わが子の誕生と西医学 杉山秀雄

わが子の誕生と西医学

西式健康会館の指導員として活躍された杉山氏が、わが子の誕生を機会に、確信をもって西式分娩法を実行したその愛情の記録

東京 杉山秀雄

はじめに

”子供ができたら、ぜひ西式で取り上げて健康に育てたい”

これは、西式を知り始めた頃、私の描いた夢でした。

昨年、長男の出産を機会に、私は自分を振り返りながら、日記を中心にして、西医学における妊娠と出産、それに付随する色々な問題を考えてみたいと思うのです。これから出産される人達の参考にでもしていただけたら幸いかと思います。

生命の宿り

一、妻の妊娠

「赤ちゃんができたのかしら……、そんな風なのヨ……」

妻の言葉は、私をドキリとさせるに十分でした。

「まさか」

結婚して間もなかっただけに、私はどうもピンと来ないのです。

しかし、事実は厳粛でした。

それから1ヶ月半程して、妻が脂っこいものなどの匂いを嗅いだだけで、容易く吐き気を催したり、多少の疲労を訴えるに及んでは、流石に呑気者の亭主も、その厳粛なる事実に、知らず知らずの間に引き込まれて行くのは、どうすることもできなかった。

(子供が生まれる!父となる……母となる……)

信じられないよそよそしい気持ち……、それでいて一種の誇らしさに似た感情を持つことは妻も私も同じでした。

病院での診断

6月〇日 妻の日記より

ご近所の奥様にお聞きして、小岩で評判のよいE産婦人科の門をくぐる。

診察の結果

「妊娠4ヶ月目ですね」

カルテに向かいながら、事も無げに女医さんは仰る。

「………」

私は、まだ実感が湧かず”本当に4ヶ月目に入っているのですか”などと間の抜けた質問をしながら……その瞬間『妊娠ですよ』という言葉が、何かとても大切な言葉のように思えてならなかった。

──その晩の主人の驚きようとチョッと複雑な顔……

しかし、嬉しさを隠し切れず、2人でいつまでも、これから生まれてくる我が子のことを話し合う。

母体と西医学

「大丈夫かしら……産んでも!」

いよいよ妊娠が確かになったある日、妻はちょっと複雑な表情で私に言うのです。

というのも、彼女は学生時代に食事の不摂生から、頑固な便秘に悩まされ、西式を知るまでの5年間というものは、下剤の乱用を重ね、著しく体力を消耗し、そのせいか、目を悪くしてしまったのです。

現在少しずつ快方に向かってはいるが、まだ全快とはいえない段階で、妊娠という、重大事を迎えたわけです。

そこで、妻の不安顔を見た私は、まず、彼女の一番心配している、生まれてくる子供に悪い影響を与えるのではないか?また、母体自身も無理を強いて症状が悪化するのではないかという不安に対して、知る限りの西医学の原理の説明に努めたのでした。

確かに子供は母親の体質の影響を受けて、たとえば、便秘症の母親のお乳は、やはり乳児の便秘を引き起こしたり、脚気の母乳は乳児脚気の原因となるといわれております。

また、今日、妊娠中の母体の疾病、たとえば、風疹や梅毒などの伝染病がそのまま胎児に感染するという事実がよく知られています。

天地の隔たり

しかし、西医学では、「家庭医学宝鑑」の「妊娠および分娩に関する西医学の見解」の中で、胎児の血液循環と母体のそれとは全く独立しており、胎児は病弱な母親の毒血をそのまま吸収するわけではなく、必要なものを選択して吸収する能力が備わっている。それゆえ、母体が西医学を実行する限り、従来遺伝すると考えられていた疾病も、感染病も少しも恐れる必要はないのである云々……、と述べておられます。

私は、この胎児の罹病に関する現代医学と西医学の見解の相違は、西先生の言われた、「現代医学は疾病の研究であり、西医学は健康の研究である」とのお言葉を如実に裏書きするものだと思います。

しかし、母体がそうした天与の恩恵に授かることのできるのは、健康生活の実践によってビタミンCが十分であり、したがって皮膚機能の完全に働く場合であるということを銘記する必要があるのはもちろんです。

それはさておき、西先生はさらに、妊娠中の母体の種々の故障についても、受胎後、西医学により、その生活を規制することにより大いに改善されること、またよく言われるように、妊娠するといろいろな母体の病気がむしろ快復してゆくという点について、宇宙の深甚の配慮を強調されております。

さらに、堕胎についても、「諸子は少なくとも、2億5千万の中から選ばれた唯一であり、諸子の子孫はやはり各々の諸子の2億5千万の中から選ばれた唯一人である。このことを考えるとき、これを単に唯物的に考えて、唯に人口調節の名において、せっかく選ばれた2億5千万の唯一人を、闇から闇に葬って、神の冥罰がなくて済むと思うだろうか。」

と誠に激しい情熱をもって警告しておられます。

「受胎したものは必ず生み育てるべきものである」

これは西医学を知る者にとって、当然の帰結であります。

さて、妻にも以上の個所をよく読ませて説得したところ、どうやら彼女も安心していよいよ母となる決意を固めたのでした。

二 「悪阻」の始まり

妻の悪阻の症状は5月初め頃から始まりました。(妊娠3ヶ月)

ご多分に漏れず食欲不振が続いて吐き気、嗜好の変化が起こり、吐き気は魚や揚げもの類の匂いを嗅いだだけで催すほか、食事の量が少しでも多いと、しばらくして吐き出してしまったり、反対に空腹になりすぎても吐き気や胸焼けに見舞われる有様です。

そこで、食事は勢いさっぱりとしたものに偏り勝ちでしたが、西式ではカロリーをあまり喧しく言いませんので、タンパク質は豆腐や納豆、または白身の魚などから摂るようにして、ビタミンやミネラルのように最も重要な栄養素は、生水、生野菜、それに海藻と小魚さえ摂っていれば十分だと考えていましたから、脂っこいものを無理に食べる必要がなく、その点は随分気が楽でした。

偏食をしないで何でも食べるというのが悪阻の際の食生活のポイントですが、少量ずつ休み休み食事をすれば結構いろいろなものが食べられるものです。

それにしても西式食餌法に従えば、悪阻だからといって別段工夫する必要はないのだと気が付くのですが、よく婦人雑誌などに載っている、悪阻のための献立のサンプルに従いますと、どうも栄養過多になりがちのようです。カロリー偏重の献立は、ただでさえ酸性に傾きやすい妊婦に対して、ますますアチドージス(酸性)の傾向を強めることになるのではないでしょうか?

ところで、私達が、妊娠中を通して、唯一つ守れたのは、白砂糖の制限です。

甘いお菓子はもちろん、煮物にも全く白砂糖を使わない生活、どちらかというと、糖尿体質である妻にとって白砂糖を使わなかったことが、どれほどお腹の子供のために助けとなったかわからないと思っております。

ともあれ、人間の一生の内で、最も目覚ましい生長をとげる大切な時期であり、最も流産の危険性のある妊娠初期を、迂闊に過ごしてしまったことが、何とも悔やまれて仕方がありません。

四つ這い運動

妻の悪阻に対して、金魚、毛管運動の操作では吐き気が止まらないので、四つ這い運動をさせてみました。

この運動は、8畳位の部屋の中を、四つ這いになり、膝を伸ばし、腹をだらりと下げて動物と同じ要領で8の字に這うだけの簡単な運動ですが、いざ妊婦にさせてみるとなかなかどうして骨が折れるらしく、上から支えてやっても、1分もしない内にフーフーへたばる始末。幾度か実行させてみましたが下腹部が苦しいせいか、続けて3分も這えない状態でした。それでも多少気分が良くなるらしいのですが根気が続かず、とうとう途中で諦めてしまいました。

5分ずつ分けておこなっても、合計20分になれば治るとのことなので、もっと根気よくやることであります。

後で妻と話し合ったのですが、この運動が上手くできないのは、普通「悪阻」の症状が出て、苦しくなってから、慌てて実行するからであって、悪阻の症状のない、身体の楽なときに実行すれば、恐らくできたのではないかと思います。

悪阻と西医学

さて、妊娠に付きものといわれる悪阻の原因は、現在確定的な説がないというのが実状のようですが、西医学では平素、便秘症の婦人が妊娠して、胎児の発育により腸管を圧迫することによるとされています。

たとえば、西先生は、妊娠により子宮が増大するともに、下腹部の諸静脈が圧迫を受けて鬱血状態となり、その甚だしいものは骨髄神経に作用し、「悪阻」症状を起こす。また、条虫保有者の悪阻は特に甚だしいと説明しておられます。

ところで、同じ腹腔の圧迫でも人により症状の激しいものと、軽いものとがあるのは何故か?これは西医学では全ての婦人病について言えることのようですが、特に悪阻の場合、妊婦の便秘の如何がその症状を大きく左右すると言われます。

三 産院の決定

西会会員の中には、西式で赤ん坊を取り上げたくとも引き受けてくれる産院が見つからず、止むを得ず普通の方法で取り上げたという方が案外多いのに驚かされます。私のところでも、最初病院で診察を受けておりましたが、人の話では病院に説明するのはなかなか困難であるとのことなので、どこか西式を納得してくれる助産院を探してみることにしました。

ところが西会関係の人達に尋ねても、最近お産をした経験のある方がいないのでサッパリわかりません。

6月〇日

国電小岩駅近くに「M助産院」という産院があります。アパートから近いので、妻と2人で一度訪ねてみようということになりました。

早速伺ってみると、お産婆さんは六十路を越えたと思えるなかなか気さくなおばあさん。

「正常ですね……」

妊婦の体重、腹囲、及び血圧などを計って、一通り診察が済んだ後、早速切り出してみる。

「実は勝手なお願いですが、私達は健康法によって子供を取り上げていただきたいのですが……」

「オヤ……、いったいどんな風にするのですか?」

「赤ん坊を取り上げて、裸のまま1時間40分、一定の温度の部屋に放置しておくのです。それから、お湯と水の産湯を使わせてから着物を着せるのです。」

「面白そうじゃない、やってごらんなさいヨ」

傍らにいた助手のおばさんと顔を見合わせて笑いながら、いとも簡単に承諾してくださった。

妻も私も、産院を決めるのが気がかりだっただけに本当にホッとしました。

四 胎教

西式と胎教

胎児にショックを与えるものは、妊婦が滑って転んだり、偏食をして栄養のバランスが崩れることばかりとは限らない。

妊婦の精神安定という面が案外大切であるとは、西式に限らず一般に教えています。

妊娠中の母体の激しい精神的打撃は、しばしばお腹の中の胎児の栄養障害の原因となり、甚だしい場合には臍帯の血行が一時止まることもあるという。

この点、夫たるものは、大いに反省してみる必要があるわけで、うっかり夫婦喧嘩もできません。

さて、母親が胎児に与える影響はそのように重大ですが、昔から言われる妊娠中の母親の想念や行為が、生まれてくる子供に影響を与えるという、いわゆる「胎教」というものは本当にあるものでしょうか?

そんなものは迷信だと一笑に付す人もありますが、私は全部が全部そうとばかりは言えないと思うのです。”個々の細胞は、全て精神を持っている”との西先生のお言葉を味わってみますと、人間形成の重要な過程の全てを母体の温床に依存している胎児の生命細胞にとって、母親の暗示作用の効果というものは、恐らく想像以上の役割を演ずるのではないかと思えるのです。

それはまた、西式の心身一如の観点から考えても当然でないかと思います。

さて、胎教に関する昔からの言い伝えの真偽を確かめようもありませんが、胎教の効果として、誰もが認め納得できるのは、胎教が胎児に与える生理的効果でありましょう。

精神の動揺が直ちに自律神経の平衡を撹乱し、それが体液の酸、アルカリのバランスを失うことは、西医学の常に説くところですが、その結果によるホルモンの異常、栄養上の変調はそのまま胎児に響くであろうことを思うと、妊婦の心をできるだけ平和に保つためには、美しいメロディーや建設的な暗示が有効でありましょう。また、妊婦のみでなく家族全体の自覚が必要だといわれるのも当然です。

たとえば、何か大きな打撃で激情したために、出産日が予定より早く訪れるという人は多いようです。

西式即胎教

西式でも妊婦に対して自室に偉人の写真を掲げるとか、音楽を鑑賞するなどの精神生活を指導しております。

しかし、考えてみますと西式の実践はそのまま立派な胎教です。

我々は六大法則や温冷浴を実行するとき、常に「良くなる、能くなる、善くなる」という暗示が必要です。しかも、その暗示は何もよくなるという文句でなければいけないわけではなく、建設的で生命の発展を拒むものでなければ何でもよいはずです。

しかも、西式は単なる暗示療法でなく最も暗示の効く心理状態、つまり、自律神経を拮抗状態に導いて、よい暗示を掛けるわけですから、西式の実行者は悪い子供が生まれるはずがないということになり、最も能率的であり、最も科学的な”胎教”は西医学生活と言えるわけである。

西先生ありがとう

妻はヒステリーを起こすというほどのことはありませんが、私が予定の時刻より大分遅れて勤めから帰ると、あまり機嫌がよくありません。

そんなときは、玄関で顔を合わすや否や先手を打って、「いや、今日は帰りに神田の古本屋へ寄ってきたので、つい……」とそんな風に言い訳をすることにしています。

ところがその晩は彼女の様子がちょっと違ってニコニコしている。

「あら、多分そうだろうと思っていたわ」

気味の悪いくらいです。

女は大体妊娠するとイライラしやすくなるというのにどうしたわけだろう。そういえば、彼女は近頃機嫌のよい日が多いのに気が付いた。

しかし、妻の機嫌のよいのは、必ずしもそのような理由ばかりでないことがすぐわかりました。

夕食のとき言うのです。

「夫婦喧嘩をすると、可愛い赤ちゃんが生まれないんですって……」

妻は何かの本で胎教のことを読んで、早速実行していたのです。

妊娠中わが家では、胎教の目的で、夜間就寝中テープレコーダーで暗示を掛けるなどしていましたが、それは長続きしませんでした。けれど妊娠中を通して、妻が感情的にならないよう努力したことは、本当に有益であったと思います。

さて、それから数日後、妻はたぶん婦人雑誌の付録であろう、男の子が2人で相撲を取っている可愛い人形の絵を貼り出しました。場所はトイレの中です。

ちょうど目の前の位置にあるので、朝晩いやでも丸々と太った男の子が、ガッチリ組み合った姿を眺めなければならないことに相成りました。

生まれてくる子供は男子がよい……私は何気なくそう思うようになったのは、恐らくトイレの絵に影響されたのだと思います。

さて、西先生のご遺影を掲げることに気付いたのは、7ヶ月に入ってからです。

都合よくお写真が手に入りましたので、額に入れて就寝の際と目覚めたとき、必ず目に入る場所に掲げました。

私は忘れがちでしたが、妻はその日から、朝晩西先生に感謝の言葉を捧げていたようでありました。

五 妊娠中期

5ヶ月目の戌の日、腹帯を付ける。

下腹部に握り拳大のしこりが触れ、ウェストがだいぶん寸胴に近くなったこの頃、妻は事ある毎に主張するのです。「妊娠なのよ、もっと大切に扱ってくれなくちゃア」。そして、食事も「妊婦は栄養を付けなくては」、と言いながらお腹の我が子に気を配っている毎日です。

私にはそんな妻が、いかにも妊婦であることを誇示しているように思えて、微笑ましくなることが度々でした。

いつの間にか妊娠中期に入っておりました。この時期が妊婦にとって最も調子のよいときであり、流産の危険性も少なく、旅行や歯の治療もこの間に済ませるのがよいとされているのは、何といっても、胎児の身体構成ができあがったことと、胎盤が完成し、安定したためでありましょう。

妊婦の砂療法

妻の体調も徐々に整ってきて、買い物に出かける足取りの軽くなってきたことが認められます。歩くことは妊婦にとって意外に効果があり、毎日1時間程の外出がとっても便通をよくするのです。

8月には四国の実家へ帰るなど普段疲労を訴えやすい妻が厳しい夏を大過なく過ごせたのもやはり妊娠中期であったせいでしょうか。それと、浮腫みがちの妻に効果のあったのはこの年、会員の間にセンセーションを巻き起こした砂療法です。

6回ほど海浜で実行し、最後のときは9月半ば、すでに妻は妊娠7ヶ月目に入っておりました。妊婦の砂療法は樫尾先生にお聞きしても例がないとのことで、ちょっと乱暴かと思いましたが入ってみると妊婦も私も案外具合がよく、それまでは4、5時間も経つと息苦しくなったり飽きてきたものですが、最後の日は全く呼吸が楽でいつまでも砂に入っていられそうです。しかし時間の都合で5時間でやめ、砂から出ると浜は流石に秋風が冷たく、もう砂療法の時候が過ぎ去ったことが残念に思えたものです。

付記・私は妊婦の砂療法を例として挙げましたが、だからといってそれを直ちに他の妊婦の方々にお勧めするわけではありません。

夏期の妊婦の問題点

妊婦にとり最も難関な季節夏期は、身体の倦怠、食欲不振、偏食がちで食生活が何となく不安定になりがちです。

しかし、それもこれも結局発汗による結果であることはなかなか認識されない。

病気になるのを待って、症状が出れば医者に任せるといった一般の人達は別ですが、私達は発汗が水、ビタミンC、塩分の三者を失うものであり、そのまま放置しておけば万病の原因に発達するものである。しかし、発汗後失ったものだけを補給しておくと疾病を未然に防ぐことができるということを知っております。発汗後の処置は、食事および運動法とともに健康生活の重要なテクニックですが、水、ビタミンC、塩の補給は簡単なようで忘れがちになるものです。

妻の場合、特に悪阻の期間には水道のカルキの匂いが鼻について飲水に苦心していましたが、水、ビタミンC、塩の3つの内で、夏期の間私達が特に気を配ったのは塩分の補給であり、果物、生野菜に食塩をつけて食べる他、ご飯に胡麻塩をかけて塩分を補給したのです。もちろん、塩分の過剰が妊婦にとって危険あることは承知の上ですが、塩分の不足はまた、腎臓病を起こすと西医学では教えているのです。

これは、塩分の欠乏が直ちに足の関節の機械的炎症を起こし、そのため足首の故障がマルピギー氏の絲毬とバウマン氏嚢の障害を来す。そのために尿の分離が完全にできなくなるのである、と西先生は説いておられます。

我々は胃痙攣や脚気症状を初め、手足の抜けたような感じや、食欲減退、足首の火照りなどの症状が、食塩補給で簡単に治った実例を知っていますが、妊婦が腎臓の故障を起こしやすいのも、塩分の摂りすぎばかりでなく、逆に塩分不足による足の炎症からも起こる事実を認識する必要があります。

現在妊娠に関する書物では、特に後期の妊婦に妊娠中毒症予防のために減塩食の献立例が丁寧に載せてありますが、発汗した後に食塩を補給することを教えているでしょうか。

痔と脱肛

妊娠中期の快調さにすっかり気をよくしていた私達にとって思わぬ伏兵が待っていました。それは8ヶ月に入り妻が痔を訴えるようになったことです。

これも夏の発汗後の処置に欠けるところがあったのではないかと思うのですが、初め痛みと用便の際の出血、そのうち脱肛気味になってきましたし、排便の際に痛くて仕方がない。日頃妻の健康にあまり構ってやれない私も、日増しに膨らむ妻のお腹を見ては(早く治してしまわなくては……)と慌てて朝晩操作を始めました。

痔および脱肛に対する西式の処置は色々ありますが、まず痛みを早く止めなければならない。普通、痔で激しく痛む場合は足を45度に開いた毛管運動を機械で20分もすれば、大抵は楽になるのですが、脱肛症状を起こしている妻の場合、発作時は足を持ち上げることさえ痛がって思うように毛管運動ができないのです。

(さて何から始めたらよいか……)

その晩、私が考えていますと妻は感ずるところがあったらしく「あなたここのところを押してみて……」と言うので、言われるまま彼女の大腿部の前側、つまり直股筋のところを指で圧すと「ア痛みが取れてきたワ!引っ込むのがわかるの……」たちまち楽になってきたらしい。確かにこの部分の指頭圧は速効があり、そうしてから毛管をするとウソのように足が上がるのです。この事実は妊婦の脱肛の原因が妊娠による腹圧の増大ばかりではないことを物語ると思います。

指頭圧といえば、妻の場合直股筋の他に腰部の指頭圧もなかなか効果があり、この2つは痔疾のときばかりでなく、腹痛や生理痛の場合にも即座に苦痛を和らげますのでなかなか便利です。

六 妊婦と栄養

食品の酸・アルカリ

私は西式を実行している家庭を見て嬉しくなることがあります。

この間、友人宅に伺い夜ご馳走になったのがビフテキです。

大きな皿にテキを1枚と、その周りに細かく刻んだキャベツと玉葱をたくさん盛り、それに馬鈴薯とサヤエンドウを添えてある。(ハハァ、流石は西式党……)思わず顔の綻ぶのを覚えました。彼のお母さんは大の西式ファンなのです。

さて、ご承知の通り、西式の理想的食事の摂取法は、副食物の内、野菜3分、肉類3分、海藻類3分、果物1分の見当でその総量がちょうど主食物と同量になる位がよいとされておりますが、これは酸とアルカリのバランスを考慮してあるわけであり、栄養士がカロリーを計算して献立をつくるように、西式党はまず食品の酸、アルカリのバランスに重きを置くのです。

このような方法で献立を立てると全ての栄養分を過不足なく摂取できるのであるといわれています。

これは、食物により、体液を弱アルカリ性に保つことが狙いですが、実際にもそうした献立は味覚の点からもなかなか合理的です。

真心のこもった食卓でも、天麩羅・刺身・ウナギと並べられると、せっかくのご馳走も各々の味を本当に味わうことは難しくなってきます。それに生野菜が少なかったら尚更です。

また、肉類が嫌いだからといって、野菜の煮物、揚げ物、炒め物等と偏った食事をして、調子がよいと自慢している人は、みな一見して強アルカリ性の神経質な体質のようです。

ですから、家庭の健康管理の上では、特に主婦の才覚が望まれるのです。

ところが、酸、アルカリの知識に不慣れだと、つい偏った献立をつくってしまいがちのようです。

妊婦はアルカリ食を

西先生は「妊婦は7割5分はアルカリ食を摂らなければならない」というブラウフレの言葉を引用して妊婦のアルカリ性食品摂取の重要性を強調されました。また母体が妊娠中、酸性食に偏った食事を摂れば、生まれてくる子供はアルカリ中毒症であって、歯ぎしり、小児麻痺、アデノイド、扁桃腺炎、その他一般にテタニー(痙攣、強直)症状の体質になると警告しておられます。これは、酸性偏重の食事が体内に対抗上、アルカリを多く生成させるためであると言われます。

ところで、元来は新陳代謝によって酸性物質の生成されやすい人体が、弱アルカリ性の健康体を保っていられるというのも生体に備わっている緩衝作用のお蔭ですが、そうした天与の中和作用にも限度があり、摂取する食物の種類、その他、生活環境に左右されるということは我々の等しく経験しているところです。

その生活現象により、普通時以上に酸性過剰に陥りやすい妊婦にとって、アルカリ性食品の重要であることは当然だと思います。

しかし、このアルカリ性食品も、煮野菜では栄養面で不足ですし、お茶やコーヒー等の強アルカリ飲料は副作用があります。

そこで、ここに生野菜が登場するわけです。

生野菜と昆布とイリコ

妊婦8ヶ月。ようやく妻のお腹も目立って妊婦らしくなり、もはや私達の生活の中には妊娠中という意識が何の不自然さもなく溶け込んでいるのが感じられる。

西式実践面で気紛れな私たち夫婦も、我が子の誕生を間近に控えると、流石に気が引き締まり栄養面でがぜん張り切りだしたのもこの頃からです。

最早、野菜が付いたり、付かなかったりではありません。お蔭で、近頃食事のさい驚かされることがあります。

「今夜のイリコはバカに軟らかいなあ」

「ええ、お味噌汁のダシにとったカスを油で炒め、胡麻をまぶしたのよ」

「ギョッ、ダシに取ったカスを……」

何とまあ、念の入った料理を……と呆れる私を見て、妻は心外な面持ちで、

「あら、カルシュウムがあるのよ」

「ダシに流れてしまうと違うのか」

「いいえ、ほとんど残っているのよ」

「そうかねェ……」

私は仕方なく、奥歯でサッパリ味気のない小魚を噛み締めました。また、妻が小魚を頭ごと食べるようになったのもこの頃からで、よい傾向だと思っておりましたが、その内、大きな魚まで骨ごとボリボリ食べだした。

(西式ではこんな大きな魚まで丸ごと食べるとは言ってないはずだが……)

「おい、歯を痛めるからよしたらどうだ」

けれど妻は強気です。

「あら、アジの干物って、分析表で見ると割とカルシュウムが多いのよ……。私お魚は頭から尾っぽまで食べなければいけないという西先生の教えが頭にこびりついてしまったの」

かくして魚を丸ごと食べる習慣は妊娠後もやまらなくなりました。

妻が妊娠中、小魚とともに努めて摂ったのは、海藻類(わかめ、とろろ昆布、のり)、生野菜であり、食卓の中心となったものはそのほか豆製品とレバーです。

栄養の秘密

妻が生まれる我が子の歯や骨格の発育のために特にカルシュウムの摂取に力を入れたのは、私たち夫婦が2人ともカルシュウム欠乏で悩まされてきた苦い経験があるからです。歯や甲状腺の故障は2人の共通の弱点である親の欠点を子に受け継がせたくない気持ちは、どこの親でも同じであろうと思います。

しかし、栄養の摂取を薬局に出回っている栄養剤で済ませる方法は私達のところではありません。それというのも栄養の過不足とは相対的な問題であって、単独に補給したからよいというものではないからです。

ビタミンB1不足というのも結局はデンプン質が多すぎる結果であり、ビタミンC欠乏の場合にいくら柿茶や生野菜を摂っても甘いものをやめない限り、皮下出血が治らないことは我々の経験済みです。

おもしろいことに、我々が10数日断食を実行して栄養を絶っても、別段脚気にも壊血病にもならないのに、普段ビタミンの欠乏した食生活を続けるとたちまち病気に罹る。これから見ても栄養の過不足はバランスが決め手になるものだとわかります。

元来、体内における栄養素は、たとえばナトリウムとカリウム、鉄と銅、カルシムとマグネシウムといった具合に、それぞれ一定の比率によって拮抗し、または協調して初めて本来の役割を全うできる仕組みになっており、一方の過剰は他方の不足を招く結果となることは言うまでもありません。

栄養学の教えるこうした原理も、栄養剤の氾濫している現在ではあまり顧みられないでしょうか。

西先生は、妊婦に奨励される鉄分も銅の働きがあって初めてその効果が発揮できるものであるから、銅の多い食品を摂らなければ貧血は治らないと言われました。同じく、カルシウム万能主義を戒めて「カルシウムを摂りすぎると低能になる」と発表して聴衆を笑わされた。

カルシウムの沈着にはリンとビタミンDの働きが必要である関係から、カルシウムの摂り過ぎはリンの欠乏を引き起こすことになる。その結果、頭脳の働きに大切なリンが失われるというわけですが、リンの欠乏は、また、関節炎、リウマチ、クル病の原因となるほか、子宮発育不全でお産をしないとか、乳の出が悪くなる。骨なし子(ぐにゃぐにゃの身体)はカルシウムの不足でも起こるが過剰でも起こる。

それらはみなリンが欠乏するからであると述べておられます。

そして、リン、カルシウム、ビタミンDの3つを一緒に摂るには、小魚を頭から丸ごと食べるのが一番よい。また、小魚に限らず、大抵の食物は全体が一者としての栄養が含まれているものであるからできるだけ全部を食べるようにするのがよいと説かれたことはご承知の通りである。

妊婦とビタミン

ところで、母と子の健康のために、せっかくタンパク質を初め栄養の摂取に力を入れても、ビタミンCが欠乏していたのではその効力も十分に発揮できない。ここに、栄養の最大の秘密があると思います。

西医学発表当初から、西先生が説いてこられた栄養の眼目はビタミンCの働きであり、我々はビタミンCの役割を知れば知るほど、その重要性に驚嘆するばかりです。

西医学によれば、ビタミンCは生体が生存していく上における様々な毒物との戦い、たとえばニコチンや有毒ガス、あるいは各種薬剤、また、精神的、物理的ストレスを受けた場合に大量に消費されるビタミンであるという。

このように、いわば外敵から生体を守るビタミンであるということは、細胞の1つ1つがビタミンCの働きによってつくられる膠原質によって保護されているという事実を見ても頷けるわけですが、そのビタミンCが欠乏すれば細胞が脆弱となるばかりでなく、新たな細胞の増殖にも支障を来すと言っておられます。

なるほど、これではいくら他の栄養を詰め込んでも、正常な血や肉ができるはずがありません。

歯疾の場合に西医学ではビタミンCをやかましく言いますが、カルシウムの骨化もビタミンCがなくてはできないからです。

しかも、このビタミンCは日常破壊されやすいビタミンであって、西先生は体内で栄養が欠乏していく過程についても、まずビタミンCがなくなり、次いでBからA、Dの欠乏に至るものであると発表され、いろいろの無機質、ニッケル、銅、鉄、ケイ素の欠乏も、つまるところはビタミンCの不足による全身の疲労に起因するものであると説いておられます。

正にビタミンCは全ての土台であり、壁塗りで言えば荒スサに相当するというのも道理だと思います。

我々が、カルシウムの補給というのも、ビタミンBの補給というのも、結局、ビタミンCが十分であるという前提においてであることを知らなければならないのです。

さてビタミンCが、細胞増殖のため不可欠であるとすれば、西式で妊婦にビタミンCを強調するのも不思議ではありません。

単細胞から出発した胎芽細胞が、遺伝の指示に従って人間の形態を形づくる作業において、ビタミンCの働きがどれほど大切であるかわかるような気がしてくるではありませんか。

西式指導者が、いわゆる糖尿体質の母体を最も恐れるのはそのためでありましょう。

西式指導者は小児マヒの原因をビタミンCの不足であると断言しますし、兎唇などの奇形もやはり母親が妊娠中ビタミンC不足の食生活の結果であると教えています。

以上、酸、アルカリの問題から栄養素の配分のこと、それにビタミンCの働きなど、いずれも栄養摂取上の看過できぬポイントですが、これら全てを満たしてくれる理想的な食品が生野菜であることは言うまでもありません。

遺伝と親の才覚

こうして栄養について考えてみると、世の親達のよかれとしていることの多くも随分片手落ちであることがわかってまいります。生まれてくる我が子を想う度に、私は西式に縁のあったことの喜びを感謝しないではおられません。それにつけても我が身に比べて、生まれてくる子の何と恵まれていることか。

まがりなりにも西式を知る親を持った我が子が、時として羨ましく思えることがあります。

今さら親を恨むわけではないが、もし親が妊娠中、生野菜や海藻、小魚類を多く摂っていてくれたら、自分の人生は全く違ったものになったに違いないと思っています。

(甘党の母の話では、私がお腹にあるときも生野菜はほとんど摂らず、どんどん甘い物を食べていた上に、生まれてからは寒くないようにと着物をたくさん着せ込んでいたという)

少なくとも、幼くして歯疾や胃腸病に悩まされることもなかったでしょう。甲状腺や鼻の故障もなく、したがって頭脳は明晰で、決して学友にも引け目を感じることもなかったと、今にして思えば残念です。

病弱ゆえに苦汁を嘗めた過去を思い起こす度に私は身に沁みて思うのです。

”不健康に平和はない”と

しかし、生まれてくる子は決して親の弱点を受け継ぐことはないと確信できるのも、やはり西医学のお蔭です。

元来、西式では病気の遺伝というものをそれほど恐れておりません。

よく、親と同じ病気に罹るというのも、多くは生後の環境、食物の関係から親と同じ体質ができたためであって、結核や梅毒、ライ病、その他の伝染病もそれを遺伝として継承しているものは、ごくわずかです。

そして、西先生は遺伝性であるなしに関わらず、親の才覚でそうした子孫の病気を未然に防ぐことができると教えています。

妊娠と生野菜

妊娠後期に入ってからの妻の快調さを妊娠中のせいだと片付けてしまうのは当たらないようです。というのは、健康法の効果があまりにも明白であり、とりわけ生野菜と裸療法の効き目は特筆する必要があると思います。

便秘の解消ということは、それらのもたらした最大の効果といえます(妻は体験から、摺り潰した野菜よりも、刻んで食べるほうが便秘に効くと悟ったようでした)。

妻が生野菜を特に多く摂るようになったのは、8ヶ月目になって私が純生食療法を思い立って始めたことがきっかけです。サラダ菜、パセリ、ホウレン草、人参、セロリ、春菊などに味つけのリンゴも加え、手当たり次第の贅沢な生食ですが、食事になると妻は私のつくった擂餌を擂鉢から横取りしては茶碗に1杯(約200g)ぐらい食べるのです。その上、普通食とともに刻んだ野菜をお皿一杯食べます。流石にそれだけ食べると普通食はあまり食べられないようで、すっかり健康法に調子づいてしまってた妻は、「夫婦そろって生食中に受胎した場合は100%胎児に益があり、妊娠中の生食はそれに次ぐ効果があるそうよ。私は妊娠前にあまり食べなかったのでせめて妊娠中にたくさん食べておくの……」と言った意気込みのようです。

自分の肉体のハンディキャップをカバーする意識からか、妻の心を捉えて離さないのは「母体が十分に生野菜を摂れば奇形や幼児の病気が防げる」との西先生の教えでした。胎児の発育とともに栄養の所要量の増加する妊娠後期に、私達があまり食品に気を使わなかったのも生野菜のお蔭でした。

なお、野菜の摂り過ぎの問題はあまり心配ないと思います。運動がともなう限り、5種類以上の生野菜を十分摂れば、肉類も不要であると西先生は述べておられますし、また、食事に関して次のように指導しているからです。

「妊娠中は、食事の75%までは野菜類および海藻類とし、残りの25%を酸性の食品とすること。ただし、肉類はなるべく白身の魚類位の程度とし、血と脂の濃い赤身の魚類は避け、牛肉、豚肉等もあまり多すぎぬように注意が肝要である」(テトラパシー第5巻)

七 妊娠と体操

胎動の活発化

「今日ね、お産婆さんがよく暴れるから男の子かも知れないって言ってたわ」

妻は、だいぶ艶のよくなった顔を綻ばせて話すのも楽しそうです。

月2回の定期検査もつい遠のきがちなこの頃、胎動も一段と活発化してきました。9ヶ月目といえば、体重250g、身長45cm以上になっているはずなのに、彼女のお腹は案外大きく見えない。いったい順調に育ってくれているのだろうか?ふとそんな不安が脳裏を掠めました。

「また、動いているわ」

「どれどれ」

搗きたてのお餅のような妻のお腹に耳を押しつけながら……

「ちっとも聞こえないよ」

「もっとこっちのほうよ」

「あっ本当だ。聞こえる、聞こえる!!」

紛れもなく、我が子の命の槌音が……。

10月〇日 妻の定期検査で産院へ

2人の自信に違わず、お産婆さんはしきりに妻の経過が良好だと褒める。初期の頃は逆児であったが、この頃は正常置とのこと、よくあることだという。

妻が隣室で診察を受けている間、私はテーブルに無造作に置かれている母子手帳の表紙の絵に思わず心を奪われてしまった。

その絵には、小鳥の親子が仲良く木の枝にとまって、私の目には母と子の幸福の象徴であるかのように写り、しかもそれは、人間界の不幸な母子を揶揄しているかのように思えた。(なるほど、母というものは、皆この小鳥の親子のように、可愛い我が子を胸に抱くことができなくては……)

私は思わず、多くのお産に失敗した母親達に想いを馳せて、言い知れない感慨に打たれた。

妻はあまり健康なほうではないとはいえ、合理的な健康法の助けで無事出産できる。

そして今、私の脳裏には、初産に失敗したある女性──妻の友人の子さん──のことがありありと思い返されてきた。結婚して2年目に妊娠したB子さんは、替地の暖かい思いやりに支えられて夫婦生活は恵まれ、産院も評判のよい世田谷のK病院を選び、新しい家族の一員を迎える手筈も全て整えられていたのである。お産は難産で、胎児が育ち過ぎていて、しかも陣痛微弱のため緊張と焦燥の内に長い時間が費やされ、担当の医師は遂に非常手段を用いた。

それだけに、帝王切開が成功して男子出産「オギャー」の産声を耳にしたときは、産婦は元より、一同安堵の胸を撫でおろした。

ところが、病院の大きいことも良し悪しで、新生児室のある病棟は道一つ隔てた向かい側の建物であったので、若い医師が赤ん坊を布でくるんで運ぶ途中、晩秋の時候が影響したためか新生児室に着いたときには、赤ん坊はすでに仮死状態であった。

うろたえたその医師は、嬰児の胸を圧迫して、人工呼吸を試みたのである。

けれども赤ん坊は息を吹き返す代わりに、突然小さな口から血を吐き出し彼の短い一生を閉じてしまった。

とかく悲劇は、妊娠に対する無関心から起こりがちです。ごくありふれた例ですが、B子さんの場合、妊娠中にはほとんど生野菜を摂らず、美食に偏った食事をしていたこと、また、お産まで運動不足が甚だしく、悪阻のときなど1ヶ月以上床に就いたきりであったということ、それらが胎児過大と母体の弱体化を招いた要因と考えられます。

しかし、たとえ関心があっても、妊娠中は動いたほうが安産するからと、無闇に仕事や体操をしたために足の故障から妊娠腎になってしまっては何もならない。

女性がお産に対する正しい知恵を獲得するのはいつの日でありましょう。

姿勢と子宮位置異常

出産を控えた妻の身体について、私が多少気になる点は、彼女が普段座る際にいわゆる横座りをする癖があること、また、骨盤の歪み具合、時々下腹部に鈍痛を訴えやすいこと、手の小指が短いことなどから、どうやら子宮後屈と、発育不全が考えられるからです。

姿勢の問題は、婦人病の場合にも重大な意義を持っているようですが、私の見るところでは、妻の子宮の異常は、内臓下垂による姿勢の崩れが一番の原因だと思うのです。

たとえば、下瞼の下垂は内臓下垂症の示徴とされていますが、内臓下垂は、それだけでなく、全体の容姿を崩してしまうものであることが妻の場合当てはまります。

そして内臓下垂の原因は、西医学によれば便秘であり、確かに妻の外形に著しい変化の起こったのも、学生時代からの酷い便秘に悩まされてきたことによると言っております。

安産と六大法則

西式の運動法が、婦人科疾患や安産のために卓効を発揮する理由も、1つには姿勢の矯正に主眼を置いているからだと思います。

西医学による姿勢の矯正は、平床、硬枕、金魚運動、その他、いろいろありますが、私は妊娠の方々にぜひ次の西先生の言葉を送りたいと思います。

「あなた方がお寝みになって、どこで合わせても、足の裏がピタリと合う方には、子宮筋腫もなければ、子宮外妊娠も子宮癌もない」

婦人科疾患や難産は、身体左右の均整が取れていないために起こると言われます。足の裏が合わないのは、左右の神経が揃っていないからであり、脊椎に副脱臼を起こしている証拠で、これらは平床、硬枕、金魚運動によって脊椎を正し、毛管運動をしてから合掌合蹠運動をすればよくなります。

逆子と合掌合蹠運動

さて、妻の子宮の異常に対する処置として私がやかましく言って実行させたのは、何といっても合掌合蹠運動です。最初は腰や足の筋肉が痛んでうまくできなかったが、後期になる頃にはすっかり板について、朝晩200回ずつ足を浮かして素早くできるようになりました。子宮後屈には、足を上方に向けて動かす合掌合蹠運動も効果的のようです。

妊産婦の代表的な体操である合掌合蹠運動の効果については、今さら多言を要しないところですが、私の身近に、最近妊娠9ヶ月目で胎児の位置が横位の婦人に勧めて、無事正常位で出産された例があります。

その方のご主人の話では、合掌合蹠運動を実行して病院へ行き、診察を受けると不思議に正常位になっているが、しばらくすると、また横向きに戻っている。それで、また、熱心に実行して診てもらうと直っているという風であった。結局正常位に直ってめでたく女の子を出産され、「いやー、西式のカエル運動はよく効きますなあ」と感謝された次第です。

妊娠後期の六大法則

妊娠中の運動として、西医学で推奨しているものには、六大法則の他にリーベンシュタイン氏の運動(実践宝典参照)。自己診断法の第5の運動(座ったまま後ろに倒れる運動)があり、安産の万全を期することができます。

なお、過激な運動が、流産、早産の原因となるところから、妊娠後期の六大法則の実行を危惧する向きもありますが、西式の運動法が決して害にならないものであるとはいえ、よい方法も度が過ぎぎれば害になるわけで、特に後期には過激な操作を戒めていることはもちろんです。

金魚運動でも臨月が近づいたら健康機は使用しないほうがよく、西先生は健康機で金魚をしたために予定より早く生まれたという実例を挙げておられます。また、腸に故障がなければ、腰を折らぬよう注意する限り、左右揺振運動も妊婦にとって効果的な運動です。

しかし、ここで困ることは、妊婦があまり体操をしたがらないことです。お腹が大きくては骨が折れるのも無理からぬところですが、いきおい他の手助けが必要であることを夫は覚悟しなくてはならないと思います。

私は妻の妊娠中、金魚および毛管運動を朝晩30分以上施すことで、妻の違和の数々を調整することができたと信じておりますが、妊婦にとって最も気持ちのよい金魚運動も、長時間続けるには、実践宝典にある方法よりも、被術者に対して横向きに座り、被術者の足を膝の上に乗せて、右手で両足の親指を摘み、左手で両足首を掴んで微振動するやり方が向いているように思います。

毛管と妊娠腎

晩期に入ってからの私の関心事は妻の”妊娠中毒症の予防”ということでした。

妊娠に付物のように言われている、浮腫みや、蛋白尿、高血圧等の妊娠腎の症状も、重症となれば「子癇」や「胎盤剥離」を引き起こして、しばしば難産の原因になると言われます。

西医学ではそれを「妊娠による体重の移動による足の故障が妊娠腎の原因であって、生水、生野菜を摂り、毛管運動で足の故障を予防する限り、妊娠腎などあるべきはずはない」と、極めて明快に説明しています。

そこで、妻に十分な毛管運動を実行させるために、私は美容機に毛管帯を継いで、外で妊婦も毛管ができるように工夫しました。

この方法は動力の健康機より振動の具合もよく、2人で同時に運動できるから一挙両得です。

〔注〕 妊娠中毒症とは、現代医学では、妊娠中に形成された毒素によって、中毒症状を現すに至った諸疾患の総称。

諸疾患としては(妊娠)悪阻(おそ)、妊娠貧血、妊娠テタニー、妊娠舞踏病、妊娠浮腫、妊娠腎、正常位胎盤剥離(はくり)、及び子癇前症が挙げられている。

妊産褥婦全死亡数のうち大きな部分を占めている。

実行中、足首の回転、及び屈伸運動をおこなうと、全身が軽くなり妊婦はなかなかご機嫌です。

妻の身体が月数を増すに従って筋肉も締まり、足も達者になって、全く妊娠腎の気配を知らなかった事実は、朝晩15分ずつの美容機による毛管運動がよかったのか、あるいは他の療法との相乗的な効果というべきでしょうか、ともかく西式はありがたいものです。

裸療法とおりもの

ところで、妻の体験を通して気づくのですが、妊娠中は健康法の効果が特に早く現れるように思います。

たとえば故障を持った妊婦にとって、裸療法は欠かせられないものだと思います。

妻の頑固な便秘症には生野菜を食べて、裸療法を実行することが最も効果的でしたし、また、始めて1ヶ月にもならない内にそれまでかなりあったおりものが全くなくなってしまったことに気が付きました。

妊娠中の母体の故障の回復が早いということは、西先生のお言葉を拝借するならば、さながら宇宙の大知性の発露によるものであります。それだからこそ、自然良能作用を助ける西式の各種療法が、この期間に顕著な効力を発揮するものであると思います。

西式と夫婦生活

妻の妊娠を契機として、我が家の西式は大分徹底してまいりましたが、健康法の合理性を解しない人達には、こうした生活が奇異なものに写るのは止むを得ないところです。

西会会員の中でも、独身者にとっては特に結婚後の生活が気がかりであるらしく、「板の床に木の枕では夜の生活に具合が悪いのではないか?」と心配する友達があります。

確かに豪華な寝具に比較したら、お世辞にもムードがあるとは言えませんが、初めから平床を実行してきたせいか、私達は別段不都合を感じたことはありません。

いったい夫婦生活の基盤は健康にあるはずなのに、不自然な生活によって絶えず性能力を減退させてしまっている現代人が、反面で欲望を挑発させるような映画や書物に刺激を求め、あるいは強精薬に頼り、寝室のムードに腐心するといった風潮は、皮相的と言うにはあまりに哀しい人間模様だと思います。

”天与の喜び”──これこそ我々の憧憬するものであります。

性生活の真の満足とは、お互いの努力と修練によって得られるものであり、まだ私達の窺い知るところではないと思いますが、少なくとも平床で脊椎の狂いを正し、神経の麻痺を防止する生活こそ、そのための第一歩であることに間違いはないと思います。

出産準備・産院を断られる

12月〇日、出産を前にして、そろそろ西式の取り上げ方を詳しく説明しなければと産院を訪れた私達に、お産婆さんは意外に暗い顔付きでした。

「実は健康法で取り上げることについてなんですが、顧問の医者に相談してみたのですヨ……」

と、いかにも言いにくそうに、

「そうしましたら、どうもそういうことは責任が持てないと言うのです、私もお引き受けしたときは夏だったものですから別に抵抗を感じなかったのですが、真冬に生まれてくる赤ちゃんに、いくら室温を保つといっても、裸のまま置いておくなんて危険だと医者も言うんですヨ」

……オヤオヤ、こいつは困ったことになった……今頃そんな風に言われるのは私達にとって全くの寝耳に水でした。

極力西式分娩法の安全なことの説明に努めたのですが、しきりに普通分娩を勧めるお産婆さんの意を翻すことは困難のようです。

「健康法を理解している医者が責任を持ってくれたら良いのではないですか?」

「エエ、でも私共にも医者がいる以上、変わったことをして万一のことがあっては困りますし、実はこの間もある新興宗教に凝っている方が子癇を起こして仮死状態なのに、医者にも見せず出産したんですヨ。私が行って危うく取り上げましたが、ああゆうものに凝っている方は恐いですネエ……」

どうやら、西式とそうした新興宗教とを一緒にしている話し振りに私は苦笑するしかありません。健康法に縁のない人はこんなものです。

ところが妻は大分頭にきたらしいのです。

「生まれたばかりの赤ん坊はとても周りの人の暗示を受けやすいんですって……、だから裸で可哀そうだとか、水風呂は良くない等と思っている方に取り上げていただくのは、赤ちゃんのためにも可哀そうだと思うんです…」

思わぬ妻の逆襲にお産婆さんもたじたじでした。しかしお互いに譲れない主張はいかんともしがたく、”生まれてくる子供のために良いことがわかっていながら実行しないで後に悔いを残したくはありませんから”と私達はM助産院の門を後にしました。

牛山助産院

「あの変わりよう!開いた口が塞がらなかったわ」

「あまり心配するな、何とかなるさ」

憮然たる面持ちで帰ってきた私達でした。

ところが、M助産院を断れたために、今度は西式を理解する助産院にお世話になることになるとは、何が幸いになるかわからぬものです。

渡辺博士のご紹介で、私達が中野区上高田の「牛山助産院」を訪れたのはそれから3日後のことでした。

牛山先生は、中野区の助産婦会の副会長をなさっているというだけあって、一見して活動家のタイプ。なかなかテキパキした方で、西式による出産を二つ返事で引き受けてくださったばかりか、今後も希望者があれば、いくらでも西式で取り上げてあげましょうとのこと。

私達は今度こそは大丈夫だと安心したのですが、それにしてもお産婆さんによってこうも違うものかと痛感させられました。

授乳準備について

妊娠とともに全身に目覚ましい変化をとげる母体の神秘の中でも、乳腺の発達によって授乳の準備を整え、出産するや否や乳の分泌を開始するという、自然のメカニズムの素晴らしさには思わず驚嘆の呼びを禁じ得ないものがありました。

ところで、そうした妊娠中に活躍するホルモンの働きは、全身の血液循環に所依するものであり、全身の健康に左右されるものである以上、西式を実行していれば別段母乳の出を懸念することもないと思われます。

常に身体全部を平均に働かすか、裸療法および、各種運動法によって全身の血液循環を良好にすれば、乳腺の働きを増すと西式では教えております。

しかし、我が子を母乳でぜひとも育てたいと願っていた私達にとって、やはり出産後母乳が豊富に出るか否かが気にかかったのは、母乳の出ない妊婦が世間にあまりにも多いせいでしょうか。

乳腺に対する局所的な処置としては西式では次のような操作があります。

関係神経を十分に働かすためには、六大法則による脊椎の矯正が必要ですが、特に胸椎3、4の両側神経節部に指頭圧を加えながら、乳房外輪部の要点に適宜触手するのが良い。

また、乳房に対するマッサージも効果的です。それに、これらの方法は全て妊娠中に操作すべきであって、生まれてしまって慌てて乳揉みのマッサージを受ける等は、予防医学である西式の本旨とするところではありません。

母の資格

また、出産までに治すべきものに乳首の問題があります。

小さ過ぎたり、陥没している乳首は授乳に際して具合が悪く、婦人は妊娠すれば9ヶ月までに、乳首は本人の小指の一節位の大きさに発達していなければ、母親としての資格がないとされております。

小さい乳首の婦人は分娩するまでに引っ張るなり適当な方法で大きくすることが必要であって、乳首が小さいと赤ん坊が上手く吸いつけず外れやすいので、その都度空気を吸い込み、空気でお腹が張って放屁ばかりするようになる。

それがやがて腹膜炎から、高い死亡率を占める乳幼児の「腸炎下痢」を引き起こす原因になるようです。

妊婦の下腹痛

12月24日

夜中に妻が腹痛を起こし急に苦しみだす。

下腹部が張って腰のほうにまで放射する痛みとのことなので、これは唯の腹痛でなく子宮の収縮を意味するものであると思った。

しかし、私達はこれが陣痛の始まりとは毛頭考えませんでした。

なぜなら、「まだこの分では赤ちゃんの頭が骨盤に入るまで10日はかかりますから、出産はお正月の5日頃ですネ」と、つい3日前に牛山先生に言われたばかりだったからです。

それに、この種の腹痛は妻の妊娠中すでに何回か経験していましたので、私はまず妻に金魚運動を施してから、下腹部に対して足の毛管運動を、そして、腰椎の両側を指頭圧してみました。

それだけの操作で、これまでは痛みが軽減したものですが、今度の場合は一向に効果がないのです。

そこで、痛む箇所に触手を繰り返すことによってやっと楽になり、妻が眠りについたのは明け方の4時を回っておりました。

一体今回の妻の腹痛の原因は何か?後になって気がついたのですが、その2日前に私が仕事の関係で帰れなくなって外泊したのです。

遅くなるとはわかっていたが、外泊するという連絡を受けていなかった妻は、火の気のない部屋で編み物をしながら私を待つ間にすっかり冷え切ってしまったのです。それが原因となったとしか考えられません。

妻の妊娠中を省みて、私は自己の認識不足を痛感させられました。

たとえば、妊娠中の性生活がしばしば妻の腰痛を引き起こした事実から、ことに後期に入ってからの性生活は体位がどうあれ禁物であるということを悟りましたし、妊婦というものが本当にデリケートであることも実感として感じるようになりました。

何事も失敗してみなければ悟れない。

これが凡人の浅ましさというものでしょうか。

妊娠と脈拍

西先生のご講演の中によく引用されたものに「水平姿勢から直立姿勢に変わっても脈拍が加速化せぬこと妊娠の兆候」(ジョリッセン氏兆候)があります。

つまり、寝ているときと起きたときとでは脈拍は差のあるのが普通で、妊娠すると差がなくなり、出産が近づくに連れてますます同じになってくるとのこと。

ただし、70歳位の婦人の方とか男の人の場合はこれは脳溢血の兆候である。

すなわち直立姿勢から横臥姿勢に変わっても、これに伴って脈拍の速さが減じないときには、このことは動脈高血圧症の兆候である。(ユーシャル氏兆候)

12月25日

クリスマスの日、母や妹たちを呼んでささやかなパーティーを開く。その折、久し振りに妻の脈を数えてみて、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「アレッ、こんなはずはない!」

それもそのはず、7ヶ月目のときは2割以上差があったのに、今度は幾度はかってみてもほとんどど同じなのです。何しろ出産まで後10日近くもあると思っていましたから、今からこんな不思議なことはない。

「それではもう生まれる間近じゃないの」

側にいた妹が笑いながら言ったものです。

その晩、私は妻の昨夜の腹痛がまだ持続していることを知りました。

下腹部の痛みは夜中になってだんだんと激しく、しかも周期的になってきたようです。

「あなた、10分置きよ、大丈夫かしら」

流石に私も呑気に備えていられなくなり、急いで牛山先生に電話で伺ったら、

「直ぐにお連れしてください、分娩の用意をしておきますから」とのこと。

それでもまだ生まれることが信じられない私達夫婦でしたが、とにかく、予て用意の荷物を持ってタクシーで牛山助産院へ急行しました。

冷えによる陣痛が、いつから鈍痛に移行したものかは定かではありません。思えば妻の初めてのお産は、妊娠から出産まで”ピンと来ない”の連続でした。

もみじの手

一 分娩と精神作用

初産の妊婦が分娩室に入るに先立って、お産が決して危険なものではないということを十分納得させることは最も大切なことだと思います。

私達が助産院へ着いたとき、妻の陣痛は3分間隔でしたから、すでに分娩第2期(娩出期)に入っていたようです。半時間もしない内に妻の派手な唸り声が分娩室の向かい側の部屋で休んでいた私をびっくりさせたほどでした。本人は苦痛より、むしろ生まれなかったらどうしよう、手術をすることになったら恐ろしい。そんな不安が先に立ってすっかり硬くなっていたと述懐していました。

ですから「はい、力んで、力んで!」と声がかかってもどうしたら良いかわからない。陣痛の毎に胎児が産道に進んでは、また引っ込むという状態を繰り返す内、早く出さなくては大変とばかり下手な力を加えるから自然のリズムが弱められてしまいます。

「頭が見えた、それもう一息、頑張って!」

激励されて、妻はますます焦ってフーフー言いながら死ぬ思いでお産をする。一般にこんな光景が当たり前であるとはいえ、西式を実行した妊婦としてはあまり褒められた光景ではありません。

「今考えると、わたし下腹にばかり力を入れていたからいけなかったのね。トイレに行ったときの要領だと言われて初めてコツがわかったわ」

「バカだなあ、出口のない方向に力を入れるなんて……」

私は妻の運動神経の鈍さを笑ったものの、もし妻に西式の分娩法をもっと飲み込ませておいたならばお産がもっと楽にできたであろうことを強く感じました。

妊娠は自然現象であって、宿したものは無事出産するのが当たり前である、との見地に立った西医学では、陣痛が始まったら全身の力を抜き、無念無想になるように努めて自然の進行に任せることとされています。

そして、難産の原因として、お産に対する間違った観念によって植えつけられた恐怖心が、いざ分娩となって陣痛微弱を招来するものです。そこで、鉗子の使用、無理な力を入れたり、力んだりするから、不自然な痛みや、産道および産児の障害、会陰の披裂、その他を起こすのである……と、私は妻の精神作用を重要視していますが、私は妻の体験によって西医学分娩法が卓抜したものであることを改めて思い知らされました。

二 出産

12月26日 午前2時30分出産

身長47.8cm、体重2.9kg 分娩所要時間、約3時間45分

「旦那さま、坊ちゃまがお生まれになりました!元気な坊ちゃまですよ!」

廊下まで伝わってくる、助手のおばさんの張りのある声。

うとうとしていた私は、瞬間それを夢の続きのように感じたが、たちまちにして幸せな実感として全身が包まれました。

逸る心と一抹の不安で、恐る恐る分娩室のドアを開けると、室内は新しい生命の誕生で活気に満ちて、ついさっきまでの苦しみはどこへやら、ベッドの上で顔全体を口にしてニコニコしている妻の顔が……

「良かった」

「うん、良かった、良かった」

私達は心から喜び合ったのでした。

そして、部屋の隅の平床の上で、布にくるまってむくむく体を動かしている、小さな我が子を見つけたのです。

「安産でしたよ、ご覧なさいこの坊ちゃんは鼻が高くて男前ですこと、アンヨがこんなに大きいからきっと背が高くなりますよ」

代わる代わる褒めてくださる牛山先生と助手のおばさんの言葉に一層有頂天になりながら、もみじのような手を広げている我が子をまじまじと見つめていると、私は感激にの中にも一種の名状しがたい神秘に打たれました。生まれたばかりの赤ん坊の身についている所謂「体脂」が我が子には全然なく、水で洗ったような綺麗な体をしていたことは意外でした。

裸体放置

直ぐに裸にしなくては……、石油ストーブを焚いているとはいっても師走の明け方のこと、牛山先生も取り上げてそのまま放置する気にはなれなかったと見えて、私が来るまでの数分間、サラシで身体をくるんであった。

私は、身体を包んでいる布を、手足でギュッと引き寄せて離すまいとしている我が子を見ると、流石に抵抗を感じながらも思い切って剥がすと、彼は「オギャー、オギャー」と激しく泣き叫び、手で布を搔き寄せようともがいて、親に対する初めての抵抗を試みるのでした。

「室温を計って見たら……」と、心配そうな妻の声に、寒暖計を見ると8度弱、急いで室温を13度まで上げてそのまま放置、1時間40分の裸の間、最初は寒そうに手足を震わせたりしていましたが、間もなく静かになりました。その間、別段チアノーゼ(注・唇などが鬱血のために青黒く見える症状)を起こすこともなく、産婦の後産も無事に終わりました。

産湯

続いて廊下に用意されていた”2つのタライ”で温冷浴です。

西式によるお産を扱った経験は2年ほど前に一度切りだというのに、牛山先生はそのときの渡辺先生の指示をちゃんと記憶しておられ、「さあ、お湯を40度、水30度でいいですね」と私に声をかけて、赤ん坊を手際よくお湯のタライへ入れて洗われます。静かになって来た赤ん坊は、そこでまたワァーと泣き、水に入れると更に激しい声を上げました。

西先生は、赤ん坊は精神が他流であるから周囲の人達が確信をもって入れたら、決して嫌がるものではないと言っておられますが、「大丈夫かしら」、「可哀そうみたいね」と言う助手の方の声に、私達も明け方の寒さが気になって、水に移ると見る見る内に赤い肌が青くなる我が子を、いじらしい思いで見守っていました。

しかし、回を重ねる度に馴れてきて、泣き声は次第に収まり、特に案じていた程のこともなく6回の交互浴を終わり、牛山先生に抱かれたままスヤスヤ寝てしまいました。

新生児と皮膚機能

この世に出生した嬰児が、その血行を胎児の血液循環から産児の血液循環に切り換えるために、自然が皮膚の働きを持ってきたことは造化の妙というべきでしょう。

産児の旺盛な皮膚の生理作用によって肺胞の働きが始まり、肺循環が始まる一方、不要となった心臓卵円孔は1時間40分経って閉鎖するといわれます。その間、すぐに着物に包んでしまうということは、何よりも皮膚の働きを妨げて卵円孔存続症、すなわち新生児黄疸を起こす原因となります。

これが、生後すぐ裸のまま1時間40分放置する場合、まず、新生児は生まれたときの気温の状態を常に一定に保つのが理想であり、室温は少なくとも摂氏10度までが限度で、暖房は悪いガスを発生するガスストーブや石油ストーブなどは避け、なるべく電気ストーブのような臭くないもののほうが良い。ここで大事なことは、新生児が気温の変化に弱いということであり、換気や隙間風などによる急激な温度の変化は。小児の気管支拡張症や百日咳の素地をつくるものであるから特に気をつける必要があります。

かつて、会員の方で赤ん坊を3時間以上も放置して置いて身体が冷たくなって慌てたり、寒い廊下に置いた等の話を聞いたことがありますが、私自身も、新生児が案外寒さに強いことを知った反面、万に一つの間違いがあってはならないので、実行に当たっては注意事項を良く守って慎重に処置すべきだと改めて思いました。

次に、裸体放置の後の温冷浴もまた、産児にとって欠かせられないものであることは言うまでもありません。

新生児の温冷浴は、皮膚周辺の静脈の血液循環を正常にして胎便の排泄を促進させ、順調な生育に役立つものですが、特に産児の不完全な循環器系統を調整する意味で、その効果は他に類を見ません。

たとえば、赤ん坊の肩ばかりを温めて、お尻のほうはおしめを当てたまま、いわゆる小便漬けにしていると、胎生循環の名残であるボタロー管(注・胎児の血液循環において、肺動脈と大動脈の間にある)が残っていまいます。ボタロー管が完全に塞がらなければ、静脈血が直接動脈血の中に混るから、所謂、青坊(青血病)になります。また、上のほうを疎かにしているとアランチオ管(臍静脈から下大静脈に抜ける血管)が残り、静脈瘤ができて痔を患いやすくなるといわれます。そして、これらを治す療法が温冷浴であってみれば、嫌でも我が子を水に入れたくなるのが親心ではないでしょうか。

哺乳

西先生は「産児は、24時間ないし48時間は、ぬるま湯(生の清水に湯を差してつくる)にミルマグを薄く溶いたものを与え、哺乳はその後にすると良い。」と言っておられますが、これは胎便の十分な排泄が目的であると思います。

胎便は、人の一生の健康、不健康のカギを握るもので、西医学の出産法の最大の眼目もここにあります。特に、生まれてから哺乳を始めるまでの期間は、そのための絶好のチャンスと言えます。

私達も、2日間は完全にお乳を与えないことに決めていましたが、2日目の夕方、私が勤めの帰りに助産院へ立ち寄ると、すでに赤ん坊にミルクを与えてしまっていました。

あれほど言っておいたのに……、私は心外でしたが、妻は先生が「赤ちゃんがスイマグを受けつけなくて可哀そうだからと、知らない間にミルクを飲ませてしまわれたの…」と、困惑した顔つきをしています。

我が子の胎便の排泄は、生まれてすぐと、2日目の朝の2回、2回目は牛山先生も驚くほどたくさん、しかし、後で判断するところでは、それでもまだ十分とは言えなかったようです。

西式がまだ一般化されていない現在、説明が不十分であったせいか、我が家ではこんな失敗がありました。

三 命名

二百数十日間、妻の体内にあったとはいえ、やはり降って湧いたような我が子の誕生。

とりわけ、名前をあれこれ考えるのは楽しいものです。

姓名が人の運命を決定するものであるかどうかは知りませんが、少なくとも我が子に良い暗示を与える名前であることを願って、ある観相家に命名を依頼しました。

そして、我が子の名前は幾つか挙げていただいた中から選んで「公一(きみかず)」と決めました。

四 産褥

産褥のビタミンC

出産後の数週間、すなわち産褥は婦人にとって1つの危機と言えるようです。

お産以来の持病に悩んでいる方は、世間に割合多く、産婦の死亡率は相変わらず少なくありません。(10万人に80.4人)

産褥の症状として代表的な”産褥熱”の原因について、西式では分娩産婦の局所の処置をあまり頻繁に取り扱うことを戒めておりますし、産科の書物でも、お産による産道の損傷や、産婦の衰弱などから、出産直後の母体が様々な黴菌に冒されやすく、いわゆる産褥熱を起こしやすいことを教えております。

その予防および治療としては、消毒と抗生物質の投与が主要を占めているようです。

しかし、我々は産婦の取り扱い上の注意や、薬剤投与のみが産褥熱に対する抜本策でなく、生体が黴菌に冒されるか否かは根本的には、グローミュー、コラーゲン(膠原質)、ビタミンCの関係に帰着するものであることを知るべきだと思います。

自然界の動物にお産による故障がないのは、彼らは、白砂糖もアルコールも摂らず、厚着をすることもなく、汗を掻いて栄養分を失うこともないから、体内に十分に保存されたビタミンCによって完全なコラーゲンをつくることができるのです。

したがって、グローミューが確保されて、黴菌に対する、皮膚機能が完璧に働くからであると解せられます。

そして、人間のお産だけが種々の故障を起こすのは、その生活が著しく自然から逸脱しているためであって、産婦を産褥の危機から守るためには、文化生活を営みながら、しかも、肉体の弱体化を防ぐ方策がここに必要となるわけです。

産婦を栄養と運動、及び精神の各方面から生理的に導く西医学こそ、その要求に応えうる唯一の健康科学であり、母体を妊娠中毒症から守り、難産もなく、したがって、子癇も出血も産褥熱の心配もない理想の生活法にほかなりません。

さて、妻の出産後、産道の回復は早く、4日目には牛山先生が驚くほどでした。

これは毎日の食事に付けてくださった、丼一杯の野菜ジュースが効いたものと思いますが、残念ながら、妻の産褥の経過が全てこのように順調に進んだわけではなく、大事な点で徹底しなかったことがあります。

出産後、3、4日経って、私は妻の肌がかつてないほど綺麗になっていることに気づきました(フーン、お産をすると体内の毒素が抜けるとは良く言ったものだ)。私が感心していると、妻も得意になり、ホラ、こんなのよと、手の甲を差し出して見せました。

ところが、手放しで喜んでいたのがいけなかった。バラ色の輝きは数日にして消え去り、また元に戻ってしまったのです。

汗を掻いたこと、原因はこれしかない、私がそう考えつくまでに時間はかからなかった。ストーブを焚いた産室に柔らかいベッドと厚い掛布団は、平床に馴れていた妻にとって負担になったらしく、毎日流れるような汗を掻いていたのです。

しかも、当然添い寝の赤ん坊まで、赤い顔をいっそう赤くしていました。

勤め帰りに立ち寄った私も、それに気づいて、生水と食塩、柿茶を努めて摂るようにと勧めましたが、もうすぐ退院だからと軽く考えていたのです。

それでもまがりなりに母体に気を配っていたせいか、幸い我が子は黄疸の症状を起こすこともなく新生児期を経過しましたが、出産直後の妻と子の発汗は、その後の授乳期にかなり影響したと思えるのです。

なぜなら、私にとって思いもかけなかった”乳児の便秘”に見舞われることになったからです。

五 発汗とその影響

いつか、西式のK先生が「西式で取り上げても黄疸を起こす例がある。これはどうも妊娠中ビタミンCの不足している母親の場合に多いらしい」と述べておられましたが、西式で取り上げたら必ず順調に育つと決め込むのは危険なことです。

西先生は、西式で取り上げながら、40日間も黄疸が取れず死亡した新生児の例を機関紙に発表され、いかに西医学出産法によっても、母体の産前産後の発汗の処置を怠っては所期の目的は達せられないことを警告されました。

育児の第1課

母親が発汗して塩分の欠乏した母乳を、赤ん坊が飲めば健康に育つはずがありません。

これは確かですが、さらに忘れてはならないことは乳児自身の発汗の問題です。

「赤ん坊の発汗は、体内から鉄分を失わしめて、乳児の病気の因となる」と西先生が指摘しておられるからです。

生まれたばかりの赤ん坊は比較的体温が高く、血液中の鉄分が豊富にあるが、これが普通2、3ヶ月でだんだん少なくなってゆくのは、親が包み過ぎて、知らず知らずの内に発汗させるためであり、これが乳児死亡の最大の原因であると言われます。

発汗による栄養分の欠乏は、結局、無機塩類の欠乏に及ぶものです。

なお、親が赤ん坊を熱いお湯に入れて発汗させること、入浴後よく拭かずに厚い着物で包み、皮膚の働きを損なう等も乳児疾患の原因であり、厚着をさせて、特にお腹の前で重ねて着せることが、乳児のビタミンC製造機能を停止させる原因であるとの西先生の見解は、注目に値すると思います。西医学の育児法はこうして始まります。

六 健康生活の歓び

母の知恵

最近、産科医もかなり西式に似たことを言うようになったといわれます。

病院でも、出産後の一昼夜位は赤ん坊にミルクを与えない方針になってきたこと、食欲のない乳児に時には絶食を勧める医者も出てきたことなどが挙げられます。

そして、時に赤ん坊に生水、野菜ジュースを与えるといっても驚く人が少なくなってきたことは、社会一般の傾向と言えると思います。

しかし、医師並びに国民の健康生活への目覚めは断片的で、まだまだ大衆の古い常識を変えさせるのは難しいようです。そのことは、私達の育児中においてすら、しばしば感じられました。

また、1歳を過ぎた頃、子供が甘いものを欲しがるようになったのは私達の悩みの種の1つです。甘いもの好きの母や姉が外へ連れて行くようになって、大人だけが食べるわけにはいかず、どうしても子供に与えてしまうのです。

お菓子類を食べた後は、ケガの治りが悪く、顔が火照って、むずかりがちになるのですぐわかるのです。

尤も、これらの問題は次第に解決されて、妻は子供の手の平が汗ばんでいるかどうか、また、上気した顔で寝ているかどうかに注意しながら”薄着をさせるコツ”を飲み込んでくれました。甘いものも、何度も砂糖の害を母と姉に話す内に、だんだんとそういうこともなくなりました。また子供の取り扱いも「アメ」を口にすれば「プイしなさい」と言えばすぐ吐き出すように躾けて、誰かにキャラメルをもらえば、すかさず「ママが開けてあげる」と言って中身を1粒だけにして渡すと結構満足しているようになりました。

そんな妻の努力の結果、この頃の公一は特に甘いものを欲しがることがなくなり、私達をほっとさせておりますが、人間を堕落させる要素の多い現代では育児に当たっても親がよほど正しい知識と信念を持つことが必要だと痛感させられました。

健康生活は主婦の自覚から

長男公一の誕生は、必ずしも理想通りにはゆかず、出産後も育児上の種々の問題に突き当たりましたが、いずれもどうにか切り抜けて、2歳になるこの頃まで、並外れて丈夫でいられるのは西医学の助けがあったからこそです。

ところで、この度の体験を通して、妻がますます西式に関心を深め、我が家の健康生活が前進したことは思わぬ副産物となりました。

西医学の実践は、自己との戦いはもちろん、時には周囲との争いが伴うものですが、家族全員で実行すればなかなか楽しいものです。お互いに有害なものを食べないように戒め合って粗食に努めるのも健康の理想があるからで、ここに一般の人達と異なった喜びがあるのではないでしょうか。健康を願う多くの人達と歓びを分かち合ってゆくために、そして一人でも多くの主婦の方々に西医学を理解していただくために私達の体験がお役に立つことを願っています。

付記 我が家の食生活異変

我が家では、あるきっかけから昨年、クロレラ原粉末を手に入れ母と姉も加わって生野菜の代わりになるかどうか試してみることにしました。本格的に摂り始めたのは今年からで、食事に生野菜を控えて、1日クロレラ1g(茶さじ約1杯)を標準にして現在まで6ヶ月続いていますが、なかなか調子が良いのです。

初めの頃、歯茎に出血のあったときなどは分量を増やしたところ、4g以上飲むと出血がなくなりました。

また、便秘にクロレラが効くことは、家族全員の認めたところで、便秘症の姉に3g飲むように勧めてみたら幾日もしない内に今まで離すことができなかった下剤が不要になったと喜んでおります。

現在2歳になる我が子には牛乳に1/2g程のクロレラを混ぜて飲ませていますが、目立った効果としては、肥って体つきがガッチリしてきたこと、これまで、チョコチョコ動き過ぎていたのが急に落ち着いてきたことなど。

こうして、近頃すっかりクロレラづいた我が家ではこのさい食生活を徹底させようとクロレラと黒砂糖で饅頭をつくったり、天麩羅の衣にクロレラを混ぜる等して有害食品から遠ざかるように努めております。

なお、現在まで私達が試したところでは、クロレラの害、副作用は認められずに良いことづくめに思えますが、強いて言えばいきなり量を多く飲んだり、過食した後でクロレラを飲んだ場合体液をアルカリ化するせいか、コーヒーを飲んだときのように眠れなくなることがあります。しかし、これは生野菜の場合も同様ではないかと思います。

ともかく、何ヶ月も生野菜を摂らず家族全員が大変元気になったことは、今までの我が家にとっては、考えられなかったことです。会員の皆様も試してみられてはいかがでしょうか。

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