古書医言 巻の1 吉益東洞 著 西勝造 訳注

古書医言 

安芸 吉益則公言 著 男 猷修夫 校 孫 順信夫 校

西勝造 訳注

巻の

易に曰く、(*1)九五(*2)无妄(むぼう)の疾は、薬することなくして喜あり。

象に曰く、无妄の薬は試(もち)ふ可からざるなり。

為則曰く、九五は中正を以て尊位に当る、下又は中正を以て之に応ず。无妄の至り、其の道以て加ふるなしと謂ふべし。疾とは之の病を作すを謂ふなり。九五の無妄を以て、如(も)し其れ疾ありとも、薬を以て治すこと勿れ。則ち喜あるなり。夫れ人の疾ある則ち毒薬を以て其の病毒を攻め去り、以て其の正しきに復す。若し疾病なくして之を攻め治すれば則ち反って其の正を害す。故に薬することなくして自ら愈ゆるなり。无妄の疾は、外より来ると雖も、无妄の体は剛健、貞順、固より受けざるなり、而も无妄の疾にして動くは則ち是れ妄を為すなり。

[字解]

(1)九五とは易の六爻を下より数えて5番目に当たるもの。陽爻の場合には九五という。

(2)无妄とは「至誠にして邪心なし」ということ。无はなし(亡)無しに同じくして、妄は事実にあらざるを事実なりと言うなり。

【評】

疾病は健康に復する症状なるが故に薬剤をわざわざ用うることなくも治癒するものとの意。

・・・

書に曰く、若し薬(*1)瞑眩せざれば、厥(そ)の疾瘳へず。

為則曰く、書に医事を言ふは信ずべし。これより古きはなし。而も後世は此の語に由らず、蓋し漢より、以降(*2)疾医の道熄(や)み、陰陽医隆んなり。夫れ陰陽なるものは造化の事にして、人事に非ざるなり。故に聖門の天地陰陽なる者は、恭敬にして之に従ひ、慎みて犯すことなきのみ。陰陽を以て人事を論ぜざるなり。然るに漢以降、陰陽の説播(しきほどこ)して吾が道湮(ふさが)る。其の論益々微に以て、其の事益々成し難きなり。悲しい哉。天下衆庶、疾病に嬰係(かか)り、其の苦患を免脱すること能はず、是れ(*3)它なし。陰陽を以て疾病を論じ、知らざるを以て之を知ると為すの弊なり。乃ち(*4)太倉公の如き是なり。蓋し医は疾病を掌る。疾病治せざれば、豈に医と謂はんや。然も太倉公は死生を論じて疾病を救ふこと能はず、偶ま救ふことあるも、論、治と乖(そむ)く、空言虚論に非ずして何ぞ。故に其の伝に於て之を許す。以て考ふべし、今此の語読み易く行ひ難し、之を為さば則ち瞑眩す。瞑眩は人々皆な異る。千変万怪、名状すべからざるなり。故に薬肯綮(こうけい)に中るも、毒解せざれば則ち薬終に瞑眩せざるなり。毒解すれば則ち薬忽ち瞑眩するなり。或は瞑眩数十日、絶食羸痩(るゐそう)、将に死せんとして毒尽(つ)き頓(とみ)に快(よ)きあり。或は瞑眩しばしば死し、しばしば蘇(よみがへ)りて毒尽き漸く治する者あり。是れ皆な躯に自から之を為さざる者、奚(いづく)んぞ能く知るを得ん。故に曰く、此の語読み易く行ひ難しと。医術の習熟は茲に在り、医術の習熟は此に在り。

[字解]

(1)瞑眩とは疾病の症状を言う。疾病なるものは症状を呈して始めて本復するものなり。

(2)疾医とは、当時においては正当の医者を称したるものにして、陰陽医とは迷信的医者の別名とされたり。

(3)它は他に同じ。

(4)太倉公あるいは大倉公とあるも同一人なり。太倉の長、銭穀の出納を掌る官。

【評】

症状の療法なることを述べたものである。

詩経に曰く、我が言の耄になるにあらず。爾(なんぢ)憂(うれへ)を用(もつ)て(*1)謔(たわむれ)とせり、多きこと将に(*2)熇々(かくかく)として救薬(きうやく)すべからざらんとす。

為則曰く、多く熇々たる惨毒の悪を行ふは、之を死病の良医なきに譬ふ。

[字解]

(1)謔はたわむるなり、冗談なり。

(2)熇々は火の盛んなる形容。

【評】

詩経の「大雅生民」中の一文であって疾病もこれを小康の間に治すべきであることを言う。

・・・

礼記に曰く、医は三世ならざれば、其の薬を服せず。

孔氏(くし)頴達(ようだつ)の曰く、父子相承け三世に至る。是れ物を慎み調齊す。呂氏(りよし)大臨(たいりん)の曰く、医三世に至れば、人を治すこと多し。 物を用ふること熟す、功己に試みて疑ふことなし。然る後に之を服す、亦た疾を謹むの道なり。方氏(はうし)慤(かく)の曰く、医の術たる苟くも祖父子孫業を伝ふるにあらざれば、則ち術自ら精なることなし。術の精ならざるは其の薬を服すべけんや。為則云く、礼の言ふ所は、其の常のみ、伝業にあらずと雖も其の人にして自然に克く得す。倘(も)し克く疾を治せば、三世に及ばずと雖も固より用ふべき所なり。

【評】

三代続いて医業の経験あるものでなければ、かかるなとの意なるも、治りさえすれば、その必要なしという意。

・・・

凡そ技を執りて以て上(かみ)に事(つか)ふる者は、(*1)祝、史、射、御、医、卜及び百工なり。凡そ技を執りて以て上に事ふる者は、事を貳(じ)にせず官を移さず。

為則曰く、礼運(れいうん)に曰く、臣と家僕と雑居して歯(し)を齊(しと)しくするは、礼にあらざるなり。

[字解]

(1)祝は祝詞を作り神に事うる者。即ちはふり。史は書を執りて神に事うる者、はふりの類。

【評】

健康指導に或は療法に従事した以上は一意専心、事を二た道にせず、一生をささぐべきであるとの意。

・・・

孟春に、秋令を行ふときは、則ち其の民大いに疫す。
季春に、夏令を行ふときは、即ち民疾疫多し。
孟夏の月、百薬を聚蓄す。
孟秋に夏令を行ふときは、民に瘧疾(ぎやくしつ)多し。
季秋に夏令を行ふときは、民多く(*1)鼽嚔(きうてい)す。
民必ず疾疫し、また随ふに喪(も)を以てす。之を命じて(*2)暢月(ちやうげつ)と曰ふ。
仲冬に春令を行ふときは民(*3)疥癘(かいれい)多し。

為則曰く、月令の病を言ふは、治療に於て益なし。聖経と雖も疑ふことなき能わず、唯だおほよそ、以て之を言へば乃ち可なり。理にて之を推せば乃ち不可なり。又た周礼及び呂氏春秋等の月令は、皆な之に倣ふ。疾医の事にあらず。

[字解]

(1)鼽嚔は感冒にて鼻の詰まることなり。

(2)暢月とは陰暦11月の異名。

(3)疥癘とは痒き吹出物の病。

【評】

古書にあるからといって必ずその通りとはならない。真の医師の言ではないとの意。

・・・

(*1)惻怛(そくだつ)の心、痛疾の意は悲哀して志もだえ気盛なり。

[字解]

(1)惻怛はいたみかなしむ。礼記の問喪に「惻怛之心、痛疾之意」とあり。

為則曰く、是れ毒に因りて病むにあらず、故に薬せずして治す。これを以て医の毒を治すること確知す可し。

【評】

症状は療法なるの意。

・・・

或は曰く、病を輔くと、婦人童子の技(つゑ)つかざるは病む能わざればなり。

為則曰く、喪服四制の義疏を考ふべし。

【評】

婦人は未成人の婦人のこと。童子は幼少の男子。共に幼昧にして哀を知らず、喪に居て哀毀することなきが故に病まないとの意。

・・・

周礼に曰く、毒薬を聚めて以て医事を共にす。

為則曰く、注に云く、薬のもの、恒に毒多しと。是れを知らずして説を為すの誤なり。夫れ薬は皆な毒なり、毒を以て毒を解(げ)す、故に瞑眩す。瞑眩せざれば、その疾瘳ゆるにあらず、五穀と雖も用いて以て薬となさば則ち毒なり。故に瞑眩するなり。鄭玄(ていげん)は医を為さず。因りて此の義を知らずして説をなす。其の誤、千載に伝ふ。聖人の禁戒畏るべし慎しむべし。

【評】

症状の療法なるの意。

・・・

歳の終(をは)りには則ち其の医事を稽(かんが)へて以て其の食を制す。十全(まつた)きを上(じやう)となし、十に一を失ふはこれに次ぎ、十に二を失ふはこれに次ぎ、十に三を失ふはこれに次ぎ、十に四を失ふを下(げ)となす。

為則曰く、医時の当否を稽へて、死生の多少を計るにあらず、誤りて死生の多少を計るとなす者あり。豈に死生を以て人の功を稽ふるを得んや。夫れ死生は天の主なり。たとひ疾病を瘳すは十全しと雖も、命尽くれば則ち死す。故に古語に曰く死病に良医なしと、是れこれを謂ふなり。

【評】

療法準備万全を期したとて天命尽くる状態にあるものは、如何とも手の施しようなしとの意。

・・・

食医は王の六食、六飲、六膳、百羞、百醤、八珍の齊を和するを掌る。

凡そ食齊は春時に(*1)眡(み)る、羹齊は夏時に眡る、醤齊は秋時に眡る、飲齊は冬時に眡る。

凡そ和は春は酸多く、夏は苦多く、秋は辛多く、冬は鹹多し、調するに滑甘を以てす。

凡そ会膳食の宜、牛は稌に宜しく、羊は黍(きび)に宜しく、豕は稷(しよく)に宜し。

凡そ梁に宜しく、鴈は麦に宜しく、魚は蓏(ら)に宜し。

凡そ君子の食は恒放す。

[字解]

(1)眡るは視ると同じ。

(2)齊は料理のあんばい。

・・・

為則曰く、食医の法を以て、疾医を論ずべからざるなり。食とは養あるの意なり。疾とは攻むるの意なり。混ずべからざるなり。蓋し本草には之を混ず、故に禁忌の法を建つ、誤りなり。太都(おはよそ)、養とは好悪に従ひ、攻とは好悪に拘はらざるなり。

【評】

食のみにて保健を全うすることはありえないし、治病の一補助たることに間違いはない。為則の言うが如し。

・・・

疾医は万民の疾病を養ふことを掌る。四時皆な癘疾(れいしつ)あり、春時は(*1)痟(せう)(酸削なり)、首疾あり、夏時は痒、疥疾あり、秋時は瘧、寒疾あり、冬時は嗽、上気疾あり。

為則曰く、是れ四時の気令に因りて内に毒動くなり、気令とは天事なり、人事を以て治すべからざるなり。内毒とは人事なり、疾医能く之を治す。故に病の発するを見て之を言へば乃ち可なり。理にて以て之を推せば乃ち不可なり。

[字解]

(1)痟は頭痛なり。

【評】

四季を通じての疾病の種類は大体を類別したもので、必ずしも、そうとは限らない。

五味、五穀、五薬を以て其の病を養ふ。

為則曰く、病は養ふの道なし、故に注に云く、養とは猶ほ治のごとし。

又た曰く、病は気の勝負に由りて生ず、是れ陰陽医の説にして、疾医の論にあらず。

【評】

症状を療法とする方面からすれば病を養うという意は通ぜず。

・・・

五気、五声、五色を以て其の死生を眡る。

為則曰く、死生を知るなり、病者と医者とは益なし。之に由りて之を思ふに、故人の周礼を疑ふは宜なるかな。

【評】

環境の気温、喉音、歯音、牙音、舌音、唇音の音声、顔色の青、黄、赤、白、黒の五色を視れば死生は分かるものである。

・・・

之を両するに九竅(きよう)の変を以てし、之を参(まじ)ふるに九蔵の動を以てす。

為則曰く、九竅、九蔵、四肢、百体、是れ造化の為す所なり。人事を以て揆(はか)るべからざるなり。病とは皆な毒、法に依りて其の毒を去らば、則ち九竅、九蔵の変、皆な治して初に復す。是に因りて之を観るに、古人の謂はゆる是亦た(*1)攙入(さんにう)か。

[字解]

(1)攙入の攙は扶く、推す、鋭し、おぎなふ。補い入れること。

【評】

症状即療法の真意を知れば、この意、自ら明らかである。

・・・

凡そ民の疾病あるもの、分ちて之を治す。死終は則ちおのおの其の所以を書して医師に入る。疾医は腫瘍、潰瘍、金瘍、折瘍の祝薬劀(くわつ)殺の齊を掌る。

鄭司農(ちやうしのう)の曰く、祝は当に注と為して読むべし。注病の注の如し。声の誤なり。注とは附着を謂ふ、劀とは(*1)刮去(くわつきよ)を謂ふ。

[字解]

(1)刮去はけずり去る。

・・・

凡そ瘍を療するには五毒を以て之を攻む。

鄭司農曰く、病を止むるを療と曰ふ。攻むるとは治なり。五毒とは五薬の毒ある者、今医方に五毒の薬あり、之を作るには、黄堥を合し、石胆、丹砂、雄黄、礬石、慈石を其の中に置き、之を焼くこと三日三晩、其の煙の上に着す、鶏羽を以て掃き取り、以て創に注ぐ、悪腹破れ骨則ち尽く出づ。

五気を以て之を養ひ、五薬を以て之を療し、五味を以て之を節す。

鄭司農曰く、五気は当に五穀を作るべしと。

為則曰く、五穀も亦た薬に用ふれば則ち皆毒なり。

凡そ薬は酸を以て骨を養ひ、辛を以て筋を養ひ、䶢を以て脈を養ひ、苦を以て気を養ひ、甘を以て肉を養ひ、滑を以て竅を養ふ。

為則曰く、是れ亦攙入するならん、陰陽の論なり、疾医は取らず。

三酒の物を辨ず、一に曰く事酒、二に曰く、昔酒、三に曰く清酒。

鄭司農曰く、事酒とは、事ありて飲むなり、昔酒とは事なくして飲むなり、清酒とは祭祀の酒。玄謂く、事酒とは事ある者を酌むの酒、其の酒則ち今の醳酒なり、昔酒とは今の酋久、白酒、謂はゆる旧醳なる者なり、清酒とは今の中山冬醸す、夏に接して成る。為則の曰く。吉方の白酒、清酒は、是を以て知るべし。

論語に曰く、孟武伯、孝を問ふ、子の曰はく、父母は唯だ其の疾を之れ憂ふと。

古註に曰く、孝子は妄りに非を為さず、唯だ疾病となりて然る後に父母をして憂へしむ。

伯牛疾あり、子之を問ふ。牗(まど)より其の手を執る、之を亡ふは命なるかな、夫れ斯の人にして斯の病あり、斯の人にして斯の疾ありと。子の慎む所は、齊、戦、疾。

為則曰く、疾は則ち節を守るに在り。

曽子疾あり、門弟子を召きて曰く、子が手を啓(ひら)き予が足を啓け、詩に云く戦々競々として深淵に臨むか如く、薄氷を履むか如しと、今にして吾免れたるを知る、小子と。

曽子疾あり、孟敬子之を問ふ、曽子言ひて曰く、鳥の将に死せんとするや、其の鳴くや哀し、人の将に死せんとするや、其の言や善し。

為則の曰く、孝経に云く、身体髪膚、之を父母に受く、敢えて毀(き)傷せざるは孝の始めなりと。免とは災を免るるなり、夫れ君子は言必ず信、行必ず忠、故に災を免るるなり、今の学者は乃ち然らず、これを慎め。

【評】

健全な身体を傷つけずして疾病を治し、健康を維持すべきである。

・・・

敢えて死を問ふ、曰はく、未だ生を知らず、焉(いづく)んぞ死を知らんや。

為則の曰く、死生は天命なり、故に聖人も論ぜず、況や常人に於てをや。

【評】

寿命ならば是非なし、これを天命と言う。

・・・

子夏の曰く、商は之を聞く、死生は命あり、富貴は天に在りと。

子の曰はく、南人言あり、曰く、人にして恒なくんば、以て巫医と作すべからず、善いかな。

物子の曰く、人にして恒なくんば以て巫医を作すべからず。鄭玄の曰く、巫医を主どるも、恒なきの人を治すること能はず。物子の曰く、鄭玄の解は古来相伝の説、己に巫医と作る者は、其の人の為に卜筮し且つ疾を医するを謂ふなり、其の人を以て巫医の人と為すを謂ふにあらざるなり。

康子(かうし)薬を遺(おく)る、拝して之を受けて曰く、丘(きう)未だ達せざれば、敢えて甞めず。

為則の曰く。孔安国(くあんごく)の曰く、未だ其の故を知らず、故に敢えて甞めざるは礼なり。物子の曰く、古人、古文辞を解す、之を尽(つく)せりと謂ふべし。祗(た)だ其の辞簡奥、読者未だ解し易からざるのみ、故(こ)とは故実なり、礼を謂ふなり、未だ其の故を知らず、故に敢えて甞めずと、是れ孔子の言を解するなり、礼とは、孔子の言ふ所以の者は、礼なるを言ふなり。医師職に曰く、医師は医の政令を掌り、毒薬を聚めて以て医事に供す、是れ古の薬は毒薬多し、故に鄭註に曰く、薬の物恒に毒多しと。為則の曰く、蓋し鄭玄、徂来、皆医に非ざるなり、而して行はずして薬に毒多しと言ふ、此れ誤なり。本草に毒あり毒なしと曰ふ、是れ食医の事にして疾医の事に非ざるなり。食医を以て疾医に混ずるも亦誤なり、是れ疾医の道絶えし所以なり。食医なる者は養を主どるなり、疾医なる者は攻を主どるなり。故に古語に病を攻むるに毒薬を以てす、精を養ふに穀肉草菜を以てす、穀肉草菜と雖も用て薬と為さば則ち攻の意あり、故に薬は皆毒なり、譬へば甘麦大棗(さう)湯の如し、三味を食料と為さば則ち毒なし、薬に用ひ方(まさ)に肯綮に中(あた)れば則ち大いに瞑眩(めんけん)し、或は吐瀉し、或は発汗して其の毒解し、疾乃ち瘳(い)ゆ、是它なし、毒、毒に毒するなり。吾が黨の小子、行つて言、舌言すること勿れ、彼の博洽(はくかふ)の巨儒と雖も、行はずして言へば皆臆なり、故に学は鄭玄、徂来の如きも、尚ほ此の過失を致す、聖人之を戒めて曰く、知らずして之を作るものあり、吾に是れなしと、慎めや。又曰く、如(も)し薬瞑眩せざれば厥(そ)の疾瘳(い)えずと、此れ疾医にあらざれば則ち解すること能はざるなり、薬は皆な毒なるを知るも亦然り。物子の曰く、毒を人に饋(おく)りて、死せしむるを、古は之を薬を饋ると謂ふと、是れ薬を饋るの礼なき所以なり、孔子の時、礼失ひ俗変ず、貴人に疾あるかを聞かば或は之を饋る、時人も亦必ず之を甞む、食を賜ふの礼に依るなり、皆礼にあらざるなり、此れ或は一説。

【評】

症状は療法なるを味うべし。

・・・

家語に曰く、哀公、孔子に問ひて曰く、智者寿なるか、仁者寿なるか。孔子対へて曰く、然り、人に三死して其の命にあらざるなり、己れ自ら取るなり、夫れ寝処時ならず、飲食節ならず、逸労度を過ごす者は、疾共に之を殺す、下位に居りて而して上其君を于(おか)す、嗜欲厭くなくして求めて止まざる者は、刑共に之を殺す、少を以て衆を犯し、弱を以て強を侮り、忿怒類せず、動いて力を量らざれば、兵共に之を殺す、この三者は命にあらざるなり、人自ら之を取る、若し夫れ智士仁人身を将(おこな)ふに節あり、動静義を以てし、喜怒時を以てし、其の性を害することなければ、寿を得と雖も亦宜ならずや。

孔子曰く、薬は皆な毒なり、毒、毒を毒して疾乃ち瘳(い)ゆ、奚(いづく)んぞ薬の良、之れあらんや。按ずるに史記漢書、皆な毒薬に作る、韓非子、説苑幷に良薬に作る、憶ふに劉向家語を校合するの時、韓非に因りて良薬に作れるか、今、史漢に従ひ、毒薬に作るを是と為す。

【評】

薬は薬なりとは真に症状の療法なることより知ることを得。

・・・

曽子、瓜(うり)を耘(つく)りて其の根を斬る、曽哲怒り、大枝を建て以て其の背を撃つ、曽子、地に仆れて人を知らず、之を久しくして頃(しば)らくありて乃ち蘇る。

君子、道を修め徳を立て、窮困の為めに節を改めざるは、人なり、生死は命なり。

魯の哀公、孔子に問ひて曰く、人の命と性とは何の謂ぞや、孔子対へて曰く、道に分つ、之を命と謂ひ、一に形する、之を性と謂ひ、陰陽に化し、形を象りて発す、之を生と謂ひ、化窮数尽す、之を死と謂ふ。

鄭子産疾あり、子太叔に謂ひて曰く、我死せば子必ず政を為さん、唯だ徳ある者、能く寛を以て民を服す、其の次は孟に如(し)くはなし。

春秋左氏伝に曰く、六日、公至るに、毒して之を献ず、公之を祭る、地墳す、犬に与ふ、犬斃る、小臣に与ふ、小臣亦た斃る。

為則の曰く、地墳するは是れ何の毒太甚(はなはだし)きやを知らず。

【評】

我国那須野ヶ原の一酸化炭素中毒の類ならんかと思う。

・・・

宋に隕石すること五つ、隕星なり、六鷁(げき)退飛して宋を過ぐ風なり云云、退いて人に告げて曰く、君、問を失ふ、是れ陰陽の事にして、吉凶の生ずる所にあらざるなり、吉凶は人に由る、吾れ敢えて逆はざるは君の故なり。

為則の曰く、陰陽なる者は天事なり、吉凶なる者は人事なり、積善余慶にして吉、積悪余殃にして凶、譬へば人の病の如し、内に毒あれば則ち天令に因りて毒、病を動かす、内に毒なければ則ち天令烈なりと雖も病まざるなり、陰陽の事は人事を以て計るべからず、奉順して之を守るのみ。

【評】

酸塩基も陰陽、交感神経と迷走神経との関係も陰陽、原子も陰陽、迷信と正信とを混同せり。

・・・

邾子の曰く、苟くも民を利するは、孤の利なり、天、民を生じて之を樹(う)う。君以て之を利するなり、民既に利すれば、孤必ず与(とも)にせん。左右の曰く、命は長くすべきなり、君何ぞ為さざる。邾子の曰く、命は民を養ふに在り、死の長短は時なり、民苟くも利せば遷らん。吉、之に如くはなし。遂に繹に遷る。五月、邾文公卒す、君子曰く、命を知れりと。齊侯、師を戒しむ、期にして疾あり、医の曰く、秋に及ばずして将に死せんとす。

穆公疾あり、曰く、蘭死すれば吾其れ死せんか、吾の生ずる所以なりと、蘭を刈りて卒す。
晋人、秦の諜を獲て、これを絳市に殺す、六日にして蘇す。

晋の胥克、虫疾あり。

諺に曰く、高下は心に在り、川澤、汚を納れ、山藪、疾を蔵す。

邭瑕氏、土薄く水浅し、其の悪、覯(み)やすし、覯やすければ則ち民愁ふ、民愁ふれば則ち墊隘す、是に於てか沈溺重膇の疾あり、新田、土厚、水深居の疾まざるに如かず。

為則の曰く、是れ後世いはゆる脚気の濫觴(らんちよう)なり、然れども脚気には毒なし、人は早濕の地に居ると雖も疾まず、故に特に脚気の薬なし、但だ毒の在る所を視て治すれば、克く治す、学者これを察せよ。

【評】

当時脚気の原因を知らず。生野菜の葉緑素と米糠を適当に摂取すればよし。万病一毒なりとの説もここでは当らず。

晋侯、夢に、大厲、髪を被り地に及ぶ、膺(むね)を搏(う)ちて踊りて曰く、余の孫を殺すは不義、余(よ)帝に請うを得たりと、大門及び寝門を壊して入る、公懼れて室に入る、又戸を壊す、公覚り、桑田巫を召す、巫の言、夢の如し、公の曰く、如何、曰く、食はず新なり。公疾を病ふ、医を秦に求む、秦伯、医緩をして之を為せしむ、未だ至らざるに、公夢む、疾、二堅子と為りて曰く、彼は良医なり、我を傷けんことをおそる。之を逃れん。其一曰く、盲の上、膏の下に居らば、我を若何(いかに)せん。医至りて曰く、疾、為すべからざるなり、盲の上、膏の下に在り、之を攻むるも不可、之に達するも及ばず、薬至らず、為すべからざるなり。公の曰く、良医なり。厚く之が礼を為して之を帰す。六月丙午、晋侯麦を欲す、甸人をして麦を献ぜしむ、饋人之が為に桑田巫を召して之を殺す、将に食はんとして張りて厠に如(ゆ)く、陥(おちい)りて卒す、小臣あり、晨に夢む、公を負ひて以て登る、日中に及び、晋侯を負ひ、これを厠より出す、遂に以て殉となす。

為則の曰く、緩の言は、疾医の辞にあらず、註に曰く、伝に、巫は明術を以て殺され、小臣は夢を言ふを以て自ら禍するを言ふ。孔子の曰はく、怪、力、乱、神を語らずと、豈に亦た其の人の命なるか。

【評】

医と国政の謀略とを共にするは当らず。夢に假托して人を採用したり、或は殺害せしむること、往昔多く行われたるを見る。

・・・

晋の范文子、鄢陵より反(かへ)り、其の祝宗をして死を祈らしめて曰く、君驕侈にして敵に克つ、是れ天、其の疾を益すなり、難将に作らんとす、我を愛する者は、唯だ我を祝し、我をして死を速め、難に及ばしむることなけば、范氏の福なり。六月戊辰、士燮卒す。君子、子重を謂ふ、是の役に於てや、獲る所は亡ふ所に如かず、楚人は是を以て子重を咎む、子重は之を病ひ、遂に心疾に遇ひて卒す。

為則の曰く、毒にあらずして病むは、皆、薬すべからず。

【評】

政治上の活殺を医事と結ぶは採るべからず。

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子駟、賊をして、夜、僖公を弑せしむ、瘧疾を以て諸侯に赴く。

以て疆者を待ちて民を庇す、寇、害を為さず、民、罷病せず、亦た可ならずや。子駟曰く、国病む、子展の曰く、罪を二大国に得れば必ず亡ぶ、病は猶ほ亡ぶるを愈するがごとからず。

為則の曰く、疾病は治すべく、死は救ふべからず。

【評】

医事と政治とを論ずるは当らず。

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叔豫の曰く、国に寵多くして王弱し、国為すべからず、遂に疾を以て辞す、暑に方りて、闕地に冰を下す、而うして牀す、繭衣裘を重ね、鮮食して寝す、楚子、医をして之を視せしむ、復た曰く、瘠則甚し、而も血気未だ動かず。乃ち子南をして令尹たらしむ。吾申叔を見るに夫子のいはゆる死に生じて骨に肉するなり。

其御曰く、孟孫の子悪むなり、而して哀かくの如し、季孫若し死すれば、其れ之を如何。臧の曰く、季孫の我が疾疢を愛するや、孟孫の我が薬石を悪むなり、美疢は悪石に如かず、夫の石猶生ず、我が疢の美、其の毒滋多し、孟孫死せば吾の亡ぶる日なけん。

誌に曰く、誰か能く熱を執り、遊に以て灌せざらんや。礼の政に於けるは、熱の灌あるが如し、灌ひて以て救ふ、何の患か之あらん。

為則の曰く、古昔に、水潰の法あり、亦た此の如し、此れ太倉公の伝、考ふべし。

【評】

疾病は温冷浴に優るものなし。水浴のみを奨励するは良法ならず。

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然明、子産に謂ひて曰く、郷を毀つの校如何、子産の曰く、何為れぞ夫れ人朝夕退きて游す、焉んぞ以て執政の善否を議す、其の善き所の者は吾則ち之を行ひ、其の悪(にく)む所の者は吾則ち之を改む、是れ吾が師なり、之(かく)の如きを何ぞ之を毀たん、我聞く、忠義以て怨を損すと、威を作して以て怨を防ぐを聞かず、豈に遽かに止めざらんや、然れども猶ほ川を防ぐがごとし、大決の犯す所、人を傷くること必ず多し、吾救ふこと克はざるなり、小決して道せしむるに如かず、吾聞きて之を薬にするに如かず、然明の曰く、蔑なり、今にして後、吾子の信、事(もち)ふべきを知るなり、小人は実に不才、若し果して此を行はば、其れ鄭国実に之に頼らん、豈に唯に二三臣のみならんや。仲尼是の語を聞きて曰く、是を以て之を観るに、人の産を不仁と謂ふも吾は信ぜざるなり。

晋侯疾あり、鄭伯、公孫僑をして晋に如(ゆ)き聘し、且つ疾を問はしむ、教向問ひて曰く、寡君の疾病、卜人の曰く、沈台駘、崇を為すと、史之を知ることなし、敢て問ふ、此れ何の神ぞや、子産の曰く、云云、之に由つて之を観れば、則ち台駘は汾神なり、抑も此の二者、君の身に及ばず、山川の神は則ち水早癘疫の災、是に於てか之を栄す云

コメント

  1. yaya より:

    西療法で裂孔ヘルニアを治療する方法はありますか?

    兄弟ありがとう

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