瑜伽行の一考察 高見公士

瑜伽行の一考察 

(富山)高見公士

はしがき

軍茶利経は、迷走神経を説いたものであるということが、『長命の生理』の「クンダリニ経の思い出」や『無病長生健康法』の「新血圧理論」に述べられている。私は軍茶利経なるものを見たことがないから、西先生のいわゆるヨギ哲学の意味がよくわからないけれども、後代のウパニシャッド中に、クンダリ(軍茶利)を説くものがあるからこれらのことについて考察を試みたいと思う。

(1)

大乗仏教・瑜伽唯識派は、瑜伽行を部派仏教の禅師(経師・律師・論師などに対する称呼)たちから継承したと考えられる。禅師は、禅定を専攻する修道者で、禅定行は原始仏教時代から存在していたものであることは言うまでもなく、釈尊は、苦行を捨てて禅定によって成道したと伝えられる。原始仏教経典・スッタニパータでは、(バーヴァリンの弟子たる)バラモンたちを、禅定者(jhāyin)と呼んでいて、ヨーガ行者(yogin)とは呼んでいないところから、「ヨーガ行者」なる呼び名は、後代に一般化したのであろう①といわれるが、要するに禅定はヨーガ(瑜伽)の一種でって、釈尊が、バラモンの瑜伽行を、三昧を得る実修法として採用したに過ぎないのである。尤も、仏教では形而上学的思弁を斥けるから、瑜伽行に伴うバラモンの思想、神観まで受容したわけではない。しからば、バラモンの瑜伽行とはいかなるものであったろうか。

①中村元・「ゴータマブッダ」(168頁)

(2)

瑜伽行に関する纏まった記述は、カタハ・ウパニシャッド①にあらわれるのをもって初めとするが、行法の具体的説明については、カタハ書に少し遅れる、シヴェーターシヴタラ・ウパニシャッド(世紀前300-200年ごろの成立)にまたねばならない。本書では、ヨーガをおこなう場所・環境や、坐法、調息、意念の用い方などに簡明な説明を与え、坐法については、胸・首・頭を直立に保ち、身体を平静にし、また呼吸を制御して尽滅の状態に近づけることを指摘し、心に障るものなき清浄なる平処においてヨーガを行ずるとき、超自然力、顔色・音声の明澄、排泄物少量などの効験が得られ、聖音『オーム(唵)』──「これはブラフマン(梵)の象徴」を唱えつつ行ずるとき、神を知得して一切の繋縛を離れることができると説くのである。

このように見終わったところで言えることは、古代瑜伽行は(仏教を含めて)いわゆる、苦行的傾向が見られないし、坐法・調息などについても、後代のそれに比べてまず簡易なものであったと考えられる。ただここに注意すべきは、(たとえば後のヨーガ学派においても、そうであるように)瑜伽行に特殊能力──神通の伴うことを挙げていることである。仏教においても、神通は、禅定(の第四禅)において説かれたのであった。樹林、山窟などにおける、長時間の静坐、瞑想の繰り返しが、迷走神経の緊張を亢進せしめて、心身を寂静の状態に導き、一方、少欲、恬淡にして、身体の臓器にも過重の負担をかけないはずの修道者は、

① 以下、ウパニシャッドは、すべて『世界聖典全集・ウパニシャッド全書(1-9)』による。

コメント

タイトルとURLをコピーしました