学徒保健上の諸問題 西勝造

西奨学会座談会速記録

学徒保健上の諸問題

昭和23年2月16日

於 藤沢市湘南中学校

主催 財団法人 西奨学会

出席者(ABC順)

明治大学教授 西医学健康法創始者 西 勝造

湘南中学教官 藤原 俊彦

厚木中学教官 濱田 靖一

大野第三小学校校長 長谷川 康雄

湘南中学教官 市ノ瀬 正毅

平塚高女校長 香川 幹一

湘南中学教官 西山 喜久夫

県体育課長 佐藤 秀三郎

湘南中学教官 齋藤 忠

湘南中学教官 関根 善之助

湘南中学教官 田中 正道

本部側{ 谷 常務理事 土屋 主事 杉山 編集主任

一、西奨学会の創立

司会 只今から健康教育に関する座談会を開会いたします。僭越でありますが、土屋が本日の司会を勤めさせていただきます。

実は、先般、明治大学教授西勝造先生が、教育の機会均等、教育の民主化の実現のため、財団法人西奨学会の設立を文部省に申請しましたところ、去る2月4日付をもって文部大臣から認可になりました。そこで、将来、全国の主として大学、高専、中等学校の学生、生徒に向かって、運動を展開するのでありますが、まずこの財団法人西奨学会創立記念事業第一歩は、西先生の誕生地たる神奈川県から出発したいと考えましてこの会を催した次第であります。最初に谷常務理事から西奨学会について概略ご説明を願うことにいたします。

 特にご多忙のところを、わざわざ本会のために時間をお割きいただきましたことを、主催者側として厚く御礼申し上げます。

さて財団法人西奨学会は、革新日本を世界的な文化国家として建設するということで、我々はこれから多大なる努力をしなければならぬのであります。

二、健康第一

然して第一は健康でありまして、その次は教育であるということは、私教員生活を24年もいたしまして痛感しており、また皆さん現にその衝に当たっておられる方々ですからよくご認識のことと思いますが、特に優秀な人間をつくるということが急務と思います。西洋の言葉には「健全なる精神は健全な身体に宿る」と言われておりますが、日本人にはこれが実現しなかったと思うのであります。才子多病とか申しまして、頭脳の秀れた者はたいてい体が弱いというのが従来の状態であったと思うのであります。せっかく立派な天稟を持ちながらも、身体が病弱なために学問することもできない。学校に入って専門学校大学と進んだけれども病弱のために途中で学業を投げ捨てて、その目的が達せられないというような者が、今まで数知れずあったと思います。これはいろいろの関係もあると思いますが、この点に関する施設が欠けておったことが大きな因子となっておったということは争われない事実と思います。そこでこれを大いに是正して、優秀な人間、偉大な人間を日本に沢山つくりあげてこの更生日本の発展に努めていかなければならぬと思うのです。

三、西奨学会の趣旨と目的

西先生はその念願として、世界人類に貢献せられるという崇高な立場から、最も現代に必要な教育、特にこの教育の方面で病弱な学徒を救済する事業のないことを非常にご心配になりまして、この趣旨において西奨学会を立案され、文部省に出願されたのであります。文部省としてはこれに非常に共鳴されまして、西先生のような方に、今まで日本になかったこの仕事を速やかに完成するように、大いにお願いしたいものだということで、非常な激励と好意とを寄せられたのであります。文部省としては大日本育英会がありますが、厚生の方面には何の活動もしていないので、これは西奨学会のほうでやってもらいたいというようなことも申されております。

このような趣旨のもとに本会はでき上がったのでありますが、とにかく優秀な才能を持ちながら、病弱のためにその目的が達せられないという者の身体を強健にして、もし学資のない者には、その援助もしてやる。そしてその人間を完成していくというのが第一の目的であります。それがためには各教育団体、学校方面に向かって講演、講習をする。あるいは奨学会館を建設いたしまして、そこに健康に関する各種の設備をして、そこを虚弱な者、病弱な者を健康にする道場にする、あるいは研究する場所にするというようなこともその中の一つの仕事にしております。そのほか健康に関するパンフレット、リーフレットをつくって配布するようなこともやるつもりであります。この仕事には、ここにおられる土屋主事が万事実際のことに当たられることになっております。

大体以上の趣旨と目的でありますから、この先生のご意向を十分ご了解くださいまして、今後この方面でどうか十分ご利用くださいまして、とにかく今までの日本の欠陥の一つを補正し、そうして一日も早く文化国家を完成するように努めたい念願でございます。どうかよろしくお願いいたします。

四、西奨学会の発足はぜひ西先生の出生地で

司会 それではいよいよ本論に入りますが、本日こちらでこの会を催すことを計画いたしました理由を簡単に申し上げたいと思います。

およそ物事をなしますときには、「時・所・位」という3つのことを考えなければならぬ。まず「時」の問題でありますが、どういう訳で本日開くようになったかと申しますと、昨年来西先生が、ご自分の生まれ故郷であるところ神奈川県の各学校方面で講演を頼まれまして、横浜市、鎌倉市、高座郡、愛甲郡、藤沢市、中郡、津久井郡、そういう方面の各学校を講演してまわられたのであります。私どもそのお供をして参りましたが、そこに健康教育、衛生教育、広い意味の体育の方面において、いろいろの問題があるように思われたのであります。そこで今日の会は、昭和22年度の西先生の神奈川県下における学校講演会のしめくくりの会であると同時に、来るべき昭和23年度の本県下の学校衛生教育、健康教育、あるいは体位向上、そういう方面の出発点とする会たらしめたい、そういう意味合におきまして本日開きました次第であります。

次に「所」として会場をここに選んだ理由は、ご承知の通り、湘南中学は神奈川県下の体育方面でナンバーワンの学校である。お話を承りますと、蹴玉とか水泳とか、あるいは籠球、排球、野球等々、競技種目8種目の中で5番目を連年優勝を続けておられるという学校であります。そこには必ずそうさせる所以と申しますか、その理由があるのじゃないか。そういうものをこの学校の各運動部の部長さん、あるいは体操教官その他の方々にご出席を願いまして、この問題を研究し、この座談会によって得た結論が天下に発表されるならば非常に仕合せではないか。特に昨年の夏でございましたが、こちらの学校にお伺いしましたときに、当時この学校創立以来の校長さんでありました赤木先生が頗るご健在でありまして、長い間の非常なご苦労、ご経営のお話を承ったのであります。最近の情況によりますと、赤木先生は二十有七年間の間のこちらの校長さんをご退職になられたようで、その謦咳に接することができないことを私ども非常に残念に思っておりますけれども、しかしながらその赤木先生の永年育成されました精神は、あとの先生の皆さんによって、将来必ずや、さらにさらに盛んに発展していくのであろうと、かように私ども推察しておるわけであります。

五、神奈川県下体育関係有力者の会合を望んで

さて第三の「人」の問題─本日の出席者の問題でありますが、これは今の「所」の問題と関連して、少なくとも湘南中学の先生方は、そういう意味合において、おのおの一騎当千のそれぞれの面における権威者であられる。それに加えて、県立平塚高女の香川校長さん、県立厚木中学の濱田先生。それから高座郡相模原町を代表されて大野第三小学校の長谷川校長さん。なおまだお見えになりませんが、県の学務課長さんにも佐藤先生を通じて連絡済みでございます。それから県下全般の体育の総取締と申しますか、指導監督の任に当たられる佐藤先生。こう考えますと、人数はきわめて少ないのでございますが、時といい所といい、ここに集まるところの先生方のご経歴、ご地位というものから考えまして、本日の座談会はかねてご案内申し上げましたように、今後の神奈川県下の学校における健康教育、衛生教育、広い意味の体育方面に相当効果をもたらす出発点になるのではないかと、私ども非常な期待をもってご参集を願った、こういう次第であります。

六、清水はむしろ生のままで飲んだほうがよくはないか

そこでいよいよ本論にはいりますが、昨年の夏、高座郡の相模原町、荒磯小学校と中学校の合同講演会に西先生が参りましたとき、そこの小学校の飯島という先生がこういうことを言われたのであります。「私の学級で先日自治会を開いた、ところがその席上において、たまたま水を飲むという問題が議題になったが、その採決に困った、というのは、学級の大体半数は水は飲んだほうがいいという意見をもっておる、しかしあとの半数は伝染病がこの村にはあるから水は飲まないほうがいいと言う、これははたして水を飲めと言ったほうがいいのか、飲むなと言ったほうがいいのかまことに困った」と述懐されたのであります。この問題はただに荒磯小学校の問題だけでなく、神奈川県下のどこの学校へ参りましても問題になるのであります。しかるに西先生は22年来、水を飲めということを奨励しておるのであります。たまたまそういうことがありまして、こちらの湘南中学へ参りましたところが、赤木校長さんのお話では「水を飲む問題について私は深いことは知らないけれども、とにかく生徒があれだけ運動して汗をかいて、のどが渇いておるのに水を飲ませないのは不合理である。だから私は校門の入り口、その他各所に、生徒が自由に水を飲めるような施設をした」ということでありました。私はその時、西先生が22年来唱えておられることがこの湘南中学校の学校経営の面に実際に発見されたと考えて、非常に喜んだのであります。その後、これは私事にわたりますけれども、私の子供がこちらの学校にご厄介になっておりますので、その父兄会に出ましたところが、こちらの後援会の会計報告の数字を見ますと、約10万円の予算の中に水道費9千円というものが計上されておるのを拝見しまして、なるほどこちらの学校では、生徒に水を飲ませることについての予算を持ち、先生方が奨励されておるのだという認識をしたのであります。そういうわけで水の問題を第一に取り上げたのでありますけれども、その点につきまして当校の先生方からお話を願いたいと考えます。どうぞ…………。

市ノ瀬 実際問題として生徒は水を飲んでおりますね。

藤原 水道ですから消毒されていて、黴菌などの心配はないんじゃないかと思いますね。生徒は実によく水を飲むのです。それだけ汗をかきますからね。この頃は寒いから、うんと寒い日は時々お湯を沸かして弁当のときに飲ませておりますが、薪の関係でなかなかできませんので、普通の日は水です。水によって伝染病が出たとか身体が弱くなったというようなことは一度も聞いたことがありませんですね。

司会 先ほど私が申しました水道費の9千円は今もお話の水を飲むほうに使われておるわけですか。

藤原 水道の設備費です。

市ノ瀬 去年だいぶ壊れたから、藤原先生が中心になってつくりました。

七、生水中の黴菌は衛生上どう考えられるか

藤原 運動をやっておりますと生徒は水を欲しがる。前は井戸であったが、井戸の水は多少なりとも黴菌があるし、他のものが入るおそれがありますので、水道にしてしまった。そうして手近で水を飲めるように、講堂の前や、運動場に近いところに水飲場をつくりました。向こうの体育館の近所にもつくってあります。それから不思議なもので、水泳をやっておっても水を飲むのですね。

関根 西先生の水を飲むというのは井戸の水ですか、水道の水を主に考えていらっしゃるのですか。

司会 では西先生に水を飲む問題についてお話していただきましょうか。

西山 その前に、水を飲むというのは水でなくちゃならないので、お湯ではいけないのじゃないか。西先生のおっしゃる水というのは、お湯ではなくて、冷い水というように考えますが、その点はいかがでしょうか。

司会 他に水についてご意見がありましたら、この際おっしゃっていただきたいと思います。

藤原 私は水というのは水分という意味に解釈しておりますが。

香川 生徒は湯を飲みたがらないですね。がぶがぶと水を飲む。それを禁止するようなことは一回もないのですがね。僕は20年もここにおるが、水はいい加減に飲めとか止めよとかいうようなことを言ったことはない。

司会 ここの生徒は盛んに水を飲んでおるが、藤原先生のお話のように伝染病も出ないし、問題はないということですが、しかし神奈川県下の各学校を回りますと、「水を飲むな」ということが奨励されております。この学校へ来ると水を飲め、大いに飲んだほうがいいということなので、これは実に重大な問題です。

藤原 奨めたわけではないが、自然に飲むのですね。

 家庭でも飲んでおりますか。

香川 私のところは私も倅も代々蹴球をやっておりますががぶがぶやっております。井戸です。

藤原 私も、冬はお茶を飲みますが、春から夏は毎朝やかんに1杯くらい水を飲むのです。これはいいからとか悪いからとかではなく、飲みたいのですね。

香川 要求なんだね。

藤原 実に小便もよくするが、水も実によく飲むのです。じゃ我慢したらできるかというと、富士山なんか登るときは一遍も水を飲まない。人に水をくれてやるくらいにして登って行かられるのですが、普段はとてもよく水を飲むのです。

八、生水飲用禁止の県のお達

長谷川 小学校関係では大正7年ごろに県の学校衛生課という方面から、井戸の生水を飲ませるなという、きついお達しがあったわけです。それは水分をとらせるなということではないのですから、お湯にして与えるというので、特別の経費を役場のほうから出して湯を与えたものです。その大正7、8年ごろに小学校の教育を受けた者が現在37、8から40がらみの先生になっておるので、生水は伝染病の媒介であるという観念が非常に強く、その関係から、先程の荒磯の小学校のお話のように、生水を飲んでいいと言っておる小学校は少なく、県下で生水を飲んでいいと言っておる小学校はおそらくは一校もないと思います。

司会 どこへ行きましても水は飲むなと言う。片方で西先生は水は飲めと言う。この座談会でも、こちらの学校では今のお話のように、現実に飲みたいのだから水を飲ませると言うのですが、しかしなかなか飲ませない学校が実際の情況ですね。

九、生水飲用上の諸問題

関根 私は水の専門じゃないが、人間は運動したときとか、身体を使ったときは非常に水を希望します。そういうときはどんなに水を飲んでも構わない。運動しなくて水を要求しないときに、水道の水ならともかく、生水を飲むのは悪いというように認めるのがよい。この点はどうですか。たとえば軍隊なんかで支那のあたりへ行って、猛烈に活動して水を希望するときは、少しぐらい汚い水を飲んでも何ともない。しかし僕らみたいに遊んでおる者が、井戸の有機物の多い水を飲むのは、誰が考えてもいけないのだというように考えるが…………。

藤原 しかしどんな丈夫な者でも、支那みたいな水の質の悪いものを飲んだらだめです。だから飲めなんてことは言わない。濾水器などを用いる。戦闘中は仕様がないから飲んでしまうが…………。

関根 非常に水を希望しておるときは、少し位悪い水でも飲むのは悪いことではないと考えますがね。

藤原 私はやはりそうじゃない。日本は昔から水の質はいいのですけれども、しかし公衆衛生的な観念がないものだから、井戸の周りにどぶがあったり、綺麗な川の上のほうで洗濯してしまったり、そういうことだから生水を飲むなと言ったほうが、伝染病や何かの予防の見地からは都合がいいので、それでそうしたのではないかと思います。ところがそれが観念的になっておるのじゃないかと思うのですね。消毒されたいい水だったら、要求するならば飲ませるのが当たり前じゃないかと思いますね…………。

司会 ではこの辺で西先生から…………。

十、飲みたい水を飲むことは真理に叶う

西 私自身の体験を申しますと、幼少の時から弱くて、のべつに下痢をするので、当時平塚の杏雲堂分院の佐々木院長──東京に本院があった──が、絶対に水を飲んではいけないと言われた。それで言われる通りに3年間守ったが治らない。そこで私は飲みたいのだから飲むべきだというので、初めは無茶に飲んだわけです。ところがだんだん人にも奨めるというについては学問的に研究しなければいけないということから、遂に学問的にこれを完成したのです。今でこそ宮様も平民になられたのですが、当時は宮家に入ることなどなかなか容易なことでない、そして宮内省の医者連中が猛烈に反対するのを、私が学問的に説得して、結局皆様方が飲まれるようになったのです。ですから、学問的なお話はここではどうかと思いますが、立派な根拠があるのです。そこには常識として、どんな水でもいいということは言わないのですけれども、

十一、生体に及ぼす黴菌の作用についての見解は大いに改めねばならぬ

今度は一歩進んで、黴菌と言う問題についてたいへんな行違いがあるのです。そこに私のたいへん苦しいところがある。従来の医学常識と私の説と根本において違っておるですから…………。

それゆえに今回25万円の懸賞問題を全国的に普及している新聞に出したのです。大阪では毎日新聞が二段抜きで端から端まで全部載せてくれました。ところが東京朝日新聞には断られたのです。この懸賞問題の学説発表について去る1月22日大阪の中之島公会堂で講演したときは、土屋主事も行きましたが、階上階下ともいっぱいの超満員でありました。そこへ4名のMPが来ておりまして、一人は日本人の二世でしたが、「我々は講演会の保護に来たのだからどんどん講演をやってくれ」ということでした。そしてあとで係りの者に、どういうことだ、というので、こういう講演だと、懸賞問題の内容を発表したのです。それがMPの本部の方へ通信されて毎日新聞に対して英文毎日に記事としてこれを書けということで、1月26日の英文毎日には私の写真とともに懸賞問題が英文で記事として大々的に載っております。

そういうわけで、5つの問題は1つ1つ医学の革命的なものですが、その中にこういう問題があります。第3問において「手とか足とかに怪我をしたとき、とりあえず血の飛ばない程度に包帯して、頭上高く上げて微振動すれば治る。その際、消毒する必要も縫う必要もない。これを実験して証明した人には5万円差し上げます」というのです。この第3問の理論は第1問です。現代の医学では心臓をポンプとしておる、ところが私はタンクであると主張するのです。これは今の世界の医学の説をひっくり返す説なのです。だから心臓がポンプならポンプで差し支えないから、そのポンプたることを計算でもって証明していただければ5万円差し上げるというのが第1問です。つまり医学の教科書から心臓はポンプだという言葉を省いてもらいたいというのが私の主張なのです。これについては既に50通ばかり手紙が来ておりまして、静岡県下のある工学博士の方は、微分、積分で100枚にわたって書き立てておられます。

それからこれは今回の問題には出さなかったのですが、第2期の問題として出す予定のものに、コレラ菌を飲んでもあとで水を飲めば治るというものです。だから根本が違うのです。水を飲めば黴菌は体内で殖えないというのがたいへんな違いです。私はコレラ菌を皆さんの前で飲んでお見せしますということをよく医師会の会合の席上で言うたものですが、つまり刺身というものは、鯛の刺身にしても何にしても、分析してみれば一つも我々に害を与えるものはない。しかしこれを50人前も食べたらどんな人でも吐いたり、下したりする。そこでコレラ菌も、これは我々の眼では見えない。顕微鏡的なものでありますけれども、これは1匹が腸内に入りますと、20分間して2匹となり、更に20分間で4匹となります。これは「人と微生物のたたかい」という、文部省から出ておる新制中学の教科書にも書いてありますが、一昼夜にして72回分裂して、4.7に零を20付けたものになると教科書に書いてあります。それを目方にすると7千tです。眼に見えないようなものが1匹腹の中に飛び込んだのが、腸の中で14、5時間すると、刺身を40人前も50人前も食べたものと何ら変わらない量に殖えることになる。言い換えると、それはコレラ菌の過食なのです。だからコレラ菌が毒ではない。過食が害をするのだ。だから根本において学説の相違なのです。それは今日のお話ではなくて、医学に対する見方の根本方針が違っておるということを申したのですが、そこで5つの問題を提出して、天下に私の所信の一端を問うことになったわけです。これから第2問、第3問という具合になっていくわけであります。

十三、生水飲用に関する科学的考察

さて水を飲むということにつきましては、甚だ僭越でありますけれども学問的に申しますと、常に我々の身体の中には一酸化炭素が発生する、この一酸化炭素が我々生体には害を与えますからアミノ基で連れ出すというのが原則になっております。この生成物を尿素と名付けております。一日に尿素を30-40g尿道を経て外へ排泄しなかったら、私どもが尿毒症になることは当たり前であります。この尿素と共にアンモニヤもつくっておることも事実であります。この尿素が時々刻々製造されて、1日に30-40g、と申しますと茶匙に7、8杯になります。これを精製結晶したものはアスピリンみたいな綺麗なものです。ところが今申し上げましたように、20分間毎に倍加するようなコレラ菌が腹中に入りますと、これはコレラ菌の過食でありますから、増加しても一部は殺菌されては行きますが、遂には身体に障害を与えるようになると直ちにそこで吐いたり下したりする。というのは我々の生命の維持という方面から、黴菌を口から出すか、肛門から排泄するかします。そうするとそのとき何を失うかというと、水分です。多量の水分を失う。そしてそこに現れるものは何かというと、尿毒症の患者の血液中にいつも存在するグアニヂンという恐ろしい毒物である。これはアメリカ医学あたりも証明しております。このグアニヂンは塩基性アミンであります。このグアニヂン中毒を起こしてしまうものですから、これで尿毒症に冒されて生命に関します。では何によってこの水分が逃げるかと申しますと、主として下すとか吐くとかいうことであります。発汗に関しては、これは水分だけでなくて他の重大な成分を失いますから、発汗で水分を失うということは他に考えなければなりません。ただコレラのように熱が無くて吐いたり下したりするという場合にたとえグアニヂンが生成されたところで、私どもの生体は20時間以内に水を飲めばよろしい。

十四、吐瀉に関する限り絶対に水を飲まなければならぬ

ここに至って吐瀉に関する限り、絶対に水を飲まないということは、みすみす衰弱していくということになるのです。しかし今までこういう学説を吐いた人は一人もない。どの医書をご覧なすってもありません。とにかく尿毒症になった者の血液なり肝臓組織中にグアニヂンが存在するのだ。グアニヂンはこういう理由なるが故に水を飲めという説は今までにない。ですから私としても、一般の人はもちろん専門家にこれを理解せしめるのに困っているのです。

十五、発汗は水を飲むだけでは足らぬ

次は発汗に関してでありますが、汗中には水分だけでなく、ご承知の通り塩分があります。この塩分が尿のほうへ行けばいいのだが、汗をかくと尿のほうの塩分が減ってしまいます。尿中には大体1日に12.0gから15.0gの塩化ナトリウム(食塩)があるが、汗をかいて皮膚からこれが出てしまって尿中にこれがないとすれば、この塩分を補わなければやはり神経炎を起こし身体全体が衰弱いたします。その衰弱の結果はどこに現れるかというと、体重を運ぶための歩行ということから足に現れるのは当然であります。足が故障を起こす直ちに腎臓が冒されることは、文献も沢山あります。それから心臓が冒される。それから血管が冒されるということは、最近の医書にも載っております。この水分を失うと足に障害を起こすということは、15、6年前の私の著書「足は万病の基」にも載せております。

十六、ビタミンCの不足は皮下出血の原因

次にビタミンCです。このビタミンCがやはり尿中に大体において1日に15-20mg出ますが、汗をかくとこのほうから出てしまって尿から出ない。これを皮膚から汗として失う場合、補給しないと、これは肺病の原因になります。フランスのフレデリックという人は「歯齦のところに赤い線の現れるのは結核の徴候なり」と言っており、これをフレデリック氏徴候と申します。またロンバルヂーという人は背骨と首と肩の間の「頸椎7番、胸椎の1番、2番、3番の棘状突起、ここのところに紫色の血管が現れるのは肺結核の徴候なり」と言っておりますが、これはみんなビタミンCの欠乏から来る皮下出血です。

このビタミンCの欠乏に対しては薬剤を注射したり服用したのではだめです。これは番茶とか果実から補うこともできますが、私は柿の葉からとることをお奨めいたします。柿の葉にはビタミンCが100g当たり600-800mg入っております。番茶には222mgです。最近私の研究では、ビタミンCが2000mgぐらい入っておるのがありますが、これはまだどういうとり方をしたら一番いいかわかっておりません。このビタミンCを柿の葉で製造してとりますと、皮下出血は治りますから、自然結核にも伝染病にも罹るということはありません。

そこで水を飲むということは、先刻も申し上げました如く、吐いたり下したり発汗したときは、それこそ常識で見て良いと思われた水ならば、お飲みになったほうがいいわけです。しかもできるだけ生水のほうがいい。ご承知の通り生水の中には酸素が溶けており、石灰分がありますから、これが一番よろしいのです。湯にすると酸素とかカルシュームなどは逃げてしまいますから、私としてはどうしても生水を主張するわけです。そういう意味において水を飲むということはいいということになるのであります。

十七、飲用に供する生水の質に関する問題

関根 先生のご主張なさっておる水というのは、水道の水ですか、井戸の水ですか、それとも水なら何でもいいのですか?

西 その土地で実際に人々が飲んでおられる水ならば良いわけです。どぶの水でもいいということは常識ではない。水道ならば進んで飲ませて差し支えない。

関根 私どもは生徒や児童に対して、井戸の水で悪臭があるのは有機物があって、バクテリヤがおるから、そういうのは飲んではいけないと言っておりますが。

西 学生や生徒を指導なさるには、そう仰ったほうがいいのです。私のほうでは水を飲みなさいということは、症状は療法、病気することが療法だということから主張するのですが、それは一歩進んだ話になりまして、子供には無理ですね。とにかく吐いたり下したりすればこそ助かるのです。それによって黴菌が出てしまうのです。それを今までは病気だと観念している。従来黴菌は出たものの、それを出すために使用された水分を補うことをしなかったところに、そこに大きな誤謬を起こしてしまったのです。

西山 沸かした湯より生の水のほうがいいということですか。

西 そうです。水道の水ならば消毒をやったり濾過してありますから、それがいいわけですが、この吐いたり下したりすることが療法だと心得れば、実は消毒は要らぬことなのです。却って天然のままのほうがいい。鉄管の中に黴菌が流れてくることはあり得ないことですから。

十八、流水中では黴菌は繁殖も生存もしない

それはとにかくとして、私は九大に頼まれて昨年9月、5日間にわたって、九大の教授の室に泊まり込んで、医学部の方々に講演をしたり座談会をやりましたが、そのとき私はこういう実験談をしました。4尺以上で直径2、3寸の樋をつくりまして、これに培養液を入れて、大腸菌なり、コレラ菌を培養する。そうするとこれが2になり4になり8になりという殖え方をします。この管に勾配を与えて培養液とともに流してやりますと、1mばかり即ち3尺余りも流しますと黴菌が1匹もいない。ですから「流水は腐らず」と「呂氏春秋」にも出ておりますが、古代中華民国人の言うことは本当です。ですから川などで赤痢菌の付いたものを洗っても、余程大量の赤痢菌でない限り、3尺流したら生きも殖えもしない。

十九、パンの中毒は麦角の中毒と見る

最近中野、杉並のほうで配給パンの中毒がありましたが、あれはちょうど雨が降る時分に、倉庫の中の空気の流通の悪いところに原料を積み重ねておくと、蒸れて色々の黴菌が出来る。その黴菌には麦角(アーゴット)というのも出来ますし、葡萄状球菌とか連鎖状球菌などもおるのです。その黴菌は生きておりますから、焼いて消える菌と焼いても消えない菌もあります。このアーゴットというものはどうしても吐くか下すか平常便秘がちの人は皮膚炎か神経痛かに冒されるとかしなければならない。アーゴットというのはアメリカ語で麦角と訳されておりますが、これがアーゴチズムとなると、麦角症です、エルゴチンというのがありますが、これは麦角剤といって、止血剤であります。それは血管を収縮してしまう作用があります。この麦角の生成された小麦粉でパンをつくって食べますと、麦角の中毒を起こしまして皮下出血を起こすと、その結果皮膚病が体一面に出来たり、神経麻痺を起こすか吐瀉するか、この2つの症状を麦角は起こします。この麦角は何によって消えるかと申しますと、私どもの実験では、ビタミンDを入れると死んでしまいます。だからビタミンDとAを含んでおるカナギとかゴマメという小鰯の煮干を5、6匹召し上がると、ちゃんと麦角は消えてしまいます。それは化学の上で証明すべきで、それで説明するとよくご納得おできになると思います。それですから一緒にゴマメを食べるか、あるいは背中の脊柱を太陽の光線に当てると血液中にビタミンDが生成されますから、やはり中毒を起こしません。仮に中毒して吐いたり下したりしたならば、水を飲めばいいという結論です。皮膚に発疹するのは普段便秘症の人です。このように医学観の根本が違っておりますから、実は私としても現代の人々に対して説明が難しいのです。

関根 その水でございますが、たとえば下痢をしておる患者が苦痛に訴えて、水を非常に渇望しておるならば飲ましてもいいのだろうが、本人が水を飲みたくない場合は、それでも無理に飲ませるほうがいいのですか。

西 絶対渇望します。ところがここにまた誤謬があるのです。吐いておる最中、下しておる最中に水を飲んではいけないと言って、水を飲ませずに20時間以上突破すると、今度は本人が身体の中の他の部分から水分をとって一時補う。そこで飲もうと欲しなくなる、それがために他の余病が出て、神経痛が起こったり、皮膚炎を生じたりします。必ず吐いたり下したりした当座は絶対に水を飲みたがります。私は20年余り人々に奨めておりますが、いかなる場合でも水を渇望しないことはありません。

関根 私も死線をさ迷ったのですが、やはり水を渇望しました。しかしどうしても医者が許可しない。「君の希望通りにすれば死ぬが、死んでもいいか」と言うのです。そうなると飲みたくても……。

西 そこが今の医学の方向が間違っておる。

西山 たとえば強行軍をやるとか山登りをするとか、そういった場合に、体力の消耗を防ぐ意味から水を飲ませないほうがいいと言われておりますが、やはり先生のほうは、飲んだのうがいいと仰るのですか。

西 いわゆる健康体であれば強行軍とかそういう特殊なことに対して、水を飲まないでも済みます。

西山 ある程度はですね。

二十一、水の飲み方で胃病、癌、癲癇、リューマチ、喘息等は治る

西 そこが重大です。飲まなければならない人は、歩きながらダラダラ汗をかいておる人です。それは落伍者です。ふだん胃が悪い人、胃潰瘍の人、癌の出来ておる人、そういう人は30分毎に30g前後の水を常に飲んでおれば治る。時々校庭に立っておって癲癇で倒れる生徒がありますが、そういうのもなくなり、神経痛、リューマチ、喘息なんか絶対に起こりません。清水を30分毎に30g、子供ですと20g、常に飲んでおりまして、正しい生体をつくりあげてしまえば、そういう人は一日強行軍しても水を飲まなくていい、それに耐えられるだけの身体になるわけです。

関根 今までの学校教育や労働者の指導者は、運動や労働をすると汗をかいて水を渇望するが、しかし水を飲んではいけない。なるべく水を我慢しろと言ってきた。そして事実水を飲まないほうが能率がいいようですね。

西 それは健康に耐えられるからです。あとでは何かの形で水分を摂っておるのですね。

藤原 私は水を飲んだらいいのです。その代わりによく小便をします。

西 私は小便をしない。私は65歳ですが、他所によく泊まることもありますが、一晩だって夜中に小便に起きたことは絶対にありません。大抵の人は65、6にもなれば一晩に二度や三度ぐらい小用に起きるのが普通ですが、私は起きたことがありません。その代わりまた一日水を飲まなくても何ともありません。九大に行った時でも、朝から晩の10時ごろまで水も飲まないで喋り道しましたが、人に水を飲めと言っておいて、あなたはどうして飲まないかと言われたが、私は二日や三日は飲まなくとも差し支えない。

二十二、学徒の保健と水の問題

市ノ瀬 生徒を預かっておる場合、生徒の健康と水の問題をどういうふうに……。

西 黴菌ということは第二として、水道の水ならば大いに奨励なさったほうがよろしいのです。汗をかいたり、水を渇望しておるのに飲ませなかったなら、却って弱い体質のものになりますね。

藤原 私どもも水を渇望している者に飲ませないのはいかんと思いますね。

市ノ瀬 水を欲しがっていない子供がありますね。

藤原 運動する者は皆な水を飲みます。

西 それは飲ましたほうがいい。

濱田 運動をするとたくさん水を飲みますから、胃液が薄くなって食欲が落ちるような気がしますが。

西 実験上それは絶対に薄くなりません。胃液と水は通過する場所が違うのです。

濱田 子供のときなど水をたくさん飲んで走ると、腹の中でごぼごぼ音がしたものですが。

西 それは一遍にたくさん飲むからです。3ヶ月間ぐらい30分おき位に20乃至30g(1gは1cm3である)ずつ飲んで、完全な身体をつくり上げた人は、そう飲む必要もなければ、また一日中飲まなくてもいい。やはり物事にはどうしても科学的の練習と鍛錬とが要りますから……。

二十三、体質改善と水の飲み方

市ノ瀬 水の問題はわかったのですが、生徒の教育という面から、体質の悪い者にはどういうふうにして……。

西 飲みたがらない者には飲ませる必要はありません。ところがそういう人でも、30分おきに20gは飲めるものです。だから極端なことを言いますと、肺病で立つことのできないほどに痩せ衰えておる者に対しては、私の「皿舐め式」というのがあります。これは5、6寸の皿を清水の中へ浸け水を切って寝ながら滴らない程度にし仮に滴ってもよいようにタオルで首の付近を防いでおいて、舐めるのです。つまり舐めることによって首の運動を与えるのです。これでは水蒸気を入れるみたいに少ししか入らないが、しかしそれでも水分を入れていくとだんだん治る。ですからどんな赤ん坊でも、衰弱した大人でも、30倍の重湯をつくって与えると、復活することができます。

関根 僕らが生徒を指導するとき、有機物を含んでいない水ならば水道の水より鉱物成分を含んでいる水がいいということを言いますが、実際水道より井戸のほうがいいのですね。

二十四、下痢は水を飲めば治る

西 そりゃ、いいのです。その近所の人々が飲んでおれば差し支えありません。もう今から18、9年前になりますが、ある宮様の若宮が国府津の製糖会社の社長相馬氏の別宅におられて、下痢をされてどうしても止まらないというので私が招ばれたのです。そのとき私は「水を召し上がれ、治ります」と言うと、付いておった医者が「とんでもない」と言う。「とんでもないと言ったところで、あなた方が付いておっても治らないではないか、一向心配ありませんから……」と言って、そんな必要はないのですが、口にタオルを巻き、手を消毒して──そうやらないと承知しないものですから──そうして井戸水を水差しになみなみと汲んでコップに注ぎ、「さあ、西が飲みますから、殿下も召し上がれ」と言ったので飲まれた。そこでお付きの医者は「万一のことがあったら切腹するか、どうしますか」と言うので「万一のことなんかありゃしません、お治りになります」と言っておった。そうしたらその日のうちに下痢が治ってしまわれた。それ以来宮中でも水を飲まれるようになりました。だから水については私は常に争ってきたものです。医者の一人、学位のある人でしたが、その方に「あなたは水を飲むことを知らないからいけない」と言ったら、「文献を示せ」と言うので、文献を並べましたが、沢山あります。日本の文献もあれば、支那の文献もあれば、英米独仏にも、汗をかいたり、下したりするときは水を飲まなくてはならぬという記事が沢山あります。

二十五、マラソン選手と飲水

濱田 マラソンの練習のときに水を飲ませますか。

佐藤 飲みたければ飲む。僕は西先生が水を奨励されおるのは前から伺っておるのですが、今伺いますと飲みたいときに飲ませるというようであります。しかし今までは、水を希望してもしなくてもある一定量を1日に飲まなくてはならぬというお説かと考えておったのですが、そうじゃありませんか。

二十六、我々が水を飲まなければならぬ理由と、水の飲める手段

西 そうじゃありません。朝夕10分間脊柱と腹とを同時に動かして飲めと言っておるのです。そうしますと否でも応でも1日中に2ℓや3ℓは大人であれば飲まなくてはいられない。脊柱を盛んに動かしますと小便の水素イオン濃度指数PHが減って酸性度が進んでいきます。それから腹式呼吸を30分間もやりますと、小便の水素イオン濃度指数は増して、必ずアルカリ性に進んでいきます。これは小便をリトマス紙で実験なさるとわかることです。だいたい私の小便の水素イオン濃度指数が5といたしますと、脊柱の左右揺振をするとこれが4.99から4.98とだんだん酸性に進んでまいります。それから腹式呼吸をやりますと5.01、5.02と、だんだんアルカリ性に進んでいきます。だから何を食べても結局中性のアミノ酸にしてしまうという性質があるのです。蛋白質をとり入れましたら、それが植物性であろうが動物性であろうが、いったんアミノ酸に変わる。アミノ酸は中性のアミノ酸にしないといけません。酸性に属するアミノ酸もアルカリ性に属するアミノ酸も、全て中性に変えるためにアルキル基をつくり、メチルとか、エチルとか、高級のアルコールをつくります。そして中性アミノ酸をつくる働きをするのです。アルキル基に結合する一方がカルボオキシル基の酸性であれば、他方は必ずアミノ基で、アルカリ性であって、両者は常に平衡を保とうとする。(本号14頁第1図参照)図はこれらの代表式であり、この酸性にもっていくのが脊柱の運動であり、アルカリ性にもっていくのが腹式呼吸であります。また入浴の場合にお湯に入る前にまず水浴を先にして酸性を即ちカルボオキシル基を働かせて、それから温浴でアミノ基を働かすというやり方をとります。だから入浴するときは水浴、温浴、水浴と交互に入ること、それも各々1分間ずつ。それから常に全身の身体の運動で酸性に属する交感神経を興奮させてゆきます。他方で腹部運動をおこないますと迷走神経が拮抗的に働きます。それで酸塩基平衡が整うわけですが、食物や精神の関係、気候、風土、職業などで、この平衡が破れようとする、それをまた、正そうとする、それがアルキル基のアルコールをつくります。このメチルアルコールとか、エチルアルコールの水酸基OHはどこから来るかという問題ですが、これはどうしても水を飲まなければなりません。でないとアルコールは出来ません。それはアミノ基が増して来ると解離して平衡を保とうとする、その解離は水でおこなわれます。そこで水を飲まなければ絶対に解離してくれない。もし水を飲まない場合は最終産物の糞便の水分を奪取するので便秘症に陥ります。これが解離するときにNH2+H2O⇄OH-+NH3+即ちOH-をつくる、これは陰イオンであり、アンモニヤをつくって陽イオンとなる。ハイドロ・ディッソシエーションを起こすのです。水分が足りなければアミノ基は増すばかりでテタニー症状を起こします。これから言っても安静にしておる患者に水を飲ませることは絶対に必要であります。カルボオキシル基のほうはすぐ陰イオンと陽イオンとに解離してくれまして、これは熱でも解離し、また生体電気でも解離します。このようにイレクトリック・ディッソシエーション、あるいはサーモ・ディッソシエーションを起こして、直ちに平衡が保たれるよう、もし破れるとここでアルコールが仕事をしてくれます。ですから水分を必要とする。そうでないとアルコールのOHを他から求めることになる。水を飲まなければアルキル基が出来ません。だから絶対に水を飲むということは、これから言っても生体にとっては必要であります。その場合、腹式呼吸をすればアミノ基が出来る。脊柱を動かせばカルボオキシル基が出来る。精神的に興奮して笑うとアルカリ性、怒ると酸性。これは実験生理心理学の上で証明しております。ですから、どの方面から言っても安静にしておる者は水が必要です。安静にしておる者が飲めなくなったときは、それは飽和に達したときです。

二十七、皮膚の鍛錬と乾布摩擦

司会 だんだん話が進みまして、生徒、児童の日常生活における保健衛生の問題として水を飲むこと、それから吐いたり下したりしたときに水を飲まなければならぬという問題が出たのであります。そうして運動の場合の発汗の処置、更に脊柱と腹部を同時に動かす、背腹運動の効果、そういうことについて話が進んだわけであります。なお更に話を進めていただきまして、スポーツ奨励上、西先生の説では、先程お話がありましたように特に足を重視するということ、それから皮膚の鍛錬ということについても独特なご見解をもっておられるのでありますが、足と皮膚の点についてお考えになっておることがありましたら、この際ご発表願いたいと思います。

関根 私は皮膚のことにつきまして、数年前に風邪を引いてなかなか治らない。それで肺病になったら困ると思って、朝必ず乾布摩擦をすることを1年続けたのです。そうしたら乾布摩擦は風邪に効果がある。これは背中、特に脊椎を、第二次反応が出て真っ赤になるまでこするのですが、熱が37度5、6分のときに背骨を3、40回こすれば、すぐ真っ赤になるのですが、真っ赤になってくれば必ずその翌日は治るという経験を得たのです。ただし38度ぐらいになったら効果がないので、微熱の場合に効果がある。ところが1年続けましたが、その後は布がなくなったのでやめましたけれど、私は乾布摩擦が効果があるということを確かに認めたのです。その点はいかがですか。

西 実は私はそれは反対なのです。何もかも反対して申し訳ないが、それは全国の各学校が乾布摩擦を奨励しておるにかかわらず、日本の児童に一番結核患者が多い。乾布摩擦をやるというその勇気と克己心はよろしいのですが、しかし皮膚を摩擦することによって発汗の気孔を塞いでしまう。ですからその後に清潔な水を以て洗うとか水で拭き取るとよい。私も実は風呂を立てないときは、裸になって摩擦するのですが、その代わりあとで水をかけて、赤くなったのを消すようにしております。長い間こすって赤いままにしておくことは一般的に言って危険なことです。そのことで、大阪のある土木建築請負業の社長ですが、この社長とその家族が13、4年前から毎朝夕裸で雪のときでも雪の中に立って摩擦をやり、猿股1つで街を歩くのを健康法としていたので、私が大阪の講演会のとき「こういう馬鹿な真似をする者がおる」と言ったのです。そうしたらその人は大変に立腹されたのでしたが、だんだんとこの頃では病人が出るので中止されました。先月は大学を出られた長男を肺病で失い。次男の大学出も今は肺を病み、その主人公は肝臓病になって、あちこち神経痛を起こしております。私の宿泊しているホテルに相談にやってこられる有様ですからそういうことを裸でやっておる間はいいのだが、一度何かの関係で中止するとそういう症状を起こしてくる。

関根 それですけれども、風邪を引いて熱の少ない場合はいつでも必ず実行して治るのです。

西 それは治ります。しかしそれは必ず他の病気をつくっています。

関根 そういうことを伺いますけれども、私は非常に効果があったのです。

西 しかし日本でそれを奨励しておって、肺病で一番死ぬのが多いのは富山県、それから石川県です。この乾布摩擦はその筋から奨励したのですが、決して結核は減っておりません。私は厳寒季にウサギを20匹ぐらい飼って実験しましたが、それはウサギに1、2、3と番号の焼印を付けて、奇数のものをいつも毎朝皮膚を一定の時間こすってやりました。そのウサギを殺して比較しますと、肺が一面癌になっていた。結局皮膚をこすることは肺に癌をつくるということですから、これが肋膜のほうに悪いということは当然です。これはドイツの文献に出ております。皮膚を無闇にこすると肺に癌をつくるということがちゃんと出ております。それは1935年のことですが、私は1928年から発表しておるのです。

二十八、冷水摩擦と毛細血管現象発現法

齋藤 そうしますと冷水摩擦の場合もそうですか。

西 程度にもよりけりです。赤くなったのをそのまま置くと黴菌を却って繁殖させることになる。空中には各種の黴菌が沢山おるのです。金魚などの生きているのも空中の黴菌が水面へ落ちるからそれを食うからです。菌を炎症をつくった皮膚に繁殖させる恐れがあります。誰でも彼でも冷水摩擦、乾布摩擦をやっても良いとは言われません。たまたま差し支えのない体質ならば偶然にも何でもない、風邪を引かない健康体になったと思っても他方に必ず悪いものを進行させているということになるのです。そうでありますから、私は朝夕2回ずつ1、2分間、寝た姿勢で四肢をまっすぐ近く上げて微振動することを奨励しています。これで皮膚摩擦による害を全て解消できるのです。この原理は今回、発表した問題の第3問なのであります。手を怪我などしたとき、手を頭上に上げて振れば治る。そのとき、消毒も縫うということも不要だと言うのです。これは血液循環が心臓によるものでないことが証明される。こうやると腕の静脈血が下へ降りるのです。こうすると9億6千万本の毛細血管が活動することになる。この運動によって静脈血が重力の法則で下へ向かって降ります。そうすると毛細血管と小静脈の境目のところに真空が出現しようとする。9億6千万本の毛細管、直径5μ半、ビンの切口に700本並ぶという毛細管、それに血液は水の5倍の粘着力をもっておる、この血液が、わずか60cm3という卵の大きさほどの左心室の収縮によって、11秒で毛細血管まで押し込むというのが今の医学の教えるところ、それでは駄目なのです。心臓がポンプだというのでは病気は治らないのです。

二十九、心臓はポンプでなくタンクである。「心臓はポンプ」という語は教科書から抜いてもらいたい

藤原 心臓の陰圧で血液が動くということになっておりますが……。

西 それを計算で証明していただけば5万円差し上げるのです。陰圧があると言ったとてそれほどの力はないのです。だから怪我をした場合こうやって手を上げて振ると動脈血液が必要以上に上がってきません。そうすると黴菌の餌を供給しないから化膿しない。だからその場合消毒も要らないということです。

関根 化膿した場合は……?

西 化膿した場合も振れば治ります。これは実験すれば5万円やろうというのですから、決していい加減なことを発表しておるのではありません。心臓がポンプならポンプでいいから、それを証明するか、教科書から抜くか、一般民衆の頭から心臓はポンプではないということを認識させる。これをやってくれればいい。私のほうはすっかり準備はできておる。たとえば直径2分の1インチのパイプ、1インチのパイプ、2インチのパイプ等を用意して、これをまっすぐに50尺の高さに水を押し上げるには何馬力か。このパイプを2箇所曲げ、4箇所曲げ、6箇所曲げたものをつくってその馬力を勘定する。今直径2インチのものでまっすぐのは35馬力とすると、6箇所曲げたのは89馬力となる。パイプを曲げれば馬力を増さなければ一定の水量を上げることはできない。我々の心臓をポンプとして扱うからは、心臓病で死ぬ人が今後、幾ら出るかわからない。私は心臓はポンプではない、タンクの働きをやっているという証拠を50余箇条握っておりますから、大胆にも天下に公表して、医師及び医学者諸氏に向かって出題したわけです。諸君の考え通り、ポンプならばポンプで良いからポンプだということを計算で示してください。こっちは5万円贈呈しなければならないからなかなか大問題なのです。何人が計算するか知りませんけれども、私が負ければN銀行に預金してある25万円全部出すわけです。昨日大阪から上京した人の話では、何でも大阪医大では大問題を起こしておる。医大の学生が教授、助教授たちに向かって「この回答ができなければ現代医学は再検討の必要あり、西医学によって彼らを再教育しなければならないと新聞に堂々と発表してあるから、これは我々を侮辱したものであるが、教授、助教授たちは黙っておるのか」と、学生は連盟を組んで先生に迫っておるそうです。教授のほうでは、これは弱ったことができた、10年前なら何とかして勝てるのだが──勝つというのはどういうつもりか知りませんが──そう言って騒いでおるそうです。

三十、悪いほうを上にあげれば治りが早い

とにかく流水は腐らず。肺炎になって肺炎菌ができましても、特効薬などを必要とする場合もありましょうが、私のほうでは芥子泥を貼って真赤にして、肺の血液を皮膚上に引き上げれば、血液が流動するから肺炎菌は死んでしまう。だから私のほうでは肺炎で死ぬなどということはないのです。古人も「流水腐らず」と申しまして真理を教えてくれます。手を上方へ上げて振れば静脈血が流動を起こします。黴菌は培養液がなければ繁殖しません。いくら黴菌があっても、食う餌がなければ殖えない。したがって化膿もしない。フランスのアンドラール氏の徴候とかアンドラール氏臥姿勢とか申しますが、アンドラール氏のディキュービタスとは肋膜炎などのときに悪いほうを上にして寝る姿を言うのであります。子供が風邪を引いたりした場合、座敷の真中に寝かしておくと、右か左かどっちかを多く上にするが、上にするほうの肺が悪いのであって、レントゲンを撮る必要はないので、必ず悪いほうが上になる。このアンドラール氏のディキュービタスを最近発行された富士医学博士の「冠名疾病、症状辞典」4頁には「アンドラール氏の褥瘡」と誤訳しております。これは褥瘡という意味もありますが、これをアンドラール氏の褥瘡と訳してはとんでもない誤訳です。尤も他にも沢山誤訳がありますが、これは「寝る姿勢」とするのが正しいのです。この寝姿が、悪いほうを上にするという理論を推し進めれば、それだけでも手を怪我した場合、これも故障ですから上にあげたほうが早く治るということはおわかりになるでしょう。これを下にしますと血液が炎症の患部へ停滞し充血するものですから、黴菌に餌を供給することになるので苦しい。而して治らない。だから自然というものは悪いほうを上にしたがる。炎症は両方同時にということは絶対にない。必ず片方に炎症が始まり、それから両方に及ぶのです。

西山 前に私の祖父が西先生の指導されていられた病院に入院して治療していただいたことがありますが、そのころ身体の右に異常があった場合と左に異状があった場合の靴の減り方が違うというお話を伺ったのです。それから素足で歩くのはいけないというようなことを伺ったのですが、もう忘れてしまったので、もう一回お話を願います。

三十一、足の皮膚は敏感にしておかなければならぬ

西 それはあの土人が裸足で歩いておって健康のようですが、実は短命です。裸足で歩けば足の皮が靴同様になりますが、鋭敏さを失いますから故障が発見できない。だから文明人は靴を履くなり、足を包むなりして、なるべく蹠の皮膚は靴の底のようにしないほうが、自分の病気を早く覚ることができる。それから昨年1947年8月11日号の「タイム」をご覧になると出ておりますが、「興味深き発見」という題で、ロンドンが1941年に盛んに空襲を受けたとき、レンガや石材の建物が崩れて下敷きとなり足をとられたので、期せずして皆な腎臓病になったというのであります。それからスペイン生まれのツルータ博士は、研究の結果「腎臓循環の研究」という書物を昨年4月に発行しておりまして、その中に写真が沢山ございますが、結局ツルータ博士は、ウサギの足を針金で縛って血液循環を止めると、皆な腎臓病になるというのであります。私は「足は万病の基」という書物を15、6年前から出しておりまして、その書中に「足に故障を起こすと心臓と腎臓と血管病になる」と述べておきました。

三十二、足の構造とその疾患

足は上から来ておる脛骨、それから距骨、跟骨、舟状骨というのがあり、横に3つ並んでおりますのが楔状骨、5個の蹠骨、14個の趾骨というようになっておりますが、この足の舟状骨の突端上部に故障を起こせば、これはドイツのケーラーが発見したからケーラー氏病とか、或はオスグット氏病とか、蹠骨の突端の下部の故障はアメリカのモルトンが発見したからモルトン氏病とか、アキレス腱の後ろが痛ければこれはアルベルトが発見したからアルベルト氏病とか、踵が痛ければフランスのソーレルが発見したからソーレル氏病とか、36人の医学者が各自で、自分の名前を冠して何々氏病と言うております。ところが私はこれを2つに大別してモルトン氏病とソーレル氏病にすることができる。この36名の学者は何々氏病という名前を付けただけで、治し方は文献を見てもないのであります。たとえば失礼ですけれども、あなた西山氏の場合はどっちの足の靴の踵が減るかと申しますと左足の後ろが余計減るのです。あなた市ノ瀬氏の場合ですと右のほうが余計減る。

香川 僕はどうです。

西 左ですね。(と人々の人相を遠方から視る)

佐藤 私はどちらです。

西 先生は左です。だから常に右の扁桃腺でリンパ腺が冒されます。長谷川先生も左のほうが余計減りますね。

長谷川 えらく減りますね。

藤原 私はどうです。

西 あなたは少し理屈がありそうだから言わなかったのですが、右の踵が余計減る。それは比較の話ですよ。ですからどっちがやられやすいかというと、左のほうの半身が右に比べてどうしても疲れやすい。扁桃腺もどっちが悪いかというと左が悪い。

藤原 扁桃腺は両方ですね。

西 それは比較の問題です。左が100、右が70ということです。

三十三、結核の気胸療法は一時の支えである

関根 最近の結核療法で気胸療法が盛んですが、あれに就いて僕らはこう言っておる。気胸療法すればいいというのは、空気を間へ入れれば肺の容量を減ずる、肺の容量を減ずるから肺の活動を制限して云々というようになっておりますが、その点はいかがですか。

西 それは大風が吹いてまさに家が倒れようとするとき、突支棒をするのに反対する人はないと同じように、今や肺臓が縮み心臓が縮まっておる人に、その間に空気を入れてやるのはいいですね。しかしのべつ幕なしに心張棒がかってあるということは邪魔になりますから、いつかはそれによってまた命を落とします。だから初めからしない方法をしたほうがいいのですね。

関根 結核に気胸療法はいいわけですか。

西 倒れようとする家に心張棒をするのに反対したら、その家は倒れてしまいますから、差し当たりそれをやってはいけないとは言えない。たとえば扁桃腺を切るがいいか切らないほうがいいかという場合、切るがいい場合もあり切らないほうがいい場合もある。両方から発育腫脹して呼吸がまさに止まらんとしておるのに、切ってはいけないと言うべきではなく、却って呼吸が止まって危険至極です。そういう場合は切って、あとを増殖させない手段をする。本当は初めから切らなくて済むように育てなくてはならない。ところが今の医学指導では防げない。事実はどんなに激しい風が吹いても倒れないだけの建築がしてあれば、気胸療法という突支棒も要らなければ、扁桃腺を切る必要もありません。しかしまさに倒れようとする家に対して、その突支棒が要らぬと言ったら、それは倒れてしまいます。

関根 肺尖に入っておれば気胸療法したらいいですか。

西 一遍や二遍はやったとて差し支えありませんが、あとはやらなくてもいいようにしなければなりません。それを信頼してそればかりやっておったら、そのために却って倒れてしまいます。またその他の偶然でそれが要らなくなる場合があります。それはその人の生活の模様と体質によってです。気胸療法をやって100%治っておるかというと、将来は絶対よくない。気胸療法なるものによって却って悪い結果に陥るでしょう。また何か偶然に、たとえば地震とか火事で夢中に立ち働いて、それで治ってしまうという例はありますけれども……。気胸療法をやっていい場合があるのではないかということもありますが、それは条件によってですね。私は気胸療法を必要としないほうです。

関根 現在かかっておってもね?

西 ええ。しかし私のほうを知らないと、一時気胸療法によってスタビリティーを保っておいて、それから他の方法でそれを必要としないように導いていくのが本当だ。こういう行き方です。

関根 先生のほうでは現在結核に罹っておる者に対する一番いい方法は何ですか。

三十四、結核患者の最良の生活法

西 食養と皮膚を働かせる、皮膚呼吸ということです。哲学的になりますけれども、私どもは生まれたときに初めて個人というものが樹立される。また自他の区別が発生する。自と他というときに初めて権利を与えられる。そのとき何が一番宇宙に対して接触したかというと皮膚です。皮膚は境界です。つまり己と他、自と他の境界が皮膚です。メニーとジ・ワンの区別も全て皮膚です。だから自己の権利を確立する境界が皮膚です。境界には幅も厚さもない。由来境界は無です。空です。零です。神奈川県と静岡県の境界は零であって、幅はない。厚みもない。零は零として働かせなければならないという考えです。

関根 換言すれば現代の医学をかえたもの、内部的に、生物的に、自然に治す本能、この面ですね。

西 そうです。ちゃんとそうなっておる。今までの医学教育の方針が間違っておる。皮膚を忘れておる。皮膚は零の働きです。零というものはもともとプラス、マイナスが加わって出来ておるのです。これを方法に移さなければならない。だから入浴するときは水(+)に入ってお湯(-)に入る。つまりプラスマイナスの交互浴は零です。水浴ばかりやると小便を目標とすれば水素イオン濃度指数が減ります。温浴ばかりやると指数が増してきます。だから水に入って、水浴に入り温浴に入り、常に零にする。ところが皮膚というのは生まれたときからだんだん育って面積を増してゆきます。だから次は食物です。結核を治すに就いては、只今の皮膚を零に働かせる考えをもって、そうして次に食物も酸(+)とアルカリ性(-)とで零ということになるように心掛けなければならない。

関根 食物というのは栄養のあるものですね。

西 それもまた酸塩基平衡の関係でいくのです。酸性の土壌にアルカリの肥料をもっていかなければならない。そこでどうしても酸とアルカリということを考える。それから我々が独立できるようになると、今度は歩くということになる。それは足です。皮膚、食物、足、これが三位一体をなしておる。それ以外に何物もないのです。これを統括するものは心であります。

三十五、現代医学は対症療法で、間に合わせ式で、病気にならねば手を下さぬ

関根 現代の医学は気胸療法が殖えていますが……。

西 現代医学は常に「差し当たりの間に合わせ」式療法です。それが慢性にまで延長され応用されておるので治らない。

藤原 それはそうかもしれないな。病気しなければ現在の医者にはわからないのですな。

西 だから私の第5問に、少し皮肉ですが、ラジオの組み立てのできる者が修繕することができる。病気にかからない方法を知っておる人のみが病気を治せるのだ。だからとにかく医師で、家族5人以上が、過去20年間以上病気しない人は論文をお出しなさい。ただし今後10年間病気にかからない自信のある人はです。それがこちらで納得できれば5万円差し上げるというのです。ラジオの組み立てができない人は修繕できませんよ。だから今の医者はこの第5問もとれないということです。なぜか。病気しなければかからないのですから。病気にかからないことを絶対に教えられないのです。私のほうは病気にかからないということが前提です。しかしかかっても、今の医学で治せなければ治しましょう。これが私の医学方針です。今の医学で治せる間は、それで死なれようが病弱で育てようが構いませぬが、余計なお世話はしない。今の医者にかかるななどとは申さない。私のほうは病気にならない方法を指導していく。だから病気になったのを治す対症療法、差し当たり手当式とは根本が違うのです。

三十六、治療は宗教に関係があるか

関根 宗教と治療と関係がありますか。

西 初歩に関係があります。お釈迦様は50年説法しましたが、最後は「中論」です。つまりプラスマイナス、零型です。これを認めたのはお釈迦様の死後880年経って龍樹が初めて出した中論です。これは零論です。三論宗という宗教が支那にありますが、三論宗は中論、百論、十二門論の三論によって立てた宗旨、そのうちに中論をとり入れてあります。だから結局「中」というところが何でも結論を与えております。国民座右銘の8月20日に採用しました「真理は両極の中道にあり」というのがあります。「中」というのはどっちにもつかない。零です。足が「無」の関係であれば、「有」であって、「無」の感じでおられるならば、それは実に幸福です。健全な足です。足があるということを忘れておるということ、だから、胃がどこにあってどんな格好をしておるやら知らないのが一番幸福です。結局「有」は「無」ということに行きますね。だからギリシャのほうの哲学に尋ねますと、新プラトン学派の後継者のプロチュノスの哲学がはっきりわかります。プロチュノスは紀元204年(或は5)年に生まれて270年に死んでいます。この哲学は「一は即ち零」です。プラスにマイナスを加えたものは一です。だから「零は一」です。信心銘という経文に「一即一切、一切即一」とありますが、一は一切、一切は零で、この信人銘もやはりこのプロチュノスの哲学と同じですね。

三十七、風邪の病理は、風邪の予防は

関根 今一つ、僕らのほうでは、風邪を引くという病理は、皮膚が外気に当たれば血管が収縮して内胞へ入って体温の発散を防ぐ。ところがここに外界が温まってきますと、血液が膨張して皮膚の表面が赤くなる。これが第二次反応である。この第二次反応が早く来るような人は風邪を引くし、第二次反応の早く来ないような人は風邪を引きにくい。こういうのですが、いかがですか。

西 もしあなたが入浴のとき、最初に水に入って次にお湯に入り、次に水浴をして、またお湯に入り、最後は水浴ということをなされば絶対に風邪を引きません。これは受け合います。先に足から水に入って血管を縮めて、それからお湯に入って血管を膨らす。この血管を縮めて膨らすということをやっておったら血液が流動しますので、黴菌は滞ってないので絶対に風邪を引かないのです。

関根 プールに入って冷たくなって出て来ても、いつまで経っても皮膚の青い、なかなか真赤にならぬのは風邪を引きますね。

西 それは悪い。

関根 すぐ真赤になる人はいいわけですか。

西 それはいいわけです。

三十八、運動選手の試合間の足の最良の処置は

齋藤 足の運動、たとえばバスケットの試合などのとき、一時試合が終わって次の試合を待つ間、足を絶対に冷やさないようにマッサージしてやりますが、この点はいかがですか。

西 その点私のほうでは毛管運動といって、寝ておって運動を休んでおるときは、寝たまま手足を上にあげて振っております。そうすると故障は治りますから温める必要はないのです。けれども今のご質問ですと、どうしても休んでおる間、温めておいたほうがよろしいでしょう。なぜかというと、これは実験になりますけれども、ウサギでもイヌでも腸閉塞の実験をしてみます。たとえばウサギに麻酔をかけて、腹部を割って大腸を引き出し、ゴムの袋管を結わえつける。その中にふくらし粉(ラミナリヤ)を入れる──慶応医大の山崎先生はそれで論文を出して博士になった。──このゴム管はコンドームの先の細いところが片方だけ塞がっておりますから一番実験によい。その中へふくらし粉を入れて口を縛り、焼いた針の先で穴をあけて腸に結わえつけて、腹中に挿入しておきます。早ければ5、6日遅くも3週間もしますと七転八倒、遂に腸が閉塞します。その前に麻酔が覚めるとナッパとか餌を食します。そうすると必ず、左側に装置すると右半身不随、右側に装置すると左半身不随になる。そして手と足の先が痺れてしまう。そこでウサギの頭の皮を剥いで頭の回転部を調べると、足の中枢と手の中枢の部分が出血しておる。ですから、腸閉塞というような実験をすると、明らかに手の先、足の先が冷たくなって血液が循環しないということがわかりますから、糞便を常に右側の腸内に溜めておる人は左側の足の故障を起こしやすく、左側の腸内に糞便を溜めておる人は右側の足の故障を起こしやすい。大体に於いて人間生活ではどっちか片方に糞便が溜まるか、腸が捻れるかするもので、片方の手足が冷たくなるもので、何某かの故障がある。ところが競技上の運動をやって、右側の糞便が反対側に移ったような場合には、右側のほうが障害を起こす。ところが静養しておる間にそれが治ることがある。ウサギで実験すると、明らかにそういうことがわかるのである。それで私のほうでは、寝るときに腹部を露出することにしておる。寝巻の腹の部分を切り取って、腹部を覆わない。そうすると腸全体が運動しますから、糞便が溜まらないのです。即ち腹部を露出して寝ると手足が温まる。こういうわけです。

三十九、腹を露出して寝ると手足の機能は完全である

関根 腹が冷えると腸が運動するのですか。

西 冷えるといって氷で冷やすわけではなく、ただ覆わないと腸は完全に運動を起こす。冷えるといって何も氷で冷やすのでなく、ただ腹だけ露出するのです。

関根 しかし腸の蠕動運動は冷やすと止まるのではないですか。

西 それは特別に氷などで冷やしますと止まります。つまり湯タンポを入れたりしますと、よけい運動を起こします。しかしよけい運動を起こしたあとで虚脱状態に陥って正常運動をしなくなり、却って糞便が余計に停滞することは実験上わかっておる。そこで便が溜まる。そこへ新しい便が進んで行くと、それを片側のほうに押し付けておいて新しい糞便が進んで行きますから、そこだけ腹が膨れる。膨れるから腸壁の皮が薄くなる。薄くなるからそこから糞便が漏れやすい。そこで腹膜炎を起こすということになる。それで造影剤などを飲んでレントゲンを撮ると、故障を起こしておる人はこてこてと溜めている糞便が写ります。造影剤を飲んで30分おきにレントゲンを撮ると、こっちで固まっていたり、あっちで固まっていたりしておる。

四十、子供の用便はゆっくりさせねば虚弱となる

便所に行っておる子供が、通学の場合、電車やバスに遅れると言われ、急き立てられて、無理に便所から出されてしまうので、未だ糞便が残っているのを無理に電車とかバスとかに乗せられて行ったのでは、皆な右半身が弱い。そして右側の扁桃腺が悪い。だからバスに乗る時間で急き立てられた子供は、皆な右半身が冷え、右の扁桃腺炎に罹るというのが大部分です。だから小学校の生徒の身体を研究してごらんなさい。レントゲンを撮ると右の肺を冒されておるのがほとんど7割。それは時間で追い立てられるから便所でゆっくりできないので左のS状のほうが糞詰まりになっております。右の半身、左の脳血管、右側の末梢神経、右の手が冷たい。右の足のモルトン氏病が多い。おそらく中学でも1年生、2年生くらいまでは右側の扁桃腺炎が多いでしょう。どっちの手が冷たいかと比べれば、右手が冷たい。右足が冷たいということがおわかりになると思う。

四十一、捻挫の処置

関根 もう一つ、捻挫した場合、外科医の人々はうんと足を使わなくてはいけないと言い、柔道整復術の人は使ってはいけないと言っていて、両方が対立しておるのですがね。

西 私のほうは捻挫した場合、板で直角の枠をつくって、この枠のぐるりへ紙を貼っておきまして、足の皮膚を怪我しないようにして捻挫した足を嵌め、上下を縛って、上方にあげて振る。そうすると捻挫は皆な治ってしまうから対立などしません。

関根 僕のは3年間治らない。

西 足首が不完全に動くから治らないのです、今申し上げた枠をつくって寝て足を上方へあげて振れば、足首が動かないから、治るのです。それで解剖学上のことですが、手の指に同じように5本とも瘭疽(*ひょうそ)が出来たとします、そうすると食指は1日で治るものなら薬指は2日を要し、中指は3日を要し、拇指と小指は10日間かかる。それは解剖学上この手首が動くということは拇指と小指は食指の10倍の努力を要さないと治らない。これは解剖してみると筋肉が交叉しておりますから、そこでこの5本の指を全部同じ程度の時間で治すにはシャモジを掌と手の甲とに当てて手首が動かないようにしておいて上方へあげて振ると、5本とも同じように治る。だから足でも、そうして治すことです。

関根 そこが終に動かなくなることはありませんか。

西 治す期間だけです。治ってしまえば……。現在のままでは足首が動くと捻挫はいつまでも治りません。人差指が1日で治るのに拇指や小指は10日もかかります。それはこの手首が動くからです。それから自動車のドアなどに指を挟まれて、ぐしゃっと潰れたのを、上へあげて振ってきれいに治した人があります。また拇指を除いた他の4本の指を切り落とした人が、1本ずつ拾ってくっつけて、添え木を結わえつけて上方へあげて振ったら、完全に治ったというのが大阪にあります。これは37、8の男ですが、外科の先生が驚いたそうです。切って落としたのはくっつかないと思っているのですが、事実くっつくのですから、決して諦めてはいけません。足の捻挫は、先ほど申したように36人の学者が足の筋や、足の骨の故障に種々の名前を付けたのでありますが、これはモルトン氏病とソーレル氏病に二大別できる。そうしてモルトン氏病は扇形運動、ソーレル氏病は上下運動を、心臓以上に上げておいておこなうといいのです。こう申しても今の医学の説が根本において私のとは違っておりますから、皆さんにわかってもらうのにずいぶん困る場合があります。

四十二、歯は磨かないほうが、歯のためによい

西山 どこかの学校で水の問題があったようですが、私のところでは歯を磨く問題です。あれでだいぶ生徒が質問に来ます。歯科のほうでは歯を磨け。西先生は磨かないほうがよろしい。そうすると一体どっちが本当ですかと言ってくる。生徒は私たちの言うことよりも西先生の言うことのほうに信頼性があるから、お前の言っておるのは間違っておるのではないかというようなことを言うのです。

西 私自身は磨いたことがありません。

西山 それでは今までの歯医者やそういう人たちで、歯を磨いたほうがいいか。磨かないほうがいいかということに対して、実験したことはないのでしょうか。

西 ありませんでしょう。しかし私の講演を8年か9年前に聞いたという野田晴美という人が、歯を磨かないことについて論文を京都大学に出して博士の学位をとりました。それはウサギやイヌの歯を歯磨き粉で磨くのです。そうすると必ず歯茎のところが出血して歯が悪くなり、早いのは1週間くらいで歯槽膿漏を起こします。

藤原 それは人間と食物が違うからではないですか。

西 それは関係ございません。機械的の実験ですから。

藤原 よく磨いても、60になっても悪くならない人がありますが。

西 それは偶然ビタミンCが十分足りるような生活をしておるからでしょう。そうすれば絶対に歯は動かない。

藤原 先生も偶然……?

西 私はビタミンCをとっています。家族も柿の葉でビタミンCをとっております。

四十三、ビタミンCの補給を欠かねば歯は絶対大丈夫

藤原 柿の葉をどうするのですか。

西 柿の葉を青いうちにとりまして、よく洗って2、3日陰干しにする。それ以上干してはいけません。干したらそれを横1分くらいに刻む。それをセイロで3分間蒸す。3分以上蒸すとビタミンCが減ります。それを太陽に、照らさないように乾燥して保存して、お茶を淹れるようにして飲むのです。

藤原 湯気が立っておるところで3分間ですか。

西 これはこうなさったほうがいい。3分というのは覚えやすいためで、正しくは2分15秒ですが、まあ3分としていいでしょう。私のところではこうやります。2升釜の中へ湯を入れて、それをぐらぐら沸騰させます。そしてザルを逆さまに被せます。セイロの中に刻んだ葉を並べまして湯の中へ葉が浸からないようにして、すぐ入れて蓋をして3分蒸します。3分経つとそれを上げて、きれいなところに広げて陰干しにする。これが乾燥しましたら茶筒に入れておく。それをお茶のようにして飲むのです。ちょっと渋味がありますが、これをとる方法もあります。とにかく歯医者なんて私はおかしくて用事がない。

関根 磨くほうがいいか、磨かぬがいいか、学者がもっと検討してやらなくちゃいかんですね。

藤原 歯を磨くことを衛生教育としてやるということは監督官庁から指令が出ておるのですよ。

西 それはしょうがないのです。このことで論文を出して学位をとっておる人も出ておりますから……。だいたい歯糞が溜まるというのは死んだ物を食っておるからです。努めて生の物を食べておればいい。天然の動物は絶対に歯糞が溜まっていない。ですから歯を磨くということも常識でいいじゃありませんか。私だって、いくら磨かないといっても半年に一遍くらいは塩でこすります。煮た物ばかり続けて食べると……。

関根 歯を磨くのではなく、歯茎だ、肉のところだというのですが……。

四十四、眼が悪くても目玉を抜かぬように虫歯も抜いてはいけない

西 ところが、私は進駐軍の図書館から毎月アメリカの「医学新通信」というものを借用しておるのです。先程のタイム誌の記事やニューズウィーク誌の記事は皆なこれから転載したものですが、日本の医者はドイツ語専門ですから、あまり気がつかない。これを見るとアメリカでは歯医者が問題を起こしております。最近の若い歯医者は、いったい我々は歯医者になったのであるが、皆なの言うことは歯の治療に来る患者を全て引き抜いてしまえばよいものと思っているが、ところがこれは抜くべきものじゃない。眼科医が一々眼の治療に来た患者の眼を抜くか、これは2つきりないからで、歯は数が多いから1本ぐらい抜いてもいいだろうという誤謬に我々は陥っておるのではないか。こういうえらい爆弾を投じています。だから歯医者は歯を抜くべからずです。

西山 今日本へ進駐している軍隊でも全部が抜かせないそうです。

西 そうです。アメリカでは市街の1ブロック毎に歯医者の看板がかかっていて、アメリカくらい歯医者の多いところはない。それが歯を抜いてはいかんと言い出したのです。眼医者が一々眼を抜くかというわけです。

関根 どうしても虫歯で抜かねばならぬ場合は抜かなければならぬのではないか。

西 その一歩手前があるはずです。歯を抜いたり、修理などする必要のないのが自然なのです。歯が痛くなったら、ははあ、ビタミンCが足りないなと考えればいい。それは今にわかに悪くなったのではなくて、半年も前から歯槽膿漏を起こしておるのです。しかし痛くなってからでも遅くはないから、それからCの補給をすればいい。固くなります。こういう例があります。藤沢の修道院の先生をしておる人に齋藤半六という元海軍中将の長女で、田中という元文部大臣をやった人の長男に嫁入りし、死の宣告を受けるような肺病で離縁になったが、西式で健康になられた。この齋藤元海軍中将の奥さんが歯槽膿漏で歯を全部抜いてしまわなければならないという問題が起こった。それで私のところへ来て、医者が抜かなければいかんと言うが、どうでしょう。それは医者に抜いてもらったほうがいいでしょう。しかし抜かないでもいい方法がありますから、それを申し上げておきます。しかしそれは厄介ですよ。曲尺で5分くらいの厚みの板を咥えなさい。それから裸療法をやりなさい。入浴は厄介でも水に入って湯に入る温冷浴。ビタミンCを補給しなさい。こう言ったのですが、それを実行して治ってしまって、それから後14、5年になるが歯医者へ行ったことがないそうです。その奥さんの弟さんが早稲田大学の教授で、建築の工学博士で、これも私の信奉者です。

関根 私は歯が痛くなってからでは遅いと思って、年に1回か2回歯医者のところへ行って掃除してもらうのです。そうすると虫歯にかからない。かかっても3日か4日行けば治る。痛くなってからでは長くかかります。

西 しかし10人が10人そうやっておって全部いいかどうかということは保証できません。それはあなたの生活の上において、たまたまビタミンCの欠乏しないようにしていらっしゃるからであって、ビタミンCが欠乏していたらどうしたって歯は緩んでしまいます。しかし私は歯を磨きませんが、歯医者に用がないのです。だからといってあなた方に磨く必要がないとは申しませんが……。

四十五、ビタミンCの補給は食物から、薬剤からでは無駄である

関根 ビタミンCはいくらとっても吸収しなければ効果がないのですが、体質によって吸収しない人がありますね。

西 そんなことはありません。食物からとられます。ビタミンCの薬は沢山あります。たとえばアスコルビン酸などというものがありますが、薬品で注射しても効かないのです。たとえば注射するときは20mgくらい投与したのですが、実際小便に出てくるのを見ると1mgくらい吸収した値しかない。拇指の爪の根元に白い三日月のある人はどんな人でも吸収します。これのない人は吸収しにくい。そういう人はビタミンCの補給源の一つである番茶では却って胃障害を起こして吸収しない。なぜかというと、三日月のない方は茶の強アルカリが胃液の酸を中和してなくしてしまう。だから無酸性になる。これがそもそも吸収しない理由です。なぜしないかというと、先ほど申し上げたようにフレデリック氏の徴候と申しまして、歯齦に赤い血管のある人は結核の徴候である。また頸椎7番、胸椎1番、2番、3番の棘状突起の付近に、赤青い血管、紫の血管のあるのは肺結核の徴候だというのがロンバルジー氏の徴候でありますが、これは皆な皮下出血です。ビタミンCの欠乏です。皮下出血というのにはクーパーネール氏徴候というのがありまして、これは陰嚢の皮下出血、女子の陰唇の皮下出血、男女の肛門と陰部の中間の会陰の皮下出血、等でありますが、これは皆なビタミンCの欠乏症です。そこでビタミンCが欠乏すると皮下出血するということがはっきりわかったのです。コーテックス・スキンという名前がある位です。顔面の皮膚は酸素に触れておりますから少し位の皮下出血があっても気がつかない。陰部とか歯齦とか肩と首の衣服で隠れたところとか、腸の内部であるが実は外皮である腸壁が酸素に触れませんから、ここが出血すると充血して吸収しない。そこで皮下出血のためにこれが壊れておりますから、それで赤痢菌とかチフス菌が入ると、そこから血液の中に浸透する。だから赤痢菌とかチフス菌というものに対しては腸壁を堅固にするということが必要ですが、それを今の医学は絶対に教えもしません。気も付かない、ただ黴菌が侵入するのだから仕様がないと言う。フレデリックは赤い血管が歯齦のところにあれば肺結核の徴候だと考え、クーパーネール氏は今申したようなことを発見しながら、腸壁の皮下出血に気がつかない。だから西医学は根本においてビタミンCということをとり上げる。

関根 そのビタミンCですが、食物中に含有しておるビタミンCを吸収しない人は、注射をすれば吸収しますね。

西 吸収する人もあり、吸収しない人もあります。

関根 実はこういう経験があるのです。学生のときから夏必ず皮膚病で困る。帝大病院や方々へ行って診てもらったが、外科の先生も皮膚科でも問題にしない。放っておけば治るというが、苦しいのでいろいろやったのです。あるところで食物からビタミンCを吸収しないのなら、アスコルビン酸を注射したらいいというのでやってみました。これは効かないことはないけれども、毎日やらなかったら効かなかったらしい。その人は食べて吸収しない場合には注射すれば吸収すると言うのです。

四十六、サイコソマチック・メディシン即ち心身相関医学

西 それについてはこれを知っていただきたい。最近アメリカでは、今までの医学は唯物的であり、物質的であると思ったのが実は精神肉体的(サイコソマチック)だったと言っておる。サイコというのはプシケーというギリシャ語から来ておるので精神ということです。ソーマというのはギリシャ語で身体すなわちボディーですからサイコソマチック・メディシンというのは、心身一如医学。これをどの医学の雑誌でも言い出しておる。高野六郎博士も食塩水を高貴薬だと言って注射したら治ってしまうのが随分あると皮肉っておりますが、医者という建前で、しかめっつらしい顔してやれば、その注射は食塩水をやっただけでも、腹痛でも何でもかなり治る場合がある。これは精神が半分手伝うのです。アメリカでは原子時代といえば、何でも科学万能時代を思わしめるが、だんだん研究して遂に医学の上に精神が重んぜられるようになってきた。結局原子の究極のところまで行くと精神ということになってくる。精神でアンモニヤの分析をいたしますと、化学的でないようですが、定量の数字が違ってくる。これがこの頃の化学上の大きな発見です。どっちにでも転がってしまう。大きい数字ですと気がつかないのですけれども、今のようにアトミックとか微量な問題になってくると、精神が非常に重大性をもってくる。そうして医学の上にサイコソマチックというものが台頭してきました。だから今まで、胃酸過多症には重曹を飲ませればいい、傷は軽いぞということをよく外科で言いますけれども、この精神作用を使うことが最近非常に重んじられておる。実は私の親戚にも医者がおりますが、実を申しますと家庭では注射なんかしません。他人が来ればしかめっつらしい顔をしてやりますが、うちの者には絶対にやりません。よその人はそれをやってもらいに来るのですから、どうしてもそこでまことしやかな顔をしてやらざるを得ないが、それで治って帰る。これは精神作用が半分あるとするならば、薬は半分効かなくともいいということになってきます。

四十七、米国は心臓病患者が年々400万人ある

アメリカでは腸炎とか下痢は少ないが、心臓病は世界第一の死亡率で、400万人が心臓病で寝ており、1年に40万人が死んでおる。そのうちの30万が上層階級、10万が上下層の梅毒です。ですから米国では心臓病は恐ろしい大敵であります。しかし西医学から言えば気の毒です。全て非業の死ですから。

関根 腎臓結核は手術で治るかどうか……。

西 私のほうは余り手術とか何とかそういうことに触れたくないのです。そういう手術をしなければならないところまでもっていかなければならないような不心得はしない方針。そんな病気にならないのが根本であります。腎臓病はいくら手術しても、足を治さない限り根治しないということなのです。

四十八、アイヌの老人曰く「生食だからこの通り一本も虫歯はありません」

司会 だいぶ時間も経過しましたが、この際ご意見のあります方はどうか簡単に……。

長谷川 今食物と歯の健康についてのお話があったのですが、私が昭和13年北海道の室蘭の白老というアイヌの部落に行き、宮本という当時63歳のお爺さんに会っていろいろ話を聞いたのですが、今の先生のお話に合致するところがある。せっかく視察に行ったのですから何か得ようと思って突っ込んだ話をすると、「歯を見なさい、一本も虫歯がありません、生食だからです」という。それが強く印象に残っています。「今の若い奴らは料理したものを食うから虫歯ができるが、俺たち夫婦は熊の肉でも何でも生で食うから、とにかく医者に行ったことがない」と話しておった。

西 それはそうです。生食をやっておれば虫歯はほとんどできませんね。しかし白砂糖を食べるとホーロー質の石灰分が白糖と結びついて、皆な融けてしまいますから……。黒砂糖は差し支えありません。しかしそれも量目によりけりです。

四十九、柿の葉煮汁の偉効

長谷川 もう一つ、私は昨年6月大野の学校で、西先生の柿の葉の煮汁の話を伺ったのです。その後昨年の8月にその効果のあることを実験したのです。それは私の檀那寺の住職の奥さんが8月の中ごろ暑い盛りでしたが、病気になりました。私も寺の世話人をしております関係から、重態だという話をしてくれた。病気は何だと聞いたところが、6日ばかり前からえらく悪くて、2、3日前から人事不省に陥り、譫言を言って気狂いみたいになっておる。病名は急性肺炎だということです。そこで私は西先生の話を思い出して、私のところに柿の葉の煮汁をつくったやつが2升ばかりあったのを持って、その寺は専念寺といいますが、そこへ行きました。そしてその住職に、先生からいただいたリーフレットと、もう一つ白い表紙の「病気にかからぬ、病気の治る、健康法」という本を一緒に持って行きまして、「西先生のこういうものがあるからひとつ試してみないか。私のところでも子供が病気したときにやってみていいように思ったが、ひとつどうだ」と話しました。ちょうどそのとき、役場のほうの関係からペニシリンを製造元から入手できて、その晩に小田原で持ってくるから、それを注射するのだということでした。それを断れとは言えないから「それもいいだろうが、両方やって悪いことはなかろうから、せっかく持って今日たのだから飲ませてみろ」と言って置いてきたのです。それで飲ましたようです。その結果、すぐにというわけにはいきませんが、ペニシリンと両方やりまして、その後だんだん快方に向かいまして治りました。それからずっと床上げまで相当の期間がありましたが、飲ましたのです。そうしたら他の人が、それが効いたんじゃないかというふうに思いまして、私のところへそのつくり方を尋ねに来るのです。その後私の教えたところでもそんな大病がありませんので飲んだかどうかわかりませんが、とにかくその寺の坊さんは非常に感心してしまいまして、私の貸した本を全部筆で写してしまいました。そういう例があります。

五十、学徒保健と柿の葉の煮汁

西 柿の葉の煮汁をつくっておきますと起死回生です。

香川 生徒に昼食のときに普段飲ませることはいいですかね。

西 30gか20g飲ませればいい。普通の湯飲み茶碗に半分位です。これはどんな体質にも向きます。余分に飲まないと効かないのは胃液のない方です。その方は腸に糞便が溜まっておるのです。だから吸収率が悪い。糞便の溜まった方は夜分腹部をあけて寝ると古便や宿便が出てくれます。これは何も氷水で冷やすわけではないが、温めないほうが自然の運動を起こすのです。温めると初めは運動を起こしますが、後には却って力が抜けてしまって運動しないのです。運動しないから糞便が溜まる。溜まれば栄養を吸収しない。吸収しないから大食をすることになる。大食するから早く老衰する。拇指の爪の根元の白い三日月がないのはなくても健康なんですが、ただ腸壁が糞便のために塞がっておる部分が多いことを示すのです。そうかといってこの三日月が非常に大きい人がありますが、それは何を食べても栄養になって中毒するということがありませんから、脳溢血を起こす人が多い。また三日月のない方は中風になりやすい。

五十一、スポーツマンとお茶

香川 佐藤先生は世界的に有名なスポーツマンですが、日常生活でお茶など多く飲まれますか。

佐藤 片寄っていませんね。水も飲みますし、お茶も飲みます。

香川 量は普通ですか。

佐藤 普通です。今僕は足が悪いのです。この前の土屋さんのお話でいうと土台が悪くなったというわけです。原因がわからんのです。レントゲンを撮った方は運動をやり過ぎたからだと言うのですが、だいたい関節の頭の格好が変わっておるのです。

西 それは足枠をつくって足の先を直しておいて、それから平行棒にぶら下がる練習をなさい。そうして生野菜を食べると治ってしまいます。

佐藤 平行棒にぶら下がる場合、足の位置は低くてもいいのですか。

西 5寸くらい地上から離れておればいいのです。大腿骨が故障を起こすのですから、それは平行棒にぶら下がって背骨を伸ばせば治ってくるのです。そうしておいて、足の先を枠で治すのです。そうしたら大丈夫です。

五十二、我々が時々匍匐するとよいわけは

濱田 匍匐するのがいいというのはどういうわけですか。

西 天然に返るからです。我々は四足動物として骨格ができておりますから……。女の人が妊娠して悪阻にかかったときに、四つん這いになって歩くと治るのです。

濱田 ドイツの体育家でそれを奨励しておる方がありますね。

西 しかしそれをあまりやりますと頭脳が低下しますから……。

濱田 女子体育章の検定のときに何かという人が、昔、奥方が妊娠されると、お祝の形式で豆を撒いてそれを拾わせる。それが非常にいいのだという話をしましたが……。

西 それは自然に返るからです。背骨の構造、足の構造は四つん這いに、這うようにできております。それが人間は直立したから病の器になったわけですね。

長谷川 妊婦に豆を撒いて拾わせるという風習は田舎にもあります。

西 今大奥ではありませんが、明治天皇以前の時代にはあったようです。

佐藤 僕は水浴療法を承りまして暫くやったのです。鎌倉におるものですから、冬海に入ったのです。それはあまり長く入りませんで、皮膚に刺激を与える程度です。入るとすぐ上がるのです。これはよかったと思いますけれども、今足が悪いのでやめておりますが……。

西 それは足枠と平行棒でお治しになればいい。そうして生食をすることです。この生食は1日のうちに必ず60gはとっていなくては駄目です。60gというと湯飲み茶碗に1杯くらいの大根おろしですが、それだけでも生食の補充をします。生の野菜ばかり1日に300匁から350匁食べておれば、1日中疲労せずに労働ができます。これを始めた当初はちょっと痩せます。それは吸収しないからです。それで、不味いのですけれども擂り潰して食べるのです。そして水を加えないで、調味料も使わないで食べるとよい。

五十三、左右揺振は六大法則の一つ

濱田 背骨をこういうように振るのはいいのですか。

西 尾骶骨を中心にして左右に振る。それと同時に腹式呼吸をやるのです。

濱田 一般の体操には上下とかローリングするのは多いけれども、横に振るのは少ないですね。

西 ですから他の運動をなさっておっても私の運動をなさればいいのです。そうすれば私の方法で訂正してしまうのです。私のほうでは六大法則と言いまして、第一板に寝ること、第二硬い枕をすること、第三金魚運動、第四毛管運動、第五合掌合蹠すること、第六脊柱の左右揺振と同時に腹式呼吸をすること、という六つの基本があります。

佐藤 金魚運動というのは……?

西 頭のうしろで手を組みまして、魚の泳ぐような格好で体全体を波打つように左右に振る。そうすると背骨が整って同時に腸が整う。以上六つを西医学六大法則と言っています。

五十四、再び研究の機会を期待して

司会 それでは主催者のほうから一言御礼を申し上げたいと思います。

 本日はご多忙のところ長い時間をお割きくださいまして、大きな見地から微に入り細にわたっていろいろ問題を出していただきまして、西先生に解決していただいたわけであります。なお問題は尽きないと思いますが、本日は時間の関係でこれで終わることにいたしますが、なお機会がございましたら何回となくこれを続けていただくようお願いいたします。どうもありがとうございました。

『西医学 』  第10巻第12号 昭和23年4月15日発行

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