手相も運命も心一つで変えられる 西勝造

新手相学の提唱

手相も運命も心一つで変えられる 

西勝造

若きピアニストの自殺

数年前のことであった。輝かしい未来の舞台生活を約束されていた我が若き女流ピアニストが、維也納(ウィーン)の客舎において自殺した巴里(パリ)特電が、哀しくも社会面に掲載され、彼女のファンはもちろん、若き音楽志望者たちの胸裏に、死の暗影を投げかけたのであった。

この海外電報の後に、「あの娘は生命線の短い手相で、死は宿命的です」という彼女の母親の述懐が掲げられ、これがまた一部の識者を驚嘆せしめたものである。

特に私は、病弱だった少年時代より、運命と健康という問題に思いをひそめ、閑暇を楽しんでは和漢洋のこの問題に関する名典珍籍を繙き、特に観手読掌については、独特の新理論体系を組み立てていた当時であったので、この迷信のために、花咲く春をまたずして自ら散り去った若きピアニストの死に対して、同情の涙を禁じ得なかったものである。

生命線が短ければ長くすればよいのである。あえてかく断言するところに、私の新手相学の存在価値があるのである。

空想より科学的手相学へ

古代に遡ってみると、人類の歴史に偉大な足跡を残した種族は、全て手相術を尊重し、且つこれを実際に応用していたことが知られている。

人智の進歩につれて、手相術もまた自ずと異なった社会環境のもとに発展し、また利用されてきたが、しかし諸他の専門科学のごとく手相術は、科学的研究の対象となるにはすこぶる困難な事情にあり、またこの点を利用して、多くの手相家たちは得たり賢しと各自ご自慢の独断論を組み立てて牽強付会の説を述べ、いよいよ斯界の進歩を混乱せしめたものである。したがって、手相術はまったく迷信の一語をもって取り扱われる現状に立ち至ったものである。

しかしそれにしても、手相と疾病と性格との間には、断つべからざる一環の関係の存在していることは、何人にも想像されてきた。

空想より科学的手相学への階梯として、ヴァスチード博士の『手の心理学』及びラファン氏の『手相、性格と個性の研究』の2著をあげることができる。

前者は、本能線(生命線)理知線(頭脳線)及び直観線(感情線)は、掌骨配列、掌骨関節、筋肉、筋膜および腿の神経の分布と密接な関係を有していることを研究し、後者はまた、精神的特性すなわち脳の各機能と手の各部分との間には、相互関係が所在しており、手および掌の線の発達は脳の現実的能力と潜在的能力とに相関的に相対応して発達してゆくもので、それが一生を通じて持続されることもあるが、また常に変改されることもあると、述べている。

手相は変化する

第2図は、12歳の少女の手相で、理知線と本能線とは結合している。第3図は第2図と同じ人の25歳のときの手相であるが、理知線は本能線と分離し、手の上方へ転移している。これは知能力の独立性を示すもので、この娘の母親が先年急死したので、大きな田舎の屋敷と田地とを、自分で管理せねばならなくなった境遇上の変化が、ここに現れたのである。

私自身もまた嘗ては、直感線の末端が理知線と結合していたのであったが、人差指の伸縮運動を練習することによって、この直観線の末端を人差指と中指との間に新しく導くことができたのである。

「napoleon」の画像検索結果
https://www.discoverwalks.com/blog/top-5-fun-facts-about-napoleon/ より拝借

人差指を伸縮させること即ち人差指の長短ということは、手相鑑定上重要な意義を持つものである。ナポレオンの人差指は視点によれば、中指よりも長かった。元来、人差指が薬指よりも長い人は、自説を通そうとする意志の持ち主で、あまりに覇気に富み、他人の説に耳を傾けない欠点を持っている。と同時にその反面には優れた独創的思想の抱懐者である長所を持っている。しかし自説を大衆に納得せしめたり、部下として長上の引き立てを得たり、また資本家から資本を借り出したりするには、人差指が薬指よりも短いことを必要とするのである。

私の説く新手相学は、臨機応変、人差指と薬指との長短を自由に御し得るところに新しみがあるので、しかしてそれがいかにして可能であるかは、この両指が頸椎第7番の脊椎神経の支配下にあるという生理的基礎にかかっている問題である。

生命線は生命の長短を語らぬ

本能線(生命線)が短いから短命であり長いから長命であると、心に刻銘することはすこぶる危険である。元来、親指の腹部の丘麓を縁取る線に、生命線という名を付することが、そもそも不穏当な用語法である。

もちろん、この線の厚薄、長短、断続および明暗などは、体液内の予備アルカリの過不足を表示するもので、これはまた親指の運動如何に緊密な関係を持つものである。すなわち親指の運動が自由であることは、生理的には頸椎第7番の神経が健全であり、且つまた体内予備アルカリの豊富であることを物語るもので、それが手相上には長く深く明瞭な本能線として描き出されるのである。かかる生理問題と手相との相互関係を理解したならば、西式強健法の準備運動の1つとして、親指を内側にして拳をつくり、力強くこれを握る運動の、何ものを意味するものであるかは、自ずから理解できるであろう。

新しく掌に線をつくる法

親指の先端と小指の先端とを結ぶとき、ここに初年と中年の運命線の描かれるのを見ることができ、また小指の先端と栄養機関を司る人差指の先端を結ぶとき、そこに晩年の運命線を見ることができるであろう。ただし、美食に慣れ、人差指をあまりに肥大させたり硬化させたりするときは、晩年の運命線を結ぶことが不可能となり、そしてまたこの事実はその人の運命を如実に物語るものである。肺臓と生殖機関を司る小指と親指とを接触交叉させるとき、小指の下の掌縁に、俗に言う結婚線を見ることができるが、私はこれを結婚しても差し支えないという生理的精神的表示と解しているが、結婚とか子供とかを物語る線とは信じない。

小指と心臓、腎臓、血管を司る中指を接触交叉させるとき、神経系統を司る薬指の下に個性線を描くことができ、これが芸術的創作に、強い天才的個性を鏤める力を表示するものである。また人差指、中指および薬指を想像の丘のほうへ折り曲げるとき、健康線を見ることができるのである。

根本的な手相の改造法

掌に線をつくる方法を、右に概説したが、各自の手は各々異なる性質を持つもので、したがって各々の手に応じて右の方法にいくらかの工夫を加えて実行し、根気よく練習するとき、手の神経と脳細胞との間には相関関係が生じて、自ら希望の手相をつくることが、できるようになるであろう。

しかし、根本的改造に専念しようとするものは、カルマ氏の「人間は宇宙の縮図にして、手は人間の縮図である」の名言を味得し、手の改造は人間生活の改造であり、人間生活の改造は脳の改造にあることに想到し、また更に、脳の改造は消化系統の機能促進にあるという慶大教授川上医学博士研究に依拠し、以って手相の改造は、根本的には消化系統の改造にあることを、この機会に付言しておきたいのである。

西勝造 「テトラパシー」 第5巻第3号 昭和10年11月25日発行

コメント

  1. yaya より:

    こんにちは、

    私のEメールで私に連絡してみてください。 西勝三氏の理論をたくさん共有します。 私はいくつか理解しました。 問題なのは私は日本人ではありません。

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