鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2020/05/10(日)

鬼和尚に聞いてみるスレ part16
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1584893493/

322:避難民のマジレスさん[sage]:2020/05/10(日) 10:40:51 ID:kPnXy8HM0
「自由自在」とか言う言葉がありますが、何由来なんですかね。
仏教じゃないとすると儒教とかでしょうか

324:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/05/10(日) 22:01:05 ID:1d4drIFg0 [82/83]
>>322 自由自在とは昔の中国の禅の本にあるというのじゃ。
 本来の中国語の自由とはわがまま放題の意味なのじゃ。
 まだ仏教の伝わっていない後漢の頃に表れたのじゃ。
 それを宋のころに自らを拠り所にするという、お釈迦様の教えに沿った意味に変えたのじゃな。
 封建主義の国家にそれが広まるはずも無いのじゃ。

323:避難民のマジレスさん[]:2020/05/10(日) 21:52:36 ID:Pc3k1d920
鬼和尚様

虫1匹殺すのも、人を1人殺すのも罪は同じでしょうか?
よろしくお願いします。

325:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/05/10(日) 22:58:13 ID:1d4drIFg0 [83/83]
>>323 それは動機によるのじゃ。
 安楽死とかを頼まれて慈悲の心でころしたならば罪ではないのじゃ。
 虫一匹でも攻撃欲で殺せば罪なのじゃ。
 心にある動機が善悪を決めるのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】  52 
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1585172010/

365:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2020/05/10(日) 18:51:10.42 ID:scfLxpht
芸術家、アート系の人に反体制派の人がやたら多いのは何故ですか?
世界的に見ても芸術家は政治や権力者に楯突くのが伝統、みたいな風潮を感じます。
日本はアーティストに対して手厚く保護をする国では無さそうなので、余計にお上に文句がある人が多そうです。
あと芸術家は金持ちとかも嫌ってそう。
コロナ問題でライブハウスやイベントが自粛、活動を制限されてるアーティストが政府の無理解に怒りをぶつけてるようです。

問題は権力者に反抗し続けて彼らが幸せになれるのか?というところです。
芸術家はどこに行き着くんでしょうか?

367:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2020/05/10(日) 20:14:51.83 ID:R8MbNvXY
現在、検察官の定年を65歳に引き上げる法改正案に反対する声が数多く上がっていて
その理由として安倍政権の陰謀である(検察の私物化、政権の保身など)と唱える意見が多いです。

SNSなどで多くの人がそれに賛同していますが、鬼和尚はどの程度問題があるとお考えですか?
知られてしまっている時点で陰謀ではないと以前に話されていたので、今回も陰謀ではないんですか?

368:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2020/05/10(日) 22:31:28.16 ID:TOTQIW81
>>365 そのようにすれば金が儲かると思うからなのじゃ。
 政権に不満を持つ者は多いからのう。
 そのような不満を持つ者に商品が売れるのじゃ。

 幸せになれないのじゃ。
 自分を観なければ老病死に苦しんで死ぬだけなのじゃ。

>>367 特に問題は無いじゃろう。
 民間もその位で定年であるからのう。
 人にとっては老病死こそが問題なのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】80 
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1585267583/

510:マジレスさん[sage]:2020/05/10(日) 16:55:52.22 ID:DKemmieu
人はみな過去生で人を殺した事がある、という意見を見ました
人間に野蛮性があったとしても、罪悪感や良心や恐れがあるかぎり皆が人を殺した事があるとは想像できないのですがどうでしょう

512:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2020/05/10(日) 22:27:06.57 ID:dMIdeaiA
>>510 皆ということはないじゃろう。
 ずうっと虫だったという者も居るからのう。
 騙されてはいかんのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1560853465/l50

850:避難民のマジレスさん[]:2020/05/10(日) 00:09:06 ID:dcxeBd5E0 [5/6]
変化の緊要

   夢 1

質問者 私は専門家によって、夢を見ることは昼間の思考と活動と同じぐらい生命に関わるし、もしも私が夢を見なかったなら、私の日々の生活を大きな緊張とストレスのもとに(あると)気づくだろう、と言われてきました。ここで私は彼らの仲間内の言葉ではなく、私自身の言葉を使っているのですが、彼らは、眠りの一定の期間にまぶたの動きが、さわやかにしてくれる夢を表示するし、これらは頭脳に一定の明晰さをもたらすと主張するのです。私は、あなたがよく語ってこられた心の静けさは、夢の諸様式がもたらす平衡よりももっと大きな調和を生活にもたらすのかもしれない、と思っています。私はまた、夢の言語はなぜ象徴の一つであるのかを、訊ねたいようにも思うのです。

K 言語自体が象徴ですし、私たちは諸象徴に慣れています。私たちは、樹の象徴であるイメージをとおして樹を見るし、私たちは隣人について持っているイメージをとおしてその人を見るのです。イメージ、見解、結論はすべて象徴ですが、それらをとおさず何かを直接的に見ることは、明らかに、人間には最も困難なことの一つです。それで、夢のなかで諸象徴は大きな役割を果たすし、これには大きな欺瞞と危険があるのです。私たちは夢の意味は象徴にあると悟って、それらを解読しようとするけれども、その意味はいつも私たちに明らかであるのではないのです。私たちは、何かを見るとき、自発的にそれについて語るので、そのため言葉もまた象徴であることを認識しないほどなのです。このすべては、技術的事物には直接的伝達があるが、人間的な関係と理解にはめったにないことを、表示するでしょう。誰があなたを叩くとき、あなたに象徴は要りません。それは直接的伝達です。これはとても興味深い点なのです - 心は、ものごとを直接的に見るのを、言葉と象徴なしに自分自身に気づくのを、拒絶するのです。あなたは空は青いと言います。そのとき聞く人は、これを自分の青さの言及対象に応じて解読し、自分の暗号であなたに送信するのです。それで、私たちは諸象徴のなか生きるし、夢はこの象徴的過程の一部です。私たちは、象徴、言葉、先入観、結論なしの直接的で無媒介の知覚の能力がないのです。これの理由もまた全く明らかです。それは、防衛、抵抗、逃避、恐怖をもつ自己中心的活動の一部なのです。頭脳の活動には、暗号化された応答があるのです。そして、目覚めている時間に、私たちは直接的な応答や知覚の能力がないのだから、夢は自然と、象徴的であるにちがいないのです。

質問者 それではこれは頭脳の本来的機能であるように、私には見えるのです。

K 本来的とは、何か恒常で、必然的で、長続きするもの・こと、という意味です。確かにどんな心理的状態も、変化しうるのです。ただ、有機体の物理的安全に対する頭脳の深く常なる要求だけが、本来的なのです。象徴は、精神を保護するための頭脳の装置です。これが、思考の過程全体です。「私 ‘me’ 」は、現行ではなく、象徴です。「私 ‘me’ 」の象徴を造り出しておいて、思考は自分自身をその結論、定式と同定するし、そのときそれを防衛するのです。悲惨と悲しみのすべてが、これから来るのです。

質問者 それでは、私はどのようにそれを避けるのでしょうか。

K どう避けるのかを訊ねるとき、あなたはやはり「私 ‘me’ 」の象徴に取りすがっていますが、それは虚構です。あなたは、あなたの見るもの・ことから分離したものになるし、それで二元性が生ずるのです。

質問者 これを継続するために、また他の日に戻ってきてもいいでしょうか。
(´・(ェ)・`)つ

851:避難民のマジレスさん[]:2020/05/10(日) 00:10:58 ID:dcxeBd5E0 [6/6]
くまめも1

言語、イメージ、見解、結論はすべて象徴。それらをとおさず直接的に見ることは、人間には困難。夢のなかで諸象徴は大きな役割を果たす。これには大きな欺瞞と危険がある。夢の意味は象徴にあると悟って、それらを解読しようとするが、その意味は明らかでない。何かを見て、それについて語るが、言葉もまた象徴。技術的事物には直接的伝達があるが、人間的な関係と理解にはない。心は、ものごとを直接的に見るのを、言葉と象徴なしに気づくのを、拒絶する。諸象徴のなか生きるし、夢はこの象徴的過程の一部。象徴、言葉、先入観、結論なしの直接的で無媒介の知覚の能力がない。防衛、抵抗、逃避、恐怖をもつ自己中心的活動の一部。頭脳の活動には、暗号化された応答がある。目覚めている時間に、直接的な応答や知覚の能力がないから、夢は自然と、象徴的。
有機体の物理的安全に対する頭脳の深く常なる要求だけが、本来的。象徴は、精神を保護するための頭脳の装置。「私 ‘me’ 」は、現行ではなく、象徴。「私 ‘me’ 」の象徴を造り出しておいて、思考は自身をその結論、定式と同定するし、そのときそれを防衛する。悲惨と悲しみのすべてが、これから来る。
それをどう避けるのかを訊ねるとき、「私 ‘me’ 」の象徴に取りすがっているが、それは虚構。あなたは、見るもの・ことから分離したものになるし、それで二元性が生ずる。
(´・(ェ)・`)

852:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/05/10(日) 22:45:44 ID:1d4drIFg0 [340/340]
質問にあわせて自分の観念を象徴と呼ぶのじゃ。
人は自分という象徴を守ろうとしてさまざまな観念を作り出し、それが苦になるのじゃ。
それも自分という象徴があるという孤独や不安からの逃避として起こるものじゃ。
それが無ければ恐れも孤独も逃避も苦も無いのじゃ。

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