近時雑話 樫尾太郎

近時雑話 

樫尾太郎(医学博士・樫尾医院院長)

力道山の死

ルー・テーズ vs. 力道山

プロレスの生みの親であり育ての親であり、50億円の資産を有するといわれた力道山の最後はあっけない幕切れであった。

彼は力士出身だけあって朝食は摂らず、また試合のある日はリングに上がるまでは食事を摂らない習慣であり、怪我をすると食物をあまり食べずによく動くというように自分で合理的保健法を体得していた。

リキパレスにも三号型健康機を置いて使用していた。肉をたくさん食べるが、野菜もずいぶん食べ、夜はグッスリ眠って、体液が酸性に傾くのを防いでいたようである。誠に不死身の身体であるが、西先生は『力道山は自爆する』ということを予言しておられた。

バーで喧嘩をして暴れたということがちょいちょい新聞に出たが、私は人気取りにわざとそういうことをやるくらいに思っていた。昨年末12月8日の夜10時50分ごろ、ナイトクラブで刃渡り15cmのナイフで下腹部を刺され、そのままいったん自宅へ帰り、それから外科病院へ入院した。

リング上では少々の怪我をしてもじきに回復する体だから、間もなく復帰できるだろうと思っていた矢先、1週間目の15日朝、腸閉塞だか腹膜炎だかを起こして再手術をしたが、経過が悪くて亡くなったと新聞は報じた。その前日の新聞にはベッドに座っていろいろ食べている写真が出ていたのに、一般人には納得ゆかないことである。

西医学の信奉者ならば、怪我のときは食べてはいけないこと、腸の傷だからせめて1週間ぐらいは断食すべきことは知っている。魚でも腸わたを抜いておけば腐らないのである。自然の動物でも怪我をすると治るまで食べない。外科医の罪を責めても時すでに遅しであるが、日本の誇りを1つ失ったことは残念である。

それにしても「持った槌で打たれる」という運命になった。

自動車にはねられ

私の近所に床屋さんがある。その奥さんの坐骨神経痛が西式で治ってから、ご主人も西式の真似事ぐらいはやっていた。

その夫人からおろおろした声で電話があった。

「主人が表で自動車にはねられ、○○病院へ担ぎ込まれましたが、片足が動きません。すぐ連れて行きましょうか」

「せっかく病院へ入ったのだから、応急処置をしてもらって、少し落ち着いてから西式を始めても遅くありません。ただし1週間ぐらいは断食をするのがよろしい」と私は答えた。

翌日また電話がある。

「左下腿が腫れていますが、レントゲンの結果は腓骨にひびが入っているそうです。その他肛門の近くに裂傷がありますが、それは縫ってもらいました」

「その怪我した脚を副木にあてたまま少し持ち上げて毛管をすれば、骨折も早くひっつきます」

と答えたが、1週間ほどで腫れもほとんど引き、麻痺していたように思った脚も動かせるようになり、掴まって便所へ行くようになった。それでも病院では1ヶ月半は副木をあてておき、あとマッサージをして治るのに2ヶ月はかかるというのである。

2週間目にタクシーで付き添いの家政婦に連れられて私のところへ突然やってきた。「病院のほうはどうしたのです。」と聞くと、正月になるから退院したいなら家へ帰って寝ていてもよいが、1週間後にもう一度レントゲンの検査をして、それから副木を外すかどうかを決めるとのこと。断食は3日間はやったが、周囲の関係上からもそれ以上はできなかったという。

包帯をほどいて見たが、骨折部は腫れていないし、押さえてもひどい痛みはないので、冒険だと思ったが、副木を外させ、局所へ「りうはっぷ」を貼り、家へ帰って毛管運動に専念するように勧めた。しかし、年末の書き入れ時で、平年なら1日に2、30人の頭を刈るのだが、やむを得ず3、4日間4、5人のお客を捌いた。

年が明けてから、脚を踏ん張ると痛むし、立っていると足が腫れてくるので、仕上げの意味で入院し、後遺障害を防ぐことになった。三号型健康機と温冷浴、生野菜食、「りうはっぷ」と型通りの生活をし、毛管を毎日仕事にして2週間過ごした。僅か1ヶ月あまりで商売の立ち仕事も可能になった。

外傷や手術のあと、あまり長く副木を当てていると、関節の強直を来すことが少なくない。気をつけねばならぬ。

この人は1週間はできなかったにしても、3日間の断食をたり、スイマグを盛んに飲んで便通をどんどんつけ、毛管運動はよその病院では、他人の手前気が引けてできなかったが、足の下に布団の台を置いたりして高くするよう心がけたことが、治癒を早めたものと思われる。

接骨医学会

名古屋に中部接骨学会という東海地区の接骨医の集まりがあり、大学の教授や助教授の講演がおこなわれている。会員の1人の希望によって、会長である整形外科の病院長から依頼を受け、私も講師の1人として西医学を説くことになった。

200人の聴衆にスライドを使って、西医学の応用による脊柱矯正法をお話しした。懸垂法は元来、整形外科で古くから応用されていた方法であるが、西式がお株を奪った格好であり、従来の現代医学的方法とは甚だ相違している点は毛管運動であった。

聞くほうはほとんど初めてではあるが、中には数人の顔なじみがあり、自分の家で三号型健康機や「りうはっぷ」を応用して効果をあげ、ほねつぎ屋というよりは西式屋というべき人、自分の病気で私のところへ入院したことのある人、自分のほうで手に負えない病人に紹介状をつけて送ってくれる人などがあった。

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