新婚生活のために 中西恒三

新婚生活のために 

中西恒三

結婚の意義

世はまさに結婚ブームである。ことに10、11月といえば結婚シーズンであって、華燭の典をあげる若い人々も多かろうと思う。

しかし、結婚に関する正しい知識と理解がなければ、結婚生活の将来の運営に不幸な支障を来すことは明らかである。その当事者としても、親としても、真正な結婚に関する知識を持つことが必要である。『古事記』に、

「わが身は成り成りて、成り合わざる処一ところあり」と申したまき。ここに伊邪那岐詔りたまいつらく「わが身は成り成りて、成り余れる処一ところあり。かれ此のわが身の成り余れる処を、汝の身の成り合わざる処に刺し塞ぎて、国土生みなさんと思うは如何に」云々。

とあるが、結婚とは、男性と女性が相より相たすけて、その相互理解によって成り立つ結合であり、これによって初めて完全な人間生活を営むことができるのである。そして充実した幸福な家庭生活を維持する基礎は、男女両性の健康である。

体型的な相性

男女が幸福な結婚生活を営むためには、両者の年齢、気質、教養、趣味などの一致が必要である。これは昔からいわゆる”相性”として重視されてきたものであるが、私は特に西医学の体貌観測上、その体型の問題を重視している。

人間の体型はジゴー氏によると、筋型、消化型、呼吸型、脳型の4基本体型に分類されるが、呼吸型と消化型、消化型と筋型と脳型の各組み合せや同じ型同士の結婚は相性として優れているが、脳型に消化型という組み合わせは体型的な相性としては、不適当とされている。(別揚図参照)

足の強弱と精力の関係 次に、考えなければならないのは、男女両性の精力の均衡である。精力は健康のシンボルであるが、その精力が不均衡であっては、夫婦生活の円滑を欠き、ひいては家庭の円満を破壊することになる。そこで、見合とか、交際中に海岸のような砂地を選んで歩いてみることである。足取りがしっかりとしているのは、健康体で、精力もまた強い。それは精力が足の強弱に正比例しているからである。こうして、自分との精力の釣合をよく考えて結婚すれば、悔いを千載に残すことはないであろう。

不妊症のタイプ あまりに太りすぎた肥伴症の女性は妊娠しにくい。腰や下肢が太くて、足首もモモも同じように、まるで象の足のようなよく太った女性は不妊症が多い。また少女時代に腹膜炎を患ったとか、小便を辛抱し、水も飲まないで成長した娘さんや、小児性子宮の持ち主や、性器の結核に罹っているもの、尤もこの種(*の?)疾患は30歳以上になると治りやすく、そこで西式生活、ことに生野菜食をやり、温冷浴をやると妊娠するようになる。その他陸上スポーツを過度にやったものは不妊の例が多い。

こうした点をよく注意して、双方の理解の下に結婚しないと、後日に面白からぬ結果を招来しやすい実例が多いようである。

純潔の尊さ

結婚に当たって、最も問題になるのは、両性がそれまで純潔であったかどうか、ということである。

終戦後、誤った性の解放思想によって、未曽有の性的混乱を招いたが、有名なキンゼイ報告によるまでもなく、この傾向は、ひとり日本のみではなく、世界的な風潮である。

私は、ここに純潔の尊さを考えてみたいと思う。処女は初めて肉体を許した男性の心身の因子が75%の決定要素を占めていると言われている。馬の場合処女の白馬に黒馬の雄を交尾させた後に白馬の雄をかけても、時に黒馬の仔が生まれると言われているが、人間でも同じようなケースがある。静岡の西会会員のある夫婦間に黒ん坊が生まれた。お前はいつ黒ん坊と間男したのかと奥さんを責めたてるが、奥さんにしてみると夫以外の男性との肉体交渉は全然ない。医師を初め宗教家を訪ねて解決を求めるが1つも満足な解決を与えてくれず、結局西先生の裁断を求められた。双方の先祖の家系を調査してみてはと言われ、よく調べてみると、奥さんの祖母が、1年半ばかりインド人のラシャメンをしていたが、別れて日本人の男と結婚し、その孫に当たることがわかった。血統というものは実に恐ろしいものである。黒ん坊の赤ちゃんは、幸にインド人の貰い手があって養子にやり、あわや離婚という寸前に事なきを得たということである。筆者の友人の話に、神戸に白人赤ん坊が生まれた。よく調べてみたら、やはり女親の曾祖母が白人のメカケをしていたという。恐らく処女を捧げた結果と思う。科学的の証明は致しかねるが、君子危うきに近よらず、というのが賢明である。同じ色の日本人同士の夫婦間では、カラーによる識別はできないが、タイプによる見分けはできる。埼玉県の会員の実例に、夫に死別し未亡人が、縁あって再婚し、一子をもうけた。前夫は脳型であったが、再婚した夫は消化型であった。生まれた子供は、脳と顎の大きな、中細りの脳型(前夫)と消化型(現夫)との混合型であった。「お前は前の主人のことが忘れられず、いつも思っているからその人のタイプが現れたんだよ」と冷やかしながらも、楽天家であったから家庭は円満を保つことができたという話であった。自分の子だと思っていても、人様の子を養っているのに等しいケースはざらにあると西先生のお話であった。

夫婦の年齢差について

全世界を通じて秀才児の出生と夫婦の年齢並びにその年齢差を調べてみると、夫の30歳から37歳、妻の24歳から29歳までに生まれた子供に秀才児が多い。

また夫婦間の年齢差から言うと、妻よりも夫年上の場合が多く、ことに、その差が5歳と7歳の夫年上の場合に秀才児の出生が多いが、普通は、5歳から11歳夫のほうが年上の夫婦間の配偶が好ましいと言われている。

元来秀才児の多くは肉体の健全なものに多い事実から見て、夫婦間の心身安定と健全な年齢の間に子供をつくることが肝要である。女子の少女時代は乳を中心に一酸化炭素は余計に発散するが、メンスが始まると臍を中心に発散率が高くなり、それが24歳から28歳までは股間と陰部からの発散が著しくなるという生理的現象から見て、一酸化炭素のこうした発生の移動現象は、女子の種族保護の自然的現象だと言われている。そうすれば24歳から28歳頃までが女性の受胎分娩の理想的適齢期だということが考えられる。

性生活について

さて、今までは、結婚前の心得を主として述べてきたのである。結婚生活は、即性生活であり、愛の営みこそ種族相承の自然的な欲求に基づくものである。

初夜の心得 結婚初夜は、医学的に言えば、女性の性器の膣口に近い部分にある処女膜という筋肉に近い粘膜を男性の器官の挿入によって開通することである。この際、大部分の女性は相当の痛みを感じ、多少出血することがあるが、このような経験によって、女性の中には甚だしく幻滅を感じ、そのために、その後の行為に嫌悪を感じるようになる場合がある。しかし、最初の関係が不快であったり、満足すべきものでなかったといっても、決して失望したり、悲しむ必要はない。理解と習練が増すことによって、満足すべき性生活を会得することができるからである。

性交回数について 動物には一定の交尾期がある。しかし、この点人間は別で、回数についてはまず、個人差を考慮し、性愛の濫用を避けることが大切である。貝原益軒の『養生訓』には、

「人、年二十は四日に一たび泄(も)らす。三十は八日に一たび泄らす。五十は二十日に一たび泄らす。六十は精をとじて泄らさず。もし体力さかんなれば、一月一たび泄らす」云々。

とある。『玉房秘訣』という古い書物には、

年十五、盛なるもの一日再泄、同痩なるもの一日一泄。
年二十、盛なるもの一日再泄、羸なるもの一日一泄。
年三十、盛なるもの一日一泄、劣なるもの二日一泄。
年四十、盛なるもの三日一泄、虚なるもの四日一泄。
年五十、盛なるもの五日一泄、虚なるもの十日一泄。
年六十、盛なるもの十日一泄、虚なるもの二十日一泄。
年七十、盛なるもの三十日一泄、虚なるもの不泄。

* 羸(るい)・やせる。つかれる。よわる。また、よわい。「羸弱」「羸兵」 https://www.kanjipedia.jp/kanji/0007236600

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