鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2020/03/23(月)

鬼和尚に聞いてみるスレ part15
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1571060959/

987:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 00:35:24 ID:6.ly3OQI0 [2/2]
>>986
ありがとうございます

988:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 02:15:07 ID:qHEvJZCs0 [2/2]
瞑想を何年も続けており、集中力や心の平穏など、とても恩恵を受けていますが、近頃、記憶力が悪くなったように感じます。また、言葉がうまく出てこなくなりました。
加えて、価値観、拘りが薄まってきたので、判断というものが、難しくなってきました。
瞑想によって、このような事は起きますか?
また、何か対策のようなものはありますか?

989:普通の者[]:2020/03/22(日) 13:47:07 ID:LDw7RhVo0 [84/88]
>>973
和尚様
私-私に集中していたとき、頭頂とハートとの通路がくっきりと繋がったのを目の当たりにしました。それは、頭とハートを結ぶサマーディと表現すればよいのでしょうか。
頭のところに根っ子のようなものがあるとわかっていましたが、それが通路だったようです。この通路が永久に開かれるとき、悟りがやってくるのでしょう、マハルシもそれを話しています。

999:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/03/23(月) 00:15:32 ID:1d4drIFg0 [259/261]
>>987 どういたしまして、またおいでなさい。

>>988 瞑想によってそのようなことは起きないのじゃ。
 集中力があがってさまざまな能力もあがっていくのじゃ。

 それは腸がわるいからかもしれん。
 腸脳相関により腸の不調が脳にくるのじゃ。
 半断食とか一日断食をしてみるのじゃ。
 下剤をのんで腸の大掃除をするのじゃ。
 常に便通があれば脳も衰えないのじゃ。
 月一回ぐらいはやってみるとよいのじゃ。

>>989 自分が観れて認識も滅すれば悟りはやってくるじゃろう。
 途中に起こるさまざまな体験に囚われず精進あるのみなのじゃ。
 囚われずに進むのじゃ。

992:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 17:59:14 ID:Tz8x9pu20 [3/4]
>>985
鬼和尚さま

ありがとうございます。
そのように言っていただき気持ちが落ち着きました。迷わず、自分に合った道を進んでいこうと思います。

本も教えていただきありがとうございます。
読んで実践してみます!

994:普通の者[]:2020/03/22(日) 18:26:17 ID:LDw7RhVo0 [87/88]
和尚様
意識が膨らみ、ゆっくりと身体の外に広がっていきます。いよいよ、来るべきものがやってきたということでしょうか。ですが、もはや、そのようなことはどうでもよくなってしまいました、というよりも、お好きなように、まな板の鯉の気分ですね(笑)

995:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 19:18:52 ID:XLfKnmcw0 [37/37]
鬼和尚様

井上義衍さんの本に

釈尊もかつてはこれらの教えに従って修行された、しかしもっぱらこれで満足が出来なかったのである。それ故に、最終的に人生に於ける苦の根源たる心意識を離れて事実の有ることを知られ、遂に心意識を放下しこれに徹底なされ、心意識以前の堂々たる実相自体が実相を自覚し、はじめて苦悩の根元を知りはじめより苦悩なき自性の真相を得られ、初めて理想としておられた事実に徹し満足を得られた、これが真の救いである。これを無上道とも言う。

とあるのですが心意識以前の実相を自覚するっていうのは悟った人がよく例えで言う眠りから覚めるというやつですか?

1000:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/03/23(月) 00:19:00 ID:1d4drIFg0 [260/261]
>>992 そうじゃ、自他の利益を追求するのじゃ。
 またおいでなさい。

>>994 識無辺定に入ったのかもしれん。
 更に精進あるのみなのじゃ。

>>995 そうじゃ、観念の眠りから覚めたのじゃ。
 心意識が創る観念から覚めることなのじゃ。
 そうすれば観念の無い実相の世界が観られるのじゃ。
 それが理解できるまで精進あるのみなのじゃ。

996:977[sage]:2020/03/22(日) 19:30:56 ID:Wz2JKSiM0
>>985
鬼和尚さん、ありがとうございます。

体に感覚がなくなったと想定してみたのですが、自分はまだいました。
そして、私は体の記憶に頼っていることに気づきました。
何故かというと、体の感覚がなくなっても体の中に自分がいて、体が動かなければ自分は動けないと思っているからです。

そもそも視覚もなくなれば、動くという観念がなくなる気がしますが、世界を視覚で捉えていた記憶があるので、世界の中を動けなくなることや、世界を認識できなくなってしまうことをつまらないと思ってしまいました。
だから、自分がまだいるのかもしれません。

体の感覚の記憶と体で認識していた世界の記憶があるから、執着するのでしょうか?
こういう執着はどうしたら良いのですか?

997:普通の者[]:2020/03/22(日) 19:57:39 ID:LDw7RhVo0 [88/88]
>>994
どうやら、心がハートに釘付けになり、エネルギーの漏れがないので、心を容易くコントロールできるようになった模様です。痛みを完全に消し去ることなど、凄まじいパワーが湧いてきます。解脱の通路が永久に開かれたと感じています。世界が変わってしまいました。

998:避難民のマジレスさん[sage]:2020/03/22(日) 21:19:51 ID:h5P9mv0k0 [34/34]
鬼和尚ありがとうございます。

たしかに為替損益はリスクですね。
ただ、日経平均のチャートより米国の指数の方が圧倒的なのは疑いようがないので
リスク込みで円建てSP500指数連動型の投資信託を積み立ててみようかと考えています。
どの国の市場でも暴落は起きますが、何度でも復活して立ち上がるアメリカの強さは魅力的です。
また新しいイノベーションが生まれやすい風土にも注目しています。

ちなみに「日本に住んでいるのなら円を積み立てるべし」というお考えですか?
世界の基軸通貨であるドルを持たず、円だけを持つことの危険性を論じた記事を読んだことがあります。
日本政府も巨額の財政赤字を抱えていると聞きます。
それでもリスクを負ってまでドルを持つ必要はない、というお考えなのでしょうか?

1001:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/03/23(月) 00:31:35 ID:1d4drIFg0 [261/261]
>>996 それもまたありのままに観察すれば善いのじゃ。
 執着があるならば執着があると観察するのじゃ。
 そうすれば滅するのじゃ。
 記憶も感覚も全てありのままに観察するだけで善いのじゃ。
 そうすれば悟りも向こうからやってくるのじゃ。

>>997 それにも囚われずに精進あるのみなのじゃ。
 日々の精進によって悟りも訪れるのじゃ。

>>998 円は積まなくてよいのじゃ。
 ただリスクを増やすべきではないのじゃ。
 投資は基本的にリスクとリターンの差で稼ぐものじゃ。
 リスクをできるかぎり少なくすることが大事なのじゃ。
 そしてリターンをできるかぎり大きくすることで利益を得られるのじゃ。

 50%の確率で101%のリターンが得られるならば、投資するべきなのじゃ。
 何度か失敗しても投資し続けていれば稼げるのじゃ。
 この微妙なバランスを理解できないといつか投資に失敗して市場からさることになるのじゃ。
 何らかの手段で1%のリスクを回避できるならばそうすべきなのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】51
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1573282738/

950:934[sage]:2020/03/22(日) 06:59:13.65 ID:bELYruho
>>936
>>948
ありがとうございます。

951:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2020/03/22(日) 21:20:35.37 ID:KbQsU2Em
惑星にも寿命があり、いつかは地球も命尽きて消え去る日が来るのでしょうが、
地球が無くなる前に人類が絶命して滅ぶ可能性は高いですか?

地球と人類、どちらが先に滅ぶのか?
人類が先に滅んだ方が地球があるべき姿を取り戻し、生態系には良い影響が生まれるのでしょうか?

または人類が生存しようが死滅しようが、自然には何の影響も与えないのでしょうか。

954:おさかなくわえた名無しさん[]:2020/03/22(日) 21:40:07.97 ID:WdCJhwRO
鬼和尚、悟った人でもお腹はすくんですか?

955:おさかなくわえた名無しさん[]:2020/03/22(日) 22:20:14.06 ID:AVb90tRR
鬼和尚!イタリアでコロナがやばいです!
変異して強毒化したという話もあります!
そうなんでしょうか!!!???
これは日本もピンチですか???

959:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2020/03/23(月) 00:37:15.44 ID:A4m6ifJ+
>>950 実践在るのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>951 地球も消え去るじゃろう。

 人類が先に滅ぶ可能性が高いじゃろう。

 生物の種類は増えるかもしれん。
 大きな影響があったのじゃ。
 多くの種類の生物を絶滅させてしまったのじゃ。

>>954 空くのじゃ。
 しかし食べないことも出来るのじゃ。
 自在なのじゃ。

>>955 変異も在るじゃろう。
 環境も悪いのじゃろう。
 日本はそれほど流行しないじゃろう。
 幕末とか明治にもコレラやペストが流行したが、大丈夫だったのじゃ。
 自分で免疫を強くする西式健康法とかをするとよいのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】79
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1580459078/

977:太上天君[]:2020/03/22(日) 20:29:10.42 ID:K0Frg12m
鬼和尚よ、ぬしゃあお釈迦様と同じ無上正等正覚は無じゃったのか?
つまり何も得てないということか。
悟ったというのは何も得てないことじゃったのか?
すると悟ってなくて何も得てないのと、それはまったく同じか?少し違いがあるのか?

ハキハキ答えよ!!!

はふんはふんおふんおふん。

980:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2020/03/23(月) 00:38:43.52 ID:04iZlq2w
>>977 全てを捨てて何も得ないことが無上正等正覚なのじゃ。
 悟っていない者は観念を得ているのじゃ。
 持ち運んでいるのじゃ。
 それもまた無であるがのう。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1560853465/l50

682:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 09:46:27 ID:3RfGJzf60
変化の緊要

   葛藤 1

質問者 私は私自身が身のまわりのあらゆるものごとと、たいへん多くの葛藤にあるのを見ます。そしてまた、私のなかのあゆるものごとも、葛藤にあるのです。人々は聖なる秩序について語ってきました。自然は調和的です。人間はこの秩序を侵犯し、他の者たちと自分自身のためにこんなに多くの悲惨を造るただ一つの動物であるように、思われます。私が朝目覚めるとき、窓から小さな鳥たちが互いに争っているのが見えます。しかし、彼らはすぐに別れて飛び去ります。ところが、私は私自身と他の者たちとのこの戦争を、すべてのときに私の内側に持ちはこぶのです。それからの逃避はないのです。私はいったい私自身と平和でありうるのかどうかと思うのです。私は身のまわりのあらゆるものごとと私自身と完全な調和にありたいように思うと言わなければなりません。この窓から静かな海と水面の光を見ると、自分自身と世界とのこれら終わりなきけんかのない生き方があるにちがいない、と自分自身のなかに深い感じがするのです。いったいどこかに調和があるのでしょうか。それとも、はてしなく続く無秩序があるだけなのでしょうか。秩序があるのなら、それはどのような水準に存在しうるのでしょうか。それともそれは、燃える谷がけっして知りえないどこか山の頂にのみ存在するのでしょうか。

K 一つからもう一つへ行けるでしょうか。有るものからないものへ変化できるでしょうか。不調和は調和へ変容できるでしょうか。

質問者 それでは葛藤は必然なのでしょうか。おそらくそれは、つまるところ、ものごとの自然の秩序であるかもしれません。

K もしもそれを受け入れたなら、社会が表し支えるものごとすべてを受け入れなくてはならないでしょう - 戦争、野心的競争、攻撃的な生の道 - いわゆる聖地の内側と外側での、人々の残忍な暴力のすべてを。これは自然でしょうか。これは統一をもたらすでしょうか。私たちは、これら二つの所作 - 錯綜した格闘すべてをともなう葛藤という所作と、心が秩序、調和、平和、美しさ、愛を要求するという所作 - を、考慮するほうがよいのではないでしょうか。

質問者 私は秩序について何も知りません。私はそれを天に、季節に、宇宙の数学的秩序に見るのです。しかし、それは私自身の心と頭に秩序を与えてくれません。数学の絶対的秩序は、私の秩序ではないのです。私は秩序を持ちません。私は深い無秩序にあるのです。私は、政治的ユートピアと宗教的天国のいわゆる完全性に向かう段階的進化というさまざまな理論があるのを、知っています。しかし、これは私を現にいるところに残すのです。世界はおそらく、いまから一万年で完全になっているかもしれませんが、その間、私は地獄にあるのです。

K 私たちは私たち自身と社会の無秩序を見ます。どちらもとても複雑です。本当は答えはないのです。このすべてをよく気をつけて検討し、親しく分析し、自分自身と社会の無秩序の諸原因を探し、それらを光に晒し、おそらく、心はそれらから解き放たれて自由になるだろうと信じることもできます。この分析的過程は、ほとんどの人々が賢明にまやは暗愚にやっているところですが、それでは誰もあまりに遠く行きません。人間は何千何万年の間、自分自身を分析してきて、文学の他、何の成果をも生み出していないのです。多くの聖者は、諸概念と思想的監獄のなか自分自身を麻痺させてきたのです。彼らもまた葛藤にあるのです。私たちの葛藤の原因は、願望のこの果てしなくつづく二元性です - 妬み、羨み、貪欲、野心、攻撃、恐怖、その他すべてを造り出す諸対極の終わりなき回廊です。ここで私は、この問題にはまるで違った接近がないのだろうかと思うのです。この格闘の受け入れと、それを抜け出すための私たちの努力すべては、伝統的になったのです。接近全体が伝統的なのです。この伝統的接近のなか心は作動しますが、心の伝統的接近はもっと多くの無秩序を造り出すのです。それで、問題はいかに無秩序を終わらせるのかではなく、むしろ、心は伝統を免れて自由にそれを見つめられるのかです。そのときおそらく、全く問題はないのかもしれません。

質問者 全く付いていけません。

(´・(ェ)・`)つ

683:避難民のマジレスさん[]:2020/03/22(日) 11:43:36 ID:D8qZy99Q0
くまめも1

もしも葛藤は必然、ものごとの自然の秩序であると受け入れたなら、社会が表し支えるものごとすべてを受け入れなくてはならない。 - 戦争、野心的競争、攻撃的な生の道 - いわゆる聖地の内側と外側での、人々の残忍な暴力のすべてを。
錯綜した格闘すべてをともなう葛藤という所作と、心が秩序、調和、平和、美しさ、愛を要求するという所作 - この二つの所作を、考慮するほうがよいのではないか。
私たち自身と社会の無秩序を検討し、分析し、自分自身と社会の無秩序の諸原因を探し、心はそれらから解き放たれて自由にろうとしても、文学の他、何の成果をも生み出していない。
多くの聖者は、諸概念と思想的監獄のなか自分自身を麻痺させてきた。
私たちの葛藤の原因は、願望のこの果てしなくつづく二元性。 - 妬み、羨み、貪欲、野心、攻撃、恐怖、その他すべらてを造り出す諸対極の終わりなき回廊。
この問題にはまるで違った接近がないのか。
伝統的接近のなか心は作動するが、心の伝統的接近はもっと多くの無秩序を造り出す。
問題はいかに無秩序を終わらせるのかではなく、むしろ、心は伝統を免れて自由にそれを見つめられるのか。
そのときおそらく、全く問題はないのかもしれない。
(´・(ェ)・`)

684:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2020/03/23(月) 00:42:58 ID:1d4drIFg0 [287/287]
自らの心に葛藤や無秩序があってもそれを終わらそうとしなくて善いのじゃ。
終わらそうとすればそれがまた新たな葛藤と無秩序を生み出すのじゃ。
ただ自由に見つめるだけで消えるとクリシュナムルティはいうのじゃ。
その時にはもはや全く問題は無いというのじゃ。
ただ観ることさえできればそれらは刹那に滅するのであるからのう。
そして沈黙が在るのじゃ。

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