テトラパシー(1) 西勝造

テトラパシー(1)

西勝造

本号より連載する「テトラパシー」は、西先生が48歳の働き盛りの昭和6年に当時東京市会議員だった中塚栄次郎氏経営のテトラ社から発行された「最新健康講座」に執筆されたものである。

同講座には東大の生理学の永井潜博士、解剖学の西成甫博士などの権威者が執筆陣に加わっていたもので、特に西先生は毎号100ページ近い研究を発表されていた。この講座によって西先生が一介の単なる民間療法家でないことが、世間一般に知れわたるようになった。

我々は今日これを愛読してみても、これが30年前の研究とは思われぬ斬新さを感ずるのである。

新しい会員特に戦後派の会員のために、特に本号より連載することにした。各位の折角のご研究を期待する次第である。

編集部

(上の写真とサインは昭和6年当時のもの)

テトラパシーと内分泌

『我々の運命というものは、我々の体質、我々の体格、我々の精神状態、言い換えれば、内分泌腺に所依するものである。内分泌腺は我々の体貌のみならず、我々の知能をも支配する。体貌と内分泌腺との関係を知悉せる臨床医は、これによって、精神状態のいかんをも推知しうるであろう。かくして内分泌物のいかんは、我々の運命を構成せる精神的、道徳的性質および本能をも推知しうるのである。したがって我々は、これによって人類および社会の改善を企図することも決して不可能ではない。それというのも適応的な処置によって、我々人間の運命を修正し、ひいては社会をも改善しうるからである。』

とは、パリ市サン・ミッシェル病院外科医ヴィクトル・ボーシュ博士の言うところである。

人は病の器

私が独特の強健法を長年専門的に研究してこれを発表したからであるが、よく次のごとき質問をたびたび耳にするのである。

「実をいえば、私は病気ではないのです。しかし、あまり健康すぎて、却って人生に退屈を感じているのです。」

「私はどこというところなく、悪いのです。どこが悪いとは申しきれないのです。」

「私はもういろいろな医学博士の方々に診てもらったのです。お医者さんは、私の体が総体的に悪いのだとおっしゃいます。」

「私はあまり眠りすぎて、困っております。これを治していただくには、内分泌腺を専門とする医者のところへ行かなくては駄目だといわれます。」

こういう相談を私のところへ持ち込んでくる人が多いのは、要するに、私が丈夫な人を相手とする強健術の創始者であり、且つ触手療法をも世に問うたからだと考えられるからである。実際、私のところへ来る人々は病人ではない。しかしながら、どこかに故障を持っている人であることは否めない。その度毎に、フランスの名医レオポルド・レーヴィ博士の言葉を思い出させる。

『こういう人々は、どうしても内分泌腺の不整を矯めることにより、体質の均衡をかちうることが肝要である。』

ヴィクトル・ボーシュ博士は次の皮肉を言っている。『人間は病気でなくても、何かの故障を持っている。』と。古人も『人間は病の器である。』と言っている。現代では、それは体質によるのだという。それではいったい、体質とはどういう意味であろうか。

これは、2つの内容を持っている。

第1は人体の形而下的構造である。言い換えれば、人体および個々の部分の一般的発達状態、個々の器官の外観と、形状である。たとえば、身体が大きいと小さいとか、あるいは胸郭が広いとか狭いとか、あるいは肝臓が馬鹿に大きいとか、あるいは胃が幅広いとか細長いとかという点である。

第2は、姿体である。言い換えれば、反動の様式にほかならない。これは3つの方面から見なければならぬ。

(1)心理的および神経的領域においては、こうした反射作用は、知能、感覚、意志を働かしめ人格を実現するものである。

(2)栄養の領域においては、脂肪、糖分、蛋白質、鉱物質の同化もしくは不同化となって現れる。栄養の障害は、糖尿病、痛風、脂肪過多症などを意味するものである。

これらの欠点から生ずる種々なる故障や不均整から免れるのが即ちテトラパシーなのである。

得がたき理想的体質

理想的体質の人にあっては、全てのものが調和しておらなければならない。身体があまり大きすぎでも小さすぎても、あるいは痩せすぎていても、あるいは太りすぎていても駄目である。四肢が釣り合いを保ち、胸郭が程よく発達し、無神経でなく、それかといって、神経過敏でもなく、ひどく疲れておらず、やたらに活動的でもなく、憂鬱でもなくて、噪狂でもなく、物事にくよくよもせず、情愛にも欠くるところのないものでなければならない。また、その血液中の糖分含有率は、過小でも過多でもいけない。

総括的に言えば、次の4つの調和を備えていなければならない。

1、健康すなわち身体の諸機能の調和。

2、美すなわち身体の格好の調和。

3、叡智すなわち知能の調和。

4、仁徳すなわち徳操の調和。

この4つの調和があれば、

第1に若さを永続することができるであろう。それというのも、組織が歳に似合わず、疲弊するようなことがないからである。

第2には、生の喜びを感ずるであろう。それは器官機能が良好な状態にあることを示すものにほかならない。

このような理想的な体質は、全く存在しないとは言わないが、極めて例外的なものであることは言をまたない。我々の多くは既に生まれ落ちたときに、多少とも顕著な体格上の欠点や、多少とも著しい異常反応を具備しているものである。

内分泌腺は数多の障害を起こす

これがため、幼年時代においては、発育が遅く、青年時代に至って、神経質となり、中年時代になって、脂肪過多症に陥ることがあり、体質の不均整を起こすに至るであろう。この不均整は、関節炎の形をとって現れ、人体組織の外観、内部生活および人格に対して影響を及ぼすであろう。こうした種々な障害を起こした場合、よく調べてみると、内分泌腺がその原因をなしていることが稀ではない。体質が正常であるのも、あるいは傷害を起こしているのも、それは1つに内分泌腺のいかんによるものである。

したがって、内分泌腺の故障を正しくすることは、取りも直さず、体質の不調を矯正し、不十分なものを喚起し、過多なるものを抑圧し、不正なるものを安定にすることにほかならない。言い換えれば、我々の形態的、神経的および栄養的状態を全からしめ、健康と青春と幸福とを付与することである。

開孔腺と閉塞腺

コメント

タイトルとURLをコピーしました