鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2019/07/27(土)

鬼和尚に聞いてみるスレ part14
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1555858441/

567:避難民のマジレスさん[]:2019/07/27(土) 06:55:50 ID:WQm49ZlM0
井筒俊彦は悟っていますか?
『意識と本質』などを読むと、単に学識だけではなく、体験の次元でもかなりの領域に居そうですが、偏見抜きで語って頂きたいが、わからなかったら「わからない」で結構です。

568:避難民のマジレスさん[]:2019/07/27(土) 18:55:59 ID:LABA5HjA0 [69/69]
>>566 鬼和尚様

564です。よく注意しながら実践していこうと思います。
ご返事ありがとうございました。

569:561[sage]:2019/07/27(土) 20:53:03 ID:rtj4Uz7c0
>>566
鬼和尚さん、ありがとうございます。
観察すると、他人や社会から見られているものを自分だと思っているから、他人や社会に期待している感じがしました。

でも、人と関わる時は、見られているものを意識して予測していかないと上手く人と関われない気がしてしまいます。
見られているものを厭離しても、人と上手く関われるのでしょうか?

570:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/27(土) 23:41:27 ID:1d4drIFg0 [139/139]
>>567 悟っていないのじゃ。
 コトバと言葉に囚われすぎなのじゃ。
 それでは言葉から先には行けないのじゃ。
 学者であったから仕方ないかもしれんがのう。

>>568 そうじゃ、実践あるのみなのじゃ。
 またおいでなさい。

>>569 関われるじゃろう。
 それは親などから教わった条件付けに過ぎないものであるからのう。
 それが厭離されれば必要なかったものと気付くじゃろう。
 むしろそのために自由を制限されていたとわかるのじゃ。
 実践にょって確かめるのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 75
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1562553866/

672:マジレスさん[sage]:2019/07/27(土) 04:40:50.48 ID:VMHPxERI
鬼和尚はまわれ まわれ メリーゴーラウンド勃起して止まらないように とか思いますか?

692:マジレスさん[sage]:2019/07/27(土) 21:17:42.06 ID:yTYx4tSq
「捨」とはどのようなものですか?

捨てるべきもの、捨てるべきでないもの、の違いはなんでしょうか?

思い悩んだり怒りが沸いた時に気付いて「くだらないことでエネルギーを使うのはやめよう」などと、
その思考に囚われるのを辞めることも「捨」ですか?
捨ててはいけない違和感なんかも捨ててしまって判断を誤る事にならないかな、という所は心配です。

695:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2019/07/27(土) 23:45:06.58 ID:RyUlpMRR
>>672 想わないのじゃ。

>>692 三毒を捨てることなのじゃ。
 怒りと貪欲と無知なのじゃ。
 悟りの障害となるようなことを捨てるのじゃ。

 それも捨と言えるじゃろう。
 悟りへの欲望は捨ててはいかんのじゃ。
 他のものは悉く捨ててよいものじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1560853465/l50

101:避難民のマジレスさん[]:2019/07/27(土) 18:08:05 ID:og89HtMo0 [5/5]
ラマナ・マハルシとの対話77

師は聖書の『伝道の書』の詩篇四六の「静かに在りなさい。そして私は神だと知りなさい」、「そこには一者だけが存在し、他者は存在しない」、「賢者のハートは右に、愚か者のハートは左にある」について語った。

*静かに在りなさい。そして私は…:Be still and know that I am GOD

『旧約聖書』伝道の書の詩篇四六第十節に見られるこの言葉は、ダビデ王がヤコブの神を讃えた詩。
常に戦いに明け暮れる民に対し、主は自ら彼らの敵を破り、地の果てまでも戦いをやめさせ、弓を折り、槍を断ち、戦車を火で焼いた。
そしてこう宣言する。
「静かに在りなさい。そして私は神だと知りなさい」。
Harpu u’deu ki ‘anokhi ‘elohim :Be still に当たる Harpu の語根 Hereph は「やめなさい、手放しなさい」という意味を持つ。
つまり神は民に対してこう告げたのである。
「神である『私』がすべてをなしている。闘うことをやめて、私にすべてをゆだね、明け渡しなさい」。
英訳ではより霊的、精神的な意味合いで「静かになりなさい」と訳されている。

マハルシは「ただ静かに在ることで、『私は在る』が神であるということを知りなさい」。
すなわち「『私』は『存在』であるということを、沈黙の中で知りなさい」と説いている。

102:避難民のマジレスさん[]:2019/07/27(土) 19:51:01 ID:LC3de7YgO [7/7]
>>101
うむ。
聖書の中にこんな言葉があるのでありますね。
これはブッタの言葉でありますね。
 ∧,,∧
∩・(ェ)・)

103:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/27(土) 23:53:36 ID:1d4drIFg0 [37/37]
そうじゃ、神に全てを委ねた者が書いたのじゃろう。
真の信仰があればそれもありえることじゃ。
悟りに国境は無いのじゃ。
真摯に神や悟りを求める者がそれを得ることが出来るのじゃ。

鬼和尚の仏教購読会 別館
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/

714:避難民のマジレスさん[]:2019/07/27(土) 20:04:06 ID:LC3de7YgO [423/424]
>>712
「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)
~SRI H.W.L.POONJA

第5章 内在する「自由」への徴候 ☆Part3 (つづき)

Q:過去におこったことにコントロールされている自分に飽き飽きしています。
私は自由でありたい、いつもそよ風のようにありたい。

そよ風の本質は決して一つの場所に留まらないということだ。
彼女はいつも流れている。
彼女がバラの咲き乱れた庭に行ってもその美しさに執着しない。
彼女は「私はここにいましょう」とは言わない。

彼女の性質は流れ続けることだ。次に行く場所は豚のいるゴミ貯め場だ。
彼女は空間を流れていく。拒否することもなく、受け入れることもなく、執着
することもなく、無執着に執着することもない。

これが彼女の本質だ。この本質は私達が自由になるのを助けてくれる。
あなたの前にやって来るものに執着することもなく、無執着することもない。
ただ、流れ続ける。

さて問題は、我々が一つの場所に執着してしまったということだ。
その場所とは、関係性。特にあなた自身の肉体との関係だ。
あなたは自分の肉体に非常に執着している。

しかし、これはそよ風の本質ではない。だから全ての人が苦しんでいるのだ。
もし「これは美しい肉体、個性、私はいつもこの肉体に留まっていたい」とい
うなら、あなたは肉体と同一化したことになる。

しかし、これは起こりそうにないので、あなたを幸福にする特別な場所、一人
の人、教育に代わりを見つけ出す。
しかし、これらもあなたを本当に幸福にすることはできない。

 幸福な人とは流れ続けて行く人、特別な場所や人や物に執着しない人。
これが、そよ風がいつも幸福な理由だ。

昔、グルを見つけようと努力していた人がいた。彼はそよ風を見て言った、
「あなたは私のグルだ。あなたは一箇所に留まらないようにと教えてくれた。
私もあなたのように振舞います。私はあなたに降参します。」
このようにあなたが出会う全てのものがグルだ。

あるとき、彼はある少女に出会った。彼女の家に未来の父や母になる人が訪ね
てきた。彼女の両親は出かけていて、彼女が彼らのために料理しなければなら
なかった。

彼女の家は貧しくてほとんど食べるものがなかったが、彼女はそのことを彼
らに知られたくなかった。
水田から刈ってきた米の籾殻を取り除き始めたら、手首にはめている腕輪が音
を立てた。

籾殻つきの米をついているということを、印度ではそれは貧乏の確実な証拠
だから、彼らに知られたくなかったので、賢明にも彼女はひとつの腕輪だけを
残して全てを手首から取り除いた。

音はしなくなった。グルを探しているこの男はこのいきさつを見ていて、幸福
であるためには一人でいなければならないとこの少女から学んだ。

このように彼はあらゆるものをグルとして受け入れた。大地も彼に教えた。
あなたは大地になんでもすることができるが彼女は気にしない。
汚物で汚そうが花を植えようが同じだ。

彼女は全てを受け入れる。彼は「大地は私のグルだ」といった。
このようにあなたが本当に学びたいのなら、全てのものから学ぶことができる。

あなた自身独立していない限り、他人とひりひりして時間を無駄にするものだ。
あなたはあなたの真我と親密であらねばならない。
この話の意図はあなたを台無しにする同伴者を持たないこと、時間を無駄にし
ないこと。
あなたは一人でいる時間を持ち何にも執着しないことだ。

あなたが自由になるまで、一人で静かにしていなさい。
あなたの真我のために少しでもよいから時間を見つけなさい。
いつも社会の中にいる必要はない。社会とはあなたの時間を無駄にする場所と
いう意味だ。

 「全てのものから学びなさい」,これがあなたには十分な教えになるだろう。

Q:神に会う前に全ての問題や心配を取り除く必要がありますか?

それらをまず取り除いて、そして行くということはできない。
まず輝かなければならない、そうすると物事は解放される。
まっすぐに行きなさい、全ては解放されるだろう。

まっすぐに家に帰りなさい、そうすると全てがあなたの面倒をみる。
これもあれも取り除かねばならないと考えないことだ。
それは不可能で、そのために何世も費やさねばならない。

「私は自由にならねばならない」とこれだけを考えて直進しなさい。
さもないと采配しなければならないことは多すぎるし、それらすべての面倒見
るには今世は短すぎる。

時が過ぎていく。急いで家に帰りなさい。自由のことだけを考えていると、マ
インドは「今」この瞬間ノーマインドだか
ら全てが解放される。他に何も考え
ないことだ。真我を愛しなさい。
(´・(ェ)・`)つ

715:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/27(土) 23:49:29 ID:1d4drIFg0 [268/268]
悟る前に全ての問題や心配を取り除くことは出来ないのじゃ。
老病死もまたその一つであるからのう。
悟れば全ての問題も心配もなくなるのじゃ。
それらが観念であったと気付くからなのじゃ。
幻影である自我があると思われている時だけそれらもあると思うのじゃ。

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