ID:8XM/ugtS [3/3]
77歳の青春の思いを成就。おめでとう一休さん。
99
余寓薪園小舎有年。森侍者聞余風彩。  余薪園の小舎に遇する年あり、森侍者、余が風彩を聞いて、
巳有嚮慕之志。予亦知焉。       すでに嚮慕の志あり、余もまたこれを知る、
然因循至今。             しかれども因循として今に至る。 
辛卯之春邂逅干墨吉。問以素志。    しんぼうの春墨江に邂逅して、問ふに素志を以ってす、 
則諾而應。              即ち諾して、応ず。
因作小詩述往日間何闊懐        因って小詩を作って往日かくわつの懐にまじふることを述ぶ、
且記今日來不束之喜云         かつ今日来不束の喜びを記すと云ふ。
1/2
憶昔薪園居住時            おもふ昔    の時
王孫美誉聴相思              の美よ聴いて思ふ、   
多年舊約即忘後            多年旧約即ち忘じてのち、    
猶愛玉新月姿            猶ほ愛す玉かい新月の姿

仁先生訳
 この詩を書いたのはね、ぼくが薪村の草庵に住んでいた頃の話だけれどね、この森公がね、ぼくの風評を
色々聞いて、密かにぼくに憧れていたんだよ。そしてぼくに会ってね、いよいよぼくを慕うようになるのさ。
森公の心根の無垢さがぼくには不思議なくらいだった。
 けれどいろいろのことがあってね、森公の傍にばかりいることはできなくなってね、いつの間にか森公も
いなくなって、今までそのことさえも忘れかかっていた。
 文明三年(1471年)の春に、住吉の薬師堂で偶然にも森公に巡り会えてね、あの頃のことを謝し、今
もまだあの頃の心はあるのだろうかと問うたところ、あれからもずーっとぼくを慕いつづけてきたと心を明
かしてくれたんだ。
 ぼくはほっとしてね、森公が愛おしくてたまらず、もうずっと一緒にいようと思い、そのぼくの念いを詩
にして伝えたよ。

思えば昔ね、ぼくが薪村に住んでいた頃、
ぼくが皇孫であることや誉れ高い噂を聞いて、森公はぼくを密かに慕っていることを知って、ぼくも愛お
しく思っていたんだよ。
その相思の契りを、長い間すっかり忘れていたけれど、今こうして再会して、
あの薬師堂の階段に立っている新月のように優美な森公の佇まいがもうたまらなく愛おしいよ。

くま訳
思いだしてみれば昔、薪園に住んでいたころ
わしが、誉れ高い高貴な出であると、聞いて、相思相愛になったのだ。
その時した約束を、長いこと、ころっと、忘れていたのだ。
今、再会して、思いを確かめることができて、ワシの心は愛で満たされてるのだ。薬師堂の階段に佇む森の
姿は、月光のような美しいのだ。

100 2/2
木凋葉落更回春 木凋み 葉落ちて更に春を回らす
長緑生花旧約新 緑を長じ 花を生じて旧約新たなり
森也深恩若忘却 森也が深恩 若し忘却せば
無量億劫畜生身 無量むりょう億劫おくごう 畜生の身 

ある男の残日HP 宇野直人先生訳
木の葉が凋み落ち 又春が巡ってきた
緑を育み 花を咲かせ 昔からの定めが実現する
森女の深い恩を もし忘れたら
未来永劫 私は畜生道の身だ

くま訳
木の葉が枯れるように、朽ちかけてていた我が身に、春が廻ってきたのだ。
青葉茂り花咲く春が。約束を違えたわしを、森は赦してくれたのだ。
森や。君から受けたこの深い恩を、もし忘れるようなことがあれば、
わしは、永遠に畜生の身のままであろう。

うむ。かっこいい爺ちゃんである。森がいたから、大徳寺の受持をつとめたのかもしれませぬ。
(´・(ェ)・`)つ

945:鬼和尚 ◆qx3.49AOzA [sage]:2020/06/28(日) 22:33:45.90 ID:7sY30z0f
>>939 それに囚われなければ善いのじゃ。
 それこそ真の愛なのじゃ。
 愛して執着しないならば囚われも無いのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1592867699/

18:避難民のマジレスさん[]:2020/06/27(土) 22:45:06 ID:rPwgLfGQ0 [1/2]
最初と最後の自由  第一部
第三章 個人と社会 6

 なぜ社会は、確かにそのとおりなのですが、ぼろぼろに崩れ、崩壊しかけているのでしょうか。基本的理由の一つは、個人が、あなたが創造的であるのを止めたということです。どういう意味なのかを説明しましょう。あなたと私は模倣的になってしまいました。外側でも内側でも、私たちは真似をしています。外側で、技術を学んでいるとき、言葉のレベルで互いに疎通しあっているとき、当然何らかの模倣、真似がなければなりません。私は言葉を真似ます。技師になるには、私は初めに技術を学び、それからその技術を橋を建てるために使わなければなりません。外側の技術には、一定量の模倣、真似がなければなりません。しかし内側の心理的模倣があるとき、確かに私たちは創造的であるのを止めるのです。私たちの教育、私たちの社会構造、私たちのいわゆる宗教生活は、すべて模倣に基づいているのです。すなわち私は特定の社会的または宗教的定式にはまりこむのです。私はほんとうの個人であるのを止めてしまったのです。心理的に私は、ヒンドウ-教徒のでもキリスト教徒のでも仏教徒のでもドイツ人のでもイギリス人のでも、一定の条件づけられた応答を持ったたんなる反復的機械になってしまったのです。私たちの応答は、東洋のでも西洋のでも、宗教的でも唯物的でも、社会の様式に応じて条件づけられているのです。それで社会の崩壊の基本的原因の一つは模倣です。そして崩壊する要因の一つは指導者です-その本質そのものが模倣です。
 崩壊する社会の本性を理解するためには、あなたと私が、個人が創造的でありうるかどうかを探究することが重要なのではないでしょうか。私たちは、模倣があるとき崩壊があるにちがいないということがわかります。権威があるとき真似があるにちがいありません。そして私たちの精神的、心理的成り立ち全体が権威に基づいているから、創造的であるには、権威からの自由がなければなりません。創造性の瞬間、それらのむしろ生き生きした興味のある幸せな瞬間には、反復の感覚がない、真似の感覚がないということに、あなたは気づいたことはないでしょうか。そういう瞬間はいつも新しく、新鮮で、創造的で、幸せなのです。それで私たちは、社会の崩壊の基本的原因の一つは真似ること-すなわち権威の崇拝-であるということが、わかるのです。
(´・(ェ)・`)つ

19:避難民のマジレスさん[]:2020/06/27(土) 22:49:19 ID:rPwgLfGQ0 [2/2]
くまめも1-3-6b
社会が崩壊しかけている基本的理由の一つは、個人が創造的であるのを止めたこと。
外側の技術には、一定量の模倣、真似がなければならない。しかし内側の心理的模倣があるとき、私たちは創造的であるのを止める。特定の社会的または宗教的定式にはまりこむ。個人であるのを止めてしまう。心理的に一定の条件づけられた応答を持った、たんなる反復的機械になってしまった。応答は、社会の様式に応じて条件づけられている。それで社会の崩壊の基本的原因の一つは模倣。
精神的、心理的成り立ち全体が権威に基づいているから、創造的であるには、権威からの自由がなければならない。創造性の瞬間、幸せな瞬間には、反復、真似の感覚がない。そういう瞬間はいつも新しく、新鮮で、創造的で、幸せ。それで、社会の崩壊の基本的原因の一つは真似ること-すなわち権威の崇拝-であるということが、わかる。
(´・(ェ)・`)

20:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/06/28(日) 22:37:25 ID:1d4drIFg0 [6/6]
社会は常に崩壊しかけているのじゃ。
それも人々が記憶に依存して同じ行ないばかりしているからなのじゃ。
常に新しい現実に対応できていないのじゃ。
常に死んだように静止しているのが社会なのじゃ。

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