腎臓と顔 西勝造

西勝造著作集 第12巻 道は近きにあり 

西勝造 柏樹社

19 腎臓と顔

ゴマを食べると、尿中に毒素を余計に出すということがわかると、次は腎臓と顔との相関関係に進まねばならない。顔の表情と健康との関係は密接である。しかめ面をしている人に健康者はなく、長寿の人はどことなくのんびりとふくよかな表情をしている。顔の表情は、その筋肉の動きであるが、これは笑いと泣きと怒りとに大別できる。泣きと怒りとは、健康の表情でないことはもちろんであって、健康は笑いが象徴するものである。

かつて岩波文庫から、ベルグソン著『笑』の翻訳が出された。私はヘッケル著『笑および滑稽の生理』によって、笑の生理を研究したのであるが、腎臓機能の健否と顔の表情運動すなわち笑とは、密接な関係がある。精神感動と顔の表情とは、一致していることは明瞭である。たとえば、突然犬を殴った場合の表情は、ヒーヒーと鳴いて悲しそうな表情をするが、エサをもっていくと尻尾を振り、嬉しそうにニコニコした表情をする。馬もまた笑うなどベルグソンの笑の哲学には書いてある。笑についてはその他『大和西銘』にもあり、『太極図説』にも載っている。また「笑う門には矢たたず」とか、「笑うものは打たれず」とか、『源氏物語』にも『平家物語』にもある。笑うということは人間を非常に幸福にする。昔から「笑う門には福来る」といわれているが、健康になれば、今まで笑わなかった人も、笑うようになってくる。なお、笑と尿との関係も深い。笑わない人の尿には、毒素が少なく、笑う人は余計に出る。そこで、我々は、できるだけ笑うようにしなればならない。

笑いには、いろいろ種類がある。微笑(ほほえみ)、苦笑(くしょう又はにがわらい)、作笑(つくりわらい)、世辞笑(せじわらい)、追従笑(ついしょうわらい)、莞爾笑(ニコニコわらい)、北叟笑(ほくそえみ)、豪傑笑(ごうけつわらい)、爆笑(ばくしょう)、諂笑(へつらいわらい又はおべっかわらい)、密笑(クスクスわらい又はひそかわらい)、嘲笑または冷笑(せせらわらい又は軽蔑笑い)、嘲笑(あざわらい)など、いろいろの名の笑いがある。眼の玉を下にして「エヘヘヘ……」と笑う嘲笑などは慎まねばならぬ悪い笑いである。また、笑えといったからとて、場所がらもわきまえず「ウワッハハ……」と笑ったり、電車、汽車、自動車の中などで、または道を歩きながら、のべつ笑っているのでは、何がおかしいのか、気でも変になったのではないかと思われてもつまらない。常識で判断して、笑うべき場合は大いに笑えばよいと思っている。

ノルウェーやスイスには、戦前笑いの学校ができていたということを、ロンドン・タイムズ・ウィークリーが報じていた。詳しくはわからないが、この学校ではセルロイドでたくさんのお面がつくってある。太ったもの、痩せたもの、それぞれに応じた面をかける。部屋の周囲は、ぜんぶ鏡になっている。

講師は、いろいろのものを指摘しつつ講義をしていく。最初は、講義に夢中になっているからわからないが、そのうちにヒョッと鏡を見ると笑っている。自分も映っている。他人も映っている。皆お面が笑っている。はじめは、本人は笑っていないが、お面は笑っている。

「あれッ!笑っている」

と不審に思う。それがいつしか習慣性となって、今度は中身の本人が笑うようになる。だんだん笑いにつれてほがらかになり、病気をしてもいられなくなって、健康を回復することになる。

これは、笑いが明朗なる精神をつくり、この精神が肉体に影響を及ぼして、以って病気を治してしまうという建前をとったものである。すなわち精神が肉体を支配するというところにその原理をおいているので、一面の真理はある。この方法によって、はじめは苦虫を噛み潰したような顔をしていても、だんだんほがらかになり、自然と笑う顔になってくるのである。

西医学でも、そんな学校をつくったらよかろうと思う。さしずめ私が校長になる。あなた方は、ときには漫談を聞いて大いに笑うのも薬です、始終センブリを飲まされたような顔をしていたのでは、真の健康体にはなれない。『大和西銘』などを見るとちゃんと出ている。

東京のさるところに3人のお嬢さんがあった。上と下はなんともないのだが、中の娘さんはぶつかってもツンとしている。色は黒く、お母さんがなんと言って聞かせても、怒ってばかりいる。歳は18だから、いつもならば箸が転んでもおかしい歳だのに、始終ブリブリして笑ったことがない。私から見ると、このお嬢さんは微熱があり、扁桃腺が悪く、寄生虫もたくさんわいており、中耳炎もあり、そのうえ膝小僧を痛めている。つまりビタミンC欠乏症だ。それらを治すことをまず指導した。そして私は、お母さんに一家中がボール紙でお面をつくって、揃ってその面をかぶってごらんなさいと言った。もちろん笑っているお面だ。そのお母さんは、さっそくボール紙でお面をつくり、息子さんにいろいろと笑顔の絵を描かせ、一家中こぞってこれをかぶった。すると1ヶ月半か2ヶ月ぐらいするうちに、そのお嬢さんの身体はよくなってしまった。一家中やっていれば、自分もおかしい、思わずニヤッとなる。これがだんだん笑えるようになり、笑えるようになればそれに比例して身体はよくなる。およそ2ヶ月半ぐらいであったか、ヒョッコリそのお母さんがお嬢さんを連れてこられた。私はお面を勧めたことを忘れていた。お見受けすると、顔のドス黒いのがとれて、見違えるほどきれいになっている。これは、学校から帰ると皆お面をかぶっておかしそうにしている。中身は笑っていないが、お面は笑っている。それがおかしいものだから、だんだんと顔の強直が解けてそれが習慣となって、ついに心から笑えるようになった。そこで気分が、ほがらかになったのである。もっとも、このさい生水をチビリチビリ飲むことが必要である。

それはよかったが、ここに1つ問題が起こってきた。お面をつくったボール紙があまり厚かったために鼻を押さえてその結果鼻が低くなった。なんとか高くする工夫は、なかろうかと訴えられた。見るとなるほど鼻が低い。けれども、お面をかぶったためだとは言われない。よく見るが、お面を2ヶ月半かぶったために低くなったとも思われない。といって生まれつきですとも言われない。それでは自尊心を傷つける。叩くとかなんとかして、少しでも高くする工夫はないかと言われるが、仕方がない。工夫をしなければならない。

「お面をおもちになられましたか」

「はい、これがこの娘のものですよ……」

拝見すると、なるほど相当に分厚い。

「ボール紙が厚かったかな、では鼻のところに穴を開ければよいでしょう」

と言い言い、ナイフでちょうど適当な穴を開け、鼻のところだけ出るようにした。それでこちらは、責任解除だが、さらに語を継ぎ、

「あのですね、ときどき鼻を手で引っ張るのですよ。そして毛管運動をやって歩くことを心がけてください」

と申しあげておいた。

以前から、このお嬢さんを知っている人が、今の姿を見れば、見違えるぐらいにきれいになり、容色もよくなってきた。前から低い鼻であったのであるが、ほかがあまりきれいになったものだから、低い鼻が特に目立ってきたのである。なにもボール紙で押さえたために低くなったのではない。それは低くなったように思われてきたのである。元来低い鼻であったのである。ところが歩くということに主力を注いだならば鼻が少し高くなってきたではないか。鼻の低い人々よ、18、9歳までが大切である。それからは目立つほどというわけには高くならない。

このお嬢さんは、もちろんお面だけでなく、温冷浴もやり、平床とか硬枕も応用して、ともかくも顔からドス黒い色も除かれ、ほがらかになられた。

お面はセルロイドつくり、鼻のところは穴を開けて鼻が入るようにするのが一番だ。「もともと低い鼻ですよ」などと、自尊心を傷つけるような言をいってはいけない。向こうの言い分を聞き、高くなるようにすればよろしい。ほかがよくなれば、今まで気がつかなかった欠点が目立ってくる。それを低くなったのだから、どこか叩いて高くしてくれというのは無理な話だが、そこは要領よく、

「いや、もとから高い鼻だったのですが……」

と言っておいたほうが、結果はよろしい。

鼻を高くするには、下肢の裏側の筋を伸ばすことをやればよろしい。失礼なことを言うようであるが、朝鮮のご婦人は、常にあぐらをかき川端で洗濯をするから、そうした環境に生活すると頬骨の間に鼻柱がくぼんでしまい、いきおい、平べったい鼻になってしまう。ところが、脚をよく使う国民の鼻は高い。イタリアとか、ノルウェーの人たちは、特に高い鼻の持ち主であるが、これは常に歩くことばかりやっているからである。そのうえに寝るまで靴を履いている。しかし歩くことが鼻を高くするといっても、悪い足で歩くとほかの病気を起こしてくる。足首を治さずに、歩くことはよくない。足先の扇形と足首の上下運動は朝夕2回は必要であり、そして両足は完全になり、かくして完全になった足で、脚の後ろの筋を伸ばしながら歩くと、鼻も高くなり、眼もよくなる。

要するに、西医学健康法の教える生活をやり、便通をつけ、笑いのお面をいろいろつくって、どれが似合うかと、家内中の者が皆そのお面をかぶり、おもしろみとおかしみのある生活をすると、つい笑いが多くなり、顔の表情もよくなり、腎臓もよくなり、健康にもなる。腎臓は、血液の浄化器官だから、これが完全に働くことが健康の基である。腎臓はまた足に関係があり、足を完全にすることが腎臓、心臓、血管を完全にすることであり、こうして万病を克服して健康になり、容姿も美しく心も気高くなるのである。

手へんに楽という字は、擽る(くすぐる)という字であるが、いくら笑いがよいといってもくすぐって無理に笑うのはよくない。くすぐりすぎると、笑いで死ぬことがあるから、注意しなければならない。くすぐるとなぜ死ぬか。ロシアのヘッケルという人の研究によると、くすぐるとすぐに腸に影響する。あまり笑うと、腹が振動してこれが太陽叢を刺激し、なお腹が痛くなる。それが腸閉塞を起こし、脳出血を起こして死んでしまうこともある。

頭の血管には、もちろん動脈と静脈とがある。ところが脳の静脈には弁がない。弁があれば血液は逆流しないが、弁がないからハッハッハッハッと笑いがとまらないと、血液が逆流して血管を破裂して脳出血となり、死ぬことになる。一番くすぐったいのは脇の下、喉、足裏であるが、腎臓の悪い人は特にくすぐったい。ゆえに人並みはずれてくすぐったい人は不健康である。

お面をかぶって健康になり、容色がきれいになったからといって、こういうことを教えたからといってそれで医師法違反ということはあるまい。

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