鬼和尚 ◆GBl7rog7bM 2019/07/18(木)

鬼和尚に聞いてみるスレ part14
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1555858441/

517:偽和尚★[]:2019/07/18(木) 01:50:39 ID:???0
すいませんがこのスレは主に鬼和尚への質問と鬼和尚からの回答のためのスレなのでその他の書き込みはなるべくお控えください。

520:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 18:36:18 ID:LABA5HjA0 [60/60]
鬼和尚様

不毛な独り言のような書き込みをして申し訳ありません。
これもまた、人間関係による刺激に反応してしまったものと考えて良いでしょうか?

どうぞよろしくお願いいたします。

521:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/18(木) 22:22:21 ID:1d4drIFg0 [125/125]
>>517 ご苦労さんなのじゃ。
 正に菩薩の行ないじゃ。

>>519 そうかもしれん。
 他人を見ていれば影響されるのじゃ。
 他人を見ずに自分のしたこととしなかったことを観るとよいのじゃ。
 実践あるのみなのじゃ。

【相談】悟りを開いた人に聞くスレ【仏教】 50
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1561161133/

227:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2019/07/18(木) 09:10:48.14 ID:zJ/iwAt7 [1/2]
仏教徒ではなかった彼ら迷惑組は
一体何処に属して居るのでしょうか?
外国の工作機関かアレフとかの新興宗教?
あるいはただのパラノイア?

228:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2019/07/18(木) 13:50:49.41 ID:5Vo6bnVc
大山は毎度おなじみの嫉妬→発狂→暴走→逃走という流れだな。
鬼和尚、さすがに今回で終わりそうですか?

230:おさかなくわえた名無しさん[]:2019/07/18(木) 14:23:48.16 ID:+J0har0g [1/2]
鬼和尚って僧侶じゃないの?

233:おさかなくわえた名無しさん[sage]:2019/07/18(木) 20:07:29.37 ID:Qde/P8Sm
仕事でミスをしてしまいました。
取引先に不良品を送ってしまって明日謝罪しに行きます。
さらにうっかり納期を大幅に超過してしまう二重のミスです。

同僚の営業さんも機嫌が悪くなってしまいました。
気が重いんですが、よい謝り方などアドバイスあればお願い致します。

235:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2019/07/18(木) 22:27:22.69 ID:qPLYm3Qe
>>227 新興宗教臨済宗じゃな。
 明治の廃仏毀釈で僧籍を捨てたのに勝手に臨済宗を名乗っている連中なのじゃ。
 愚かなものじゃ。

>>228 終わらないじゃろう。
 わしの引き立て役として頑張ってもらいたいものじゃ。
 悪業の報いが来てしまえばもはや終わりかもしれんがのう。

>>230 私度僧なのじゃ。

>>233 頭を丸坊主にするとよいのじゃ。
 昔から伝統的な謝罪の姿なのじゃ。
 暫く部屋にこもって謹慎しているというとよいのじゃ。
 そうすれば相手の怒りも和らぐのじゃ。
 実践してみるとよいのじゃ。

悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】 75
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/jinsei/1562553866/

361:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 12:22:31.23 ID:ROk042p1 [1/6]
鬼和尚は何歳までセックスは
女性とちんちんでつながっておしっこをすることだと思っていましたか?

363:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 13:23:44.24 ID:ROk042p1 [2/6]
鬼和尚は人生で初見殺しのわなをいくつクリアーできましたか?

364:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 14:19:46.70 ID:6+BuUESw
仏教の歴史の中で、原始仏教だろうが上座だろうが大乗だろうが金剛乗だろうが、僧侶でないものが僧侶と名乗る事を許された試しはない。

◯◯非仏説は一旦置き、曖昧さはともあれ出家と在家のボーダーが崩れれば仏教の基盤であるサンガは崩壊する。

仏教徒であればそれを望まない。

馬鹿鬼のその行為は破和合僧。

365:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 14:23:18.20 ID:ROk042p1 [3/6]
鬼和尚の露命は旦夕に迫っていますか?

366:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 14:25:29.72 ID:ROk042p1 [4/6]
鬼和尚はこの世に報いる志をまだ果たしていないのではありませんか?

369:マジレスさん[sage]:2019/07/18(木) 19:49:44.13 ID:ROk042p1 [6/6]
鬼和尚は京アニの放火についてどう思いますか?

371:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM [sage]:2019/07/18(木) 22:32:12.68 ID:RF6UvQtj
>>361 一万七十五歳じゃな。

>>363 無じゃ。
 今もおぬしのわなに引っかかっているのじゃ。

>>364 臨済宗の者は僧侶と名乗ることも許されないというのじゃな。
 厳しいのう。
 わしはそうは思っていないがのう。
 臨済宗のジャンキーという者が臨済宗は僧侶と名乗ることを許されて居ないと書いたのじゃ。
 内部告発じゃな。

>>365 胆石はないから迫っていないのじゃ。

>>366 今果たしているのじゃ。

>>369 頭のおかしなものじゃな。
 哀れな者じゃ。

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1560853465/l50

79:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 17:16:08 ID:73lwfNNQ0 [22/25]
ラマナ・マハルシとの対話68

著名な教授であるDr・ラーダーカマール・ムケールジー氏は、物腰の温和な色白の中年男性で、ヨーガと瞑想を修練している。
ある神秘体験をし、師にその不思議を解いてもらうべく訪れた。
教授には著書があり、ロンドンのロングスマン・グリーン出版社から出版されている。
彼は真我実現に困難を感じて、師に助けを求めた。

質問者
 『ウパニシャド』にある瞑想法は、今では消え去ってしまいました。
 私はベンガル州にいる偉大な賢者からその教えを受け、長い年月の戒律と修練を経た末、ある神秘的な体験をしています。
 ときどき私は「ブーマー(至高の意識)は無限であり、私は限定された意識だ」と感じます。
 それは真実でしょうか?

マハルシ
 ブーマー(完全性)だけが存在するのです。
 それは無限です。
 その無限のブーマーから、ウパーディ(限定された付属性)をともなう有限の意識が現れます。
 これはアーバーサ(反映)です。
 この個人意識を至高の一者に融け入らせること、それが為されるべきことです。

質問者
 ブーマーは至高の意識の属性です。

マハルシ
 ブーマーは「至高なるもの」なのです。

  ヤトラ・ナーンヤット・パシュヤティ・ヤトラ。
  ナーンヤット・シュルノーティ・サー・ブーマー。

  何であれ自分と異なるものを見ることも聞くこともないところ、それが「完全なるもの」である。
  『チャーンドーギャ・ウパニシャド』第7巻24章1節

 それは定義することも描写することもできません。
 それは「あるがまま」なのです。

質間者
 私は広大な広がりを体験しました。
 それはおそらくブーマーの一段階下、あるいはそれに近いものだと思われます。
 正しいでしょうか?

マハルシ
 ただブーマーだけが存在し、他には何も存在しません。
 そのようなことを語っているのは心なのです。

質間者
 心を超越して、私は広がりを感じるのです。

マハルシ
 そう、そうです……。

教授は少し離れたところに座っていた女性にヒンドゥー語で説明した。

女性
 瞑想と散漫の違いは何でしょうか?

マハルシ
 違いはありません。
 想念があるとき、それは散漫であり、想念がないとき,それが瞑想です。
 しかしながら、瞑想とはただの修練でしかなく、真の平安の境地とは異なります。

女性
 どのように瞑想を修練すればよいのでしょうか?

マハルシ
 想念を払い去りなさい。

女性
 どうすれば仕事と瞑想を調和させることができるでしょうか?

マハルシ
 働く者とは誰でしょうか?
 働くその人に質問させなさい。
 あなたは常に真我なのです。
 あなたは心ではありません。
 このような質問を起こすのは心なのです。
 仕事は常に真我の存在の中でのみ進んでいきます。
 仕事が真我実現の障害となることはありません。
 仕事をする者が自己の本性を見誤ったため問題が生じるのです。
 偽りの同一化を棄て去りなさい。

教授
 無意識状態は無限の意識に近いものではありませんか?

マハルシ
 意識だけが存在し、それ以外は何もないのです。

80:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 17:18:24 ID:73lwfNNQ0 [23/25]
質問者
 シュリー・バガヴァーンの沈黙自体、強力な影響力を持っています。
 それは私たちの心に平和をもたらします。

マハルシ
 沈黙とは絶え間ない語りかけです。
 言葉による語りかけは沈黙による語りかけを妨げます。
 沈黙の中では、人は周囲との親密な接触の内に在ります。
 ダクシナームールティの沈黙は四人の弟子たちの疑いを払い去りました。
 「マウナ・ヴャーキャー・プラカティータ・タットヴァム」とは、「沈黙によって説かれた真理」を意味しています。
 沈黙は真理の顕示なのです。
 沈黙とは実に強力なものです。

 声に出して表す言葉は口という器官を必要とし、それが言葉に先行します。
 しかし沈黙の言葉は想念さえも超えています。
 それはつまり、話された言葉も話されない言葉も超えているのです(パラー・ヴァーク)。

質問者
 真我実現の中に知識はあるのでしょうか?

マハルシ
 知識の不在は眠りですが、実現の中には知識があります。
 しかしこの知識は主体と客体をともなう通常の知識とは異なったものです。
 それは絶対知識なのです。
 知識には二つの意味があります。

 1ヴァーチャールタ=ヴリッティ=文字通りの意味

 2ラクシャールタ=ジニャーナ=真我=スワルーパ=第二の意味(秘められた、暗示された意味)

質問者
 人はヴリッティとともに知識を見るのです。

マハルシ
 そのとおりです。
 誰もがヴリッティと知識を混同してしまいます。
 ヴリッティとは心の様態です。
 あなたは心ではありません。
 あなたはそれを超えているのです。

女性
 ときおり、ブラフマ・アーカーラ・ヴリッティにとどまりたいという抑えがたい熱望を感じます。

マハルシ
 それは良いことです。
 それが自然(サハジャ)になるまで培われなければなりません。
 そうしたとき、それはスワルーパ、真の自己となるのです。

後にシュリー・バガヴァーンは説明した。

マハルシ
 ヴリッティ(心の様態)はしばしば意識と間違えられます。
 しかしヴリッティは単なる現象でしかなく、反映された意識(アーバーサ)の領域で働くものです。
 真の知識は相対的な知識と無知の両方を超えています。
 それはヴリッテイの中にはありません。
 真の知識の中には主体も対象も存在しないのです。

 ヴリッティはラージャシックな(活動的)心に属しています。
 サートヴィックな(静止した、不動の)心はヴリッティから自由です。
 サートヴィックな心はラージャシックな心の観照者です。
 それは疑いなく真の意識ではあるのですが、それでも、それはサートヴィックな心と呼ばれています。
 なぜなら「観照者として在る」という知識は、反映された意識(アーバーサ)の機能にすぎないからです。
 心は反映された意識であるため、「観照者として在る」という知識は心であることを示しているのです。
 しかし心はそれ自体では作用しません。
 それゆえ、それはサートヴィックな心と呼ばれるのです。

 それがジーヴァン・ムクタ(生きながら解脱した人)の境地です。
 彼の心は死んでいるとも言われています。
 ジーヴァン・ムクタは心を持っていて、しかもそれは死んでいる、というのは矛盾していないでしょうか?
 これに関しては、無知な人々と議論したうえで是認されなければなりません。

 ブラフマンはジーヴァン・ムクタの心に他ならないとも言われています。
 どうしてジーヴァン・ムクタをブラフマヴィド(ブラフマンを知る者)として語ることができるのでしょうか?
 ブラフマンはけっして対象として知られるものではありません。
 しかしこれはあくまでも一般的な言い回しにしたがったものなのです。

 純粋(サートヴィック)な心は、ジーヴァン・ムクタとイーシュヴァラ神の心を推測したものです。
 彼らは議論します。
 「さもなければ、いったいどうやってジーヴァン・ムクタは生活し活動するのか?」と。
 ですから、議論上譲歩してサートヴィックな心の存在を認めなければならないということになったのです。

 実際、サートヴィックな心とは絶対意識のことです。
 観照者と観照される対象は最終的には融け合い、絶対意識だけが支配します。
 それは「空」(シューニャ)や無知の状態ではなく、真我(スワルーパ)なのです。
 ある人々は、「心は意識から立ち現れ、意識の反映がそれに続く」と言います。
 他の人々は、「意識の反映が先に現れ、心がそれに続く」と言います。
 事実は、どちらも同時に現れるのです。

81:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 17:19:22 ID:73lwfNNQ0 [24/25]
教授はシュリー・バガヴァーンに、
「もうすぐ一千マイル離れたところへ行ってしまいますが、どうぞ恩龍をお与えください」と懇願した。

シュリー・バガヴァーンは、
「時間と空間は心の中にある概念にすぎません。
 しかし真我(スワルーパ)は心も時間も空間も超えています。
 真我の中では距離は問題ではないのです」と語った。

彼とともに来た女性は、師のもとを去ることを最もためらっていた。

師は言われた。
「あなたはいつも私の臨在の内に在ると思いなさい。
 そうすれば、安心できるでしょう」。

彼らは日が暮れてから去って行った。

*ウパーディ (限定された付属性)
ヴェーダーンタ哲学の用語。
水晶玉を赤い紙の上に置くと赤くなる。
水晶玉を赤い紙から離せば、 透明な状態に戻る。
両者が接触するとき、赤い色は水晶玉の中に存在するかのように見える。
水晶玉は身体を表し、赤い紙は意識を表す。
あるいは、鉄の球は硬く冷たいが、火に熱せられると柔らかく熱くなる。
火から引き離せば鉄の球は元どおりになる。
鉄の球は身体を表し、火は意識を表す。

身体自体に生命意識はないが、 意識が身体に入ったとき、 身体は意識の質と付属性を得たかのように見え、意識は身体に限定されたかのように見える。
しかし身体から意識が離れ去ったとき、「限定された付属性」も消え去る。
このような接触によって起こる「限定された付属性」をウパーディと呼ぶ。

*沈黙とは絶え間ない語りかけです
マハルシはしばしば、
「マウナ(沈黙)は絶え間ない語りかけであり、
 静かにしていることは絶え間ない活動です」と語っている。
このことについて尋ねたアンナーマライ・スワミにマハルシはこう答えている。
「静かにしていることは常に働いているということです。
 『働く』とは、別に鍬を手にして働くなどという意味ではありません。
 『働く』とは、常に真我として輝いていることを意味しているのです。
 ただ沈黙だけが常に語っています。
 この2つはどちらも同じことを意味しています。
 ちょうど偉大な賢者たちが、
 『考えることなく考える』、
 『語ることなく語る』、
 『聞くことなく聞く』と語ったように、もしあなたが語らなければ、神がやって来て語るのです。
 最も偉大な聖典は沈黙の教えです。
 その聖典を読めば、すべての疑いは消え去るでしょう。
 さもなければ、何万という本を読んでも疑いが消えることはけっしてないでしょう」

*知識には二つの意味があります…
真我の知識は言葉では表せない。
それでも聖典はそれを言葉で表し続けてきた。
聖典が言葉で表した知識はヴァーチャールタ、つまり文字通りのものだが、真我の知識はラクシャールタ、つまり月を示す指 (間接的な暗示による表現)でしか表せない。

*ブラフマ・アーカーラ・ヴリッティ
ブラフマン以外のすべての想念を排除して、ただ姿なきブラフマンのみに黙想し続けること。

82:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 17:22:15 ID:73lwfNNQ0 [25/25]
>>81
誤…恩龍
正…恩寵

83:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/18(木) 22:49:59 ID:1d4drIFg0 [28/28]
静かな心と活動的な心とはただ言葉による観念として説かれたものに過ぎないのじゃ。
観念があれば心は活動的であり、無ければ心は無であり静かなのじゃ。
常に相対的な観念として対象を捉える悟っていない者に向けて説かれただけなのじゃ。
本来は観念が無ければ心も無いと言えるのじゃ。
心が働く対象が無いからのう。

鬼和尚の仏教購読会 別館
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/

692:避難民のマジレスさん[]:2019/07/18(木) 08:05:06 ID:LC3de7YgO [412/412]
>>682
16「真理のみ」 (原題 「THE TRUTH IS」)
~SRI H.W.L.POONJA

第5章 内在する「自由」への徴候 ☆Part1(つづき)

 この自由への思いがやって来たのは、彼が彼の父が手配した若くて美しい女
性にとり囲まれて、快楽の園にいたときだ。
星占いによると彼は苦行者の王となるだろうと予見された。

 そのために彼の父は快楽の牢獄に彼を閉じ込めたのだ。
しかしこの愛の炎は、彼の内に激しく燃えあがっていた。
そして彼は覚醒を得て、いまだに生き続けている。

 このようにあなたはやり遂げねばならない。
仏陀もまた人間であった。
彼がやり遂げたのだから、私たちも確かにやり遂げることができる。
全ての人が仏陀になることができる。
たった一つ必要なのは自由への炎だ。

 そうすると、あなたが「静寂」であり、その仏陀であると認めることになる。

   自由を勝ち得るには、
   あなた自身の深遠さを測り知るには、
   塩の人形になってガンガ(ガンジス河)に飛び込むことだ。
   あなたは人形であることを忘れて、
   あなたはガンガになるだろう。

これがベンガルのラーマクリシュナが言ったことだ。
これが永遠性との絶対的な一体化だ。
あなたは決して存在したことのない岸に戻って来ることはない。

Q:私の本質の中に溶けて、決して戻ってきたくありません。

よく決心した。
ここにいなさい。
この決心は非常に堅いので即座にその結果を得るだろう。
熱意を失わないことだ。

昔、マトワラと呼ばれる男がいた。
彼は樹の下に座って決心した。
「私が悟るまでこの樹から立ち上がらない。」
それで、彼はいつも樹の下に座って瞑想し、食事のために席を外すこともなか
った。そこへある人がやって来て、彼が何をしているのかと尋ねた。

 「私は瞑想しているのだ」とマトワラは言った。
「何のために?」
「幸福になるためだ。」

 「教えてあげよう。このバニヤンの樹にはどれ位の葉が茂っているかね?
 自由になるためにはこの葉の数のように何回も生まれ変わらなくてはならな
いのだよ。」とその人は言った。

「問題ない」と自信に満ちた瞑想者は言った。

 「この樹には何千もの葉がついている。生まれ変わりなど気にしない。私は
ただここに座っているのだ。」この決心で彼は瞑想しつづけた。

 しばらくして次に聖者がやって来て尋ねた。

 「何をしているのかね?」マトワラは瞑想しているのだと答えた。
 「なぜ?」と聖人が尋ねた。
 「全ての人が苦しんでいる、苦しみを取り除くためには瞑想するようにと私
のグルが言ったのだ。」と答えた。

 「教えてあげよう。このバニヤンの樹から最後の一葉が落ちるまでここで瞑
想しなさい。最後の一葉が落ちたときあなたは悟るだろう。」と聖人は言った。

 その時マトワラは大声で叫び返した。

 「私は葉が落ちるのを待つ必要はない。葉が落ちるのと私の光と知恵の間に
どんな関係があるのか?」彼は立ちあがって踊りだした。

 幸福は今ここにある。彼は悟ったのだ。

この話の意味していることは、あなたは待つ必要がないということだ。
悟りは時間に依存しているのではない。何年待てばよいというものではない。
あなたはすでに35億年も費やしてここにいるのだ。

 この樹は絶えず葉を繁らせ続ける。
もし一葉が落ちても他の葉が繁る。
どれ位待つつもりだ。立ち上がって「私は自由だ!」と叫んだらどうだ。
あなたが自由になれば結局は人生を楽しむのだ。

 それならなぜ今楽しまないのか?
 ほとんどの人が死を恐れて、「私は死んでいく。」と叫んでいる。
私は人が道に飛び出して「私は自由だ。」と叫んでいるのを見たことがない。
だからもしあなたが本当のマトワラなら道に出て叫びなさい、

 「私は自由だ!!」と。

Q:私のエゴは非常に強固です。
どうか私のエゴを破壊して下さい。私は自由を経験したいのです。

 あなたのエゴを見せてくれるかね。
そうしたら、私の強さとあなたのエゴの強さを比べることができる。
彼女に会ったことがあるのかね?

(´・(ェ)・`)
(つづく)

693:鬼和尚 ◆GBl7rog7bM[sage]:2019/07/18(木) 22:36:23 ID:1d4drIFg0 [259/259]
どれほど強いエゴも一度観られたら滅してしまうじゃろう。
それは決して存在しなかった幻想の観念であるからのう。
その真実をありのままに観るがよいのじゃ。
今ここで自由になるじゃろう。
時を待つ必要は無いのじゃ。

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