断食体験記 甲田光雄

断食体験記

甲田医院長 甲田光雄

今回、図らずも長期の断食をすることになり、いろいろと有益な体験を得ることができたことは、誠に幸せだったと思っている。そこで生涯の思い出になるようにと体験記を日記の中から拾って綴ってみることにした。

断食に関心を抱いて、自らその中に飛び込んでから既に20余年余りになるが、その間幾十度となく断食をおこなってきた私である。しかし今回は、今までの内で一番長い23日間の断食で、しかも、盲腸炎のような症状を抱えての切迫した状態で始めたから真剣そのものであった。

これが幸いしてか、断食中はもちろん、断食後の食養生も実に厳格に守り通すことができて、その結果、予想外の好成績を収めることになったのだから、人間の運命というものは、本当に不思議なものである。

以下日誌の日付を追って書いてみよう。

7月15日

今月の初め頃からときどき右下腹部に軽い痛みを覚えるようになった。ここ2、3ヶ月来の過労や過食が祟っているのは百も承知である。

「ひょっとすると、これは盲腸炎(虫垂炎)ではないかな?いいや5年前に腹膜炎を患ったときにも同じような痛みを覚えたが、腹膜炎の再発かな?どちらにしても早く治しておかないと厄介なことになるぞ」こんなことを考えながら毎日毎日仕事に追われ10日間余り過ぎてしまった。

「いま断食をやると簡単に治るのだが、19日には有害食品研究会の結成大会がるから、それには是非とも出なければならない。19日が済んでから断食することにしよう」

こうしてずるずると断食を延ばしてきたが、今日は右下腹部の痛みが一層強くなってきたようだ。果たして19日まで延ばせるかしら。早く何とかしなければと心が焦る。

7月16日

昨夜来客あり。こちらは疲れて早く寝込みたいのに、深更まで喋り続けなければならず、睡眠不足が祟って、今日の腹具合は一層悪い。早く何とかしなければいけないと思うが、また一面「断食をやりさえすれば治るよ」との安易な考えが支配するのでいけない。「弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる」と言うから、油断は正に大敵と思え。断食の偉効を知った者が、よくこの油断で命を取られるのである。

7月17日

今日は朝から右下腹部痛がきつく、それに吐き気が加わってきた。もう絶対猶予はできない。本日から断然食を絶ってしまうことにする。もし虫垂炎が手遅れになり、腹膜炎になれば大変だ。皆からも笑われるのではないか。終日吐き気あり。

7月18日

明日は有害食品研究会の結成大会だ。断食をしながらもいろいろと準備をしなければならない。

市販されているジュースの中に添加される、人工着色料の一覧表をつくる。しかし、右下腹部の痛みは昨日よりも強く吐き気も依然として続く。

7月19日

今日は断食3日目だが、結成大会に出席する。全身倦怠感が甚だしい。それに右下腹の痛みが相変わらずで、大きな声でものを言うと、下腹に響いてとてもこたえる。

夕方帰宅してからガクッと弱ってしまう。精神的な緊張と暑さで汗をかいたのが、断食3日目の身体に相当こたえたのだろう。吐き気が急に強くなり、そのうえ発熱してきたのか悪寒を感じる。右下腹部には棒が1本入ったかのように感じられ、痛みで歩行ができなくなってしまった。「これはえらいことになってしまった。こんなことになるのだったら、今日は結成大会に出席せず、安静にしておればよかったのに」と後悔してみたが後の祭りである。

前に昭和25年5月、重症の肝臓病で倒れたときもそうだった。トコトンまで無理を押し通したために、後で大学を2年間も休まなければならなくなり、どれほど後悔したかわからんのに、今また、同じような失敗を繰り返している。

この性格は焼かぬと治らんのか。

それはとにかく、現在のこの危機を何とかして乗り切らねばならない。もうこうなれば誰が来ようが絶対安静で、自分が最良の治療法であると確信している断食を、腹の痛みが消えるまで続けてゆくことだ。覚悟はできたぞ。

夜思い切って温冷浴をやる。水浴1分間、次に温浴1分間と交互に入る入浴法で、この20年間一日の如く実行してきたものである。いつもなら実に快適で特に夏期の候なれば水中の醍醐味は実行した者でなければわからぬ素晴らしいものであるのに、今日は、また嫌に寒い。やはり発熱しているからだ。それに水の中で右下腹部がグンと強く痛む。

「ひょっとしたら既に腹膜炎になってしまっているのかな」フッと不安が頭の中をかすめる。

「いやいや、大丈夫だ。たとえ腹膜炎になっておっても断食で必ずな治るさ。5年前の腹膜炎になったときも、1日も休まず、温冷浴を続けて治してしまったではないか」

このように自問自答しながら、温冷浴を終えて寝たが、夜中に盗汗(とうかん)をかく。

7月20日

今日は1日中吐き気が強く、寝たきりである。いつもなら、断食4日目位では、まだ診察もしているのに、咳をしても、クシャミをしても下腹にもの凄くこたえて、とても歩けない。口の中が苦く、舌は苔で真っ白だ。

7月21日

断食5日目、今日は熱が少し引いたようだが、まだ温冷浴の水浴中で寒気がして、あまりよい気持ちにならない。

吐き気は依然として続き、右下腹部の痛みも昨日と同じ程度。1日中寝たきりで触手療法をしている。(自分の両手を右下腹部の痛むところへ軽く乗せて触手すること)腹の中の痛い箇所からズキンズキンと手に反応があって、一時痛みが強くなるが、何とも言えないいい気持になってくる。以前、昭和25年に胆嚢炎を患ってとても痛んだときこの触手療法を覚え、いつも右季肋部に手を当てておったが、あのときは2年ばかりの間に毛糸のシャツが右季肋部のところだけが擦り減って破れてしまったぐらい熱心に手当て療法をしたものだ。これほど、触手は気持ちのよいものである。だから今度もまた毎日毎日当てているが、おかげで病気のある箇所が文字通り手に取るように敏感にわかるようになってくるのは医師として、病人の診察には誠に好都合である。

7月22日

断食6日目、1日中寝たきりである。右下腹部の痛みが、今日は一段と強くなったようである。断食による反応だと思う。症状即療法の見地に立つ我々の考えからすれば、断食中に反応が強く現れてくれれば、後の収穫がそれだけ大きいということである。

もちろん、全ての症状をそのように盲目的に善意に解釈していると大変な落とし穴があって、取り返しのつかないことになる危険性を孕んでいるから、そこは断食中の全身状態をよく観察してから正しい判断を下さなければならない。只今、強くなってきた痛みや吐き気が、果たして病気が良くなってゆく過程に現れる反応か、それとも悪化への過程を辿っているかという判断を正しく下すことが大切である。

これについて、明るい希望をもたらす材料を昨夜キャッチした。

夜中に目が覚めたとき、自分の息子がいつになく元気で膨張しているのを知って笑いが止まらなかった。昨日までは全然力なく萎えておったのに、身体のほうは断食で痩せ衰えて全く元気がないのに、夜中に息子だけが活気を呈し出したのには内に生命力が湧き出してきた証拠である。

「しめしめ、これはなかなかよい徴候だ。だんだんよくなってゆくぞと判断を下したものである。それに昼も夜もよく眠れることだ。時分でも面白いほどよく眠れる。これも1つのよい徴候であって、全体として自分の病気は快復への道を辿っているものと判断して間違いはない。したがって右下腹部の痛みが今日は少し強くなってきてもそんなに驚かない。

午後親友の明石内科医院長がやってきた。起きて座って話をしようとするが、下腹に棒が入ったようでとても耐えられない。話をしようにも大きな声も出せない。見かねた明石先生は1時間も座り込まないで早々に帰って行った。

7月23日

今日は断食1週間である。右下腹部の痛みは依然としてきつい。昨日よりもなおきついようだ。

しかし、不思議なことに、昨夜も息子が大いに元気づいて膨張していた。面白いではないか。生命力は日一日と出てきているのだ。腹の痛みは心配するに及ばないぞ。少し位の症状の起伏に一喜一憂するな。症状即療法に徹して、この腹の痛みを喜んで受けるようにせよ。今まで多くの人々に、この言葉を説いてきた自分ではないか。

ここで煩悩即菩提の見地に立って、この度の病気を喜んで素直にお受けすることだ。そして、このような状態になったのは、やはり日頃の自分の生活や心の持ち方が仏の道に外れていたからに他ならないのであるから、この機会に静かに自分の欠点を反省し、今後は正しい自然の法則にかなった生活をするように心に誓うのだ。正しい生活をする者に病はない。こんな病気をする自分には、まだまだ間違った生活の連続であったのだ。今ここに素直に反省するがよい。そして、こんな欠点だらけの至らない自分にも、大自然の神秘な力はよりよく生かしてやろうと、ありがたい鞭を打ち振るってくれている。感謝して今の苦しい道を通してもらえよ。ただ今から症状の起伏に一切捉われず全て大自然の親神に任し切ってしまえ。「今後はどのようにして正しい道を踏み行っていったらよいか」とただただそのことだけを考えておればよいのだ。断食という、自分では最良と信じている療法をおこなっているのだ。天がこの自分に、まだこの世において果たさせるべき任務があると思えば生かしてくださるだろうし、もう、この世における用事が済んでしまっているなら、天国に召されるであろう。その時は喜んでその思し召しに従ったらよいではないか。このように繰り返し繰り返し自分に言い聞かせながら終日うつらうつらしている。

断食に入ったら、多くの人は不眠に悩まされ「昨夜も眠れないで困りました」とよく訴えるものだが、ここ1週間ばかり昼も夜もよく眠る。自分でもおかしいと思うほどよく眠れる。よほど今まで過労だったのだなあとつくづくわかる。しかし、断食中、こんなによく眠れるというのは本当によい徴候だ。これで積もった疲労が除かれるのだ。全てはよい方向へ進んでいる。ありがたいことだ。

7月24日

断食8日目、今日は右下腹部の痛みが少し楽になったようだ。立って便所へ行くのに響き方が少ない。

ところが、左側のS字結腸部と右季肋部の肝臓と胆嚢部が痛んできた。

この左下腹と右季肋部は歴史が古い。

左下腹部のほうは昭和15年の春、自分がまだ中学3年生のとき、慢性胃腸病で2年間中学校を休校した。その当時からずっと慢性に移行して幾度悩んできたかわからぬ難症であった。

また右季肋部の肝臓病および胆嚢炎は昭和25年5月、自分が阪大医学部3年のとき、重症に陥ってから、ずっと慢性に移行して、さんざん悩まし続けた難症である。

この2つの病気と取っ組んで、ここ10数年の間、全力を傾けて闘病生活を続けてきたものである。断食療法も幾度か繰り返し、その都度よくなるのではあるが、今一つ完全に実行できない未熟さの故に、根治にまで到達できないでいる頑固な病気である。

昨年3月、10日間の断食をおこなった際、この左下腹部と右季肋部の痛みは10日間ずっと続いて「まだ、こんなに断食の反応が出るのか、よほど根が深いのだなあ」とつくづく思ったものである。

そして、この2つの業病を根治させるために、今年の夏頃に、もう一度2週間から3週間位の断食をやろうと、この正月に計画を立てていたのであった。

ところでこの2つの病気が今度の断食に入ってから不思議と反応が現れず「あれ!あんなに頑固な病気がどうなっているのかな」と思っていたのだが、今やっと反応が出てきた。それにしても痛み方が以前に比べて弱い。この調子なら、今度の断食で本当に根治までゆけるぞ、との明るい希望が輝き出した。吐き気があっても、痛んでも、全て喜んでこれからの症状を迎えながら、終日寝たきりで触手療法を続ける。

7月25日

断食9日目、昨日に続いて左下腹部および右季肋部に断食の反応として痛みが出ている。しかし、案外痛みが弱い。もっとひどくなってくると思っているが・・・。

午後、日本食生活研究所長の黒瀬一郎先生が来られた。座って話をしようと思うがとても身体がだるいし、下腹の痛みもあるので、失礼だが大の字に寝たままで話をする。大きな声が出せないので、先生の話に相槌を打っているだけだった。暑い日で、クーラーをかけていても先生は汗を流しておられる。それなのに自分はいやに寒気がする。やはりまだ熱があるのだな。こんなときはクーラーは気分が悪い。お帰りのとき、少し歩いたら右下腹が響いて痛む。

7月26日

断食10日目、一昨日から反応として出てきた右季肋部と左下腹部の痛み、今日は一番ひどい。そして左足首と左アキレス腱も痛む。右の膝も温冷浴の際に痛んでいるし、胸椎4番も痛み出した。これらの一連の症状は長い間自分を苦しめてきたもので、この症状と一緒に、昔の様々な闘病生活が思い出される。

断食をやれば、自分に持てる諸々の病気が全部出てくるというが、本当によく言ったものだ。今や満身創痍といったところか。症状即療法だ。喜んでこの苦しみをお受けせよ。

7月27日

今日は母親大会の分科会だ。丸山先生の代理として出席しなければならないのに、こんな身体で欠席するのは本当に申し訳ない。

3日ほど続いている左下腹部と右季肋部の痛みが今日はほとんど消えてなくなってしまっている。本当に夢ではないかと疑うばかりだ。これで長年自分を苦しめてきた、左のS字結腸炎や胆嚢炎ともいよいよ縁切れか。

昭和15年の春、左下腹部の痛みで寝込んで、2年間も中学を休んだ当時の頃が、まだ昨日のごとくはっきりと思い出されるが、指折り数えれば、早や30年に近い年月が経過している。

今、やっとその業病から解放されると思えば感慨無量である。

しかし、右下腹部の痛みは依然として続いている。こちらの方はまだ前途遼遠か?

終日、寝たきりで、右下腹部への触手療法をやる。

7月28日

断食12日目、右季肋部および左S字結腸部の痛みは本当に不思議なほどもはや現れない。やっぱり根治へと向かいつつあるのだ。断食というものは実にありがたいもので、右下腹部の悪いところだけが治るのではなく、体中のあらゆる悪いところが一緒に治ってしまう。断食が分解掃除(オーバーホール)だとか、若返りだとか言われるのも尤もなことだ。今度の断食のおかげで右下腹部の病気だけでなく、今まで持っている全ての病根も断ち切れることになるのだ。現代医学でもし、右下腹部の手術をして治したとしても、このような上手い具合に、他のところも治ってしまうだろうか、決して決して!そんなことは不可能なことだ。

吐き気が今日はほとんどなくなった。水が楽においしく飲めるようになった。これだけでも、大分としのぎよくなった。しかし、右下腹部の痛みがなかなか弱まってくれそうもない。1日中触手をしている。

7月29日

今日はもう断食13日目だ。明日で2週間の断食となる。しかし右下腹部の痛みは、まだなかなか急速になくなりそうもない。最初断食に入る前は、せいぜい2週間位したら治ってくるだろうと軽く考えていたが、これでは2週間の断食ではとても難しい。事の次第によっては3週間も、いやもっと長い断食をしなければ治らないのではないか?「いやいやそんなことは考えないことだ。天が、まだまだお前の病気には痛みが必要だというのに、自分の計らいだけで早く痛みがなくなればよいのにと考える奴があるか。煩悩即菩提である。素直に喜んでこの痛みをお受けしてここを通らしてもらえ。全ては大宇宙の親神にお任せして、お前はただ今度よくなったらこの体験を生かして前に倍する努力を、健康道の実践、研鑽、普及に傾けよう。そしてそれにはどうしたらよいか考えておればよいのだ」と心のなかで繰り返す。

7月30日

いよいよ今日で2週間断食となった。右下腹部の痛みは依然として弱まってこない。しかし吐き気はもうなくなったし、熱も取れたのか温冷浴の際に水の中で寒気がしなくなった。平気で1分間、いや2分間も入っておられるので気持ちがよい。

7月31日

今日で7月はもう終わりだ。明日は45回目の誕生日を迎えることになるのだが、えらい誕生日になりそうだ。断食に入る前には、誕生日には断食も満願となり、笑って迎えられるだろうと思っていたが、なかなかどうして苦難の最中だぞ。

ところで、長期断食ともなれば、後の食養生が大変難しいが、今度は厳重にそれを守り通さねばならない。今まで大勢の入院患者に断食させてきたが、断食後の食養生を完全に守り通せる人は極めて少なく、せっかく断食によって難病が治癒に向かってきたものを、食べ過ぎたり、邪食をこっそり食べたりして九仞の功を一簣に虧いてしまい、後悔、臍(ほぞ)を噛む思いをしている人々の何と多かったことよ。この点をよく考慮して、断食指導者として恥ずかしくない、模範的な食養生をしてゆかなければならない。

この道に入って20年の間、実際明けても暮れても、食物のことを考えない日はないぐらい食養の道で苦しんできたおかげで、少しは賢くなっていはいるが、桜沢如一先生も仰っていられるように「食養の道は常に薄氷を踏む思い」でやらねばならぬ。

今度の断食後特に注意して守らねばならないのは、小食に徹するということである。甘いものを食べるなとか、過食は絶対慎めとか、夜食をしないようにとか、いろいろと人に注意しているが、小食を守るという点において自分もまだ大きな顔はできない。生来の大好物の甘いものだけはやっと卒業したけれども、小食にはまだ徹しきれず時々過食しては後悔している始末で、今度の病気の原因も、確かにこの過食が祟っているいることは間違いがない。これから、どのような食生活をしてゆくかと、具体的に食箋をつくっては終日考え続ける。我々がいったい1日にどれだけ食べたらよいかということになると、これほど難しい問題はない。1人ひとりの胃腸の消化吸収力がみな異なるから、小食で丸々太っている人があるかと思うと、一方では「痩せの大食い」と言われる通り、食べても食べても太れないで痩せている人もある。

断食が終了して、重湯から粥、飯へとだんだん快復食を進めてゆくとき、こんな少ない食事の量でと思うのに、体重がトントン拍子に増えてゆく人と、同じ快復食から常食に移っているのに、それほど体重の増加しない体質の人があるのも面白い(尤も盗み食いをして、体重が異常に増えていく人や、腎臓や心臓が悪くて浮腫の来る人たちは例外である)

注意することは自分の胃腸の消化吸収能力がどの程度あるかを知らず、小食に徹し過ぎていつまでも栄養失調の状態に低迷して快復を遅らせることや、常人以上の消化吸収能力に復活したにも拘らず、以前と同じ食事量を食べようとして過食の幣(へい)に陥ってしまう人々である。断食後の過食で失敗する人々の多いことは衆知の通りだが、あまりにも少食に過ぎて栄養失調に陥る人もたまにあって、時々、当院を訪れてくる。断食指導者は、この点にも十分目を配るべきである。

いま入院している豊島君は10日間の断食で体重が僅か4kgしか減っておらないし、断食終了後15日間で、そのうちの3kgが既に増加してしまった。このような人の体質は非常によい。断食中もへばることなく元気だし、快復食に入るとトントン拍子に活気が出てくる。

また下田君も黄疸がきつくて断食に入ったが、第1回目には1週間の断食で7.5kgの体重減少があった。ところがこの断食で肝炎が非常によくなり、1ヶ月後に仕上げの第2回目の断食を1週間やったときは、体重減少が僅か3kgであった。このように、病気がなくなってくると断食による体重の減少が随分と少なくなってくる。やはり毒素をたくさん内から抱えている人は、断食によってそれを洗いざらい排泄されるので、それだけ体重の減少も大きいのであろう。

一方、リウマチの患者村田さんは僅か5日間の断食で7.5kgの体重減少があり、それが断食終了して20日も経つのに体重の増加はたったの2kgである。このような人は、断食中はフラフラになってしまうし、断食の回復も遅々としていて、目に見えて元気になってこない。しかも食べる量はみな同じものだ。

このように、人によってみな胃腸肝臓の消化吸収同化の能力が異なるから、この点をよく理解して、その人の胃腸の能力に応じた食事量を決定してやることが肝要である。

自分の胃腸は、さて、今度の断食の後で、どれほどの小食で適量となるであろうか。ちょっと少ない目、その少ない食事量に胃腸を適応させるように努めるとしよう。

昭和39年に腹膜炎で寝たとき、断食を何回も繰り返しまた長期の純生野菜食をやったりして1年間ばかり、修行に次ぐ修行で遂に体重が40kgを割ってしまい、栄養失調で低蛋白欠症のため、顔面や下肢にムクミを生じてしまい、後の回復に大変苦労させられた苦い経験があるので、今度の断食の後は、失敗のないように慎重に考えねばならない。

尤も自分が栄養失調になったおかげで断食後、栄養失調に陥って、回復の捗々しくない患者さんには、自信を持って対処できるようになったが・・・。

終日寝たきりで、このような回復食のことをいろいろと考えて時を過ごす。玄米はどれ位食べることにしようか。生野菜の量をどうするか。一度完全菜食を1年位続けて実行してみようか等々。

あれこれ考えてみても、しかしながら、さて、そのプランを実践してみると案外自分の身体に合わないで変更せざるを得ない場合が多いものだ。「今からあまりいろいろと考えておっても、そのときそのときにまた、プランをつくり直さねばならないのだから、取り越し苦労はするな」と言い聞かせつつもやはりまだ、食箋を眺めてみる。

8月1日

断食16日目、今日は45回目の誕生日だというのに、朝からどうも頭がすっきりしない。前頭部に痛みが出てきてザルをかぶったような状態になってきたし、気分がどうもイライラする。こんなときは後で大量の宿便が出た。ひょっとしたら今度も宿便が出る前兆であろうと思われる。これは面白いと期待しながら日を送る。

8月2日

昨日の予想は見事適中した。朝から排便2回。海苔のようなものが相当出てきた。便所の中で頭がクラクラとしてメマイを起こすが心は嬉しさでいっぱいだ。

排便後、右下腹部に手をやってみると確かに腹の形が変わっている。圧痛も少ないし抵抗も取れているし軟らかだ。やれやれこれで病気もよくなってくるかと、俄然勇気が出てくる。希望に胸が躍る。

8月3日

断食18日目、昨日宿便が出てから、今日の右下腹部の痛みが急に楽になってきたようだ。歩いてもそれほど下腹に響かない。これは本当にありがたいことだ。

それにしても、今度の右腹の病気は宿便が原因であったのだなあ。もしこれを断食せずにただ寝ているだけでおれば宿便も出ずに、いつになったら治るであろうか。恐らく幾月もことによったら年余に亘る長期の臥床を余儀なくされ、体力も気力も消耗されてしまい、結局自分の運命を大きく変えしまうかもしれない。それを思うと断食をやったことが本当によかったと、今さら嬉しくなってくる。それにしても、この道を知っていたればこそである。自分は幸せな人間だなあと、つくづく感謝せずにはいられない。

8月4日

昨日は右下腹部の痛みがうんと楽になってきておったのに今日はまた痛みがきつい。まだまだ反応が強く出るものだ。喜んでお受けしようではないか。

8月5日

断食20日目、朝早く腹痛で眼が覚める。午前4時である。1時間ばかりエビのように身体を曲げて腹痛をこらえていると、また便所へ行きたくなった。予想していた通り宿便が出てきた。海苔のようなもので生臭いこと生臭いこと。排便の後、腹がスッとして大変気持ちよくなる。これでまた、右下腹部の痛みもよくなるであろう。1日中右下腹部へ触手療法。

8月6日

今日でいよいよ断食も3週間となる。よく頑張ったものだ。昨日宿便が出てから、今日の右下腹部の痛みはまた一段と楽になった。ありがたい、ありがたい。

この分なら全快まではあまり長くないぞ。

頑張りついでだ。もう少し断食を延ばしてみよう。人間というものは現金な奴で、先が見えだすと途端に張り切りよるわい。

8月7日

断食22日目、午前中は右下腹部の痛みがとても楽だったのに、午後からまた痛みがきつくなった。反応が波を打ってやってくるようだ。最後までトコトン出てしまえ。そして根こそぎ病と縁切れになるのだ。

8月8日

断食23日目、今日も昼過ぎに排便あり、またまた宿便が出てくれた。これで右下腹がまた一段と軟らかくなった。痛みもそれに連れて楽になるに違いない。身体は相当衰弱してきたが気力はまだしっかりしているぞ。一日々々と血液が浄化され、腸の中は宿便が取り除かれてゆくので、ますます希望の光が前途に拡がってくるようだ。

1日中触手療法をやっている。

8月9日

昨日宿便が出たためであろう、今日は右下腹部の痛みがうんと楽になった。歩くのにも少しも響いてこない。やれやれここまで来ればもう大丈夫。大声で話もできるようになった。本当にありがたいことだ。ただ、長い間寝たきりで足が弱ってしまって見る影もなく細ってしまった。階段の昇り降りがやっとこさである。みんなの意見も取り入れて、本日から回復食を摂ることにする。

さあ、これからの食養生が大変だ。よっぽど注意してかからぬと過食して失敗するからな。長い断食の後だけに普通食に戻るのにも相当の日数をかけなければならぬから、その間の空腹に耐え抜く絶大な克己心が必要になってくる。

さて、今度の断食後の食養で一番注意しなければならぬことは、今までの過食の悪習を断然やめて小食に徹することである。

それから今一つ改めたいことは食事の時間である。今まで診察時間の関係で、夕食は診察が終わってから食べることにしていたため、日曜日以外はいつも夜の9時前後になってしまう。こんなに食事時間が遅いと、食べ終わってから就眠までの時間が短く、まだ食べたものが胃の中に滞(とどま)ったままで寝ることになってしまう。そのためにどうしても熟睡ができない。このために疲労が十分にとれず、翌日に持ち越されてしまう。その上、夜中に往診に叩き起こされるような日が続くと、全くグロッキーになってしまうのだ。そこで、今度の断食後は夕食を診察時間の前に食べることにしよう。そうすると大体5時までに食べ終わってしまう必要がある。

8月10日

今日も終日、今後の食養生のことについて考え続ける。断食後の食養生だけでなく、この機会に完全な食養を身につけた習性にまで訓練して、理想の身心を創造したいと思うにつけ、いろいろと食事の摂り方を工夫してみるのだ。

しかし、何といっても最後は不屈の精神力と実行力でこれを完成される以外にはない。

じっと寝ていても汗がにじみでる暑い日だが、実践倫理宏正会の上広哲彦先生著「正しい生活」を読んだ。その中に葉隠の一節「何事もならずということなし。一念起こると天地をも思いほがすものなり。成らずということなし。人が甲斐なき故思い立ち得ぬなり。力をも入れずして、天地を動かすというもただ一心の事なり」を引用して、我々が燃えるような熱意と、実践しようとする旺盛な気力があれば、いかなる理想も目的も、そのことごとくが達成できるのである、と諭されているのに強く感銘させられた。

アメリカの哲人エマーソンが「人は、1日中考えていること、その人である」と言っておられるが、まことにその通りで、我々が毎日、自分で考え続けている通りの人間になってゆくものなのである。

この自分が甘いものをきっぱりやめることができるようになったのも、甘いものを食べない理想の自分を絶えず頭の中に描き続けて、それが遂に潜在意識の中にまで刻み込まれてしまった結果だと思っている。人間が単なる現在意識だけで自分の行動を律することができると思うのはとんでもない誤りであって、潜在意識が我々の行動の大部分を無意識のうちに左右しているものであることを知るならば、我々が自分の理想や目的を実現させるためには、潜在意識にまで、それを刻み込ませる必要があるのだ。

その意味において、今後の食養を成功させるために、徹底的にこれを潜在意識にまで刻み込んでしまえ。そして厳格な食養を実行してゆくにあたって、今まで続けてきた長年の食習慣のために、窮屈に考えられ、それから逃れたいと思うのは、まだまだ自分の信念、理想、目的が本当に全身全霊より滲み出たものとなっていない証拠であると思え。

従来の我儘な生活から、目的である、信念に基づいた理想に向かって、精進努力しようとする過渡期においては、窮屈と感じることも、止むを得ないかもしれぬが、いつまでもそれに拘っていては、とうてい目的は達成されず、理想は実現できるものではない。

結局、悔いることなき汗と魂とからなる実行、実践によって終始一貫、不屈の精進努力があってのみ真実のものとなるのである。その間には幾多の試練にも打ち勝ち、打ち続く苦難にも耐え、生死の境を彷徨する岐路にも立たなければ、なかなか真実のものとはなり得ないのだ。さすれば今のこの自分に課せられた試練こそ、理想に向かって邁進する絶好のチャンスではないか。

8月15日

今日は断食終了後1週間、右下腹部の痛みは1日1日と楽になり、座ってテレビも見られるようになってきた。

ところで、毎日暑い日が続き汗をたくさんかくので、その対策にと少し食塩を摂り過ぎたようだ。右足先、左足首、左アキレス腱、それに右膝とジグザグに重怠い痛みが出てきた。また頭も重く温冷浴の水の中ではっきりとわかる。これからの症状は今までから食塩を過剰に摂取したときに現れてくることはよくわかっている。やはり断食後は食塩の再吸収力が異常に亢進しているため、少しの食塩でも全部身についてしまうのだ。明日1日食塩抜きをやらねばならぬ。

8月16日

今日は1日塩断ちをする。食塩が過剰になっているせいか、醤油も何もかけないトーフが結構おいしい。家内が珍しそうに眺めている。生水もうまいので少し余計に飲む。

8月17日

今日も引き続き塩無し日にした。これだけ食塩の吸収がよければ2、3日無塩日にしても大丈夫だろう。昨日1日の塩抜きで気分がすっきりした。足首の痛み、アキレス腱の痛み、それに頭痛もどこかへ消え失せてしまっている。やはり食塩の過剰で、これら一連の症状が出ているのだ。こうやって自分で体験してみると本当によくわかる。ありがたい、ありがたい。

夕方、子供らとテレビを見る。「巨人の星」が第10チャンネルで放送されていた。野球の道一筋に生きる星飛雄馬が1つの壁に突き当たり、それを乗り越えて開眼するために参禅したり、剣道の道場や射撃の道場に出入りして、苦心惨憺する場面が出てきた。

人生どの道に進もうとも、同じように皆それぞれの壁に突き当たり、それを乗り越えて、一段と高い新しい境地に到達するためには、並々ならぬ努力と精進が必要なのだ。

七転八起、いや999回失敗するとも、最後の勝利を信じて、渾身の力を振り絞って突進してゆく、この情熱、この勇気、この精神力が最後の勝利者へ導いてくれるのだ。

そして1つの体験を基として深く思索し、常に正しい方向を見失わず、じっくり腰を落ち着けて、その壁を突き破ってゆくことが必要である。

分け登る麓の道は異なれど 同じ高嶺の月を見るかな

そして登りつめてみれば、みな一様に同じような心境に到達している。即ち悟りの境地なのだ。

よし、自分も必ずやり切ってみせるぞ!と大いなる情熱に胸を躍らす。そして「巨人の星」の替え歌ができあがった。

巨人の星(替え歌)

1、思いこんだら 試練の道を

  行くが男の ど根性

  真赤に燃える 希望の光

  巨人の星を 掴むまで

  血の汗流せ 涙を拭くな

  行け行け甲田 どんと行け

2、骨と皮の 断食姿

  凍る水浴 ど根性

  砂糖を止めて 玄米食って

  理想の身体を 創るまで

  血の汗流せ 涙を拭くな

  行け行け甲田 どんと行け

3、やるぞどこまでも 命をかけて

  でっかく生きろ 挫けちゃならぬ

  男の誓いを 果たすまで

  血の汗流せ 涙を拭くな

  行け行け甲田 どんと行け

8月18日

3日間ばかり食塩をほとんど摂らないでいたら昼食後どうも胃の調子が悪い。ゲップが出て空腹感がなくなり、腹が張ってしようがないと思っていたら、夕食前に生野菜の汁(5種類以上混合)を飲んだ途端に、胃痙攣様の痛みが出てきた。これは食塩の欠乏症状であると思われる。塩抜きが少し過ぎたようだ。よし、これもなかなか良い経験である。食塩欠乏状態の胃の痛みを良く味わっておけ。

夕食は玄米クリームにして、その中に食塩をドッサリ入れて食べる。相当入れたつもりだが、それほど塩辛く思わず結構おいしかったのは、やはり食塩の欠乏を物語っている。

食べてから20分も経つと、胃痙攣様の痛みはケロッと嘘のように治ってしまった。やはりあの痛みは食塩欠乏が原因であったのだ。これでまた、1つ賢くなった。

自分の身体に今、食塩が過剰になっているか、それとも不足しているか、正しく感知することができて、素早くその対策を講じることができる人は確かに食事の達人だが、なかなかその域に到達することは難しいことだ。

しかし、塩梅はいかがですか、と言われるように、食塩の過不足がないように、常に調節しておくことは、健康保持の上に、いかに大切であるかを知らねばならぬ。

8月19日

昨日の胃痙攣様の痛みに懲りて、今日も食塩を少し余計に摂る。胃腸の働きがさっそく活発になって、空腹感が強烈に起こってきた。夕食を5時前に食べても、早や2時間経つか経たぬかにもう腹が減ってしまっている。しかし、胃袋が空になってから眠ると確かに安眠できる。悪い夢も見ないし、睡眠中に、あちらこちらへと寝返りを打つこともなく、目が覚めたときにも口の中が爽やかで、疲労感がすっかり取れている。今までよく食べてすぐ寝たときには夢をよく見る。食べ物の夢を見るときは、決まって胃腸の壁が荒れているときだ。食べてすぐ寝ると、胃袋にまだ食物が残っているから、どうしても熟睡はできないので、睡眠時間は長くなり、しかも朝の目覚めにも、すっきりとした爽やかな気分で起きられない。何となく身体が怠く、口の中が苦い。

このような食生活を続けていたのでは、たとえ玄米食を実行していようとも、絶対に健康体にはなれまい。

それに引きかえ、胃が空になってから、すなわち空腹の状態で寝ると、胃腸や肝臓、腎臓なども本当に休息できるので熟睡することができる。したがって睡眠時間も短くて済むのだ。「腹が減ったら眠られない」という人がよくあるが、そんなことは絶対にない。自分も今までそのような、誤った考えを持ったこともあったが、現在、この空腹時の安眠を経験した以上、胃袋に食べ物をいっぱい詰め込んで寝るということほど、不健康で馬鹿げた食生活はないと思えるようになった。自分の過去を振り返ってみれば、随分と長い期間、夕食を終えた後で、また夜食を腹いっぱい詰め込んで寝る、悪い習慣を続けておった時期があった。これこそ不健康生活の最たるものであると、今つくづくと反省させられるのである。

8月26日

今日は久しぶりに、自分の顔を鏡に写してつらつら眺めてみる。すると驚いたことに、少し人相が変わっているのに気づく。断食前になかった法令が、左右1本ずつできているではないか。(左の図がそれです)鼻の小鼻の両側から口を囲むように、下へ伸びる線を法令というが、今まで①②の線だけであったのに、今度の断食で新しく③の線ができているではないか。人相学上これはどう判断してよいのか、1つ人相学の大家に聞いてみたい。

人相が変わるのであったら手相のほうはどうだと、今度は手をじっと見つめると、やはり断食前の手相と変わっている。生命線が長くなり、健康線が深くはっきりしてきた。断食が人間改造、万病根治の秘法として、古来、宗教家はもとより、広く一般にも伝承されてきたのは、このように断食後において、手相も人相も変わってしまうほどの大変化をもたらすことを、我々の先人は経験によって知っていたからであろう。

8月28日

ここ数日来、もの凄い空腹感に襲われる。むしろ断食中のほうが楽だ。断食中は食べられないと諦めているから、未練がない。断食の後で食べ過ごして失敗する者の多いのは、この空腹感に耐えることができず、つい食べ過ぎてしまうからだ。ここは不屈の精神力で乗り切るべし。絶対に負けるな。

8月30日

8月も後1日で終わりか。この1ヶ月は、しかし、よい勉強になった。いろいろと貴重な体験を積むことができて、本当によかったと、感謝できる充実した1ヶ月であった。

考えてみれば、これも病気をしたおかげである。まことに煩悩即菩提とはよく言ったものだ。病気をしたればこそ、いろいろと自分の欠点を反省し、正しい生活に戻らしていただけるのである。人間は順調に帆を上げているときは、なかなか自分を反省するということは少ないものだ。したがって、自分の業に気が付かない。病気で命に関わるような辛い目にあったり、事業に失敗してすってんてんになり、どうにもならなくなったときなどに、初めて自分を反省し、持って生まれた己の業に気付くものである。したがって悩みに直面したときこそが、業を断ち、因縁を切らしていただく絶好のチャンスである。そしてまた、病気の中でいろいろと工夫を凝らしている間に健康な者には感知できない、素晴らしい真理を種々感得させていただけることを考えると、病気ほどありがたいものはない。日蓮上人様も「病気に非ざれば正法を得ず」と言っておられるではないか。

しかし、天高く馬肥ゆる食欲の秋がいよいよやってくる。まだまだ安心するのは早すぎる。これからもいっそう自重して、今までの経過を台無しにすることなく、さらに一歩一歩向上への道を進んでゆくのだぞ。右の下腹部の痛みも、ほとんどなくなってきており、動作も軽くなり、苦にならなくなってきた。ありがたいことだ。ありがたいことだ。合掌。

9月2日

今度の断食が終わってから、カルシウムの補給のつもりで小魚(チリメンジャコ)や圧力釜で炊いたウオゼなど頭から尻尾まで丸ごと食べてみると、どうも顔や腕の皮膚が荒れるようだ。もうしばらく実験してみるが、動物食を摂って、湿疹が出た人もたくさんいることだし、もし自分もそのような体質になっているのなら、この機会に動物食とも縁を切らねばならない。

夜、神戸の山崎信子さんに電話をかける。このお嬢さんは小さい頃から喘息と湿疹で非常に困り、いろいろの治療を受けてきたがよくならず、ついに昨年12月、私のところへ入院し、12月と本年2月の2回に亘って断食された。その結果、さしもの頑固な湿疹も喘息も出なくなって、大変喜んで退院されたのである。ところでこのお嬢さん、動物食は全て駄目で、ちょっとでも食べると湿疹が出てくる。そこで退院の際、「あなたは今後一切、動物食をしてはならぬ」と、玄米、生野菜、海藻類などの食事を表に書いて、これを実行するようにと指導しておいた。

さて、あれから半年以上も経ったが、現在の身体の調子はどうかと気にかかるので電話してみたのであるが、元気な声が返ってきた。退院後もずっと、動物食は一切しないで、玄米食と生野菜や海藻類で頑張っているが、おかげさんで大変元気になり、太って今は52kg位(退院時は44kg位)も体重があり、皆から血色がとてもよくなったと言われている。そして喘息や湿疹は、全く出なくなってしまった。毎年秋口になると、決まって喘息の発作が出て困るのに、今年はまだ何の前触れもなく、至って元気だという。

動物食を一切廃して、玄米菜食で、このように長年の難病を根治して、ますます健康になってくる実例は、ここにも1人あるのだ。都合によって、自分も動物食と袂を別って玄米菜食に入る必要がある。しかし、もうしばらく実験して、本当に小魚や魚を、内臓もろとも全部食べることによって、皮膚が荒れてくるか確かめたい。

9月6日

このごろ毎日夕食時間が早いので(4時頃に食べる)、10時に床に就くときには、もう完全に腹ペコである。それで実に安らかに眠りに就ける。こんな気持ちのよい眠りはない。腹が減ったら眠れないと、わざわざ夜食をして寝た過去の悪習を思うと、天と地ほどの変わりようである。今では毎晩腹の減ってくるのを、待ち遠しい気持ちで楽しく迎えているのである。

そして、朝早く目覚める習慣がついてきたのも、実に嬉しいことだ。午前3時前にパッと目が覚めるが、少しも怠い気分は残っていないで、爽やかな目覚めが待っている。それから家の者がまだ眠っている間に本を読んだり、書き物をしたり、一仕事ができてしまう。

短い一生だ。毎日々々を1時間たりとも無駄にせず、有効に利用しなければ、この世に産んでもらった甲斐がないではないか。早寝早起きの、このよい習慣をずっと続けて、理想と目的の完成に邁進するのだ。

9月16日

昨日は第20回日本総合医学大会の世話人会に出席、帰ってから雑用もあって、夕食時間が8時を過ぎてしまった。そうするとどうだろう。食べ終わってすぐ寝なければならず、まだ胃袋に食べ物が残った状態で眠りに入ったため、夜中に夢を見た。そして朝の目覚めに、胃の辺りが何となく気持ちが悪い。口の中もネバッて爽やかな気分になれない。

夕食が遅くなることが、こんなにも健康上に悪い影響をもたらすとは!正しい生活が身についてくると、不養生を敏感にキャッチできるのではないか。もう二度とこのような不自然な食生活はすべきではない。

9月20日

チリメンジャコのような小魚や、掌に入る位の魚を圧力釜で炊いて食べる実験を3、4回繰り返したが、やっぱり皮膚が荒れてくる。肉や牛肉では、一層ひどいこともわかってきた。やめて2、3日すると、また綺麗な皮膚に戻ってくることがよくわかる。今後、もうしばらく実験を重ねてみるが、動物食を受け付けない身体になってきたようである。

それよりも動物食をあまり食べたくなくなってしまったのが不思議である。野菜や海藻類それに玄米飯にゴマ塩、これらは何を食べても世界一うまいと思うのに、魚類や肉類を食べた後のあの嫌なゲップはどうだ。

9月21日

本日午後、富山県の大道重次先生がひょっこりお見えになる。先日から関西方面をご旅行なさると聞いて、ぜひ当院へもご来駕をお願いしておいたものである。明、22日か23日頃においでになる予定であられたが、日程のご都合で、本日お越しいただいたわけである。

初めてお目にかかった先生は、大変お元気そうで74歳とは思われない。30歳のときから1日1食主義を守り通して既に44年間、しかも玄米と菜食に徹し、肉や魚は口にされない。そして間食は、絶対と言ってよいほどなさらないというのであるから、その精神力と克己心にはただ頭が下がる。いやそれは、先生のご人格のしからしむるところであって、単なる興味本位では、到底できるものではない。

1食主義については、自分もかねてから大いに魅かれるところがあって、一時1食主義をやったことがあるが、自分の力の限界を悟り、また、昼夕の2食主義に戻ってしまった。しかし、もう1食主義は諦めてしまったかというとそうではない。何とかしてもう一度、1食主義に挑んでみたいと思っているのである。

ところで1食主義を成功させるためには、なかなか大きな厚い壁があって、それを乗り越えるには大変な克己心や精神力、それに現代医学を無視するような栄養観に慣れてしまわなければならない。1食主義にすると、食事のおいしいことといったら、それはやってみた者でないとわからぬであろうが、何を食べても涙の出るほどうまい。そこでつい余計食べ込んでしまう。ところが胃腸の消化吸収能力は、3食者と比較にならぬほど高まっているから堪らない。少しでも余計に食べると、後でもう動けなくなってしまう。すなわち身体がたちまち怠くなって、何をするにも嫌になり、眠くなってしまうのである。その上、現代医学の栄養学でも少し齧った者であると、頭の中で1日1回しか食べないのだから、これ位は食べないと身体がもたないだろうという考えがあるから、これがまた大きな妨げになってしまって、つい余分に口に入れることになる。こんな1食主義なら、やらないほうがずっとよい。1日2食か3食にして、ほどほどに食べているほうがよいのだ。1日1食にして、長い時間を空腹で辛抱し、胃腸や肝臓を空運転しておいて、急に重荷をかけたらどんなに強い胃腸、肝臓でも参ってしまうのは当然である。それはモーターでもみな同じである。だから1日1食主義を成功させるためには、現代栄養学の常識を無視し、頭で考えて食べるのではなく、玄米や生野菜のような完全栄養の食物を自分の腹と相談の上、腹8分に食べておくことが秘訣である。

夕食時に玄米食を食べていただく。玄米飯が1杯(約6勺)、トウフ2分の1丁、カボチャの煮炊き1皿、それにヒジキと生野菜少量が夕食の、いや1日の食量の全てである。

現代栄養学からみると、カロリーにして500カロリー余り、動物性蛋白質ゼロ、カルシウムもせいぜい100mg足らず。

現代栄養学を批判する立場にある私でさえ、この食量で1日分とは少な過ぎはしないかと不安になる。ところが44年間の体験者は「これでも少し多い位かな。今日のようなあまり運動をしない日なら、もう少し少なくてもやってゆけます」と泰然自若たるもの。体験により滲み出る確固たる自信。恐れ入るものである。まさに洗脳された一瞬である。「夕食をした後1時間かそこらで、すーっと胃の中が軽くなって、少しももたれた感じがないような食べ方をしなければならない。食べてから2時間も3時間も胃にもたれて、身体を動かすのが億劫になったり、眠くなったりするようでは食べ過ぎで、1食主義の落第である」と言ってのけられたのは、流石に急所を突かれた貴重な教訓である。先生も、しかし1食主義に入られた当時には、やはり腹で食べずに頭で食べられたために、これ位の量は食べておかないと身体がもたないだろうと、余分に食べられたので、却って身体が怠く、フラフラになってしまって、一時は1食主義を中止してしまわれたのだった。ところがご長男が、今度は馬を使っての重労働を玄米、1日1合内外と生野菜という少量の食事で見事にやってのけ、これらに教えられ、再び1食主義に入り、今までのように頭で食べずに、腹の調子で食べるようになってから上手く成功したということである。現代栄養学の知識で、カロリーは1日でいくら、蛋白質は何グラム、カルシウムは1日1グラムは摂らなぬといけないと考えていたのでは、到底1日1食主義は成功できるものではない。単に本だけを頼りにする学問より、実際の体験ほど強いものはないなあと、先生のお言葉をありがたく拝聴する。1食主義に慣れると、空腹時こそ頭が一番よく働き、力も十分に出るということで、しかも疲労が少なく、睡眠時間も短くてすみ、寒暑にも強くなるなど、要するに真の健康体になると強調される。全く魅力たっぷりの1食主義である。

9月25日

一昨日、お彼岸に自然のままの、一番よいクローバーのハチミツだと、まだ色の黒いのを持って来ていただいたのを、黒パンにつけて食べたのが大変においしくて、今日で3日間続けて食べた。ところが、いかによいハチミツでも、やはり糖分には違いない。本日温冷浴をしてみると、左足首が痛むではないか。昨夜、夜中に汗をかいたのも、糖分を過剰に摂ったときにいつも出る症状である。いくらよいハチミツでも、やっぱり過剰は慎まねばならぬ。

9月27日

今日は温冷浴の際、水の中で左足首の痛みが全く消失してしまっている。2日間、完全に糖分を摂らなかったらやっと足首が治ってきた。やはり今後はハチミツと雖もよほど警戒して、食べ過ぎたり、3日も4日も続けて食べるというようなことを慎まねばならない。

9月30日

朝4時に起床、起き抜けに生水をコップに1杯飲むと、直ちに胃大腸反射が起こって便所へ行きたくなる。実に気持ちのよい排便で、頭の中までスーッと軽くなる。夜寝る前に腹ペコであるときほど朝の便通はよいようだ。胃大腸反射が正常に起こるためには、だから小食であることが絶対に必要である。大飯を食って上からトコロテン式に、大便を押し出すような排便は落第であり、そんな便には必ず悪臭が付き纏う。小食で完全に消化吸収された便はそんな悪臭がない。腹の中が綺麗な証拠である。

支那の道書「抱朴子」の中に、

欲得長生腸中当清

欲得不死腸中無滓

すなわち、長生きしたいと思ったら腸の中は清くなかったらいけない。不老不死を得たいと思えば、腸の中に滓が溜まっていたらいけない。

この詩の意味をよく味わって、腸の中で食べた物が腐敗発酵しないように、また宿便を溜めないように、小食で満足できるよい習慣を守り続けなければならない。その意味で今のこの食事を断食後の特別回復食と思ってはならない。これが生涯の平常食と思い、慣れ切ってしまうまで徹底させるのだ。石の上にも3年と言うように、3年でも5年でも続けて実行するぞ。7年経てば人間の細胞はすっかり入れ替わり、全くの別人になるという。それまで頑張ってこそ、完全に持って生まれた悪因縁の業が断ち切れるのだ。

人間というものは、元の古巣(悪い悪習)へ帰りたくて仕方のない厄介な存在で、食べ物でも、ちょっとでも油断すると元の食生活に戻ろうとするものだ。

10月1日

天高く馬肥ゆる食欲の秋、今年は台風の襲来が少なくて、実りの秋は豊作が予想されている。ところで、食欲の秋にまかせての過食は、肥る秋に胃腸病患者の続出となる。

家内が少し貧血気味であるから、鉄分の多い食品を食べなければいけないと言うので、海藻の中でも最も鉄分の多いアオノリ(1000グラム中106ミリグラムの鉄を含有)を粉末にして毎日食べているが、一度に5グラム食べたら、すっかり胃を悪くしてしまった。自分もアオノリを毎日食べているが、やはり量を過ごすと胃を悪くする。

玄米飯が身体によいからと、1日に3合も4合も、人によっては5合、6合と大食する者があって、口内炎や口角炎を起こし、舌の先が爛れたり、胃を傷めたりする者、あるいはまた、秋の味覚を楽しむべく、ブドウ、ナシ、イチジクなどを毎日食べ過ぎて胃を悪くする者、誠に口は禍の元である。玄米食でも海藻類でも健康上欠くことのできないよい食品であるけれども、過食すればやはり胃腸を初め、消化器を損ねてしまう。自分の場合はまず舌に苔が出てくる。そのうちに口内炎、口角炎などが生じてくる。これらの症状は、胃の粘膜や腸管の荒れ具合を端的に物語っているのである。もし、食直後に生水や湯茶をガブ飲みしたり、「食後には果物を食べるがよい」といい気になって、ナジやブドウ、イチジクなどを食べたりすると、一層覿面に、症状が早く現れてくる。このように食べ物の質と量の問題、それに水や茶の飲み方、それに塩の過不足等々、一口に食事をするといっても、それによって健康を保ち、病気を予防するためには、本当に難しい問題を1つ1つ体験的に解決してゆかなければならない。しかし多少の誤りは誰にでも必ず付き物で、完全な食養をできる者はほとんどいないと極言してもよかろう。ある程度の不養生や、無知で不完全な食事をしていても、それらの害を被らない、最も大切な決め手は何か。それはまず過食をしないという1語に尽きると思う。

過食をこそ注意せよ。特に食欲の秋を迎えるにあたって。

10月3日

昨日も今日も、午前2時半頃に早や目が覚めてしまう。小食にして腹ペコの状態で寝ると、何と睡眠時間の短くて済むことよ。そして起き抜けに生水をグッと1杯飲むとたちまち便意を催して便所へ飛び込む。胃大腸反射が正常に働いている証拠だ。しかも排便後の気持ちのよいことはどうだ。腹がすっかり空になったような、爽やかな気分になる。今のこの小食は、断食後の回復食であると決して思ってはならぬ。この食事が生涯の平常食だと思い込み、身体の方で十分納得し、満足するまでずっと続けてゆくのだ。この1週間余りは完全菜食を続けているが身体の調子はますますよい。すなわち、昼はニンジンの7勺か8勺位と生野菜(コンフリー、大根菜、チシャ、パセリ、ホウレンソウなど5種類以上)を庭から引き抜いて青汁にしたのを5勺余り、水で薄めて食前1時間に飲む。農薬、化学肥料を全くやっておらないから、安心して食べられるし、新鮮そのものだから、これほどありがたいことはない。

昼食には玄米クリーム(玄米粉70グラム)とトウフ4分の1丁、で辛抱しておく。

前の晩寝るときから腹ペコであるから、昼食のおいしいことはまた格別である。これだけの量で抑えておくことはなかなか難しいが、習慣というものは恐ろしいもので、だんだんとこれでよいのだと、身体のほうで納得してくれるようになってきた。

夕食は玄米飯200グラムから250グラム位、それにトウフ、ヒジキ、カボチャ、コンフリーの天婦羅、グルテンミートなどを副食として全部で3皿付けてもらう。1日1回の食事らしい食事である。もう何が出されようと世界一うまいのである。食べる直前には、オヒツの飯1杯ぐらい食べてみたいと思うほど腹が減っているが、玄米飯やヒジキなどをドロドロになるまで噛んでいるうちに、結構これだけの食量で満腹してしまう。

1日のカロリーを計算してみると、現代医学では完全に落第で、こんな食事をしていたら栄養失調になってしまうぞ、と脅かされるであろうが、それでも少しずつ筋肉ができてきて、しっかりと力づいてきたのは不思議である。今しばらくこの食事で、どんな身体になってゆくか実験してみよう。前途には大きな光が見えているようで心が躍る。

10月11日

この8月、皮膚アレルギー疾患で困り果て、当院へ入院して10日間の断食をされたS先生がひょっこり来られた。10日間の断食療法でアレルギー症状は相当よくなったが、もう少しまだ完全根治とまでゆかなかったので、再度の断食療法をお勧めしたところ、学校の勤めもあるのでそれはできない。後の養生をしっかりやるから、養生法を教えてほしいと言われた。そこで玄米と完全菜食の食箋を書いて、これを厳守するようにと注意しておいた。その後どうなっているか、気にかかっていたのであるが、本日その顔を見て、大変キレイになっておられるのを見て安心した。アレルギー症状も全く出なくなってしまったとのことである。その上、今まで疲れやすかったのに、最近は身体が本当に軽く、睡眠時間も短くなり、疲れを知らなくなったと、大変喜んでくださった。食事のほうは私に言われた通り、玄米、完全菜食を厳守しているとのことである。昼食は今までなら学校の給食で、生徒達と一緒のものを食べていたが、今は家から玄米飯を持っていく。おかずには高野豆腐や野菜の煮つけたもの、それに海藻類で、動物性のものは一切食べておらない。夕食も、また同じようなものを食べておられる。量は玄米を1日1合にきっちり定めてある。体重は退院のとき50kg前後であったものが、現在は51.5kg、最初学校の先生たちが、先生の弁当を見て「こんなものを毎日食べていては、栄養失調になってしまうぞ」と、不安顔に忠告してくれたが、日毎に元気に、キレイになってゆく先生の顔色に圧倒され、今では「私も玄米菜食に変えてみようかしら」と言うほどになってしまったという。

こうして玄米菜食による治験例が、1つ1つ増えてゆくのが何よりも愉快で、医師としての生きがいがしみじみと感じられる。

10月17日

このところ4、5日食事の量が多くなった。特に夕食の副食が多いし、玄米飯の他に黒パンを余計に食べたのが悪かった。身体が何となく怠いし、睡眠時間が長くなった。そして一番敏感に反応するのは、便通が悪くなったことだ。朝起きて生水を飲めば必ず便意を催して快便があったのに、胃大腸反射が鈍くなったのか、生水を飲んですぐに便を催さないし、便の量が食べている割に少ないのが気にかかる。

やはり腹のどこかに停滞しているのであろうか。前頭部に何となく重怠い感じがする。これは以前大食していた当時の症状である。やはり食生活の根本的な改革が絶対に必要な条件である。断食をたとえ何回繰り返しても、後の食生活の改革がそれに伴わなければ何の効果もないのだ。したがって、単なる断食療法だけでは、何らの意味もなさない。結局また数日前の食事量に還って、心身が改造されるまで、否、改造されてからも終生この正しい食生活を続けること、これが食養の極意であり、真の健康への道である。

10月19日

一昨日からあれだけ過食を反省し、元の小食に戻ることを決意しながら、昨日も今日も、なおずるずると過食してしまった。やはり一度気を許すと、すぐに以前やっていた食生活に戻ろうとする。実に執拗な習性を人間は持っている。これが各人それぞれの業というものだ。

今朝から右足が左足より少し冷たく感じるようになった。この症状は実に、10幾年もの長きに亘って続いておったもので、結局左下腹部の宿便に由来すると思われる。断食によってその宿便が排除され、左右の足が完全に平等に揃い、右足の冷える感じをすっかり忘れてしまっていたのに、また今朝からひょっこり感じ出したではないか。

そういえば左足首も少し痛み出して、左アキレス腱も軽い痛みとつっぱりを感じる。昨夜盗汗をかいたのも過食の仕業に違いない。よし、本日から断然減食だ。昼は玄米の重湯だけ、夜も薄い玄米粥だ。

夜になってやっと空腹になってきた。やはり空腹、それも本当の空腹の状態に入ったときに、実に爽快な気分が味わえる。

10月21日

2日間の極度の減食で、今までの過食が清算され、胃腸の機能が回復したのか、今日は停滞していた便がドッと出てきた。宿便といってもまだ新しいから出るのも早い。腹が急に空っぽになったような気分になる。何とも言えないこの爽快な気分。もう二度と過食はするまいぞ。空腹の状態で寝床に入るのだ。

10月22日

今朝は頭脳がすっきりして寝覚めが気持ちよかった。安眠できたからだ。昨日の大量の排便で、右足の冷える感じが消えてしまっている。左足首の痛みもない。

やはり宿便の仕業は恐ろしいものだ。こうして人体実験をやってみると実によくわかる。本を読んでも、こうした微妙な心身の変化は到底学び取ることはできない。身体を張っての実践からのみ、目に見えぬ、微妙な真理を感得できるのだ。実践せぬ者は何年、いや何10年経っても真実の人間を理解できるわけがない。

この度の断食を機会に、こうして色々と有意義な教訓を得られる自分をありがたい、幸せな奴だと、心から喜べる昨今である。

10月25日

夕方、親しい観相家が診察に受けにやってこられたが、小生を一眼見て、「先生、随分と痩せなさったですね。それに顔の色が悪い。断食をさなったとか聞いておりますが、あんまり無理をされてはいけませんよ」との注意を受けた。

ところがその1週間ほど前に、ある食養の大家から、9月下旬にも別の食養の大家(食養新生会会長岡田周三先生)から「先生の顔は大変溌剌として元気になられましたね。断食前とはすっかり変わっておられますね」と褒めていただいているのである。

一方は、単なる表面に現れた現象面だけしか観えぬ人であり、その内面に躍動する生命力を読み取れないのである。

他方は心眼をもって、その人の生命力を見抜く能力を具えているのである。単なる表面的なものに惑わされないのだ。さすがはその道一筋に精進している人だわいと感嘆した次第である。世の観相家たちよ、もっと真剣に自らの実践によって心眼を養い、正しい観相術を感得されることを望む。

10月31日

昨今、気力も体力も随分と充実してきた。それに応じて手の爪の三日月が見事に出揃ってきた。これは体内の活力が旺盛になった証拠である。そして胃腸の吸収能力がよくなってきたことを示している。これでいよいよ小食でもやってゆける身体になってきたのだ。

5本の爪に小爪(三日月)の出ておらない人は日頃から大食の癖があって、大量の宿便を溜め、胃腸の消化吸収の能率が低下しているのである。したがって、このような人は将来、脳出血にはならず、脳血栓(脳軟化症)で中風になるのだ。

今から5年前、長期の断食や純生菜食を続けた後にも、キレイな爪の三日月が出てきて、大変嬉しかったことを覚えている。それが、また過食の悪習が頭をもたげてきて、ずるずるとそれに染まり、せっかく出ていた爪の三日月が再び消失してしまったのだ。

今度の断食で、今やっと、三日月が勢いよく出てきたのは何とも嬉しい限りだ。

左側の爪は4本、右側が3本キレイな小爪が出てきた。左側の小爪のほうが大きく本数も多いのは、まだ、右手の血流が左手よりも弱いことを示している。これは左下腹部の宿便がまだ完全に排除されておらないで、頸椎が右上腕神経を圧迫しているからであると推測される。

やはり長年の過食が、足から首、脊椎にまで変形を及ぼしてしまっているのだ。これを単なるカイロプラクチックや、指圧整体術で、簡単に治そうとするのは無理な話で、一時的には症状は消えても、食生活や精神面の改革なしには、すぐにまた元通りになってしまうことを、よく知っておく必要がある。

漢方一辺倒、整体指圧カイロ一辺倒、食養一辺倒、あるいは精神修養一辺倒、これらはみな、一面の真理を握ってはいるが、これが全てではない。やはり、心身を一者とみなした即ち色心不二の大原則の立場から、総合された健康法を実践するのでなければ片手落ちとなり、全き身心を創造することは不可能である。

残された左下腹部の宿便、これはまた体力が充実してから再度の断食でもやって、完全に取り除くことを夢に描いて、毎日の修養を怠りなく続けるのだ。未来は明るい。希望は躍る。

(後記)

私のところへ入院して断食なさる人々に対しては、体重測定や脈拍、体温、握力の測定はもちろんのこと、レントゲン検査や心電図、血液検査などをできるだけ精密におこなってそれらの多角的所見を総合し、正しく病状を把握して断食の指導に誤りのないよう注意しているに拘らず、自分が病気になって断食するとなると、体温も測らず、体重も測定せず、その他諸々の検査もせず、日頃の主張とは全く反対の、誠に非科学的断食に終始したことは、医師として本当に恥ずかしい限りである。

しかし、自分が断食をやるときは、特に痛みなどがあって動くのが億劫なときは、つい面倒くさくてずるずると怠けてしまう。

それと、心の中に「こんな病気は断食で必ず治るよ」という確信があって、これが余計に非科学的な断食にさせたものと思われる。

考えようによっては、毎日体温を測って、ちょっとした熱の昇り降りにも一喜一憂したり、腹痛の差し引きに心を悩ましたりすることなく、大自然の計らいに任せ切りの断食行は、大局観さえ見誤ることなければ、却って断食の効果を大ならしめることになり得る。

けれども、このような断食のやり方には”万が一”という思わぬ落とし穴があるだろうから、決して人には勧めるわけにはゆかない。

来夏には、もう一度3週間断食をやる予定で、この時には血液検査を初め、他の諸検査も確実におこなって、科学的断食のデーターにしたいと思っていることを付記しておこう。

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